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この数日、狩尾神社の再建ワークショップに関わらせていただきました。全国から人が集まり、泊まり、食事を共にし、手を動かし、自分たちの住んでいる場所ではない神社の再建のために汗を流してくれる・・・その光景を見ながら、なぜ・・・こんな辺ぴな場所にこれだけの人が集まってくれたのか?その答えは、目に見える理由だけではない気がしたのです。古代の神様や私達の先祖が導いてくれているのではと・・遠賀川という“流れ”狩尾神社のそばを流れる遠賀川。この川は、ただの川ではありません。上流から
中間市車は中間市に入りました。高い山も海もなく特徴がない自治体で、今回の旅行まで存在を知りませんでした。スルーするのも寂しいので市の公式サイトで観光情報を調べていくつかのスポットを回ることにしました。中間唐戸水門に来ました。江戸時代に治水、灌漑、水運を目的として造られた堀川運河の取水口にある水門で、現在は使われていないようです。木の板を溝に沿って何枚も落として水を堰き止める原始的な仕組みです。遠賀川水源地ポンプ室です。明治時代に造られた八幡製鐵所
ここは福岡県遠賀郡芦屋町。⛩️狩尾神社があった場所。昭和40年代に火災により焼失したとの事…。御祭神は・大国主命・豊受大神・天児小屋根命・天之手力男命以前、テレビの番組でこの神社の特集があってて見てました👀番組の中で、再建のための寄付を近くのある神社で受付ている、とお知らせしていたので、少しですがその当時早速寄付してきました😊アレから年月が経ち、…先日のこと、普通に買い物していた時に頭に「狩尾神社跡こそ祓って清めなけれは再建はできない…」とフッ…と頭に入ってきましたその事を
丁度車をうんてんしながらニュース番組をみていたら宮地嶽神社の光の道のニュースが丁度日没時刻芦屋町の空も幻想的でしたこれなら素敵な夕日がみれるかもと・・・18時閉門の狩尾神社へ向かう道へ光の道??光の海ですね~~この方角はまっすぐ宗像の大島への道・・・そしてその先には沖の島も・・・海の音にもいやされました~~~患者様もじかんがあれば・・・18時閉門ですが・・・狩尾神社の海最高ですよ~~さいとうせいは
日本は建国から2685年脈々と続く地球上に現存する国家としては最も長い歴史を誇っています♪↑本日の画像は京都府八幡市の狩尾神社(とがのお神社)♪↑石清水八幡宮の境外摂社で…社殿は石清水八幡宮の現存する最も古い安土桃山時代の建物です♪皇位継承♪↑2685年も続く過程で皇位継承の危機は実は何度もありました…第26代継体天皇♪↑507年に樟葉宮で即位された天皇ですが…この時もかなりの危機だった♪第25代武烈天皇
令和3年から始まった社殿の全面改修を終え、狩尾社では、正遷座祭(夜)と竣功奉祝祭(翌朝)が斎行されました。狩尾神社は、石清水八幡宮の摂社のひとつで、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、大己貴神(おおなむちのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)を御祭神とし、元の社殿(重要文化財)は、慶長6年(1601)に徳川家康の側室・お亀の方が本願人となって建てられた石清水八幡宮に現存する最古の社殿。この間、私も狩尾神社奉賛会の顧問として、この整備に関わらせていただいて参りましたが、かの日を迎えられ
福岡県遠賀郡芦屋町山鹿に鎮座する狩尾神社は、歴史深い古社として知られています。神社が鎮座していたのは、響灘に面した狩尾岬。その岬からは「千畳敷」と呼ばれる広大な岩場が広がり、現在も海中鳥居が見られます。海中鳥居⛩️狩尾神社の歴史を辿ると、日本書紀や続風土記、遠賀誌などにもその名が記されています。かつては長い年月をかけて地域の人々に守られてきた神社ですが、昭和40年代に火災で社殿を失いました。その後、御神体は近隣の須賀神社に遷座され、現在に至ります。狩尾神社、というか須賀神社の鳥
狩尾神社の修復も一区切りということで、修復現場見学会に行ってきた。狩尾神社は慶長六年(1601)に建立され、石清水八幡宮の摂社ではあるものの石清水八幡宮遷座以前の社で、男山の地主神社とされています。社殿は三間社流造に檜皮葺で重要文化財に指定せれ、祭神は天照大御神、大己貴命、天児屋根命。奉賛会の皆さまや地域の皆さま、修復完了を心待ちにされています。
前にも何度か載せているとこー!九州ローカルで取材されたようです狩尾神社【調査】海中鳥居の神社がうんだ「奇跡の御朱印」【アサデス。】【ド・ローカルミステリー】|放送内容|アサデス。KBC|KBC九州朝日放送KBC九州朝日放送「アサデス。KBC」のサイトです。kbc.co.jpぜひぜひ。
なんとなーく行きたくなって行ってきました足音と枯れ葉を踏む音以外に聞こえるゴーッという音は自衛隊の飛行機の音です。今回鼻息やらゼーゼー音は入らないよう気をつけました(笑)ここにくると気持ちいいんだけどなんか泣けるのよねーいろいろ切羽詰まってるのかな現実はそうでもないのに。ここ再建されたらほんとすごいと思う相当な規模の神社ですただ、管理はかなり大変だと思われます。
午前中にひとりで行ってきましたうちの家族こういうのあまり行きたがらない小さいけど好きな神社元の狩尾神社復興のためできる限りここで買える時は買いたい御朱印はすべて書き置きなのよねー日付は入れてくれますがまだこの形になる前は手書きしてくださったんだけど今後は手書きもされたらもっといいのではと思う
おはようございます、八幡市男山長沢のまえだ接骨院です。少し前の日曜日、とあることで自宅近くの狩尾神社へ行ってきました。自宅近くにある由緒正しき神社ですが、一度も参拝したことがなく子供3人と一緒に歩いて向かいました。が・・・数年前の台風で被害を受けて修復作業中で、本殿にあがる階段が立入禁止のポールが立っており、登ることが出来ませんでした_| ̄|○実は狩尾神社の階段が急傾斜ですごいと話を聞いたので一度見てみようと思い向かったのですが、残念。しかし迂回して仮の神殿で参拝は出来ると看板に書
石清水八幡宮の参拝者駐車場に繋がる道路から橋本地区へ向かいます。長い下り坂が続く。地域住民の方はこの道を歩いて参拝されるようです。石清水八幡宮から徒歩20分で到着。狩尾(とがのお)神社ここまで来ましたが本殿改修工事中ということで周り道を案内されています。迂回ルートからの眺め。次に向かう天王山がアチラにある。直線距離では近くに感じますが、京阪電車⇒路線バス⇒JR線での移動で到着までに1時間はかかる。ちなみに、石清水八幡宮のタクシー乗り場か
撮り溜めた少し前の写真です。狩尾岬(狩尾神社)歩道がず~っと続いてて・・海を見ながらのお散歩は気持ちいいですよ。って、そらは途中で音を上げますが・・✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤少し前に、iPadで落描きしました。なかなか難しい~。拙い記事をご覧頂き・・・今日も、ありがとうございました。
三分割しました。雰囲気が伝わるといいなあ。この一番奥に大黒様の像があります。見えにくいけどー。ここ、復興したらすごいと思う。
娘送りの帰り、晴天の中雲の中に虹の端っこ発見このあと左側にもう一本出て道中小雨の降ったところもありもっとしっかり虹っぽくなったりしました昨日インスタにコメントしたところ返信をいただき宮司さんのスケジュールがわかったので(笑)帰りにそのまま神社へ。宮司さんいらっしゃいました。よかったよかった。お忙しいとは思いましたが兼任の神社へ行かれる前にいただこうと。その神社も行ったことありますがちょっと距離あるのでわざわざ御朱印のためにお呼びするのは申し訳ないのでね。朝の太鼓
狩尾神社鳥居昨日は調子に乗って歩き過ぎまして・・夜には隊長さん大暴れ。芦屋町の「狩尾神社」の横っちょが・・狩尾岬の散策道の入り口です。寒くもなく景色が綺麗で、もっと先まで行こうと調子に乗ってずんずん歩き・・か、帰り道のこと忘れてた~。左側がずっと海・・宮崎にある、「鬼の洗濯岩」っぽい所もあります。「洞山」もここからよく見えるんですよ。いい風景を見ながらの散策はいいですね。歩き過ぎなければ・
近場の日吉神社続いて去年も行きました狩尾神社蜜璃ちゃんカラーの破魔矢買いましたそして御朱印も最後に高倉神社交通安全お守り買ってきました去年は御朱印やってそうだったんだけど今年はそうでもなかったので頼まず。というかこちらは少々頼みにくい、いいところなんだけど御朱印には力を入れてなさそうな感じなのでね。そんな感じの元日でした。
石清水八幡宮の摂社である狩尾神社の例祭を参拝。石清水八幡宮の権宮司が祭主のもと、厳かにお祭りが執り行われた。国の重要文化財でもある狩尾神社は1160年前、貞観2年に創建された石清水八幡宮よりも前に男山・橋本地域の氏神様として祀られ、地域の皆さんの心の拠り所として重要な役割を果たしてきた。この日は、地元の宮総代会、狩尾神社奉賛会の皆さんをはじめ多くの皆さんが参拝されていた。本殿は老朽化が進む中、台風など豪風雨の影響で屋根の傷みも激しく、大改修に向けて地元住民をあげて取り組まれている。地域
今朝は満員御礼お部屋はどこにもない状態・・・朝食を作っていると光が後ろからギンギンにさしてきました・・・ひや~~~もうバースセンターは神社の光がおりまくり・・・これは狩尾神社様からの呼び出し??ということでお掃除にいってきました(2か月いじょう空いてました。。)到着したら。。。もうどよ~~んとしていてバチバチ音がして祝詞をあげたら後ろやら上やらもう。。。いろんな気配が。。。台風のあとで本当にボロボロ状態で本当に申し訳なかったです掃除をはじめたら早速光が
国宝・石清水八幡宮の摂社「狩尾(とがのお)神社」が八幡市の橋本地域にある。狩尾神社の社殿は三間社流造(さんげんしゃながれtくり)、檜皮葺(ひわだぶき)で、平成20年に国の重要文化財に指定されており、石清水八幡宮の飛地境内にあり、慶長6年(1601)建立で境内最古の社殿とされている。石清水八幡宮の社殿形式の展開を知る上でも重要であり、近世初頭の境内構成を伝えているという面でも、文化財としての価値が高い。この狩尾神社が数年前の台風等で耐用年数に達していた屋根の檜皮葺がはがれてしまい、社殿
住宅街の真ん中にお山があって、その山の上にある「狩尾(とがのお)神社」。先日の勝利寺をしのぐ急階段。写真を撮り忘れたのでもらい画像。拝殿本殿こちらは」「橋本狩尾」の産土神だが、明治になって石清水八幡宮の飛地境内摂社になった。ご祭神は天照大神・大己貴命・天児屋根命。国の重要文化財にしていされている。神仏習合の時代には仏像を祀るお堂もあったようで、昨日書いた西遊寺には、この神社にあった帝釈天像が祀られているそう(非公開)。階段途中から
久しぶりに雨が止んだので、八幡市まで行ってきました。まずは石清水八幡宮へ日本三大八幡宮の一つで国宝の建物が一杯です。僕は交通安全ステッカーが欲しくて来てみました。八咫烏2匹目ゲット(ブロともさんから指摘を受けて修正します、これ鳩ですねw)、僕のハンドルネームのふれっぷの由来にもなったキツネのステッカーが欲しいんですけど、あまり良いもの無いんですよね。(´・ω・`)京都と言えば竹ですね。ねこちーす観光案内みてたら流れ橋の近くに伊佐家住宅なんてのがあった
私事ではありますが・・・6月5日から節が変わり目まぐるしく、現実もそして意識も変化してきました・・・+体調も(よいほうに・・)特に夏至をすぎてからはなんだか本当にせかされるような感じで7月2日に改築も完了し・・・おちついたところです・・自分なりにいろいろ四柱推命師として解釈するなら四柱推命師としては暦をみるのが仕事ですから3年連続の異常干支の最終年庚子の年、4月庚、5月辛の月はコロナが蔓延し、6月になったらおちつくと・・私が寄稿した4月に発売された「ゆほびか」6月号の記事に書い
昨日は大雨今日は嘘のような晴天・・・そんな気持ちいい朝の9時半ごろ・・・突然の停電・・・昨日の大雨なら電柱に何かあったのかと思いますが…今朝は風もないしヒューズが飛んだのかとも思い確認しましたが・・・異常なしどうも本当に停電みたいなんで・・・15分くらい停電がつづき・・培養室の非常電源のほかに用意している発電機を稼働させようかと思った矢先・・・電気が・・ほっとしたのもつかの間・・・またすぐに停電・・・その時かすかに・・・あまり聞いたことないような音楽のようなものが流
はい!奈央です。狩尾神社の周りをぐるっとサイクリングして、反対側の海岸にやってきました。こちら側には、マンションやリゾート施設みたいなものが林立していました。海岸を散歩する方もちらほらとおられて、私だけがミニサイクルで楽しています。海の碧さと空の青さが眩しいな。この付近には古代から中世にかけての遺跡がたくさんあるんだそうです。神代の頃から、私たちのご先祖様がこの碧い海に漕ぎ出し、また大陸から多くの使者が波頭を超えてやってきたのでしょうね。そんなことを夢想しながら、ぐるっと一周して
はい!奈央です。ここは、狩尾神社跡というところだそうです。跡というのは、現在は、近くの須賀神社に合祀されているからなんです。狩尾という名前は、昔、天智天皇がここで狩りをしたことに由来するんだそうです。御祭神は大国主神、豊受太神、天児屋根命、天手力雄命ですね。ここには、海中鳥居というのがあります。ほら、私の後ろに見える鳥居です。この日は,逆光になっちゃってごめんなさい。ここの鳥居は、南西の海の方向に立っています。夕方になると、海に沈む太陽をバックに美しいシルエットが
今日の10時頃バースセンターの勝手口からでると目の前に雲が立ってる・・・それも狩尾神社の社があったところあたり・・・飛行機雲とはあきらかにちがいます・・・地震雲でもなさそうなので安心しましたが・・・一直線にバースセンターの屋根の上を通過しているのです狩尾神社のご祭神は・・・国常立命豊受大神オオナムチ様のすごいラインナップ・・・これは・・まさに・・・国常立命様のお出ましの狼煙にみえました・・なにせ。。。カメラではなくて・・・ガラケーでとったので・・・色が良くでてま
先日の日曜日私は仕事でしたがお昼すぎに時間があいたので・・・前から気になっていたクリニックとバースセンターの氏神様である狩尾神社跡地へ。。月に一度のお掃除にでかけました先月は息子に頼んだので…2か月ぶり・・ここはバースセンターで生まれる赤ちゃんの産土神様になるので大切な場所なんですひとりで掃除は結構大変ですが良い運動になりました第一誰もいないし空気はいいし・・・日光浴もできて最高でした掃除をしたらとにかく気があがったみたいで・・・掃除といっても・・・石段と石畳の落
ここも帰りがてら寄りましただがしかしこの拝殿の見える風景の左手奥のベンチらしきとこに地元の方々が数人仲良くワイワイしてましたため遠くから頭を下げるのみで帰ってきました。もしかしたら奉仕作業のあとだったのかも。なかなかよさげだったんだけどなー。他に参拝客もおらずふつーに近所の人がたまってるような空間でお参りってしづらいですよね(⌒-⌒;)前に椿神社ってとこかな?そこに寄ろうとした時も土木作業員と思われるにーさんたちが昼飯食べてたのでお参りしないことがありました。田舎