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♪縦の糸は~たまがわ~横の糸は~たまがわせん~♪先週土曜日歩きの後半は、こんな歌を歌ってしまいました。この「二子橋」が、江戸時代からの「大山街道」の多摩川橋梁でした。元々、今の東急田園都市線の、前段階である路面電車「玉電」=「玉川電車」は、「二子玉川園電停」で、渋谷からの電車は、「砧本村」と、「溝の口」行きに分かれていた。二子玉川「園」駅と言う駅名すらも、知っているのは、昭和世代だけなのでしょうね~二子玉川に、「遊園地」などがあったことすらも、歴史の一ページになった。今
先日は午前中に所用で三軒茶屋のキャロットタワー内にいました。三軒茶屋は高層の建物が少ない場所で、そこに建った再開発ビルということで一際目立つ存在です。名前の由来は、多分この辺が昔は人参畑だったのだろうとか適当に思っていたのですが、理由を調べてみたらさらに適当な理由(?)で、一般公募した際に「外壁の色が人参のように見える」という応募理由のこれが採用され、その採用理由も「発想が豊かで新鮮」「ビタミンたっぷりで元気の出る名前」というものでした。周りに高い建物がないだけに展望台からの景色は良好です
2025年10月12日(日)。天気曇り。過ごしやすい一日でした。小田急線「狛江駅」南口から、小田急バス「狛12宇奈根行き」に乗車します。狛江駅付近と野川(世田谷区鎌田)との間を、狛江市域東部を東西に直線で横断する「水道道路」。バスを東名高速高架下で降りて、今来た狛江市方面を振り返ります。幅員が狭いことから、交通事故が多発していて、拡幅工事の準備がされているところです。この辺りは、世田谷区宇奈根です。1889(明治22)年、喜多見、岡本、鎌田、大蔵そして宇奈根の各村が合併して、北多摩郡砧村が
今年もスタートした恒例の「かんとうみんてつスタンプラリー」。一昨日、東急電鉄のチェックポイント宮の坂駅へ向かうついでに久々に世田谷線を撮影してきました。稼働していた300系は以下の6本。301F(玉電色)302F303F306F308F(招き猫電車)310F(SDGSトレイン)撮影は全て山下〜宮の坂にて。黄色の306Fと招き猫電車308Fは黄花コスモスと絡めて撮影してみました。ウインク、右と左どっちが得意?▼本日限定!ブログスタンプ
2025年10月5日(日)。天気晴れ。秋らしい晴れだったのですが、お昼からは湿気がかなり感じられました。二子玉川へ。昨日は、二子玉川で花火大会があり、大きな衝撃が四方に拡がっていました。「二子玉川ライズガレリア」。私は、ここでクリスタル・ケイが歌っていたことを、思い出しました。現在は、東急田園都市線と大井町線が乗り入れています。そんな二子玉川で、私はかつての玉電砧線の跡をたどってみることにしました。「二子玉川駅」を出発した田園都市線の電車(実際には東武鉄道50050型電車ですね)は、かつて
東急デハ204
🚉🚉🍔🚉🚉🚉🚉🚉🚉🚉🚉🍔後編消えゆく商店街の記憶と失われた駅舎東京には賑やかな商店街がたくさんあり戸越銀座や砂町銀座などは地元民だけではなく、わざわざ観光客が商店街に集まってくる他にも吉祥寺のサンロード、阿佐谷パールセンター、墨田区のキラキラ橘商店街、武蔵小山の東京でいちばん長いアーケード商店街など、魅力的な商店街をいちいちあげていたらキリがないだがヒネクレ者の僕がどうしようもなく惹かれてしまうのは、そういった繁栄している
🏠🏠💈🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠💈前編コジャレた店で息を吹き返しつつある商店街少し前の記事で池尻大橋付近を取り上げた。池尻大橋駅は路面電車の玉電が走っていた頃は池尻と大橋という別々の駅であった東急が玉電を地下鉄化したときには、住民に以前と同じ駅を敷設すると説明して納得させたのに、あっさり裏切って駅を省略したのが、いかにも強盗慶太の異名を取る東急のやり口だが、その話は置いといて……今回はその玉電の支線、砧線の終着駅であった砧本村(きぬ
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第81巻の紹介です。毎号のお楽しみ、Nゲージサイズ模型の付録は、EF66形直流電気機関車のJR貨物色の雄姿でした。いつものようにパッケージを解いて、冊子を取り出してみましょう。本号から今までと異り、付録のNゲージサイズ模型の形式の説明が巻頭特集になっています。続く記事が、平素ならば巻頭
一昨年の1月31日をもって閉館となった東急百貨店渋谷本店の1階に片隅に嘗て展示してあった、昭和40年頃の渋谷駅のジオラマを撮影した写真を毎日1枚ずつアップしています。今日のカットは、山手線のホームの上に覆いかぶさるように建っていた東横百貨店の様子がよく判る1枚です。この場所には、渋谷川も流れていて、それを暗渠として塞ぎながら建設された玉電ビル等を基盤として増改築を繰り返しながら複雑に発展してきたのが東横百貨店、現・東急百貨店東横店です。昭和40年頃の山手線には、茶色の旧型国電
昨日は所用後に井の頭線に寄り、帰路には下高井戸にて東急世田谷線に立ち寄りしました。東急の中でも異端な馬車軌間の1372mmで京王本線や路面電車の軌間と同じである線で、元は玉川電気鉄道として1925年に開業し、開業100周年を迎えます。下高井戸周辺でブラブラして東急300系を撮り鉄しました。クラシックブルーの303Fが1枚目。パーンオレンジの309Fが2枚目で、どれも開業100周年記念のヘッドマークが付けられてます。ブルーイッシュラベンダーの307Fが3枚目。家のバラの花を交え
昨日(5月3日)は、下高井戸から三軒茶屋まで、東急電鉄世田谷線の300系301F(旧玉電カラー、世田谷線開業100周年ヘッドマーク付き電車)による、三軒茶屋行き🚋に乗りました。この日の301Fは、土休日04運用に入っていました。世田谷線の運用は、平日は朝が9運用、日中は6運用、夕夜間は8運用、土休日が終日7運用であり、土休日の場合3編成が非番となっています。この日は、301,303,304,306,307,308,309Fが使われ、302,305,310Fが非番でありました。世田谷線が玉
今日は、東急世田谷線に撮影に行って来ました。東急世田谷線は、5月1日に三軒茶屋~下高井戸間が開通100周年を迎えます。アニバーサリーイヤーを記念した企画が実施されます。世田谷線開通100周年のチラシ裏面トークイベントやマルシェ、パネル展示、スタンプラリーも開催!!スタンプ3か所でキーホルダーをゲット!今日は、世田谷線散策きっぷ買って乗車裏面宮の坂で下車しスタンプを300系301F玉電塗装100周年ヘッドマーク付下高井戸へ移動して301F王電塗装
東急には世田谷線の軌道線車両もあります。(私はつい忘がちです)上から300系、200形、80形。デハ80形。玉川線廃止後も4両が江ノ電に移籍して活躍を続けました。私は江ノ電で何度か乗りました。『【モデモ】たまでん80形【Nゲージ】』たまでん、200形だけでは寂しいので…『5月10日は【玉電】』昭和44年5月10日は、東急玉川線廃止の日。ということで。東急玉川線デハ200形。「ペコちゃん」…ameblo.jp江ノ電では何度か乗りました。当時は500形に乗りたいのに何故か600に当たること
実話一昨日、世田谷だね様からの一報でフォロワーのmarioさんですが、一昨年の春入院後亡くなっているはずだよ。との事で昨日、私用で世田谷へ行くのでその次いでと言うかフォロワーのmarioさんの所へ行きました。marioさんの家は、分からないのが本音ですが以前から画像である程度の場所の特定で分かりました。そこで一応一礼追悼しそこからmarioさんとブログ上で初めて話が出来た場所へも行って来ました。旧玉電marioさんとの話の出会いは、YAHOOブ
鉄道コムへTetsudo.com(鉄道コム)鉄道ファンのための“みんなで作る”鉄道情報サイト。鉄道に関するイベント情報、未来ニュース、車両トピックスを掲載。インターネット上の公式リリース、ブログ、動画、つぶやきなどを集めたリンク集や、参加型ゲーム「駅つなゲー」も提供。rd.tetsudo.com今回は、江ノ電600形601+651編成の写真をご紹介します。下の写真は江ノ島駅の600形です。600形は1970年(昭和45年)に東急(デハ80)からやって来た車両です。2両編成2本が導入されま
こんにちは~今回は世田谷線でお出掛けします。世田谷線は都営荒川線とともに都内では珍しく路面を走ります。ここは小田急線の「豪徳寺」駅ですが、世田谷線では「山下」駅なのです。世田谷線の路線図を載せますね。学生時代、三軒茶屋の友達の家に遊びに行ってました。東急世田谷線の起点は「三軒茶屋」駅、終点は「下高井戸」駅です。全長5km。10駅あります。三軒茶屋駅から下高井戸駅までの所要時間は、17~18分です。
その昔、国道246に玉電という路面電車が走っていました。渋谷から二子玉川までと途中三軒茶屋から下高井戸まで分岐して走っていました。昭和44年に路面電車は廃止になり渋谷から二子玉川までは地下を走る東急新玉川線になり、三軒茶屋から下高井戸まではそのまま残って東急世田谷線となりました。子供の頃クルマの窓から見たのをかすかに覚えています。そんな時代の玉電を形取った羊羹のパッケージが可愛くて衝動買いであります。エース的存在だった80型とペコちゃんと呼ばれた丸い200型を形取っています。
2001年まで走った玉電生え抜きの80形、最後まで残った6両全てが解体されたのは至極残念!それでも、玉川線廃止(1969年)により江ノ島電鉄へ渡った車両を宮の坂駅の真横で観られます。(2024.11.26宮の坂区民センター)車体は東急色でも車番は江ノ電の「601号」、しかも社名標記は「EER」で、あくまで江ノ電のスタンスなのですね。(2024.11.26宮の坂区民センター)東急の80型は最後までニス塗りの車内でしたが、江ノ電ではペンキ塗りだったようです。コントローラーは東急では見
2023年の1月31日をもって閉館となった東急百貨店渋谷本店の1階に片隅に嘗て展示してあった、昭和40年頃の渋谷駅のジオラマを撮影した写真を毎日1枚ずつアップしています。今日のカットは、山手線のホームの上に覆いかぶさるように建っていた東横百貨店の様子がよく判る1枚です。この場所には、渋谷川も流れていて、それを暗渠として塞ぎながら建設された玉電ビル等を基盤として増改築を繰り返しながら複雑に発展してきたのが東横百貨店、現・東急百貨店東横店です。昭和40年頃の山手線には、茶色の旧型
来週の今日は大晦日と今年もあっという間に終わろうとしている…今年は目や頭や手の衰えを感じ仕事では間違いが多かったりでそうしたことの対応に苦慮した趣味の写真も思うように撮れずガッカリすることばかりだった来年はいろいろ見直さなくては今年の仕事がほぼ終わったので夕方鉄道写真の練習をしてみたラッキーなことに招き猫電車と旧玉電色の電車の並びを撮れた写真は世田谷線若林駅近くにてOM-1100-400mmこの時撮った他の写真がこちらに
「玉電の名残り」渋谷から二子玉川までの区間には思わぬ場所に玉電の名残りがある。日曜日の文化の日に野川源流からフルマラソンをしていた時、もう間もなく多摩川との合流が近い二子玉川駅近くの吉沢橋に石碑があった。しかし私的には玉電こと東急玉川線の記憶はない。昔は渋谷と二子玉川の間には都電みたいなのが走っていたのか、と言うイメージ。とは言えこの種の石碑は味わい深い。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%80%A5%E7%8E%89%E5%B
東急田園都市線宮崎台駅高架下には電車とバスの博物館があります。名前だけではピンとこない人がいそうですが東急博物館です。久しぶりに訪問してきました。宮崎台駅です。駅に降りると案内があります。そして東急新横浜線のナンバリングが後付けです。来て知ったのですがチケットを見せると近隣のお店で割引が受けられるそうです。入る前に田園都市線唯一の踏切(?)があります。玉電こと東急玉川線で活躍したデハ200形です。流線形の特徴的なデザインがかわいらしくも印象的ですね。電車とバスの博物館な
9月29日「招き猫の日」なんてあったんですか。29日といえば「肉の日」しか覚えてませんでした。「ふくしん」の餃子100円Dayだったから帰りに寄ってくればよかったです。電車で招き猫といえば東急世田谷線の豪徳寺にちなんだ「招き猫電車」世田谷線自体は速徳の乗り味で近くにくれば乗ってますが、「招き猫電車」にあたらないんです。計算して乗ってるわけじゃないからだけど。▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようそういえば「招き猫」で有名な豪徳
電車とバスの博物館レポートその。今回は、玉電編です。玉電は、この東急電鉄の前身であり、デハ形は「青ガエル」と言う愛称をもつ電車です。渋谷二子玉川園という方向板がありますが、現在の東急田園都市線の一部区間とされています。また東急田園都市線は東京メトロ半蔵門線との相互乗り入れを行っています。この車両は昭和年に誕生し、当時、渋谷二子玉川園間は路面電車でこの車両が活躍しました。しかし、誕
日曜日である。いつもの如く、今日も丸一日よくがんばりました。と、自ら自分に言う。玉電(今の名前は世田谷線)の画像である。久しぶりに撮ってみたよ。いいねー。絵になるねー。訳あって、日曜日はやたらと東急バスに乗ることになったので、一日乗車券を購入している。今日は、作業の途中で、代沢の教会に行かねばならんかった。若林にあるウチの教会から行くには、正直とても不便この上ない。今までは、世田谷区民会館から渋谷まで行く渋52に乗り、淡島で降りて、そこからテクテク歩くコースが一番楽ちんだった
昭和44(1969)年5月7日。東急の玉川線(渋谷~二子玉川園)と砧線(二子玉川園~砧本村)の電車を5月10日をもって廃止することを告げる東急電鉄の新聞広告。淡々と文面のみが記され、バス輸送の増発をアピールしているものの、新玉川線(現・田園都市線)が開通(昭和52年)するまでの約8年間、沿線の人たちは、さぞや大変だったんだろうなと想像できる。玉電のアイコン的存在だった丸みを帯びた青虫のような車両(200形)は廃止後、世田谷線(三軒茶屋~下高井戸)へと移行されず姿を
東急世田谷線・宮の坂駅のホームに隣接する宮坂区民センターに、旧玉電デハ80形、または江ノ電600形としても知られていた旧玉電車両が展示されている。この車両は自由に出入りができ、車内にはたくさんの資料が展示されている。シートに座ると、玉電が走っていた時代にタイムスリップしたような感覚になった。床が木でできているのもとても味気が。さらに運転席も当時のまま保存されていて、窓から見える景色が想像できる。豪徳寺や世田谷八幡宮なども周辺にあるので、ぜひ足を運んでみては
ここに来ると、やっぱり、「玉電」を思い出す。渋谷から、かつて、走っていた路面電車を。渋谷から、路面電車が走っていた。それも、あの「246」のど真ん中を。三軒茶屋で、大山街道(国道246号線=厚木街道)が、世田谷通りが分かれていく。ここから、世田谷城のあった「豪徳寺」周辺を通り、「甲州街道」の「高井戸宿」へ道が続く。で、ここを、現在も路面電車では無いモノの、、、低床車両で走っている「世田谷線」に出くわす。三軒茶屋駅田園都市線と、世田谷線との乗換駅ですが、、、かつて、渋谷から二子