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こんにちは〜♪今朝は6:45起床中途覚醒ありトータル約7時間の睡眠です昨日は朝イチで大学病院へ大学病院内でのハシゴを終えそのままコストコへ🚗割引になっているヨーグルトやさつまいも🍠などを購入し帰宅午後はハローワークへ2回ほど行ったりしていたらアッという間に1日終了でした💦久しぶりに活動的な1日でちょっと疲れたかな…でも心地よい疲れで充実した1日でした✨☺️👌さて母とは仲が良いので日々色んな話をするのですが母はよく母の昔話祖父母の話母の兄弟の話
向いのおじさんは犬が好きで自身も犬を飼っているたぶんわが家が犬を飼ってなかったら時の挨拶をする程度のつきあいだったと思う散歩のたびにランちゃん、ランちゃんって声をかけてくれたなのにランときたら早く散歩に行こうよって感じであまりおじさんに懐きもしなかったある日おじさん家の先住犬が亡くなり次に飼った犬の名前を''ラン“と名づけた時には苦笑いしたあれから十年以上経ちおじさんはおじいさんになった店を閉めて家からほとんど出て来なくなったそのおじいさんの奥さんも
一般的には「ラグマット」って言うのかな?一畳あるなしの大きめの座布団みたいなうやつこれまで使ってたのは安売りされてた日焼けして色味が半分ずつ違うラグマットどうせ、数カ月もしたら全体同じ色になるわ・・・と思って購入そしたら、2年持たずに畳表の「いぐさ」のような部分がボロボロになってきた「見た目いぐさ」だけど、それにしちゃ持てなかった写真を見ると2024年6月に買ってるようなので2年持たなかったってことになる安かろう悪かろう・・・なのか?そこで、買いに行く前に「なんかど
こんばんは!皆さんお久しぶりです今日は久しぶりに愛犬ココアのネタになりますよろしかったらおつきあいください私がamebloを始めたのが2015年7月その時ココアはまだ8歳でした!あれから11年!今年の5月でなんと!19歳になります!✨そうなんです!うちの子まだ生きているんです!ご近所でももうとっくに虹の橋🌈を渡ったと思われているみたいで😅「お散歩はしてないですけど家でまだ元気なんですよ」と伝えると皆さん感心したり驚かれます😅そんなコ
大阪豊中市岡町駅付近にある保護猫カフェcalmさんには怖がりの猫ちゃんがたくさんいます今回は怖がりの猫ちゃんに焦点を当てていきたいと思いますですので怖がって逃げる猫ちゃんや猫パンチをする猫ちゃんもいます猫パンチを受けてケガをすることもよくありますがそれでも撫で続ける理由があります怖がりの猫ちゃん達が隠れることにより里親さんに見つけてもらえず新しい家族に巡り合うチャンスを逃します今はSNSがありますが怖がってる子はいい表情が撮影できず見つけてもらいにくいですという事で人馴れ訓練が
お袋から小包が届いたのは2021年5月19日の、この小包が最後かと思うそして2022年12月から島の診療所へ入院~佐世保の病院へ転院~特養と流れて2024年に死んだ「もう小包も来なくなるかもしれない」と思い始めた、ちょうどコロナ禍がはじまるくらいから、お袋が送った小包は写真に残すようになっていました写真に残してました、2020年8月17日の小包でした寺参りした時のお菓子とか家庭菜園で育てたオクラをフードプロセッサーで「青っ鼻」みたいにドロドロにしたもの(何度、包丁で叩いたよう
ご覧いただきありがとうございます~『気付き』のためのタロット~TAROTReaderの瑠璃です。”タロットは転ばぬ先の杖”『気付き』は新しい未来への第一歩!プロフィールはこちらです。今日、1月17日は両親の結婚記念日です。昔は、両親の誕生日と結婚記念日には必ずケーキを買っていましたが母が亡くなった頃からケーキを買う事もなくなり・・・。結婚記念日も、今日になるまですっかり忘れていました。こうしていろいろ忘れ
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今日は寒いけど天気が良いのでお散歩行くぞーって気合い入れて化粧したのに潤は逃げ回り華はクレートから起きず、出てこず母ちゃんも寒い中行きたくないわって事で散歩は無し何処にも行く予定が無いのに化粧してもうたやんかというわけで先日、写真を撮るのが面倒くさくてやめた「マイナンバーカード」の写真を撮りネットで申請しましたちゃんと出来るんやろか?保険証も紐付けできるんやろか?あーめんどくさっ昨日は優の5七日でした。巡り巡ってるのかな?陽と取っ組み合いしたり、舞と陽と優で追い
"阪神・横田慎太郎さんが道徳の教材に「教育の一環で慎太郎が…本当にうれしい」母・まなみさんも感激"https://l.smartnews.com/m-6VYmwzni/CZwOm6こういう形で横田の生きた証を残してくれる道徳の授業で読んでいる先生や聞いてる子供たちが大泣きしますよ~😭
来て下さってありがとうございますくーちゃんが使っていた物、お水入れや餌入れは直ぐわかるように、そのまま使っています😊新しく買い替えたお供え用の可愛いお皿などもあります✨見ると悲しくなって早々に処分した物と大事にとってある物もあります😄どこの家でもそうよね😆ドラッグストアに行った時に、好きだったミルクを買いました〜もっとたくさん飲ませてあげたら良かった🥲でも今度はシニア犬用じゃないので、更に美味しくて喜んでるかな😄色々片付けてたら、カーペットの下から小さな錠剤が出てきました😅膿皮症のお薬
みなさんあけましておめでとうございます。2026年、新しい年が明けました。いまみなさんはどのような思いでいらっしゃいますか?年末年始は自分を見つめなおす良い機会ですね。わたしは・・・昨年は4月のクリニック開院によりなにもかもが変わりひたすら無我夢中で駆け抜けた1年でした。そして今年はさらに正念場の1年となりそうです。というのも・・・いよいよ借金の返済が本格的に始まるからです。「本当にやっていけるだろうか」という先行きに対する不安が、ふとした瞬
ずっと、失敗しないように生きてきた。間違っちゃいけない。ちゃんとしなきゃ。人と同じようにしなきゃ。それが「正しい生き方」だと、疑いもしなかった。失敗を恐れるあまり、失敗を隠したこともある。自分がそうだったから、無意識のうちに子ども達にも失敗することを許せなくなっていた。子どもが失敗すると、「なんでそんなことしたの」「よく考えれば分かるでしょ!」「バカじゃないの!」今思えば、かなりきつい言葉
DearPiano加林あき子の音日記〜2025年最後の日生きた証として、毎年恒例の私なりのふりかえり♪並べてみたシリーズ今年弾いた曲たちえっ少なっもっと頑張れよー!右に重ねて置いているのは生徒が弾いているから弾いている楽譜。立ててあるのが私のレパートリーとしての楽譜。ま、サボってたわけではなく、大半はiPadに入っています。もうこの並べてみたシリーズ、紙の楽譜じゃないと並べた実感が乏しい…もう一つの私の生きた証ピアノ演奏動画YouTubeこちらは並べるとしつこい
自宅裏から東方向に見える東岳(アズマダケ)の山肌に雪が貼りついています。昭和40年代に閉山した上北鉱山ですが太平洋戦争中の別名は神風鉱山だったそうです。銅の産出量が日本一だった山は人口5000人で学校もあったという。削られた山肌は人々が暮らした証、現在は汚染水処理の建物が一棟だけ残っています。
先日、次男の担任だった先生方や校内の医療的ケアでお世話になった看護師さん、お友達ママさんと食事会をしました。卒業して、いや、その前に先生方が異動されてだいぶ経つのに変わらずのお付き合いがありがたい。先生方から頂きました再会したのは今年の3月に開いた「はたちを祝う会」。学校で歴代の先生方や卒業以来に集まった友達と盛大に楽しい時間を過ごしました。それから半月もしないで次男は旅立ってしまった。次男の体の変化を感じた瞬間はこの会の前に2度ありました。でも、普段通りに戻る次男に命に繋がるものと
こんにちは!豊かで艶やかなアラフィフ艶女子を筆文字で応援する伝筆(つてふで)講師りえ雅号は惠奏う(けいそう)です。■時のうつろい時のうつろいをそこここに感じるのは年齢を重ねたからかしらね。友人を見ても感じるし家族や親戚といる時にも感じるし家にひとりでいる時にも感じるし外出先でも感じるし・・・時のうつろいは結局人や時間や場所ではなく自分の心の中の何かに感じるものなのかしらね。自分の作品
今となっては完全にボケ防止のためのブログ些細なことを見つけては弱った脳ミソをフル回転させて文字に起こしどうにか毎日つづけているだけどたかがブログされどブログある人のブログにたどり着いた時ブログは備忘録やボケ防止だけではない事に気付かされたそうブログはその人の生きた証体という器がなくなっても喜んだり怒ったり哀しんだり楽しんだりそこにはその人の生きてきた日常が全て詰まっているその人が確かに生きていた証なのだガンを患いまるで青天の霹靂の如
先日、高校時代を共に過ごした大切な友が他界しました7年前に会ったきり毎年の年賀状では近況を伝え合い元気で過ごしていると思ってました亡くなる前日に入院中の彼女に会うことができ話もできたまた来るね!と声をかけたけど最期は近いと感じてました人はいつかは光に還りますそれは誰にでも必ず分かってはいるけれど。。。後日送られて来た香典返しに添えられたご家族の言葉に彼女は彼女らしく生きたこと母として妻として専門職として愛をたくさん与えて生ききったことを知りそんな彼女
本を一冊書くってとてつもない偉業なのよ。ふつう99%の人は何も残さないで死んでいく。オレはオレを産んでくれた母や父の人生を知りたい。なぜ父は5歳のオレを殴ったか?なぜ母は父の暴力にたえられず5歳のオレを捨てたか?「これが私の家族です」AKIRA&IZUMI兄妹ライブ~2024.11.15家族byAKIRAなぜ今のオレが形成されたか?そのルーツを知りたい。今生きている人全員にあなたが生きた証を残してほしい。(勇者文庫代表AKIRA)僕の恩
今日は何日だろうもう何日経ったのだろういるだけでいい届かなかった思い頑張ったね伝えきれていない大丈夫心を聞いてなかったいじめも不登校も犠牲になるのは子どもそんなの望んでない幸せになるために生まれるそれを守り抜く責任は教えてくれないのか教育ってなんのためにあるんだろう
こんにちは私のブログに来てくださり、本当にありがとうございます。私はnoteで、娘の「生きた証」、そして大きな奇跡の数々を、過去を振り返りながら書いています。よかったら読みに来てください。👇あーちゃんの心臓の手術、グレン術の日程が決まりました。その話に入る前に——あの頃のあーちゃんが、どんな毎日を生きていたのか。その成長を、一つひとつ残しておきたいと思っています。未来の私は、あの日の私をずっと見守っていました。そして今も、これからも見守っています詳しくはこちらからn
こんばんは。気がついたら、フォロワー様が1000人を超えていました。びっくりしています。こんな見苦しいブログを読んでくださり、本当にありがとうございます_(._.)_*ここは私の生きた証です。本音を吐き出せる唯一の大切な居場所の1つです。読んで下さる方がいらっしゃるから、私は記事を書こうと思えます。色味の少ない人生、1日の生活の中で記事を書いている時は、気持ちが楽になります。読者の皆様のお陰で、私はここで生きた証を更新することが出来ています。読者の皆様、改
私のひとり娘はお空組多くのものを私たちにおしえ、与え2014年秋に還りました娘の引寄せ力はハンパなかったです何百分の1とか、異例、といわれることを含めて確率の低い方へ低い方へといわゆる“万が一”の方に選ばれてしまう子ただ人だけは好いご縁をたくさん紡いだ子です娘がご縁となり娘が還ってからもお付合いが続いている人は私の心の支えや前を向く力になってくれてますその中のひとりが最終年度の担任の先生子どもたち一人ひとりをよく見てくれる
さまざまなコトが重なって…いろいろな人のコトでいっぱい傷ついていたね…ママの📱を見るまでは気がつかないコトがたくさんあった…ママの📱はママが頑張って生きた証…ロックしてパスコードをか〜えちゃんにだけ教えて逝ってしまったのはパパに消されないため…うちらだけにわかってほしかったんだよね…
心に残る一冊の自叙伝以前、訪問ヘルパーとして伺っていたご利用者さんのお一人、千代子さん(仮名)が自叙伝を出されました。千代子「エンディングノートを書いてたら、次次と書きたくなって。半年かけて書いたよ。子ども3人と孫と兄弟たち親戚に送ったわ。ぷくぷくちゃん、あなたも読んで。」私のご利用者さんで千代子さんの親友の里子さん(仮名)も、「素敵な本だったわ。60年近くのお付き合いだから、知ってることも多かったけど、文字で読むと、新たな感動あったわ。」終活といえば「断捨離」「整理整頓」といった『
歯の痛みを紛らわす為に休みの日にハーバリウムを作るようにした。ボーッと考えてると痛みが激しくなる💧売れても、売れなくてもどちらでも良い。花を触ると少し癒やされる。作業療法かもしれないね(笑)30年も周期的に痛んでるのだからすぐに治ることはないでしょう。でも、痛い、痛いで終わる1日は悲しすぎる。少しでも作品を残そうと思う。このブログも私の生きてる証。痛みと戦う私の生きた証かな。。。
もあなさんと今世ではお別れというときをむかえました10月中旬頃から体重が急激に減りはじめ、(2kg→1.7kg)肝機能の注射がとても合っていたので1日置きにした途端だったので慌てて毎日にして通院したのですがわずか10日でした幸い寝たきり生活も短く強制給餌もなく、ゆっくりと枯れていくというのでしょうか、人間と同じなんだなと思いました2023年秋に保護を決意して、白血病を患いながらでしたが特に大病することなくマイペースなもあなでしたねこがキライで人間の方がまだマシというくらいのスタンス保
昨夜、(11月5日の夜)メイズさんが亡くなったそうです。日中、LINEにご家族の方から連絡がありました。なので今後もblogは更新されないです。こちらは、随時追記させてください。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。取り急ぎ連絡まで。後ほど追記します。ここから追記になります。以前メイズさんと、東京でお会いした時に、ストリートピアノに行きましょう!都庁でやってますから是非♪とお願いしたところ、色々あって、レンタルスペースで、披露してくださることになった時の映像です。撮った当時は、本人は満
父が亡くなる15年前、2010年に書かれた手記。第5話は「写真との出会いと運命の出逢い」です。写真の現像の話は、よく聞かせてもらいました。義父は郵便局の仕事を終えたあと、夕食を済ませてから寝る間を惜しんで現像していたそうです。焼き上がった写真は義母と私の夫(三男)も一緒に仕分け。とても大変だったと思いますが、家族で力を合わせて仕事をしていた様子が心に残ります。“運命の出逢い”のエピソードは、亡くなる少し前に書かれた手記にも詳しく綴られていましたまたそちらでもご紹介