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「交渉している」昨年の12月か11月後半かに言われた。上が交渉していることは?こればかりずっと6年間している呪い殺人犯同士で交渉し続けている。八戸に一年目にされた呪いの証拠のノートと大切な手帳やヨガの当時の研究ノートやアルバムや証書類があり、全部取られています。八戸に残してきて持って来れなかった守護になる複数枚の絵やアクセサリーや食器類など全て重要です。犯人らが設定し自分達のものとしています。私のDNAや私の生まれから私全てを自分に入れた女達と男達がいます。魂と生誕と顔と脳と身体と血
玄関先に猫がうろついていることを、家人が気付くようになってしまった。下の息子から「玄関先が猫餌くさい」と言われ、上の息子が「自転車降りたら、茶トラが俺の足の傍に来たよ」と言われ、次第に隠せなくなってきた。一昨年であろうか、三毛猫が茶トラとともに顔を出すようになった時である。寒い夜、明日の朝、この帽子に座っていたら面白いなと思い、玄関横の物入れの箱の上にもう被らない赤い毛糸の帽子を一つ置いた。次の朝、うちの前の方が餌をあげている
気持ち悪いのが苦手な方は見ないでくださいね今日は町内一斉の清掃でした。まずは女性会の公民館掃除。その後は隣保の溝掃除。女性が出られてる場合はゴミ拾いですが、もう隣保内は人手が少ないので私は刈り払い機で草刈り。でも、もう寒くて草もあまり伸びていないようなので、今日はジョレンで溝にたまった土砂を上げました。隣保内の人たち、他の溝に行ってるのかなぁ?誰か来てくれないのかなぁ?…そう思いながら、長い距離の土砂上げをしていると、最後の大きな川の所まで来てしまった…。ココは草とか落ち葉とか
2009年12月15日に我が家に来たハチワレ猫・れれ(牡16歳)が、昨日旅立ってしまった。とにかく愛くるしく、変わった猫だった。れれが家に来たのは、リビング新聞の里親募集だった。先代の茶トラ「まぐろ」が15歳で旅立ち、四十九日が明けた頃にあるご家庭が六地蔵近辺でれれを拾われ、誰かもらってくれないかと投稿されたのを見かけ、連絡を取って受け取りに上がった。我が家に来てすぐの頃のれれ。成猫になり、ツヤツヤとした毛はびっしり生えて骨もがっしりしていたので、おそらく洋猫の血が入っていたのだろう。
猫の瑠奈が死んだ舌の癌で腫瘍と舌がほぼ一体化除去したら舌が無くなるどちらにしても命取り栄養補給と抗生物質など含む点滴などできることはしてくださった子供たちが十代の頃から家に居たコ夜眠る時には私のお布団の足元で寝て暑い季節には眠っている私の体がある布団の上に居るコだったとても小さな猫ではあったけれどずうっといられると重く感じたあ寝返り打てない足がつる・・・・ってそれっくらいいつも身近にいてくれるコだった私がおやすみと言って階段をあ上がり始め
マチの命日を迎えるのが怖かった。マチを失ってから、うにを迎えるまでの期間、わたしは一体どうやって生きていたんだろう。何一つ片付けることなく、酸素室を置いてあったスペースに山のように資材を買いこんで積み上げて、山になって、そのまんま突っ走って仕事をしているか、号泣していたかだったと思う…。もう記憶にないのだ。マチがうにを寄越して、自分は天使となって天国に入らずにわたしを見ていてくれる。それがわかって、本当に良かった。けれど、安心して天国に入れないくらい、わたしの状態が酷
今朝の話題は、俳句関連。昨日の朝、放送されたNHK・Eテレの『NHK俳句』番組についてだ。実は、我が投稿句が同番組の添削コーナーの対象となった。今朝は、そのことについて。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇8月上旬、制作スタッフの某氏から電話があった。彼によると、選者の岸本尚毅氏の回には添削コーナーがあり、拙句がその対象に選ばれたとのこと。そこで、番組で取り上げることについての承諾と、読み上げる際のイントネーションについて訊
今朝の話題は、俳句関連。昨日の朝、放送されたNHK・Eテレの『NHK俳句』番組についてだ。実は、我が投稿句が同番組の添削コーナーの対象となった。今朝は、そのことについて。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇8月上旬、テレビマンユニオンの某氏から電話があった。彼によると、選者の岸本尚毅氏の回には添削コーナーがあり、拙句がその対象に選ばれたとのこと。そこで、番組で取り上げることについての承諾と、読み上げる際のイントネーション
去年の秋から、ずっとずっと忙しくて、5月までそれは続いた。5月にちょっと一息ついたが、わたしは自分を追い込むように仕事を増やし、片付けもしないまま、資材はどんどん山積みになって行く。たまに、低気圧とか満月で寝込む。それ以外は、うにに3時間ほど時間は割いているが、基本、仕事をしている。どこにも出かけない。誰とも会わない。たまに近くに仕入れに行くだけで、すぐに帰って来る。マチがいた時、わたしはしょっちゅう出かけていて、留守番をさせた。それを今も後悔している。病気がしんどくて
ラボ:は〜(グレの骨壷を見ながらため息)。暑くなるとオバケポーズで寝てたよな・・・グレ:どうしたの?ラボ:(ぎょっっ)ゆ・う・れ・い?グレ:え?なんで驚いてんの?ラボ:だって、グレはあの世に行ったんじゃ・・・グレ:おっとどっこいオイラは生きてるのさ〜ラボ:なああんとおお?!グレ:オイラは記憶の中で生きてる存在だからさラボ:しばらくぶりに出てきたねグレ:ラボちゃんが封印してたからじゃない?ラボ:うん、そうかもしれない。寂しさと嬉しさ
娘のように愛していた「はな」が亡くなって三ヶ月が経ちました時間が瞬く間に過ぎていきました最初の頃ははなの骨壺を毎日抱きしめて涙したりしていましたがそれも最近は一週間に一回、一か月に一回になってきましたしかしまだ生前の「はな」の写真を見ることが出来ずにいて、見てしまうと胸が痛くなってしまうから特に体調が悪化してからのはなの写真は、その時の辛い気持ちが蘇ってきて・・・よほど写真を削除してしまおうか、と思うのですが、それも出来ずにいます大好きなはなもう天国で元気
前回の記事を書いて眠ったその後2時間半過ぎくらいにかみさんに起こされた今逝ったよぴゃー一緒に寝たあとかみさんと一緒に起きたみたいかみさんが起きて1時間余りで虹の橋を🌈眠る前見てるだけであれほど泣けたのになんかほっとしてる自分がいたこの季節気温も高めで遺体が傷むのも早いだろうなぁと危惧していたかみさんの仕事場に適当な箱があるかも?ともらいに行ってもらってなにかを買った時に入ってた緩衝材を敷いてペットシーツ敷いて使わなくなったバスタオルで包んで箱には保冷剤をたくさん詰め
こんにちは❗️ブログを見に来て下さり、ありがとうございますキュル夫…40代会社員。読書好き。人見知り。キュル嫁…30代看護師ママ、2児の母。本当はビール大好きな飲んだくれ(笑)にょんちゃん1号…7歳の女の子、小学2年生、お喋り、好奇心旺盛、動画、ゲーム大好きにょんちゃん2号…1歳の女の子、7月産まれの赤ちゃんハク…ノルウェージャンフォレストキャットの男の子で人懐っこい。2025年5月3日に天国へ4日にハクを火葬し、ハクの肉体そのもの我が家から居なくなって数日…不思議な気がしてなり
お久しぶりです。今回は本当に、忙しすぎて日々バタバタしすぎていました。仕事に加え、子どもたちの習い事の剣道が予想以上にスケジュールに組み込まれていたり、お兄ちゃんが中学に入学したことや、仕事量が増えたことなど、本当にバタバタしていました…そんな中、悲しいお知らせです(もはや悲しいお知らせしかアップできていない…)もにゃ(本名ラムネ😺)が、5月6日の夜22時過ぎに、息を引き取りました…。もうしばらくの間、認知症がひどくて、食欲オバケになっていた子でした。ゴミ箱も漁るし、排水口も漁るし。
一向に暇にならないまま、五月に突入してしまった。二八(にっぱち)と呼ばれる、一年で最も、ものが売れない2月に、わたしは最高の売り上げを記録した。泣いている暇はなく、何にも手を付けないまま、ただただ仕事をしていた。ひたすら仕事をしていた。4月に入ってパールのネックレスが落ち着いて、やっとペースがダウンした。とは言え、映画が見たくてもテレビ前のソファには撮影用の帯やトルソーさんの服が山積み。テレビには撮影用のストールが山のように掛かっていて、片付けから始めないと娯楽もない。
猫の死について書いてます。苦手な方は周れ右願います。♢♢♢猫が死んでしまった。覚悟はしてたけど早かったな。排泄障害があって家族中が苦労した4年間の介護でした。後半の2年は家中至るところに休みなくおしっこうんちを垂れ流され四六時中下を注意深く見ては床を拭く毎日でした。でも可愛くて憎めなくて最後まで投げないでやれました。今年の2月中旬からオムツをし出してストレスからか、だんだんと弱って来たように感じます。腸の腫瘍でした。発見時にはもう回復は難しく積
猫先程亡くなりました。あー…ツラ…
今日未明うちの虎くんが虹の橋を渡りました2009年8月22日だったかな?スーパーの入口で路頭に迷っていた所をかみさんと息子に保護されて来たそれからほぼ16年一緒に楽しく過ごして来た約1年前辺りからデブ猫と言われていた猫が痩せ始めて病院連れて行ったら甲状腺異常が見つかり投薬してきたんだけども思うように太れず痩せる一方で家にはまだ御局様が居てもう時期18歳になるこっちが先に逝くものと覚悟してたんだけどもまさかの虎くんが先に虹の橋を🌈ここ1年くらい吐き戻しやら夜鳴きやら心配
マチの誕生日がある三月を迎えることが怖かった。去年の三月は精神状態がかなりおかしくて、うにが来てまだ間もなかったし、可愛らしい子ではあるが、愛おしいとか、大切であるとか、かけがえがないとか、そういう気持ちはまだ持てなかった。それはそうだ。愛情は育っていくものであり、一目惚れしたとはいえ、すぐに大好きになるなんてことはあり得ない。どうしたって、若くして病死してしまったマチが可愛く、どうしたってマチが愛おしく、マチが恋しく、うにがいくらいい子でも、それを超えることは決してない。
白猫マロンが急逝して、すぐに思ったことは「沖縄で育ててくださった三家族の皆さんに申し訳ない」という気持ちでした。臍の緒がとれるかとれないかの状態で墓地でお子さんに拾っていただいたマロンは三つのご家庭を経て私のところにきました。私は沖縄に引き取りに行った時にその皆さんにお目にかかったんです。だから、申し訳ない。こんなに短い命になってしまって。そう思いました。最初に連絡したのはその皆さん達です。でもね。皆さん、優しくて謝らないでください。一番辛
走ることは生きること走り続けることは生きること家族だった猫もんちゃん13歳11ヶ月虹の橋を渡りました。どんなに良い顔していても死に顔安らかな顔だからと、SNSにあげる人いるけど。私は、UPしません。家族だったとか、・・・じゃ、親の顔や兄弟の顔、死顔UPするの?っていう話私の腕の中で永眠安らかな顔ありがとう、もんちゃん大好きだよ💕もんちゃんの先代、ももちゃんここで眠っています。もんちゃんも、同じところで眠ってもらいました。ありがとうございました。
もうすぐで、統合失調症になって10年を迎える。もう、30になる。なったのは、20の時だ。猫の死がキッカケだと思ってる。助けられなかった事。自分の無力さ。去年会社員を辞めて。そこがブラックだったから辞めたけど、止まらないリスカ。俺は、何がしたいんだろう。解離性同一性障害も、深刻になって来て。障がい者手帳は、3級だけど貰えた。今は、統合失調症の陰性症状が続いてる。だから、就活する気になれなくて、バイトの日々。40歳で死ねるらしいから、早く死にたいから、35になったら、自殺で
また狂ったように仕事をしていて、間が空いてしまいました。マチの真実の話の続きです。………動物対話士さんから告げられた、マチからのお願いと、最後の言葉があった。お願いとはこうだった。「ママさ~、死なせてごめん、って泣くのやめて欲しい~。」アタシさ、結構頑張ったんだよね。もっと早くに死んでもおかしくなかった。すごく頑張ったんだよ。だからさ、死なせてごめん!って泣くのをやめて、アタシをほめてくれない?よく頑張ったねって褒めて欲しい。…マチはお姉さん口調でそう言っているそうだった。
2013年11月8日ナチ。先代の猫。「ナッチ~・・・」と、たまに呼んでみるとたくさんの思い出で、胸がいっぱいになります。今、此処にナッチがいない事をとても不思議に感じます。幸せ過ぎて、全てが夢だったかの様なそんな、愛おしい気持ち。『虹の橋を渡った子(ペット思い出(193)。』2013年11月17日秋は本当に天候が変わりやすく雨が降っていたと思ったら、急に晴れ。昔から夫は、出先で虹が出る度に携帯で写真を撮って送ってくれていた…ameblo.jp
カウンセラーで催眠療法士の豊藤です。わたしについてこちら関西の継続クライアント様とセッションでした。なかなか行動出来なくて😭と言うのが大まかなお悩みでした。自分のビジネスを伸ばしたいのに行動が出来ない…起業家さんあるあるだと思います😭わたしも7年間の起業人生の中で何度あったことか!でもね、結論コレだと思うんです。①行動出来ないのは行動の先の変化が怖いと言うのがひとつ
愛猫・ろろこが、14歳7ヶ月で虹の橋を渡った。びす(牡8歳)が、能天気に花を食べている(笑)。ろろこは、2010年5月15日に我が家にやって来た。リビング新聞の里親募集を見て電話し、引き取りに行ったのだがそこで4/15生まれと聞き、ちょうど生後1ヶ月での引き取りとなった。名前の「ろろこ」は、ペットにはよくある話だが変化型である。2009年12月に我が家に来た黒白のハチワレは、黒白なので当初はお菓子のオレオになぞらえて「おれお」だったのだがやがて「れれお」になり、今では完全に「れれ」だ。
新しくもらいうける、うにの写真を、ほんの数人に見せた。4人に見せたとしよう。そのうちの3人が、こう言ったのだ。「違う猫だということはわかっているのだけれど、マチちゃんが見える。」と。マチと似ているという意味ではない。うにの中にマチが透けて見えてるという感覚でいいだろう。マチ↓うに↓↑これが知り合いや友人にみせた「うに」で、マチは遺影にしている写真。違う猫だとわかっているのに、マチちゃんが見える、という意見が数名分あったことを、今更ながらに思い出したのだ。それらの方々は、長
キジくんは、オシッコをもらす。漏らすというよりは、わざとトイレではないところでする。一度は家に入れたのだが、それがあまりにも激しくて、夫は窓を開けて、キジくんに、どちらでもいいから選びなよと言った。キジくんは外に出た。ガレージに居ついたので、わたしたちは慌てて堅牢な犬小屋を買い、ガレージに床を敷いて電気を引き、暖房を設備した小屋を置いて彼の居場所を作った。そこで9年間、一緒に暮らした。母屋の大リフォームが始まることになり、ガレージにいさせられないので、そのタイミングで、キジ
友人がマチから告げられたことを教えてくれて、命日を前に、わたしはずいぶん楽になれた。いつもお彼岸あたりは、精神がやられてて、体も駄目駄目で、寝込んでしまうか荒れてどうしようもなくなる。春も秋も。今回のお彼岸あたりも精神的にヤバかった。マチのことを思うと辛く、仕事に逃げるしかない。うにがいくら鳴いても、わたしは無視するか怒鳴って、構ってやることすらしなかった。夫とは敷地内での別居である。それがわたしの精一杯なのだ。同じ家で暮らすこと、同じ部屋で寝るだなんて、とてもじゃないけ
マチは、生後二か月の仔猫でやって来た。まだ目が青くて、鼻には「ぶち」があった。ちょっとアホっぽくて、ちょこまかしてて、めちゃくちゃ可愛かった。目覚める前、ほっぺたが痒いので手をやると、マチがわたしの顔の真横で寝ていた。枕を共有していた。背中を向けるといつもジャンプして乗って来て、まだ子猫だから爪が出ていて痛かった。その当時に着ていたカットソーをまだ持っているが、背中が穴だらけだ。マチの爪痕が残ってて捨てられず、それを着て寝る。ほわほわしてて、アホっぽいのに、わたしが泣くと、