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小説「ツチノコ神社」第十五話~赤いツチノコ列車の夜🚂夜。相場が終わるころ。東証の近く。ビルとビルの隙間。細い路地。そこに小さな屋台がある。紺の暖簾。小さく書いてある。ツチノコ神社。ここにはいろいろな人が来る。買う人。売る人。借りる人。そして助かりたい人。男は黙ってまんじゅうを焼いている。昔。三百億溶かした男。今はまんじゅう屋。みんな神ちゃんと呼ぶ。🍡あんこの匂い。暖簾の上。小さなツチノコ。丸い。今日も
令和哲学者Noh先生と5人の侍によって開催されている第1055回令和哲学カフェ。脳機能を心機能に変える令和哲学カフェ。「令和哲学カフェー政治哲学に学ぶー」【スケジュール】<第1054回>7月6日(月)吉田茂(担当:冨沢亮太)テーマ:現実主義と国家再建<第1055回>7月13日(月)田中角栄(担当:塩見典子)テーマ:平等と分配/地方と中央<第1056回>7月20日(月)中曽根康弘(担当:荒牧明楽)テーマ:国家の方向性とリーダーシップ<第105
oonoarashidaisukiのブログさん、田中角栄は無罪だった?!、、、令和八年丙午葉月拾六日壬戌仏滅旧歴七月四日合掌
日本はなぜ1972年の日中国交正常化を急いだのか。保利書簡の原案を執筆した中嶺雄氏の証言から、田中角栄、大平正芳、周恩来、台湾問題、日中復交三原則、そして日本が採り得た別の外交シナリオを読み解く。2020年8月13日。日本は、本当に1972年9月に一挙に中国との国交正常化を実現しなければならなかったのか。中嶋嶺雄氏は、まったく違う見方を示している。当時、日本との国交を必要としていたのは「むしろ中国のほうだった」というのである。日本側には、田中角栄首相と大平正芳外相が中国を訪問して毛沢東
1972年、日本はなぜ中国へ一方的に傾斜したのか。中嶋嶺雄氏の論文から、田中角栄、大平正芳、日中国交正常化、台湾との関係、日本の対中外交の長期戦略を問い直す。2020年8月13日。1972年、日本は本当に十分な戦略を持って中国との国交正常化に踏み切ったのか。中嶋嶺雄氏が書き残したのは、当時の日本が「バスに乗り遅れるな」という空気の中で、雪崩現象的に中国へ傾斜していった姿である。三木武夫氏、田中角栄氏、大平正芳氏ら自民党の領袖たちが、肖向前中日備忘録貿易弁事処代表と壇上に並び、スクラムを組
大自然の中で暮らしたいと思ったことある?▼本日限定!ブログスタンプ憧れはありますが私虫刺されが酷くて考えた事ありません今日はハイジの日⁉️とか…田中角栄の人獲法が制定された翌年教員ラッシュ湧いたその年折悪しく教員採用試験を受け新人教員に…ネ今日はその頃のお話です〜採用決まった学校はマンモス校で一学年七クラスもあり学年主任の男先生との副の女先生ほか独身の私たち四人その学年主任の男先生が顔に似合わず人気TVアニメハイジの話で盛り上がり「あァ
低学歴=勉強も読書も駄目、の偏見最近、SNSで問題になった投稿が『低学歴なのに読書や勉強が好きなのはおかしい。文字も読めず、勉強しても頭に何も入らない筈(以下訳)』というものだ。まあ、アカウント名が『○念』(『○○・トンスル(○糞酒)』『○ンタク』と同じ人物)だが。このポスト(投稿)がおかしいところは『低学歴=無能』としているところだ。例え、高卒だろうが本好きだって普通にいるし、勉強も高学歴のための
1972年、日本は中国との国交樹立と引き換えに台湾(中華民国)との外交関係を断絶した。中嶋嶺雄氏はこれを「歴史的な過ち」と捉える。日華平和条約、日中平和友好条約、北方領土を通して、日本外交自身が「法と正義」に従っていたのかを問う。2020年8月13日1972年、日本は中国との国交を樹立した。その代償として、台湾(中華民国)との外交関係を断った。それは、本当にしてよいことだったのだろうか。以下は、「『日中国交正常化』は誤りだった」と題して、月刊誌『Hanada』セレクションに掲載された、
ゴールは近いポール・ホワイト・ゴールド・イーグル@PaulGoldEagle8月10日さんのXより拝借致しました。同盟からのメッセージ世界の愛国者の皆さん、これは希望と教えのメッセージです。作戦の最終段階が進行中です。これから目にするものは不安を掻き立てるものになるでしょう。あなたが頼りにしてきたシステムは、やがて崩壊します。あなたが信頼するようにプログラムされたメディアは、大量欺瞞の武器として暴露されるでしょう。慌てないでください。これは移行のために必要な部分です
1972年の日中国交正常化で、日本は台湾(中華民国)との外交関係を断った。中嶋嶺雄氏は、その決断を「拙速外交」と呼び、瀋陽事件、歴史認識問題、尖閣諸島問題など、その後40年間の日中関係から「正常化」は本当に正しい選択だったのかと問い直した。2020年8月12日1972年の日中国交正常化は、本当に日本外交の成功だったのだろうか。その時、日本は台湾(中華民国)を切り捨てた。そして、その後40年間の日中関係は、その判断が正しかったことを証明したのだろうか。以下は、「『日中国交正常化』は誤りだ
2525)年金が月当たり25万円『家、ついて行ってイイですか?』テレ東最近の番組、18歳ノンキャリアで国家公務員になった男性。2ヶ月に1回の年金が50万円と言った。月当たり25万円。田中角栄総理の近くで働いたこともあるという。いずれにせよ、勤務先は倒産しない組織を選ぶべきである。私のようなボロ会社遍歴。Y自己破産、KS給料遅配、Tボーナスなし。気持ちのいいものではない。己の過去世の因果応報か?人間のやることは天が見ている。自分がした良い行いも悪い行いも、その報いが必ず自分に
https://x.com/i/status/2086644495442166093高市首相が若かりし頃、戦争責任について「当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし反省を求められるいわれもない」と言い放った動画がSNSで猛拡散されている。田中角栄元首相は「戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」という言葉を残しているが、その通りになって…—日刊ゲンダイDIGITAL(@nikkan_gendai)2026年8月10日やはり、フルネームが左右対称のお国
こんばんは(^w^)vフォロワーの皆さま、(・∀・)イイネ!!を贈ってくださる皆さま、ブログを読んでくださっている皆さま等。いつも、有難うございます。司法書士試験の勉強のことを考えない日はありません。正直、日本語であって日本語でない法律系のお話というのは、とっつきにくいものですよね。眠たくなる瞬間も多々ありますが、とりあえず、講義を全部一度は拝聴する!!という目的をたてて、亀の一歩を毎日進んでおります?(謎)さて、眠れないので、以前に買わせて頂いた本を、パラパラと読ませて頂
https://www.facebook.com/share/r/19QDVtXekb/再生19万回·リアクション2,242件|【田中角栄】正論ばかり吐く男が一番役に立たない#田中角栄#名言#偉人#心に響く言葉|心に響く言葉【田中角栄】正論ばかり吐く男が一番役に立たない#田中角栄#名言#偉人#心に響く言葉www.facebook.comご来訪ありがとうございます😊田中角栄氏…叩き上げの人の言葉は重い…正論では現場は動かない…確かに…
政治経歴と法的経緯田中角栄は第64代・第65代内閣総理大臣を1972年7月から1974年12月まで務めました。内閣総理大臣在任中の政策や実績は本稿の範囲外です。退任後、ロッキード事件で逮捕・起訴されました。ロッキード事件は日本の戦後最大の汚職事件と呼ばれています。田中角栄は1993年に死亡しました。そのため、公訴は棄却されました。家族の証言田中眞紀子はテレビ番組内の動画で、父・田中角栄の溺愛エピソードを語りました。彼女は父親が自分を特別に大切にしていた具体的なエピソードを紹介しました。こ
【宮城まり子さんが田中角栄総理にした陳情】女優・歌手の宮城まり子さんが障害を持つ子どもたちの養護施設「ねむの木学園」を設立したのは、1968年のことでした。徒手空拳(としゅくうけん)で始めた学園運営は数年後、すぐ壁に突き当たりました。当時、日本の養護施設で教育を受ける予算がついていたのは、小・中学校の年齢の子どもまでであって、高校進学のための費用は認められていませんでした。このままでは、中学を卒業する年齢になった子どもたちが、路頭に迷ってしまう。悩んだ末、意を決した宮城さんは、官邸に直接電話をし
私は昭和の時代に日中友好を田中角栄氏に任せて、戦争問題を言い張る問題を解決させる為に依頼した。その時に代償を払い、戦争問題を言い出せ無くして、対価は払った。そして現代はレアアース問題は日本は、中国だけでなく世界のマーケットを通し調達する事に、舵を切った。やっと世界は日本の慎重さと中国の報道に、気付き中国の一帯一路の政策の支配に気付いてくれました。私は中国の政策は製品の真っ当な対価で無く支配する為の、習近平氏の支配的なやり方の正確な商品対価では無い、中国流の支配的な政策で経済を仕
高市総理への誹謗中傷は止むことがありません。熊本の被災地訪問や広島での演説についても、いちゃもんのレベルです。オールドメディアが率先して行っていることもあり、騙される人もいるようです。しかし、高市総理はそれをバネにして、政治家としてより成長し、長期政権を目指しつつあります。プルタルコスは「周囲から敵意を向けられると否応なしに生活を健全にせざるを得ず、怠けたり他を見下したりするような態度をとらないように注意し、何事も何かの利益に奉仕するように心がけるながらやるようになる。そうなった人は、自分
新潟県の中越エリアを巡る旅ですが、柏崎市のホテルに宿泊して、2日目の朝を迎えました。窓の外は青空が見えているので、展望(?)風呂に入ってからさっそく出発の準備をしました。ホテルは居心地が良かったのですが、朝食ナシのプランだったので、外で食べることにします。もちろんツーリング先の朝ご飯は、コスパの良い「すき家」さんの朝定食をいただきます。ちょうどR8を西へ進んだら「すき家」さんの店舗を発見したので、駐車場へバイクを停めます。日本全国で同じメニューが同じ値段で食べら
普通、新幹線駅とも成れば、その地域の一番、人が住んでいて、駅前には、それなりの「お店」が、やっている。。。と、思っていました。。。この地域を地盤とするとある昭和高度成長期を代表する大先生が、国鉄に、新幹線駅にしろ!!!って、命令したらしいですね、、、(^_^;)いや、降りてみましたが、、、、典型的な「地方衰退の駅前」でした。いくらなんでも、普通、新幹線駅の駅前ってのは、その地域の中心地であり、その駅前には、ホテルやアーケードがあるのが一般的でして、、、でも、この駅だけは、違いま
真山仁『シャドーゲーム』です。私の好きさレベル5段階評価の『4.5』です。ロッキード事件を背景に日米の闇を描く「俺たちは、切り捨てられたんだ。」1976年、前総理逮捕。その裏側に日米関係の“陰”を追う者、隠そうとする者の熾烈な闘いがあった――。あの大疑獄事件に取材した、迫真の陰謀スパイ小説。1974年、アメリカのヒクソン大統領がスキャンダルで辞任した。ヒクソン政権で国益のためには汚い手段も辞さなかった特別補佐官カール・サンドラーは、苛立っていた。
日本人なら、人生で、一度は、食べてみたい、、、、「魚沼産コシヒカリ」日本米の最高峰「魚沼産コシヒカリ」その「魚沼郡」の代表駅に、達す。<浦佐駅>浦佐駅に達す。まずもって、、、、只見線の「小出駅」、飯山線の「越後川口駅」をおいて、浦佐駅に、新幹線駅を築いたのは、、、、「田中角栄」大先生のお陰でありましょう。だただまぁ、地理的に考えれば、東京〜新潟を、一直線で結んだ場合、地平に顔を出せるて、地平線である「上越線」と交わっている地と言うのは、かなり、限られてくると思います
過ちは繰り返さぬと記す原爆碑冬龍本日、81回目の原爆忌。いつも思うのは過ちを繰り返さないと誓うのは個人か国家か。ここ数年、戦争と平和の緊張の板挟みに挟まっている気がしている。8時から始まる平和記念式典に高市総理は何を話すか興味はある。戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ないが、戦争を知らない世代がこの国の中核になった時は怖い(危ない)田中角栄がこう言った。当にその時代になってしまった。「戦争を知らない子どもたち」がこの国の中枢になったわけだ。何が何でも9条死守のお花畑
大正生まれの私の亡き父は、自ら学徒兵としての戦争体験もあり、二度とあの悲惨な戦争を起こしてはならいとの信念と、教師の労働条件改善を常に願っていた熱心な日教組の組合員でした。その思想・価値観は、まさに、平和、自由、公平、博愛を願う、リベラルだったと思います。そんな父が、わたしがこどもだったころ左翼の活動等について言った言葉のいくつかをいまでも覚えています。60年安保反対運動は共感できるが、70年はダメだ田中角栄は組合より本当に教員を大切にしてくれた自衛隊員を批難してはいけない歌は人を
令和8年6月13日参拝二度寝から目が覚めたお布団の中で思った。(お盆が来る前に御府内のお寺行っといた方がいいんじゃない)ほんとそれだわ京浜東北線の上中里駅から徒歩5分ほどでした。駅前から平塚神社沿いの蝉坂を歩いていきます。坂の途中、寄り道した上中里不動尊にすんごいきれいな摩利支天がいらっしゃいました(๑´▽`๑)不動尊と摩利支天が祀られてるなんて、それもそのはず、ここは太田道灌が豊島氏の居城だった平塚城を攻め落とした、まさに合戦の地なのです。奉納は50年ほど前のようですが彫り方は
どうせ消費減税などできないだろう、と高を括っていた緊縮派は、度肝を抜かれたはずです。高市総理は果敢にも挑戦し、昨日の自民税調&社会保障制度調査会の合同会議では、発言者の75名のうちの65名が賛成の意見を述べたからです。自民党が消費税を下げる決断をしたのは、まさしく画期的な出来事でした。高市総理は政友会の原敬、さらには田中角栄に匹敵する政治家です。小室直樹は「もう一度、高度成長してGNPがうんとふくらめば、税収が急増して財政危機なんか吹っ飛んでしまう。輸入も増えるから貿易摩擦も解消。が、これ
政治家というと日本人なら、やはり田中角栄さんこの人の印象が強い。威厳はあっても偉そうにしないというのか下にいる人のことや庶民の心理をわかっている。そんなエピソードがたくさんある。現代の政治家の人たちはどうだろうかわたしは今でも田中角栄名語録の中に学ぶことがあるありがとうございます。
感謝です。流石、「小学校卒の田中角栄」の字では、これには、かなわない。当時の「北京・ソ連紅十字医院」へ毛沢東主席、運筆減少、人民的疾病提高、人民的健康水平毛沢東人民の疾病を減らし、人民の健康水準を高める毛沢東
暑い!朝から暑い!4時45分にスタートしましたが、くらくらするような暑さです今日のランニングはきつく、散歩の人とあいさつをかわす余裕もありませんでしたペースも距離もがた落ちで終了12.56㎞1:32:087.20/㎞さて、昨日の続きですが熊本の地震にからんで、岡田克也氏をたたく人々がいるという件です岡田氏と言えば、昨年の高市首相への質問で「台湾有事で存在危機事態はあるか」岡田氏は、総裁選での高市氏の発言をとらえてそのような質問をしたのでした【資料】高市台湾有事発言