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蚊の対策グッズ教えて!▼本日限定!ブログスタンプ蚊取り線香かな?…😄「蚊の日・モスキートデー」1897年(明治30年)イギリス🇬🇧の細菌学者ロナルド・ロスが羽斑蚊(はまだらか)からマラリアの原虫を発見しました。ロナルド・ロスは翌年1898年(明治31年)に実験にて明らかにし、この功績で1902年(明治35年)ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。蚊(モスキート)と言うと若者にしか聞こえないという「モスキート音」ですね…飛行機好きだとイギリス🇬🇧の名機「デ・ハビランドモスキート」とい
ここのところ角田房子さんの「甘粕大尉」を読んでいる。ぐいぐい引き込まれる。甘粕大尉は映画「ラストエンペラー」で坂本龍一が演じた人物である。甘粕大尉こと甘粕正彦は1923年の関東大震災に際して大杉栄殺人事件の嫌疑により軍籍を解かれ獄につながれる。出獄後満州にわたり1931年に勃発した満州事変の裏で重要な役割を演じることになる。満州事変直前関東軍の方針は、次の如くである。満蒙問題に対する結論(領土的解決、日支戦争)は軍部自ら主唱することなく、国民をして叫ばしむる如く仕向くることそして
今、集団的自衛権行使と安全保障法制に反対し、改憲を断固反対する日本共産党は、かつてこんなことと真逆のことを実行し、宣伝してきた。クートヴェ帰りの風間丈吉が党再建へ現在の共産党は、口を拭っているだろうから、党員でも大半は知らないだろうけれど、戦前の非合法時代の共産党は、実はとんでもないことをやって来た。むろんこれは、現在の共産党には不都合極まりない暗部だ。例えば1931(昭和6)年初めから翌1932年末まで、モスクワのクートヴェ帰りの風間丈吉によって共産党は指導されていたが(い
久し振りに『ラストエンペラー』を観賞した。それ自体は普通の映画と同じく虚構として楽しんだものの、こと史実と照らし合わせるとまったく信頼には値しない。先達てこのブログ内で『流転の王妃・最後の皇弟』の中から「数十を超える誤りを指摘することが出来る」と書いたし実際に指摘したとはいえ、あの二夜の放送を合わせて5時間という大作と同程度かそれ以上には間違い探しが捗りそうである。その中でも大きな謬錯のひとつとして「甘粕正彦の拳銃による自殺」が挙げられるが、それについて件の人物を演じた坂本龍一さんが語って
本日は書籍紹介をいたします。今回取り上げるのはこちら、太田尚樹『満州裏史――甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』講談社文庫、2011年満州とは現在の中国東北地方を指す地名であり、満州国とは言うまでもなく、中国大陸進出を図る戦前の日本がその地域に作り上げた傀儡国家です。ではその満州国を作ったのは誰なのかと問うと、おそらく真っ先に挙げられるのは、満州事変の謀略を直接担った関東軍であり、個人としては関東軍の参謀であった石原莞爾や板垣征四郎ということになるでしょう。あるいは、建国当初は執政
甘粕正彦は、謎の人物である。旧米沢(宮城県仙台市)藩士の子として生まれ、「甘粕事件」の後、満洲国で「満映」の理事長になった。だが、満洲国崩壊後、「満映」は共産中国の長春映画(長映)になり、帰国後の部下達は「東映」で活躍した。歴史の皮肉ではあるが、両国の映画人育成が、国家主義者、甘粕の最大の功績になった。拙著では、以下のように書いた。◆◆◆かつての≪新京駅≫は、現代的な「長春站(長春駅)」に変わってい
🌸数多くの謎を抱えた人物甘粕正彦⛳謎のまま残る甘粕事件☆甘粕正彦は元日本陸軍憲兵大尉にして満州国の実力者*彼は、玉音放送が流れた5日後、青酸カリを飲んで自決している*その死によって多くの謎は永遠のものとなってしまった☆彼はなぜ死を選ばなければならなかったのだろうか*謎のひとつが、関東大震災直後に起きた甘粕事件*震災の混乱に乗じて軍内部に設置された憲兵隊*社会運動家たちを一斉検挙しようと躍起になっていた*運動家の中には捕えられてリンチを受け虐殺された者もいた
本日は書籍紹介をいたします。今回取り扱うのはこちら、佐野眞一『甘粕正彦――乱心の曠野』新潮文庫、2010年関東大震災の混乱も冷めやらぬ中で無政府主義者・大杉栄と内縁の妻である伊藤野枝、さらに彼らの縁者である幼い子供を殺した「犯人」とされ、服役後には満州に渡って夜の支配者とも呼ばれた甘粕正彦についての評伝です。元は『週刊新潮』に連載された記事が全面改稿されて単行本になり、それがさらに加筆されて文庫本になった、という経緯のようです。連載当初150枚だったものが単行本化に
→モノの名前一覧チェック表(過去問)シノワズリヨーロッパで流行した中国趣味の美術様式で、中国語を意味するフランス語「chinois(シノワ)」に由来する。17世紀に初めて登場した。中国およびほかの東アジアで連綿と続けられてきた芸術に対するヨーロッパの解釈と模倣である。特に装飾芸術・庭のデザイン・建築・文学・演劇や音楽などを指す。シノワズリは、中国およびほかの東アジア諸国との貿易の拡大化によって18世紀に人気を博し、その時代の中国・日本・朝鮮・タイ
新聞等で目にする我が日本の戦況は優勢を伝える事が多かったが、甘粕理事長の仰られる通りなら決して楽観視出来ない状況であった。殊に先のミッドウェイ海戦での海軍の損失は、新聞では報じていないものの甚大なものであったらしいと、理事長はさりげなくそう洩らされていた。我が満洲が世界に引けを取らない特急列車あじあ号も、戦況の激化を理由に運行を見合わせていたのだから、内地は勿論の事ここ満洲でも大東亜戦争の劣勢の影響がそこかしこに出て来ていたと言わざるを得ない。ところで私が勤務する満映の甘粕理事長は、何故か
辻野弥生著福田村事件関東大震災・知られざる悲劇映画もよかったし、図書館では75人待ちだったので買いました。凄く読みやすく、すぐ読めます。よくぞ書いてくれました大震災の残酷すぎるな悲劇、3.11も、コロナも共通しています女性まで行商人を殺したのです大震災の後帰ってこない夫の仕返しとして。映画を観た人も自分でもやってしまうのではないかと。朝鮮を無理やり植民地にして、朝鮮皇帝を退位させるその前には親日派でない朝鮮王妃までむごたらしく惨殺していた。独立運動も残
ンクBの上~Aの下満洲と言えば「二キ三スケ」:東条英機、星野直樹(日産社長)甘粕正彦(憲兵時代に大杉栄惨殺)岸信介(安倍元総理の祖)河本大作(張作霖爆殺事件)が有名ですが、この本では歴史の教科書に、メインで出てこない軍人、官僚、政治家、運動家や満洲を旅した作家、ジャーナリスト、俳優など満洲帝国に関わった脇役たちに焦点を当てて新国家建設
今からちょうど100年前の1923(大正12)年9月1日に起きた関東大震災は、首都圏をバニック状態に陥れました。家屋の倒壊や火災によって多くの人が焼け出され、この気に乗じて破壊活動を行う無政府主義者や朝鮮人もおり、東京・横浜には戒厳令が布告され人々が日々の暮らしや将来に不安を抱える中、それから2週間余り経った9月16日に起きたのが甘粕事件でした。その日、無政府主義者(アナキスト)の大杉栄(↓)と内縁の妻・伊藤野枝、それに東京の焼け跡が見たいとせがんで横浜から一緒についてきた大杉の
2023年9月9日「大ばくち・身ぐるみ脱いで・すってんてん」帝国日本・満州侵略の裏工作にあたっていた当時満州映画協会理事長・甘粕正彦の辞世の句である。陸軍の闇工作資金調達のための阿片の密売にも彼は深く絡んでいたようだ。1945年8月16日甘粕はこの句を詠んで青酸カリ自殺した。「大ばくち」が、彼にとって公的なものであったのか、私的なものであったのか、いずれにしても帝国日本の破滅とともに、それはついえ去ったのである。甘
いま、浅田次郎の『天子蒙塵』(全4巻)の3巻目を読んでいる。これって、中国の清朝末期からの激変を扱った同氏の『蒼穹の昴』からはじまるシリーズの最後(第5部)に当たり、張作霖爆破事件を主題とした第4部の『マンチュリアン・リポート』に続くものである。日本による満州国の設立とその破綻を描いており、溥儀や張学良などが登場することになる。関東大震災が話題になっていた昨日、溥儀が自分は日本の傀儡に過ぎないと自覚する場面を読んでいたら、突然、甘粕正彦が出てきてびっくりした。日本の特務機関の一員と
満州映画協会の初代理事長は清朝の皇族金壁東(川島芳子の兄)であったが、実権は別の日本人が握っていた。甘粕正彦が二代目に就任した際に放漫経営を引き締め合理化を図り、無駄を廃すると同時に日本人俳優に対して不当に低い中国人の給与を上げさせた。国策映画ばかりではなく、娯楽映画も製作させ、様々な改革によって赤字が黒字に転じた。甘粕は女優に対して非常に紳士的であり、酒席に女優が同伴するのを禁じている。当時満映のトップスター、李香蘭が自身を中国人だと偽っているのに耐えきれず、叱責覚悟で甘粕に退職を申し出た
こんばんは、本日28日で坂本龍一さんが他界されてちょうど1か月ということで、年始にミリオン座で観てきた、この映画や音楽のことを綴ろうと思いますこの1か月余り、テレビや名だたる方のラジオや雑誌等で坂本さんについての様々な追悼番組や特集が流されていましたので、それらを見聞きしていると、アーティストとしては勿論、如何に日本の枠に収まらない福島だけでなく世界の環境問題にも取り組む地球人として、どれだけ社会にとっても偉大で必要な方だったかを痛感し、この薄々ブロ
先日満州帝国のドキュメンタリーを観たばかりなので満洲映画協会が舞台となる物語を読んでみた内容脚本家志望の若者・朝比奈英一は、制約だらけの日本から海を渡り、満州映画協会の扉を叩く。だが提出するメロドラマはすべて、ドイツ帰りの若き女性監督・桐谷サカエから「この満州では使い物にならない」とボツの繰り返し。彼女の指示で現地スタッフの陳雲と二人で、探偵映画の脚本を練り始めるのだが……フィクションに史実を絡ませた物語大杉栄らを殺害した甘粕正彦や731部隊の石井少将、李香蘭などを登場させている歴史で
今朝5時、ゴミを出しに行こうとする私に新聞を取ってきた夫が一言「坂本龍一が亡くなったって」「ええっ⁉」メディアではアカデミー作曲賞を取った「ラストエンペラー」を記事のタイトルに出してるものが多いけど、私にとっての彼は、この映画の軍人役。『今更ですが…映画「戦場のメリークリスマス」』ちゃらららちゃンちゃらららららちゃらららちゃン…ちゃんちゃらら~ちゃらららちゃンちゃらららららちゃらららちゃン…以前NHKのBSプレミアム…ameblo.jp
本日は書籍紹介をいたします。今回取り上げるのはこちら、角田房子『甘粕大尉』中公文庫、1979年戦争関係の歴史ノンフィクションに定評ある筆者による、甘粕正彦についての伝記として、これもやはり定評のある作品です。甘粕正彦は言うまでもなく、関東大震災後の大杉栄虐殺事件の犯人とされて悪名高く、また満州国の影の支配者の一人としても噂されていた人物で、本書の他にも甘粕について扱った本はかなり出版されている印象があります。本書の中で筆者が心を砕くのは、様々な記録や、この本が書かれた当時はまだ
支那の思想には「王道」と「覇道」というものがございます。王道とは道徳による統治のことで、覇道とは武力による統治のことであります。心の面を解決するのです。欧米諸国を納得させるだけの理屈と、支那人たちが統治を受け入れるための思想が必要なのではないのか。「心」が伴えば、覇道は王道へと変わります。建築によって都市を繁栄させる。それによって満洲という国家の理念をー「五族協和」と「王道楽土」を実現する。それこそが自分にとっての戦争だった。小川哲著「地
〇吉屋信子著「私の見た人」昭和54年朝日新聞社刊〇吉屋信子1896-1973新潟市生まれ。父は内務省の役人で地方官吏を勤めていたようです。吉屋信子は小学校前に新潟市で過ごしたようです。先日NHKの番組で日米開戦時の海軍報道班の平出英夫大佐を取り上げた番組で本書の引用があり、ネットで取り寄せて読んでみました。●後年、徳田秋声先生が鵠沼海岸の東屋旅館に保養中を見舞うと、その座敷に目のぎょろっとした人物が丹前姿であぐらをかいて先生にしゃべり続けていた。大杉栄だとすぐにわかった。その彼は私を
東京裁判でA級戦犯となり死刑になった「土肥原賢二」についてレビューする。土肥原賢二どひはらけんじ渾名満蒙のロレンス生誕1883年8月8日日本岡山県死没1948年12月23日(65歳没)日本東京都豊島区・巣鴨拘置所所属組織大日本帝国陸軍軍歴1904年-1945年最終階級陸軍大将「土肥原賢二」は、「どひはらけんじ」というフリガナだが、実際の読みは「どいはらけんじ」だ。日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。謀略部門のトップ
https://youtu.be/ZtKXPFu0VZ8【久野潤】「対華二十一箇条要求」「石原莞爾」「甘粕正彦」。日本人なら一度は見たことがあるキーワードですが・・・|書評:『日中百年戦争』城山英巳(文春新書)|@kunojun|久野潤チャンネル
俺の小学校の同級生に甘粕というやつがいたせいで甘粕はよくある苗字だと思っていたのだが、冒頭の文章によると山形が本拠地の珍しい苗字だという。この甘粕についてはいつも名前が出てくる男だが、知っていることは大杉殺しと満映理事長の職にあったということくらい。それすらその詳細については知らない。読書中の先週に著者の訃報に触れた。小説ではなくて評伝、というらしい。取材で集めた事実を淡々と書き挙げる。関東大震災直後のドサクサに憲兵隊長として社会主義者の大杉栄、伊藤野枝、甥っ子の3人を自ら殺害して逮捕