ブログ記事94件
織田信長の実弟である織田有楽斎が1916年、如庵(じょあん<Joan*)という茶室を京都に建てましたが、明治以降、諸事情により東京や神奈川を転々とし、1970年、名古屋鉄道(名鉄)が取得することになりました。【*Joan:クリスチャンだった有楽斎のミドルネーム】その移転先のひとつして考えられたのが愛知県犬山市にある「明治村」だったそうですが、いくら何でも江戸時代の物件を明治村にということはないだろうと、近くの現在地に決まり、有楽斎が自らの隠居部屋として建てた正伝院書院とともに1972年
東京国立博物館の平成館で、特別展『大覚寺』を見たあと、本館にまわりました。こちらは、海外からの入館者で混雑。全体に、ざわざわとしていて、落ち着きません。それで、日本画の部屋に。曽我蕭白(1730~1781)。俵屋宗達(1570~1643)。狩野山雪(1589~1651)。狩野山楽の娘婿です。岸駒(~1839?)。生没年が、よくわかっていません。1749年?1756年?生まれとの説も。松平定信の賛。岸駒は、鶏なら伊藤若冲、猿なら森狙仙、鼠なら白井直賢。そして、虎なら岸駒。
特別な秋を過ごしたい美しいものに心を癒されたい今回は京都の泉涌寺で12年に一度しか公開されない貴重な文化財を鑑賞できる特別な機会についてご紹介します。12年に一度!狩野山雪の「雲龍図」泉涌寺では、2024年11月9日から12月1日まで、通常非公開の舎利殿を特別公開しています。この特別公開で最も注目すべきは、12年に一度辰年にしか公開されない狩野山雪筆の「雲龍図」です。「雲龍図」は、その迫力ある龍の姿と、まるで生きているかのような躍動感で人々を魅了し
10/30(水)~31(木)にかけて、「津山・岡山」でのお城巡りをする旅に出かけ、その「お城紀行」を投稿していましたので、全国の城郭建造物「御殿(居館)シリーズ」を一時中断していましたが、本日から再開します。中断していたのは、天下人となった三大英傑の内、二大英傑(秀吉、家康)が居城としていた「伏見城」(京都府京都市伏見区)の「御殿」紹介でしたので、もう一度「伏見城」について説明をします。以前にも記載しましたが、「伏見城」と呼ばれているモノは3城ありました。まず「秀吉」が築城した
神護寺展のあとは常設展へ東博は膨大なコレクションを定期的に入れ替える常設展が楽しみですねまずは神護寺展関連の本館1階の仏像ルーム大日如来坐像平安時代11〜12世紀『真言密教の教主たる仏で、密教の本尊である。日本密教においては一切の諸仏菩薩の本地とされる』ウェキペディアより不動明王立像平安時代11世紀『密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。』ウェキペディアより文殊菩薩騎獅像および侍者立像康円作文永3年(1273)
【食育クイズ:Vol.1662】「京都府」の「妙心寺、塔頭」おさらいクイズ!デジタル複製された「狩野山楽、山雪」親子の描いた障壁画がある「塔頭」名は?↓↓↓↓↓↓問題は下記から↓↓↓↓↓↓∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞コッチラボ国産大豆100%大豆ミートプレミアムソイミンチ粗挽き鶏ミンチ風サラダ・スープに大容量サイズ1kgAmazon(アマゾン)大豆コーヒードリップパックAmazon(アマゾン)
2024年4月7日に辻惟雄「奇想の系譜又兵衛-国芳」を読了しました幽霊絵師火狂の流れで。奇想の絵師が好きで、本で取り上げている絵師の展覧会によく行くのに、本当にこういう本があったとは知りませんでした。岩佐又兵衛と言えば、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」でもちらりと話が出てきた、荒木村重の息子なんですよね。狩野山雪は、桃山画壇四巨匠の1人(他は狩野永徳、長谷川等伯、海北友松)。妙心寺天球院の障壁画や襖絵を見たと思いますが、泉涌寺で舎利殿に触れているのに「雲龍図」は出てこず。伊藤若冲はいっ
「鳴龍」としても知られるが誰の作か?泉涌寺の舎利殿・天井画を描いたのは、京狩野の絵師・狩野山雪。龍図を見上げた右側に「正保四亥八月日狩野橋法山雪筆」の署名があり、正保4年山雪58歳の制作である。京狩野の祖・山楽の婿養子となり、2代目となった山雪は「老梅図襖絵」など奇想的な作風の先駆者で、「鳴龍」は天井画の下で手を叩くと起きる多重反響の音響現象で、龍が鳴いている様に響く事から、呼ばれている。
昨日の「光る君へ」第3話。もう一週間待ちきれない程今の楽しみ♫二人が惹かれ合う様がとてもいい。そしてその周りの人物も興味深い。一番のお気に入りキャラは足芸の達人、花山天皇だったりする京都検定的おさらい藤原公任(町田啓太)名古曽の滝、西本願寺「三十六人家集」藤原行成(渡辺大知)本能寺切、「権記」、三蹟赤染衛門(凰稀かなめ)「栄花物語」百人一首和歌土曜日、探鳥会の予定が雨で中止午前中はボヤッと過ごし、午後、時間勿体ないと思い腰を上げて泉涌寺方面へ行きました。バス路線
建築家・大江宏つながりで、今日は建築家・大江宏設計の法政大学建屋の話を。1度だけ、法政大敷地内に足を踏み入れたことがあります。2018年、建築史家、特にヴェネツィアの迷宮都市シリーズで有名な陣内秀信先生の最終講義を聞くために。一般人も入場可だったのです。迷宮都市ヴェネツィアを歩く―カラー版(角川oneテーマ21)Amazon(アマゾン)私が行った2018年というと、大江宏設計の名物ビル、55年館・58年館が完全解体される前年。それより前にすでに53年館
今回も妙心寺塔頭を紹介します。江戸時代の初期に創建された天球院。姫路の殿様池田家の菩提寺です。大河ドラマ徳川吉宗のオープニングに登場した竹虎図の虎の絵が室中の間で出迎えてくれました。さらに、梅に遊禽図(ゆうきんず)、籬草花図(まがきそうかんず)、狩野山楽、山雪の障壁画を見ることができました。籬草花図は2012年の切手趣味週間の切手の意匠になりました。襖絵の山鳥の絵は2016年の冬の旅の表紙になりました。宝泉院、源光庵、正伝寺、養源院でも紹介した血天井のあるお寺です。通常は非公開、特別公
岩佐又兵衛の伊勢物語鳥の子図重要美術品又兵衛が福井在住時代に描いた6曲1双の押絵貼屏風の右隻第6扇に当たります。女房が一人渓流に身を乗り出し水面に数を書く光景が描かれ、伊勢物語第50段「鳥の子」の女が男に恨みの和歌を返す情景を描いたものと考えられます。狩野探幽の漢武帝・西王母・長伯房図3幅優美な探幽の画風を示す佳品。中腹幅の皇帝は、前漢第7代皇帝で漢の黄金期を築いた武帝。右側の桃7つを武帝にささげて酒宴したという伝説の西王母、左は鶴を抱いた童子を従えた男性については不明です。俵屋宗
今回の展示は、日本で生まれた最も身近な美術品の一つである「扇」に焦点をあて展示しています。狩野派、琳派、文人画の扇面画を始め、伊藤若冲、長澤芦雪など作品。源氏物語、伊勢物語などの物語絵、名所絵、山水図、花鳥図,動物画など扇と限られた世界を展示しています。宗達派の扇面散屏風様々な画題を描く60面の扇面を貼り付けています。宗達が営んだ俵屋工房の画風を示し、従来俵屋が得意とした源氏物語、伊勢物語、合戦図などの物語絵や草花絵のほか、名所絵、風俗図、漢画人物、山水図など。狩野宋秀の北
ジョン・シンガー・サージェント作『1902年8月のエドワード7世の戴冠式にて国家の剣を持つ、第6代ロンドンデリー侯爵チャールズ・スチュワートと従者を務めるW・C・ボーモント』’ボストン美術館蔵)皆様、お今晩は。10月2日迄東京都美術館にて開催されている「ボストン美術館展芸術×力」を観て参りました。その感想です。古今東西の権力者たちは、その力を示し、維持するために芸術の力を利用してきました。威厳に満ちた肖像画は権力を強め、精緻に描写された物語はその力の正統性を示します
上野の、東京都美術館で開催中の、『ボストン美術館展』。新型コロナウイルス感染拡大により、2020年の開催が延期となり、ようやく今年、開催されました。10月2日(日)まで、開催されています。ボストン美術館は、1870年、ボストン市民の有志により設立され、アメリカ独立百周年にあたる1876年に開館しています。これまでにも、『THEHEROESボストン美術館蔵刀剣×浮世絵武者たちの物語』展が、今年、東京にある、森アーツセンターギャラリーで開幕。ただ、すでに3月25日(金)で、閉幕
江戸時代に入りますQ.227下図の作者とその作風について述べた文として、最もふさわしいのは?①豪放壮大な絵画様式は「大画」とも評され、多くの障壁画を制作した②余白を多くとった瀟洒淡白な画風で、徳川将軍の御用絵師として仕えた③極彩色を駆使した官能性あふれる画風で、浮世絵の祖とも仰がれた④幾何学的構図による理知的な画風で、京都を拠点に活躍した左隻狩野山雪《雪汀水禽図屏風》右隻17世紀前半(江戸時代)紙本金地着色六曲一双各154x358㎝個人蔵京都重要文化
狩野興以の山水図屏風岩や樹木、楼閣や停泊する舟など雪舟画風を見せますが、整理整形し余白を増大させた画面は、次世代探幽の山水図につながります。興以は、桃山期狩野派の棟梁光信の門人で、光信・孝信兄弟亡き後、やがて実質的な棟梁となる探幽を門人筋として支えました。狩野山雪の玄鶴芦雁図芦と雁、鋭く伸びる水草と水に脚を浸す真鶴。真鶴は、まぶたを下から半分閉じ眠った姿で描かれています。輪郭をつけず、濃淡の墨面によって描かれた羽や草、鳥や水草からは、それぞれの性質を的確に表す山雪の筆墨技術の高さをうか
「神戸ニニンガ日誌」(第2,729号)○装幀家の菊地信義が亡くなった。大学を卒業した私はその頃に菊地の名前と装幀家という職業を知る。○古井由吉『槿(あさがお)』(福武書店)の函には、妙心寺天球院の狩野山雪「籬に草花図」が絶妙に配置されている。訃報では、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』や俵万智の『サラダ記念日』(河出書房新社)が代表作とされている。○生涯で約2万冊を手掛けた。水戸部功との対談では「紙と文字が勝負」と言う。本は「遠くから見たときと触れたときの感覚に差が生まれ」るので風合
呉春の雨山水図屏風英一蝶の乗合舟図中島来章の游鯉図松村景文の月夜水辺図田能村竹田の風雨渡舟図突然の風雨に波立つ水面の描写、船上の人々の表情に注目、竹田は同じようなテーマの作品を何点も描いていますがその中でも大作です。池大雅の那智滝瀑図久隅守景の山水図久隅守景は、狩野探幽の門下の四天王のひとり。探幽の画風を最も正しく受け継いだ画家。この山水図は、もと6曲1双の屏風に貼られていたもの。求めに応じて、畳の上に紙を直接置いて描いたのでしょう
13日に行って参りました。7:35自宅出発。9:27福島県立美術館「日本絵画の名品展」良いもの沢山!個人的なお気に入りは「曽我蕭白」「若冲が写真、蕭白は動画」と言った感じでしょうか。まぁ、これは個人の感想です。是非、多くの方に見て頂きたい展覧会です。なお、もしかしたらですが、人出の多い場合、入場制限が行われるかも知れません。あっ、そうそう、常設展は、誰もいませんでした。(展示替えがなかったからかな・・・私も流してしまった)
江戸絵画のミラクルワールド江戸のアバンギャルド一挙集結!DATE:19/03/15FRI主催:東京都美術館・日本経済新聞社・NHK・NHKプロモーション会場:東京都美術館期間:2019/02/09-2019/04/07本展は、1970年に刊行された美術史家・辻惟雄による「奇想の系譜」に基づく、江戸時代の「奇想の絵画」の決定版です。岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳に、白隠慧鶴、鈴木其一を加えた8人の代表作を一堂に会し、重要文化財を多数含む展示とな
サントリー美術館で現在開催中の「日本美術の名品展」を観てきました。本展は米国ミネソタ州のミネアポリス美術館が収蔵する日本美術9500点の中から名品が里帰りしたものです。雪村周継《花鳥図屛風》目玉は雪村のこの花鳥図屏風や狩野山雪《群仙図襖》部分この狩野山雪の群仙図屏風だと思うですが、いわゆる奇想の画家たちの佳品もあります。こちらは次回ご紹介しますね。サントリー美術館「日本絵画の名品展」は6月27日まで。私が行った日は事前予約なしで観覧できました。210609
■舎利殿京都府指定文化財。1642年(寛永19年)御所より移築。1647年(正保4年)狩野山雪天井画墨書。1668年(寛文8年)仏殿再建時、曳家により現在地に移動。内陣部改造。西側正面。入母屋造、本瓦葺。桁行五間、梁間四間、一重裳階付。仏殿の背後。南側側面。舎利殿の背後は御座所。東側背面。北側側面。建物概要は京都府教育委員会「京都の文化財」(2001年)参照。
日枝神社から東京ミッドタウンのサントリー美術館へ。緊急事態宣言で翌日から閉館されるおいうこともあってか、サントリー美術館にしては混んでいました。今回の展覧会はミネアポリス美術館に収蔵されている、日本絵画の名品を逆輸入した展覧会。本当に名品が揃っていました。それでは、お気に入りの作品をご紹介。ちなみに本展覧会は撮影自由です。戦国時代の武人画家、山田道安の「龍虎図屏風」。迫力があっていい。狩野探幽の「瀟湘八景図屏風」。解説を見る前に、なぜか一目で探幽とわかりました。
久しぶりの、東京国立博物館、です。10月6日(火)から、11月29日(日)まで開催されている、『桃山天下人の100年』展。充実した内容でした。本展の、開催趣旨は、チラシによると、「政治史における安土桃山時代は、1573年の室町幕府の滅亡から1603年の江戸幕府開府までの30年間をさします。この30年間に花開いた、日本美術史上もっとも豪壮で華麗な『桃山美術』を中心に、室町時代から江戸時代初期にかけて移り変わる日本人の美意識を数々の名品によってご紹介します。(以下略)」出品目録を見ると
狩野永徳《檜図屏風》本展での「桃山」とは、室町幕府滅亡の1573年から、江戸開府の1603年までの100年間を指すそうです。「桃山」の「桃」とは、秀吉が築城した伏見城に桃の木が植えられていたことから名づけられたとか。本展解説からの受け売りです。桃山美術の特徴は、豪華絢爛、豪放磊落、気宇壮大というところにあります。その特徴をあますところなく伝えているのが、前期展示の目玉のもうひとつ、狩野永徳の《檜図屏風》です。とにかく生命力みなぎる絵です。太い幹、太い描線、筋肉モリモリです。枝から伸び
妙心寺の塔頭のひとつである天球院は、寛永8(1631)年に建てられました。天球院という名は、姫路城主の戦国武将・池田輝政の妹の天球院という院号から名付けられています。この女性は因幡若狭城主に嫁ぎましたが、離縁し池田家に戻ります。彼女には子供がいなかったので、永大追善のための寺として、天球院は建立されたのです。池田輝政の妻であり、徳川家康の娘でもある良正院とは、義理の姉妹になります。ふたりは非常に仲が良く、池田家の繁栄に大きく貢献しました。池田家はもともと豊臣と繫がりが深かった
東京国立博物館で始まった「桃山―天下人の100年」展。茶の湯も含め個性的な美の世界が広がった織田信長、豊臣秀吉時代の粋を様々な美術品からつまびらかにする特別展です。これまで見てきた洛中洛外図展や狩野派展といった括りの展覧会とは異なり、安土・桃山時代という時間軸に沿って、その広がりのなかを散策するかのような趣があり、時代の空気感を吸い込むことができました。出光美術館でも、桃山時代を中心とした屏風や茶器の展示を見たことがありますが、絵や陶器だけではなく兜や小物、着物なども含み、時代を
ご覧いただきありがとうございます。さて!明日は土曜日!皆様、どんな週末を過ごされる予定ですか?お忙しい方も少し余裕がある方も最近展覧会に足を運んでないなって感じている方もこんな展覧会が今!開催されています。会場は大阪市天王寺区のあべのハルカス美術館16階です!2階から直接アクセスできるエレベーターがあるのでとても便利!奇才展既成の殻を超え美しい表現の作品を私たちに見せてくれます。観る方にとっては刺激の強い作品もあるかも
2006年から年に1~2回の不定期で配信している「時空を超えて~歴代肖像画1千年」というメールマガジンの創刊号に掲載した「織田信長の肖像画(二)」を紹介します。アメブロでは信長の関しては4つめになりますね。文字数は10,400ほど、原稿用紙にすると26ページです。今回の肖像画は、本絵ではなくてデッサンといえるものですが、生前の信長の面前で狩野光信が描いたと思われる唯一の作品なのです。(※正しくは、早稲田大学の紹介するように江戸時代の写しとすべきかもしれませんが、筆者には写しではなく原