ブログ記事508件
理趣釈第三段秘要鈔を通して読む(その二)復説一切法平等最勝出生般若理趣。所謂(復た、一切法平等の最勝を出生する/一切法平等より最勝を出生する/般若理趣を説きたまう。謂わゆる)慾無戯論性故、瞋無戯論性。瞋無戯論性故、痴無戯論性。痴無戯論性故、一切法無戯論性。一切法無戯論性故、応知般若波羅蜜多無戯論性。『秘要鈔』は「一切法平等より最勝を出生する」と理解しています。「一切法とは染淨因果等の諸法なり。是れ等の諸法、皆な平等の法界に入るが故に、一切法平等という。若し、平等の理(=実相)に入
<第三段>金剛手教令輪・降三世・降伏の法門<教主、説示・釈義>時調伏難調釋迦牟尼如來(611b09)10時調伏難調釋迦牟尼如來者於閻浮提五濁末法爲調伏九十五種異類外道現八相成道。皆得受化致於佛道現生釋迦族11姓中。乃姓釋迦氏牟尼者寂靜義身口意寂靜故稱牟尼10不分巻<甲>11姓-<元、明、甲>時調伏難調釋迦牟尼如來(ときに、難調を調伏したまう釋迦牟尼如來は)とは、閻浮提(jambū-dvīpa)五濁(ごじょく)末法に於いて、九十五種の異類の外道を調伏せんが爲めに
【お盆のご供養】理趣経、百字偈、般若心経、光明真言、回向2026年8月理趣経、百字偈(ひゃくじげ)般若心経光明真言:おんあぼきゃべいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん回向:願似此功徳普及於一切我等与衆生皆共成仏道【注意】繰り返しますが、私は命と大地を護り、後世へよりよき世界を渡すという気持ちから、人と人の世の問題解決に助力しようというスタンスです。まずは自分なりでいいので調べ、自己防衛し、次いでシェアしましょう。
理趣釈第十一段(全)秘要鈔を通して読む<第十一段・金剛手教勅(降三世教令輪)・摂部普集の法門><第十一段の説示意図>アーナンダガルバ註より以上、金剛薩埵をはじめとする(諸尊の)マンダラを示して、さていま、一切の部のマンダラの本質であり、一切の部のマンダラの三昧耶(本誓)となれるものを摂集するマンダラを示すために、「ときに」云々と説かれているのである。<教主、説示・釈義>時に婆伽梵・一切平等建立如來(一切平等[に一切のマンダラ]を建立する如來)は、復た一切法三昧耶の最勝(=
精神科医越智啓子先生が書かれたツインソウル(ツインレイ、ツインフレーム)の本です。2008年初版です。まだこの頃はツインレイという言葉もありませんでした。とても楽しく明るいツインソウルの本です。今、ツインレイの話って言うと彼がLINE既読無視或いは未読無視、ブロックされたサイレント期間、苦しい、という話が主流でホントにそのお相手はツインレイですか?という疑問も湧いてくるケースもあります。なぜかと言うと二人が会う準備が整った時に会うからです。神の采配、スピリット
『理趣釈』第十一段釈義・第二句より『秘要鈔』を通して読む所謂ゆる、一切平等性の故に(本有、阿閦仏の三摩地。金剛部)、般若波羅蜜多は平等性なり(一切有情に仏性有りと知る=能悟/能証の智。修生)。一切義利性の故に(寶生仏の三摩地)、般若波羅蜜多は義利性なり。一切法性の故に(阿弥陀仏の三摩地)、般若波羅蜜多は法性なり。一切事業性の故に(不空成就仏の三摩地)、般若波羅蜜多は事業性なり、と応さに知るべし。一切義利性故般若波羅蜜多義利性者。此是寶部曼*茶羅。由6入此曼*茶羅。證得如虚空眞
理趣釈第十一段秘要鈔を通して読む<第十一段・金剛手教勅(降三世教令輪)・普賢摂部普集の法門><第十一段の説示意図>アーナンダガルバ註より以上、金剛薩埵をはじめとする(諸尊の)マンダラを示して、さていま、一切の部のマンダラの本質であり、一切の部のマンダラの三昧耶(本誓)となれるものを摂するマンダラを示すために、「ときに」云々と説かれているのである。<主題(教主、説示・釈義)>時に婆伽梵一切平等建立如來(一切平等/一切のマンダラ/を建立する如來)は、復た一切法三昧耶の最勝(=一
理趣釈第十段秘要鈔を通して読む第十段は、課題の多き説段でもあるので、できるだけ、理解し易きよう、理趣釈本文に補足説明を加えました。でもまたまだ説明不足なところがたくさんあります。<第十段説示の意図>アーナンダガルバ註より以上、資糧(tshogs)を円満する素因となる虚空庫の儀軌を説明して、いま、守護(bsrungba.rakṣā)の活動を伴う行軌(laskyichoga.karmavidhi)を本性とする金剛夜叉の儀軌(kalpa)を説明するために、「ときに」云々と説
7月後半はいろいろと多用で何かと行き届きませんでした。ひどい夏風邪も引き込んで、ちょっと大変(汗)なんとか地蔵会と毘沙門祈願はきっちり行いましたので、施主さま方にはどうぞご安心ください。ようやく少しマシになりました。健康大事ですね⋯写真撮る余裕もないけど、夏っぽい写真。祥鈴庵圓珠です。8月はご供養の季節。地域によっては7月にお盆のところもありますが、祥鈴庵は8月。8月13日から16日にかけて、理趣経法、光明真言法によって施主さまの滅罪生善を祈り、亡き方の
理趣釈第九段秘要鈔を通して読む<第九段の説示の意図>アーナンダガルバ註より以上、すべての部のマンダラに入る因(rgyu要因)となる、すべてのマンダラの金剛三昧耶という儀軌王を説いて、いま、資糧(tshogs)を円満する因となる虚空庫(nammkha’mdzod)の儀軌王を説明するために、「ときに」云々と説かれている。<主題(教主、説示・釈義)>(614b04)時婆伽梵一切如來種種供養藏廣大儀式如來者。6是虚空庫菩薩之異名也。復説一切供養最勝出生般若理趣6是<甲>なし。
以下、金剛輪菩薩(纔発心転法輪菩薩)を中尊とするマンダラの画き方、その目的、その観想の功徳が明かされます。<マンダラ、得益>若修金剛輪菩薩三摩地。應建立曼*茶羅。畫八輻輪形。當輪臍中。畫金剛輪菩薩。3於八輻間。畫八大菩薩。如前布列。八輪外四隅。畫四波羅蜜菩薩。内院四隅。安四内供養。外四隅。安四外供養。内4隔四門安四菩薩。東門金剛薩埵菩薩。南門降三世金剛。西門觀自在菩薩。北門虚空藏。瑜伽者破三昧耶。或阿闍5梨非法失師位。由建立此輪壇。則復本阿闍*梨位。修一切三摩地眞言。速得成就。若引弟子
理趣釈第八段秘要鈔を通して読む(前半)<主題:教主、説示・釈義>(613c28)時*婆伽梵一切如來入大輪如來者。是纔發意菩薩之異名也。復説入大輪般若理趣。大輪者。是金剛界大曼*茶羅也。時婆伽梵一切如來入大輪如來(時に入一切如来大輪sarvatathāgatacakrāntargatas)とは、是れ纔發意菩薩(=纔發心転法輪菩薩)の異名なり。復説入大輪般若理趣(復た、大輪に入るmahācakra-praveśaṃ般若理趣を説きたまう)とは、大輪(=輪壇)とは、是れ金剛界大曼荼羅
理趣経第七段は、文殊師利菩薩の三摩地が、空・無相・無願の三解脱門、そして「諸法光明」を加えた、四種の般若理趣、四種の覚悟を通して述べられます。当段のマンダラの中尊・文殊師利は四臂(しひ)のお姿、それぞれ利剣を持って示現されているようです。時薄伽梵一切無戯論如来復説轉字輪般若理趣ときに薄伽梵、一切無戯論なる如来は、また転字輪の般若理趣を説きたもう。(613b21)時7婆伽梵一切無戲論如來者。是文殊師利菩薩之異名。復説轉字輪般若理趣。轉字輪者。是五字輪三摩地也。7婆薄<三、甲
昨日の理趣経勉強会は、私にとっては実り多きものでした。ご参加の皆さまもそうであったことを願うばかりです。昨日お話ししたトピックのひとつである、各段の如來名の理解するに資する記述が、『秘要鈔』巻第九、第七段の解説部分にもありますので、ここであらためてご紹介しておきます。そこでは、第三段から第十段までの如來名が論じられています。註釈対象となる『理趣釈』は以下のものです。時薄伽梵一切無戯論如來とは、これ文殊師利菩薩の異名なり。復説轉字輪般若理趣の転字輪とは、これ五字輪(一伝には、a,ra
理趣経<第四段>理趣経をくり返しくり返し読んでいます。第四段は、理趣経の中心的課題である、一切法の清浄を説く部分であり、智による観察と、大悲の自在を体現する観自在大菩薩が主役です。<教主、主題・説示>時薄伽梵得自性清浄法性如来復説一切法平等観自在智印出生般若理趣ときに薄伽梵(大毘盧遮那たる)自性清浄の法性を得たまえる如来(bhagavānsvabhāvaviśuddhadharmatāprāptastathāgataḥ)は、復た一切法の平等を観ずること自在なる智印を出生する
他化自在天王宮の様相大楽不空金剛薩埵の大曼荼羅明日の勉強会にての配布資料として作成しました。以下の記述から、理趣経能説のマンダラ<いわゆる、序分に説かれる集会>と所説のマンダラ<金剛薩埵十七尊のマンダラ>の関連性、および、理趣経各段のさまざまな如來名に対する理解が得られます。マンダラの中尊・大日如来と釈迦牟尼如来、観自在菩薩等の関連性に対する理解、のことです。すなわち「當經段段の建立、能説の大日(が)、所説の法門に随って其の三摩地に入り、各(おのおのに)名字を改めて、或は(=ときには
『理趣経』各段の如來名(別号)<第三段>『理趣経』第三段<金剛手教令輪・降伏の法門>は「時調伏難調釈迦牟尼如來」に始まり、第三段の心真言吽<短>(huṃ.hūṃ)を説く尊格は、降三世の印を結ぶ「金剛手大菩薩」とあります。したがって、ここでは、釈迦牟尼如來(釈迦牟尼佛)と、金剛手、降三世(『金剛頂経』初会の第二品)、そして<第二段>の毘盧遮那如來、これらの尊格の関係について考察する必要があります。第三段から第十段までは、八大菩薩の金剛手、観自在、虚空蔵、金剛拳、文殊師利、纔発心転法
『理趣釈』各段の如來名(別号)<初段><第二段>『理趣経』<第二段毘盧遮那の現等覚証悟の法門>の「標章」(能説の教主、所説の法門、の提示)の一文は以下の通りです。時(大正蔵本は「爾時」)薄伽梵毘盧遮那如來復説一切如来寂靜法性現等覺出生般若理趣時に薄伽梵・毘盧遮那如來は、復た一切如來の寂静法性の現等覺を出生する(=表出する)般若理趣を説きたまう。『理趣釈』には、以下のように説明があります。時婆伽梵毘盧遮那如來、婆伽梵は前の所釋の如し。(第二段の)毘盧遮那如來というは、
『理趣経』教主成就成就殊勝一切如来金剛加持三摩耶智(薄伽梵・大毘盧遮那/毘盧遮那如來は)殊勝なる、一切如來(=五佛)の金剛加持の三摩耶智(本誓、マンダラ/三昧耶の智。マンダラ諸尊の本誓、およびそれに対する理解)を成就し、この句は、阿閦佛が主(つかさ)どる、一切如來(=五佛)の大圓鏡智の徳をもって、教主・大毘盧遮那/毘盧遮那/如來の勝徳を讃えている、と理解します。已得一切如来灌頂寶冠為三界主已(すで)に一切如來の灌頂宝冠を得て(法器と成り)、三界の主と爲(な)り、
仏典は「如是我聞一時佛/薄伽梵」ではじまり、この後、説法が行われた場所、そして、その説法の対象者(対告衆)となれる、大苾芻衆、菩薩摩訶薩衆等の「眷属」(parisaḍ,parivāra)が示されます。仏典の教主は「薄伽梵(世尊)」あるいは「佛」とのみ表現されるのですが、もちろんそれは「釈迦牟尼如來」を意味します。そして正式には、「佛號釋迦牟尼如來・應(=応供)・正等覺(=正遍知)・明行圓滿(明行足)・善逝・世間解・無上・丈夫調御士・天人師・佛・薄伽梵(佛・世尊)」(玄奘訳)と、いわゆる
不空訳『理趣経』の経題について不空訳『理趣経』の経題である「大楽金剛不空眞實三摩耶経般若波羅蜜多理趣品」を正しく、ここでは、文献学的手法によって、の意、理解するには、さまざまな情報を集める必要がありますが、まず、不空訳以前の玄奘訳は『大般若波羅蜜多経』「(第十)般若理趣分」であり、菩提流志訳は『実相般若波羅蜜経』であること。したがって、「大楽金剛不空眞實三摩耶」というタイトルは、不空訳になって付加されたであろうと指摘できます。そして「大楽金剛不空(眞實)三摩耶」という表現は『理趣経』では
『理趣経』眷属成就(2)文殊師利、纔發心轉法輪菩薩、虚空庫、摧一切魔菩薩の四尊等文殊師利菩薩。在東南隅月輪。表一切如來般若波羅蜜多慧劍。住三解脱門。能顯眞如法身常樂我淨。由菩薩證此智。便成等正覺也。文殊師利菩薩は東南隅(=巽の方)の月輪に在って、一切如來の般若波羅蜜多の慧劍(「般若波羅蜜、即ち劍なり」)を表す。三解脱門(=空、無相、無願)に住して、能く眞如法身(の理のうえ)の常楽我淨(=四徳、四波羅蜜多)を顕わす。菩薩(=行者は)、この智(=文殊師利の般若の智)を証するに由
『理趣経』眷属成就(1)金剛手、觀自在、虚空藏、金剛拳の四尊仏典には、「眷属(けんぞく)」という語の用例があります。「眷」は、かえりみる(顧)、いつくしむ(慈)、こいしたう、などの意味とのことです。仏典では、佛、菩薩、天部の神々等に伴なう、随従隷属する菩薩、神々等をいい、とくには、仏典の冒頭・序分において、説法を聴聞するために集まった仏弟子や菩薩等をいいます。『理趣経』では「八十倶胝(koṭi)の菩薩衆と倶なりき」とあります。その代表者が八尊の菩薩であり、その「一一の菩薩には、同類種
次回の理趣経の勉強会(7月27日。千葉市稲毛区の寺院さまをお借りして)では、毘盧遮那如來という佛さまはいかなる佛格であるのか、『理趣経』各段に言及されるさまざま如来の名称、そして心真言をとく菩薩との関係などについて、金剛頂経との比較を通して、お話ししてみたいと考えています。『理趣経』第三段<金剛手教令輪・降伏の法門>は「時調伏難調釈迦牟尼如來」と始まり(、「薄伽梵(・大毘盧遮那[如來])」の形容詞を欠いて表現されてい)ます。また第三段の心真言huṃ(?hūṃ)を説く尊格は、すなわち重説の
『理趣経』<初段><第二段>の教主(能説の教主)の違い『理趣経』<第二段毘盧遮那の現等覚証悟の法門>の「標章」(能説の教主、所説の法門、の提示)の一文は以下の通りです。時(大正蔵本は「爾時」)薄伽梵毘盧遮那如來復説一切如来寂靜法性現等覺出生般若理趣時に薄伽梵・毘盧遮那如來は、復た一切如来の寂靜法性の現等覺を出生する(=表出する)般若理趣を説きたまう。「たま(給)ふ」の現代仮名遣いは「たもう」か2024-01-14『理趣釈』には、以下のように説明があります。
『理趣経』における一切義成就をめぐって『理趣経』初段の重説段における、金剛手(=、∈金剛薩埵)に付せられる形容詞句のひとつに、「一切義成就」(普賢)があります。時薄伽梵一切如来大乗現證三摩耶一切曼荼羅持金剛勝薩埵於三界中調伏無餘一切義成就金剛手菩薩摩訶薩「一切義成就菩薩摩訶薩」は『金剛頂経』初会において、はじめは「善男子」と呼びかけられ、そして五相成身観(五つのあり方から成る現等覺mngonparbyangchubparnampalngaの修習次第)を
第五段<虚空蔵・富を施すの法門>所説の虚空蔵マンダラの向き華蓮華灯鬘金剛笑歌宝金剛光虚空蔵金剛幢鈴嬉金剛宝舞香金剛杵塗(東)理趣釈所説の虚空蔵マンダラスマホでは、作画が乱れてしまいます。😵『理趣釈』は「東門に金剛杵(=鉤)を安き」とあり、それは、「一切如來に[灌頂を]灌頂したてまつる(第一句)」金剛宝
再び檀上伽藍へ。本日13時から、檀上伽藍准胝堂で、准胝堂陀羅尼会が厳修されました。ご本尊の准胝仏母様です。大勢の僧侶が読経されます。ボクも読経を聞いたよ。まずは、理趣経全段を、虎哲霊に聞かせてあげました。そして何と、仏頂尊勝陀羅尼を7篇、虎哲霊に聞かせてあげました。そして、准胝仏母様のご真言、21篇唱えられました。檀上伽藍今空雨。(実時間14時すぎ)今気温。車内温度と湿度でしゅ。
『理趣釈』第四段の観自在マンダラ『理趣釈』は『理趣経』(略本)には説かれない、各説段ごとにふさわしく、安布されるべきマンダラが示されています。第四段<観自在・清浄観察の法門>の経意を表わす観自在マンダラは以下の通りにあります。中央に觀自在菩薩を畫く、本儀の形の如し。前に金剛法を安(お)き、安に金剛利を安き、左に金剛因を安き、後に金剛語を安く。四の内と外との隅に於いて、各(おのおの)四の内と外との供養を安く。東門には(於)天女形を画き、(それは)貪慾を表わす。南門に蛇を畫き、瞋の形を表
本日9時から、奥之院燈籠堂において、お大師様の御影供=報恩日の法要が厳修されました。高野山金剛峯寺、及び山内の塔頭寺院の高僧方の行道です。燈籠堂へ向かいます。最後尾にボクも行道?御廟橋を渡る行道、この先は撮影厳禁。燈籠堂での法要に参列し、高僧方の荘厳な声明、理趣経全段を虎哲霊に聞かせました。南無大師遍照金剛🙏奥之院のサツキです。サツキに染まるボク。ボクも読経聞けて、良かったでしゅ。