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奈良に用事があり、帰りに海瀧山王龍寺(奈良市二名町)に参拝してきました。参拝しないと分からないことで、大黒天が祀られているお社のことは事前の情報になかったので、ビックリしたのと同時に、参道、本堂背後の磐座や鳥見大明神を祀るお社、鵄神社などがあることから、出雲王国、出雲族の痕跡、雰囲気を存分に感じることができました。旧東出雲王国、磯城登美(富)王家、磯城王朝の一族が勢力を置いた宮があったと推定しています
「長髄彦」考が、最近またアツいですね。先日に奈良に行った際に、通り道であったため少しだけ寄ったのが、長髄彦本拠地跡。碑は池のそばにあります。そこの地名、白庭というのは白洲、清めた白い石が敷かれた庭の宮があったということであります。本当の宮は、現在の王龍寺のあたりにあったと推定しています。海瀧山王龍寺http://oryuji.com/登美(富)長髄彦(富大彦・鳥見彦)は、磯城王朝、孝安天皇の皇子で、しかも第一皇子であったと言われており、第二皇子が孝霊
2度目の大寒波ということで、ここ数日めちゃめちゃ寒かったですねー我が家の庭も凍っておりましたいつもは賑わっている野鳥の水飲み場も天然のアイススケート場になりましたさすがに誰もやってきませんでした家の中は暖房でヌクヌクリクガメのメロナップルたちは切り株ハウスで寝ていましたがクサガメのスエゾーさんは日向ぼっこしていました窓辺だと、陽射しが心地よいみたいです更に黒化した様で…小さくて可愛くてシャイだったスエゾーさんがワイルドになりました最近はメロナップルに甲羅アタックしたり、噛
「今日も歩くか‼️デスクワークで体ガチガチ…」「いいよ〜どのコース⁉️」「いつもの‼️」10時スタートで入りますいい空気あ、また置いていかれた本堂池もありますドライ紫陽花(笑)戻ってきて「山門の文字、なんて書いてある〜❓◯◯山さん…海かい龍りゅう山さん⁉️」「あ、俺もなんて書いてるんだろうって入る時に思った❗️」「気が合うねぇ〜」「気が合うから結婚したんだろ‼️」「合わなくなって別れちゃう人もいるじゃない〜」帰宅してから調べました
ご近所散策が楽しくなってきてます♪【ご近所ミステリーハンター#2】王龍寺|hiratama2024年辰年だから、という訳ではありませんが、近くて遠い奈良市の王龍寺さんへ初めてご挨拶してきました。直線距離だったらそんなに、遠くないはず。でもぐるりと巻きつけた一本道しか通じていない山の中にすっぽり埋まっているような立地で、公共交通機関を乗り継ぐと地図を見ただけではピンとこないほど時間も体力も持っていかれそうで、夫の休みを待ち構えてました!「お寺巡…note.com
2022年12月21日王龍寺に鎮座に鵄神社。前回、見つからなかったので再度。
さてさて……………【長弓寺】を出発した我々が、次に到着したのは…………【王龍寺(おうりゅうじ)】奈良県奈良市二名6−1492おお〜〜〜〜〜っやはり、この雰囲気好きだなあ『ココロの大冒険⑤〜王龍寺〜』Fさんの出勤を見送ったココロが立ち寄ったのは………【王龍寺(おうりゅうじ)】奈良県奈良市二名6丁目-1492富雄川沿いから、杵築橋(この地名にも出雲を感じる)…ameblo.jp今回で2回目となる。前回のブログはこちら前回のほうが、天気が良かったかな【王龍寺】は、奈良市西部、奈良市
昨日、行ったのは王龍寺なんですが、調べていたら…ねっ‼️ここ⬇︎ご本尊は、普段は暗くてよく見えないのですけどこんなにも温和な表情をされているそうです⬇︎新緑の5月に行きました⬆︎これだと、もりみとみひこ(笑)高校生時代は我が家のご近所にお住まいだったみたいですね知ってたけど、思ってた以上に徒歩圏だったのかも現在もきっとわりと近くの方です(笑)奈良が舞台の小説ももっと書いてください〜
王龍寺(おうりゅうじ)は、聖武天皇の勅願による古刹と伝えられているが、創建年代は不詳である。江戸時代になり、元禄二年(1689年)に大和郡山の城主・本田忠平公により、黄檗宗の寺院として堂宇が整えられ復興・再建された。開山は、黄檗宗第二代木案の弟子である梅谷禅師とのことです。現在の本堂は、その当時のものを残しており、御本尊は石仏(磨崖仏)の十一面観世音菩薩で南北朝の建武三年(1336年)の銘が刻まれているとのことです。宗派:禅宗(黄檗宗)御本尊:十一面観世音菩薩(磨
オープン当初は「王龍寺ゴルフ倶楽部」だった飛鳥カンツリー倶楽部は、奈良国際ゴルフ倶楽部に次ぐ奈良県で2番目のゴルフ場として、1959年(昭和34年)にオープン。王龍寺の境内にあり、奈良市と生駒市に跨っています。王龍寺は、黄檗宗のお寺。宇治カントリークラブのところで紹介した萬福寺の系列です。利便性のよい場所に広大な敷地を持ちながら寂れまくっていたのを、境内の8割ぐらいをゴルフ場にしてしまうという大胆な手に打って出ました。別に寂れていても構わないと思うのですが、敷地が広いと管理も大変で
2021年1月6日奈良市富雄駅から北へ車で10分もかからない場所ですが、矢田丘陵の北の山中にあります。隣がゴルフ場ですが・・・鵄(とび)神社があるというので行ってきましたが、帰ってきて調べたら辿り着いていませんでした。お寺ですが、古代の祭祀場としか感じませんでした。寿大明神
寿大明神大和国添下郡奈良市二名6-1492(王龍寺内)(王龍寺P利用)※あすか野町のニュータウンからは進入不可、「飛鳥カンツリー倶楽部」ゴルフ場の案内を目印に進み、さらにその先にあります。■祭神寿大明神王龍寺と称される寺院の、山門を潜ったすぐ向かって左手に鎮座する社。創建由緒等は不明。王龍寺は江戸時代に日本にもたらされたという、黄檗宗の寺院であるとか。当社はその鎮守社でしょうか。稲荷神のようです。境内は江戸時代から始まった信仰とは到底思えない、古代からの祭祀場のようにも感じます
本堂の磨崖仏本堂の十一面観音磨崖仏本堂の不動明王磨崖仏御朱印順番が逆になりましたが、この日は大安寺を訪ねる前に王龍寺を訪ねて本堂を拝観させてもらい、住職のご子息に、さらの御朱印帳をお預けして、月末に先代住職に御朱印を書いていただいたものを受け取りました。この前に王龍寺を訪ねた時に住職のご子息とお会いして、色々お話をしなければ、今は王龍寺では書き置きの御朱印しかもらえないと思いこんでいたと思うので、人との出会い、ご縁は大切だなと痛感しました。
奈良市の住宅街を少し奥に入ったところにある王龍寺です。正門の横にある車輪。謂れは何だったっけ。正門を入るとすぐ見える鳥居の列。周囲にはゴルフ場があります。静かな、深山幽谷の佇まい。聴こえるのは鳥の囀りのみ。往時にタイムスリップしたかの如くです。本当に静かです。観光地ではない、小規模なお寺だから失礼人が滅多に来ない。だからこそ味わえる贅沢な空間です。上に上がって、駐車場の前にとても大きな藤棚があります。しかし、今年はこれだけと、拍子抜け。
今年咲かなかったうちの藤姫様。これは2代目です。こちらは私の愛読書「雨柳堂夢咄」(うりゅうどうゆめばなし)。こちらに描かれていたこの話。「藤は酒を飲む」これは本当なのだろうかと思い、数年前に藤に日本酒を少し与えたことがあります😱😱😱そのせいか、初代藤姫様はお枯れになってしまわれました(;∀;)(;∀;)「藤は酒を好む」「藤は酒を飲む」何か謂れがあるのかと思い、これらをググってみても全く出てきません。こういう言い伝え、本当にあるのでしょうか。
えー、知らないのーいや、知らんてマジで…なんつー奈良の人には超ーメジャーなお店て、ヤツが多いな、しかしすんごい秀逸なコストパフォーマンスのモーニングも多し昨日はベビーフェイスへ見事なコスパお腹ぱんぱんなので、動くか出たどこか連れて行かれるな、これ行者の森のえんじぃ(役小角どの)に会いにこないだそっとお土産に?置いた石と栗その時もお腹ぱんぱんの様子ちんと、ありましたそら、のけるのもこわいか…かーらーのー王龍寺さんへここ…この門をくぐらせてもらうと…い
Fさんの出勤を見送ったココロが立ち寄ったのは………【王龍寺(おうりゅうじ)】奈良県奈良市二名6丁目-1492富雄川沿いから、杵築橋(この地名にも出雲を感じる)の信号を西方向に。飛鳥カンツリークラブ(ゴルフ場)への道を入ると到着【王龍寺】の名前を知ったのは「奈良まほろばソムリエ検定」の過去問に出ていたのを見たからだ。公式のテキストブックにも掲載はされておらず、この日まで、恥ずかしながらどこにあるのかさえも知らなかった……【山門】小さなお寺なんだろうなあ。しかし、この立派な【山門】。ま
こんばんは(*^^*)本日、2本目は、昨日、旦那さんと行ってきたお寺のお話。金曜日、お客さんのシャンプーをしながら、ふと!浮かんだお寺。京都、木津の浄瑠璃寺。前に、その近くの岩船寺にいったときに、何度か前を通って・・・いつか行かなきゃなーって話してたお寺なんだけど。なぜ、突然浮かんだのかわからないけど・・・そして、ネットで調べても、なぜ?って感じだったのだけどwww昨日は、朝から雪が降っていて、北の方に出かけて大丈夫?とでも、案外平気だったよ(*^^*)途中から晴れてき
海瀧山王龍寺の山門をくぐって開運道(参道)を進み、石段を登り切ったすぐ左手に『左、大黒天』と刻まれた道標が立っています。目の前は本堂です。[正面]_左、大黒天[右面]_吉村長慶建[裏面]_文字なし[左面]_文字なし海瀧山王龍寺(王龍禅寺)本堂。ご本尊は十一面観音菩薩像(磨崖仏)。*****明治の富豪、吉村長慶による道標です。本堂の裏山にある大黒堂を案内しています。大黒堂への登り口にも同様の道標があります。また境内には長慶が建てた石
[南面]_(右指差し)、右、王龍寺[東面]_吉村長慶…[南面]_(右指差し)、右、王龍寺[西面]_文字なし[北面]_文字なし[東面]_吉村長慶…[南面]_(右指差し)、右、王龍寺[東面]_吉村長慶…東側から。西側から。この先に王龍寺南入口があり、「黄檗宗王龍禅寺南門」の碑と、0402-奈良市二名の道標-1(王龍寺南門横)が立っています。明治の富豪、吉村長慶による道標です。ゴルフ場建設に伴いこの場所に移設されたのかもしれません。・各面の
[前面]_右、(右矢印)、王龍寺黄檗宗王龍禅寺南門の碑の後ろの斜面に埋もれかけている。南側から。王龍寺の南入口。北側から。・各面の内容[前面]_右、(右矢印)、王龍寺[他面]_未確認王龍寺の南入口脇にある。この一帯の石碑群と同じく、吉村長慶によるものでしょう。●大きな地図で見る