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さっき夕飯を食べながら地元のニュースを見ていると本県出身の田名部参議院議員の質問が少し流れていたネットニュースでもチラッとは見たがカタログ問題を質問していた以前千葉県の参議院議員の小西の総務省文書問題を間に受けて質問したり、去年の質問も酷くて恥ずかしいくらいだったせっかく貴重な質問時間を今までの様な質問で時間を潰す選挙🗳️結果で挙げ足取りや非難だけでは国民は見向きもしない事がいまだにわかっていないのだろうなー泉元代表はカタログ問題はやらないと政策優先でやらないとダメだと発言しているよう
ホントは佐井村の民宿に泊まる予定だったものの、この大寒波で宿の女将から何度も大丈夫か?キャンセルでも良いよって連絡いただき、何かあったら皆んなにご迷惑をかけるなぁっと前日キャンセルさせていただきました。女将はとても優しく対応いただきました。また、伺いますねー。って事で、急遽むつ市泊に変更となりました。で、夜は前回同様、田名部にある居酒屋こうちゃんを当日予約。相変わらず馬刺し盛りは見事な霜降りてました。美味しかったです。串焼き盛り合わせはまぁまぁでしたが刺身盛りのイカ、美味しかっ
2025年1月20日(月)青森の街道「西通道」(4)青森の街道として、12筋あげた。奥州州街道(記述済)羽州浜街道(記述済)三陸浜街道(記述済)三戸鹿角街道(記述済)登り街道(記述済)北浜道田名部街道西通道羽州街道(記述済)下之切通り街道百沢街道大間越街道青森の街道全体図は下記クリック青森の街道F-Googleマイマップ青森の街道Fwww.google.com今回は、「西通路」街道地図は下記クリック西通街道F-G
2025年1月19日(日)青森の街道「田名部街道」(3)青森の街道として、12筋あげた。奥州州街道(記述済)羽州浜街道(記述済)三陸浜街道(記述済)三戸鹿角街道(記述済)登り街道(記述済)北浜道田名部街道西通道羽州街道(記述済)下之切通り街道百沢街道大間越街道青森の街道全体図は下記クリック青森の街道F-Googleマイマップ青森の街道Fwww.google.com今回は、「田名部街道」街道地図は下記クリック田名部
2025年1月18日(土)青森の街道「北浜道」(2)青森の街道全体図は下記クリック青森の街道F-Googleマイマップ青森の街道Fwww.google.com青森の街道として、12筋あげた。奥州州街道(記述済)羽州浜街道(記述済)三陸浜街道(記述済)三戸鹿角街道(記述済)登り街道(記述済)北浜道田名部街道西通道羽州街道(記述済)下之切通り街道百沢街道大間越街道今回は、「北浜道」街道地図は下記クリック北浜道F
2024年7月(7)日(日)北浜街道「六ケ所村~むつ市田名部」(2)つまみ食い街道の旅(GSV)街道地図は下記クリック北浜道F-Googleマイマップ北浜道Fwww.google.com「高瀬橋」(高瀬川)を渡る。三沢市→六ケ所村八戸から小川原湖のあたりまでは歩きやすい浜道だが、徐々に磯伝いの道となってゆく。旧道は海岸沿いにあったようだが、今は、国道338号で北に向かう。田面木沼、市柳沼、鷹架沼、尾駮沼などの、東側を行く。(六ヶ所村)尾駮沼辺りから
2024年7月1日(月)西通道「田名部~脇野沢」つまみ食い街道の旅(GSV)街道地図は下記クリック西通道F-Googleマイマップ西通道Fwww.google.com下北半島の西通(にしどおり)は、田名部から大湊、川内、宿野部を経由して脇野沢に向かう街道。名前の由来は、田名部から西に向かうことによる。街道の各岸には田名部七湊のうち、大平、川内、脇野沢の3湊があり、諸湊と田名部代官所の連絡路として活用されていた。起点・「青森銀行むつ支店のある十字
2024年7月1日(月)田名部街道「田名部~佐井」(3)つまみ食い街道の旅(GSV)街道地図は下記クリック田名部街道-Googleマイマップ田名部街道www.google.com「青森銀行むつ支店のある十字路」(むつ市本町)ここが、田名部街道の中心と見た。田名部街道は江戸時代の中頃までは陸奥湾沿いの野辺地―田名部間を指したが、その後蝦夷地の警備が重要視されるに伴って太平洋・津軽海峡沿岸の田名部-佐井間も整備された。田名部街道は、大間,佐井に向かって、直
2024年6月6日(木)田名部街道「田名部散策」(2)つまみ食い街道の旅田名部と斗南藩・円通寺明治のはじめ、戊辰戦争に敗れた会津藩の人々は、下北半島のむつ市に移り住み、会津の再生を目指した。会津藩改め斗南藩の歴史は、飢えと病に冒され、多くの犠牲を出した、苦しく辛いものであった。明治元年(1868)夏、京都から引き揚げてきた会津藩隊は若松城に篭城し、新政府軍への抵抗を続け、攻防の末、同年9月22日に降伏。藩主・松平容保は謹慎の身となります。翌年、会津松平家は再興を許され、
2024年6月27日(木)田名部街道「野辺地~田名部」(1)つまみ食い街道の旅(GSV)街道地図は下記クリック田名部街道-Googleマイマップ田名部街道www.google.com田名部街道は奥州街道野辺地宿から本州最北の地、下北半島の大間崎、佐井村を結ぶ。野辺地から陸奥湾に沿って北上し、むつ市中心地である田名部を経て、大間町、佐井村に至る。田名部街道は江戸時代の中頃までは陸奥湾沿いの野辺地―田名部間だったが、蝦夷地の警備が重要視され、太平洋・津
2024年6月8日(土)道南・下北つまみ食い街道の六日間の旅(GSV)久しぶりに、つまみ食い街道の旅に出た。が、腰痛のため、苦戦した。第1日目6月3日(月)羽田(発7:30)~AIR~函館空港(着8:50)~バス~五稜郭五稜郭散策松前街道「五稜郭函館奉行所~函館市万代町」函館散策松前街道「茂辺地散策」松前街道「木古内散策」「木古内駅近くのBHに宿泊」第2日目6月4日(火)松前街道「福島散策」松前街道「白神散策」松前街道「松前散策」松前、「温泉
ちえみちゃん祭りのチケットはこちらからどうぞ。チケット情報発売チケット情報!www.cnplayguide.com本郷田奈部の手打ちそば少し並んで入りました。ランチです♪手打ちそば田奈部鴨南蛮蕎麦。もっちりとしたコシのある蕎麦。鴨のつみれにとろみがあり美味しいです。出汁はコクがあり鴨は柔らかく。葱もちょうど良い焼き目。前から気になっていた、本郷田奈部の手打ちそば。サッと食べてそれから仕事場へ。堀ちえみさんとクラースが作った履き心地GOODなウェルネスシューズC
年末年始あれこれその弐■年越しそば2022年大晦日11:30開店10分前に到着すると行列年越し蕎麦を食べようとやってきました。本郷三丁目近くの蕎麦屋「田名部」入店まで30分待ちました。神田のまつやに比べれば大したことありませんが‥。寒いすっかり身体が冷え切って真っ先におトイレ。外にあるんかい~寒ッおつまみと共に熱燗注文。熱燗到着焼き味噌銀杏熱燗お替りしての蕎麦到着辛味大根蕎麦カミサンはいつものように天ざるこの辛味大根旨し大根からまる~蕎麦湯をごっくん。美
日本の端といったら北海道に怒られるでしょうか。ここは本州の端、下北半島です。国鉄の特定地方交通線であった大畑線を下北交通が運営していた三セク鉄道路線。青森県むつ市の下北駅で大湊線から分岐して下北半島を縦断?横断?し、下北郡大畑町(現・むつ市)の大畑駅までを結んで、2001年に廃止されています。むつ市中心部の田名部駅跡にあるバス乗場。国鉄の路線だったためか、JRバスがおりました。国鉄時代は2面2線だったらしいですが、下北交通になってからは1面1線で運用されていたようです。旧田名部駅は解体
かなりショッキングな書名。特攻の出撃なんて儀式があって堅苦しくて、とても家族が、それも女性が飛行機に乗り込むスキなんてない。副題からは、かなりのいわくありげなストーリーが想像される。この事実はまったく俺は知らなかったことだ。どういうことなりや?主人公の谷藤陸軍少尉は、俺もよく知っている田名部(現むつ市)の出身。実戦にはでることなく満州で飛行学校の教官を務めていたが、終戦後の8月19日にもなってソ連軍の戦車を目指して11機が出撃したという。けっきょく軍籍外の人間を、それも女を乗せて出撃し
山田町「田名部」【ドライブ】山田町田名部今回は田名部です。ここはブナ峠頂上と豊間根のちょうど中間ぐらいにある地区で、ここも範囲的にはかなり広いのではないかと思います。殆ど知らない地区なので勘で走ったら豊間根についた、そういう動画です。youtu.be今回のドライブは田名部だ。広く見れば豊間根だと思うがどうなのだろうか。地理的にはブナ峠と豊間根の中間ぐらいにある。住宅街は区画されておらず田畑の畦道がそのまま生活道路になっている感じで抜群の風情かある。農村の風景画とか写真のロケーショ
amazarashiオンラインライブ「末法独唱雨天決行」私がおばさんすぎるからかタイトルが中二すぎてちょっと引いた(余計な一言)観ました。公式がキャプチャー画像OKと言っているので、初めて聴くポエトリーの歌詞の一部が気になったのでスクショ。「田名部の夜更け」「境内に吐いた煙草の煙は祭り提灯に揺らいで橙」「親不孝通りの川沿い」2017年と2019年のamazarashiの凱旋ライブに行ったとき、聖地巡礼が
『北前船』第9回「北前船」で栄えた湊町②東北東北での「北前船」で栄えた湊町は、青森県の田名部・十三湊・深浦、秋田県の能代・土崎、山形県の酒田、新潟県の新潟・出雲崎・柏崎・直江津が代表的な寄港地でした。天領や藩の米を大坂に積み出す湊が繁栄しました。青森や秋田の木材・鉱物、山形の紅花、新潟の鋳物などは上方での需要が大きかった商品でした。(青森)●大畑:津軽海峡に面した湊町。厚岸への航路。ヒバ材の大集積地。●大間(おおま):箱館に最も近い東北の湊。●佐井:下北半島西岸で
大間を出発したのは午後2時頃で、行き先は尻屋崎である。尻屋崎は赤字1の場所、そこに尻屋崎灯台もある。この灯台は尻屋崎の突端に立つ白亜の灯台で、日本の灯台50選にも選ばれていて、周辺には寒立馬(かんだちめ)と呼ばれる馬が放牧されているという。しかし、下風呂温泉を過ぎたあたりから雨が降りだし、そこから10kmも行かない間に雨足は急速に強まり、最後には豪雨となって、ワイパーをフル稼働しても前が見えない状態となった。しばらくそのあたりのコンビニで雨宿りをしていたが、雨の止む気
青森県むつ市田名部地区で行われる田名部神社例大祭『田名部まつり』の紹介をYouTubeにアップされている動画を拝借しながらしていきたいと思います🥰およそ380年くらいの歴史があると言われ、先日紹介しました菅江真澄も下北に来た折にはこの田名部まつりを見てその紀行文に記しています。すでにその時から現在と変わらず運行形態をとっていたようです。神社の神輿行列にをお供して5台のヤマ(山車)が運行されていました。5台のヤマは田名部の5町にあります。現在のヤマの並び順で横迎町、小川町、
青森県むつ市田名部まつり山車参社(さんしゃさんしゃ)の様子です。参社とは、田名部神社にヤマが参じること。この場合はヤマと言わずに「さんしゃ」と言う💦まぎらわしい(笑)並び順に、定位置に五つの町のヤマが並びます。どのヤマも御神体の後ろ側に松の気を付けていることにご注目\(^o^)/✨田名部のは小ぶりながらもなかなか揃ってて美しいヤマです。
青森県むつ市田名部まつり8月20日は田名部の五つの町(五町)を田名部神社のお神輿渡御にお供して、五つの山車(ヤマ)が運行します。京都で言う山鉾巡行みたいな。田名部には鉾がなくて、山(ヤマ)のみ。ヤマなので、御神体の後ろに山を意味する松が備え付けられています。同じ北前船の寄港地である野辺地では山(ヤマ)ではなく山車(だし)。その他、南部地方一円でも山車(だし)。下北ではこの手の御神体を乗せた山車のことをヤマといいます\(^o^)/あー書いてたら、早く8月来ないかなと思っ
青森県むつ市田名部まつり新町新盛組香爐峯(こうろほう)の見送りです。私のところのヤマです。「ヤマ」の御神体は清少納言😊💖さて...前日、田名部まつりのルーツが滋賀は高島の大溝にあるらしいことを書きました。文献がないため推測の域を出ません💦田名部に近江商人の未えいが住みついてること、大溝祭のヤマの台数や形状などの類似点からの推測で言われております。それはさておき、私が田名部まつりのルーツから高島市を知ったのは20年ほど前。奈良の長谷寺に初めて参詣したのは11年くらい前。私は無知
先日ジム仲間4人で、忘年会🍻してきました田名部エリアにある、焼鳥処「ゑぼし」さんで飲んだぁ~✨🍻🎶最初ビールから始まり~、、焼き鳥を頼み~、皆いっぱい食べたね2件目行こうかなんて話してたのに、この店に五時間半もいたねお店の人、迷惑してなかったかしら皆何杯飲んだかしら話は、まだ尽きない雰囲気だったのよ🤭主人に話したら、「よくそんなに話すことあるよね」と、いつものセリフが返ってきたわ😂また続きは、ランチか飲み会で皆さん行きましょう
本州昨北端下北半島は恐山が大変有名なものの正直アクセ性が悪く、手軽な観光地とは言えない。私は、足掛け10年青森三沢に単身赴任の身で住んでいたので、暇な週末は1人で色々とドライブをしたこともあり大変身近なエリアだ。しかし、それは自動車での移動が前提だったので、自由に動けたからだが、電車利用と徒歩ではちょっと散策には難しい土地だ。毎年秋近くなるとなんとなく恐山に行きたくなるのだが今回、ちょっとむつに用事があったので空き時間を上手く使って散策してきた。私にとってのむつは、観光な
9月になりましたねセンター試験まで4カ月になってしまいました。焦っている私であります。以前の投稿から1カ月ちょい・・インターハイで熊本に行ったりオープンキャンパスで新潟行ったりと御朱印集めをたくさんしたので紹介しよう!!!!と思っていたらなんと5月に訪れたある神社を紹介してなかったのでそこを今日は紹介しますさて、本日紹介する神社はこちらです青森県むつ市田名部町にある下北半島総鎮守田名部神社です。ここの神社は田名部祭りで有名ですね〜青森県下北半島を流れる河川田名
三連休は、よく食べ、よぉ~く食べて、食べ過ぎましたおかげで体重が、減った分戻るまた戻すのに一苦労ですわこの日は、初めて田名部エリアで主人と飲みました「やきとり串や」に行ってきた焼きそばは、“特盛”と書いていたものの、思いの外チョー大盛でしたなのでお持ち帰りしました炭火焼きで美味しかったよ
【12月30日・撮影】下北半島のむつ市(大畑、脇ノ沢合併前の時代)には、田名部(たなぶ)と、大湊(おおみなと)という2つの栄えた地域があって、それぞれしのぎを削って発展してきた歴史がある。ところが自家用車の普及とこのところの郊外型の大型店の進出で、古くからにぎわっていた旧市街はさびれていく一方らしい。高校で青森市に出ていく前までの少年期を過ごした田名部地域で見たものが、今でもどれだけ残っているか、懐かしい風景を求めてRICOH_GRを片手に散歩してみた。積雪が例年になく多い年末だが雲が少なくよ
三内丸山交番(遺跡があるから縄文…!)田名部交番八戸中央交番(えんぶり…!)気になってるのに写真とり忘れてるから、いつか交番をめぐりたい。。。
まだ、少し先ですがたなぶ七福まつり歩行者天国2017の開催のお知らせです!今年は10月9日(月)祝日の開催です!それに伴い、歩行者天国出店者さんを募集しています!お気軽にお問合せくださね!