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2026年になって早や6日。今年もアッと言う間に過ぎ去るのでしょうね(笑)。以前は、キッチリと二日に一回のペースを守ってきた当ブログ。筆不精が習慣化してボツボツという状況です。まぁ、止めるよりはマシ!ペースは落ちても「継続は力なり」で続けよう!と、今のところは、、、思っています(爆。きょうは、53年前の年末に発売された名盤です。当時、予約して買いました。↑1973年の12月21日にリリースされた「よしだたくろうLIVE'73」です。日本のレコード史上最初の
吉田拓郎のLIVE73といえば拓郎の初期の名盤です。まあ、拓郎の70年代のアルバムは私から言わせてもらえればどれも名盤ですけどね(笑)そのLIVEを当時の裏音源を元に曲からMCまで再現したのが今回のライブです。レコードの曲順と実際の曲順は違ってたりとか。例えば1曲目は春だったね。2曲目はレコードはマークⅡですが、実際の2曲目はせんこう花火でした。ねっ、面白いでしょう。吉田拓郎を演じるのは何度も私もライブに足を運んでいる井上ともやすさん。この方の拓郎愛は本当に凄い
音楽雑誌『リズム&マガジン』の対談記事!お相手はあの田中清司さん❣️1975~6年頃から五郎さんのステージのサポートをしていただいてました!私も田中さんのドラム大好きでしたよ❣️田中さんのバスドラは前の座席とかの正面に座ると、まるで風圧を感じるようでした~。さあ!今回のお写真は空ちゃん、海ちゃんのツーショット❣️このあいだの事件?から空ちゃんも復活!予防接種も終わったそうなのでいよいよお散歩デビューでしょうか⁉️でもその前にトリミングにGO❗️ですね。さらに可愛いくなった「子供
ラストダンスは私に/萩原健一ドンファン・ロックンロール・バンド徳間音工/バーボンDRS-1『熱狂雷舞』に続く、1980年12月リリース2枚目のライブ盤『ドンファンライブ』からのプロモ盤。のちに同じ組み合わせでシングルも一般発売される。ショーケン、最高にカッコいい。憧れの人。『いつかギラギラする日』のエンディングに流れるんだよな。あれもカッコよかった。まさか、あんなにあっさり逝ってしまうなんて。ショックだったよ。俺らの時代で最高にカッコいい人だった。
きょうは、このレコードを発売当時にはレコード屋さんで「これ、下さい。」と言うには年頃の成年男子としては勇気のいったレコードです(笑)。いかにも誰かに頼まれたフリをして買いました(爆。あの頃は、見栄晴君だったんですね。勇気を出して買ったキャンディーズのレコード!友達数人を呼んで聞きました(爆。このベスト盤から「春一番」を!少し、時節的には早いかな(^^;。それでは、いってみよ~(^_^)/~田中清司のドラムも勇ましい(笑)
2014年に自主制作したアルバム『せんちめんたる』がSpotifyにもアップされました!せんちめんたるKentoHanda·Album·2014·12songs.open.spotify.comAppleの方には以前から在ったそうですが、自分もユーザーであるSpotifyにもあがったことは何かと便利が良さそうです。さて、このアルバムはというと自分が二十代の内にどうしても仕上げておきたかった構想を具現化した物でした。俳優、タレントを生業としながらもゆくゆくは音楽の道を開いて
先日の「よしだたくろううLIVE’73」熱かったですね~。熱い一役を担ったのが全編通してタイトなドラムを叩いていた田中清司さん。1948年生まれのドラマーです。私、詳しくは知りません(^^;が、昔のレコード録音時のミュージシャンには、その名が度々登場しています。また、私の一級上の怖~~い先輩と名前が同じなので印象深いって訳(笑)。その田中清司さんがドラムで参加しているのが私のブログの常連さん(笑)。よく登場しますねぇ(笑)。井上陽水の「陽水Ⅱセンチメンタ
先程、ドラマーの田中清司さんにお電話をしました。最後にお会いしたのは昨年末の事だったかな?清司さんとのお付き合いももうじき十年になりますか。ベーシスト江藤勲さんからご紹介頂きそれ以来、公私共にお世話になっております。お会いする機会は大抵がお互いのライブ会場でしたので、現在のこの状況でなかなか会えずに…電話越しの清司さんの声は健康そのもので安心しました笑奥様と新築(スタジオ付き✨)のご自宅でゆっくりお過ごしになられているようです🙂(時折、ドラムも叩いおられるとのこと!)そりゃそうです
🔹◇🔹レトロモン🔹◇🔹すこしだけはなれて歌います、飲ますコレ、N.Y.の留意1983年サントリーブランデーV.S.O.P.CMソング昨年も来日公演マンハッタン・トランスファーによるネオ60sなカバー”ワンダフル・ドリーム”原曲は、ワンヒットワンダーフィラデルフィアの5人組R&Bグループメイジャーズ1962年のTop40ヒットドゥー・ワップ・ナンバー
今年も幾度かライブをやらせて貰ってきましたが、その中でもシリーズ化に成功した『健人の部屋』は大きな存在でした。二幕に分けて一幕ではまるで某長寿番組のごとくゲストとトークショーを行い、二幕で僕の歌のステージというわけです。そもそもはビクターディレクターK氏のフラッシュアイデアによるものでしたが、始まってしまえばこれが定番化し、自分でもしっくり来るものへと成長しつつあります。このシリーズは今後僕の音楽活動の柱の一つとして存在していくことでしょう。さて!そんな第三回『健人の部屋Ⅲ』のレポをま
GOROさんがシークレットゲストとして出演された大阪城ホールでの「LIVE君と歩いた青春2019」(9/21)。本日はその追記覚書としてのブログ更新。この日、ステージに「矢嶋マキさん」も出演されていたことをあとから知った。GOROさん、いろいろな人と会い共演して、思い出深い大阪になったんだろうなぁ。と、しみじみした気持ちになった・・・(*´I`*)※矢嶋マキさん(キーボーディスト)https://www.facebook.com/macco.macco.39/posts
すごい4ショット!
ジュリーは1974年11月発売のシングル「愛の逃亡者」はイギリス、翌年の「巴里にひとり」でフランスへと海外へ進出をはかる。暮れに日活で初主演映画の「炎の肖像」が封切られ、人気歌手役で主演(偶然にも役名は後にドラムで参加する“鈴木二郎”と同姓同名)。過激なラブシーンありのワイルドでダーティーといままでとは真逆な役柄だが、冒頭インタビューや堯之バンドと実際に行なったライブ映像を使用しているため、どうしても実在のジュリーとオーバーラップしてしまう中途半端な映画のように思える。音楽は堯之と大野が担当
日テレアウトロー路線だった「傷だらけの天使」。製作費も超低予算で濡れ場や暴力シーン満載なのは当時中学生だった私が茶の間で親とみるにはキツかった。結局低視聴率に苦しんだ末、2クール目から義理人情路線に軌道修正で人気回復、私も毎回安心してみることが出来た。前半100%見ていないのであいまいだが、オープニングタイトルは数パターンのバリエーションがあった気がするので調べてみると、とあるショーケン・ファンのサイトによると第7話まで、1.牛乳をぶっかける2.牛乳を口からこぼす3.修が画面から消え
あけましておめでとうございます。新年一発めは井上陽水で。氏がベース参加している作品は、実はあまり無いです。ドラムは田中清司氏。星勝アレンジの、フラメンコのようなタンゴのような、まさに怪し気なアレンジに乗り、半ミュート気味の太いベースが縦横無尽。しかし、2コーラスめアタマの歌詞《ワンピースを重ね着する君の心に》って、どんな心なんでしょうか。収録アルバム:あやしい夜をまって1981年
74年9月、ジュリー5枚目となるアルバム「JEWELJULIE~追憶」が発売される。ラストの「追憶」以外はジュリー&堯之バンドのメンバーの手によるオリジナル曲、大野克夫がチーフ・アレンジャーを務め演奏は堯之バンドと、仮にPYGが存続していたなら「JULIEIV今僕は倖せです」は2nd、これが3rdアルバムに値するだろう。曲目は1.お前は魔法使い(詞曲:沢田研二)2.書きかけのメロディー(詞:沢田研二/曲:大野克夫)3.親父のように(詞:岸部修三/曲:速水清司)4.ママ
1974年6月9日、メンバーチェンジ初のレコーディングは「太陽にほえろ!」の新刑事“テキサス”他のテーマ曲録音を、また同時期に「傷だらけの天使」の劇伴レコーディングも行っている。この時期あたりから、大野はハモンドに加えて“ファルフィッサVIP500”のキーボードをレコーディングに使用しはじめる。9月OAの“テキサス刑事登場”のシーンに使用されたのは傷天用に録音された「天使の太陽」。75年発売されるアルバムには傷天曲として収録されているが、92年発売の「太陽サウンド・コレクションVol.1」にレ
ギター矢島賢、ドラム田中清司、キーボード江夏健二という野口五郎の専属バンドのインストアルバム中唯一のヴォーカル曲。レゲエ調のゆったりしたビートに乗る歌声は、やっぱりソウルフル。収録アルバム:GOROSPECIALBAND1979年
70年代、ロック系スタジオドラマーで最も多忙だったドラマー。田中氏のwiki岡沢氏とは、吉田拓郎、野口五郎、岩崎宏美などあまりにも数多くの作品で共演している。二人の共演で私が一番好きなのは、ギタリストのオムニバスアルバム「NEWYORK」における、松木恒秀セッション。渡嘉敷祐一とのツインドラムでSTUFF風を好演している。