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(前バナはこちら)あの嘉手納アギヤーの日腕を負傷したオンちゃんは逃げる途中、基地の中のウタキ(聖地)に迷いこみそしてそこで、一人の島娘の出産を見届けることに…その娘は目の前で力尽きて逝ってしまった産み落としたばかりの男の子をオンちゃんに託して…米人と島娘、仲のいい二人の写真のペンダントを残して…オンちゃんはその子の産声を聞き、へその緒を噛み切って託された命を抱えて…基地を出た…その後…密貿易団クブラに捕まり悪石島でクブラの荷役の手伝いをさせられたこ
かつて、藤沢駅北口から徒歩5分で凄みのある場所がありました。(2006.2.19藤沢市藤沢旧.辰巳町)このエリアは、以前は藤沢新地と称する特飲街の一画で通称は「小鳥の街」でした。木製のアーチの奥にあるバラックの建物、ただの飲み屋街でない雰囲気が漂う・・まさか藤沢駅の至近にあるとは驚きでした。妖艶な「まりこ」の行灯のセンスは、今でも十分に通用すると思いますが・・「小鳥の街」の奥に広がる転業旅館、このあたりは藤沢遊郭が戦後に赤線へ移行した名残りを留めてしました。「松竹旅館」のドアは
ここは沖縄、われらの「宝の島」刑務所を出所したレイは、コザの親分からこの美里の街の仕切りを任されて…あら~タバコなんか吸っちゃって…まあ…カッコつけてるけど…やっぱり…カワユイねまあ、1本づつなら…ダウジョブです3本は…もう懲りたけど
広小路の方にはネットで有名な建物があります。愛知の道路って国道でもないのにどこも広いんですよ。ふつーの住宅地もびっくりするほど広い(神奈川基準)そんな広い道路と交差?してた隙間に、元青線だった一角がありました。有名なカフェー建築比叡も白夜も後から入ったふつーのお店です。和風建築の部分が結構・・雰囲気あります。入り口が私でも屈んではいらないと行けないサイズ。ここはこの一棟だけ、ここから道を曲がったところに・・かなり色濃く残る一角がありました。こっち
ネトフリで実写版ゴールデンカムイの連続ドラマを見終わりました。原作漫画を持っていてアニメを視聴済みでさらに実写まで見てる(全部同じ内容、なんなら画像の配置まで合わせている)でも面白かったですv最近はヤフーニュースくらいでしか邦人役者やアイドルの写真をみていないのですがみなモヤシばかりで・・笑ゴールデンカムイの俳優は全員、、こう・・20年くらい前風の如何にもな男前俳優ばかり、みんなかっこよくて素敵でしたv刈谷市まで特飲街の名残を探しにやってまいりました。亀豊園は散在してい
映画「宝島」の映像がぼちぼちと…ヤクザなレイだね~↓ここは出所してから居座ってる特飲街の美里かな?妻夫木さんが感激した素晴らしいセットの中の一つだね↓こちらは別の通りかな?アルファベットばっかりだね~グスクとヤマコが一緒に行くのを見てレイが拗ねてる…ように見えるけど…で、↓こちらがレイの愛車らしいへ~!映画ではこんなカッコイイ車に乗るのか~!アメ車はやっぱり幅がデカいね~ちなみに~「悪い
去年長野県渋温泉に行った際に立ち寄った松本市松本城開智学校に続きふらりと歩いた遊郭跡時間をかけて歩けばもっと名残のある建物が発見できたようだけど下調べも甘くラスボスのような建物のみ見てきました。この長屋のような建物から路地にはいるとリノベされてるけどここもそれっぽい。はい、ドーンなんともおどろおどろしいこの建物が独特の雰囲気を醸し出しながら存在感を主張してます。真ん中の入り口から入れます。飲み屋の貸店舗に改装されたんだねー。にしても営業してるのかな?
月曜日からの強風にて激しく鼻炎になりこりゃまずいなぁと思っていたら重症化し病院へ行かなければと思いつつ祝日のため諦め昨日耳鼻科に行ったら風邪の診断を受けました。熱もないし鼻も落ち着きまして咳がちょっと酷めで声がオッサンなのでお仕事は休みました。接客業で従業多いのと嫌な感じの咳なのでね。岡崎市龍城園(昭和園)へ岡崎城のすぐ横。岡崎城は、三河国岡崎藩にあった日本の城。徳川家康の生地である。別名、龍城。戦国時代から安土桃山時代には松平氏の持ち城、江戸時代には岡崎藩の藩庁
熱海市の歓楽街「糸川べり」は熱海市中央町にあります。東海道本線熱海駅の南東1.1キロメートルくらいのところにあります。中央町は、熱海市街地を流れる「糸川」と「初川」に挟まれた場所にありますが、特に「糸川べり」という場所で、お楽しみがおこなわれていたそうです。「全国女性街ガイド復刻版(平成26年発行(オリジナル版は昭和30年発行))」によると、「・・東海道線にならない前の熱海は至極のどかな湯の町で、そこの酌婦らは「ざるそば」と呼ばれていた。その「ざるそば」が関東大震災後、糸川をどぶ
糸川ベリの界隈ですが、商店街に見つけたのは現在日本から右肩下がりに減り続けているストラップ劇場熱海ってストリップあるし秘宝館あるし赤線あったし性産業凄いね。しかも、商店街にだよ。ファミマとかある並びに。ん?そういえば名古屋市の熱田神宮の前の神宮前商店街にもヘルスかソープがあったなぁ。その裏は青線だったし、、、。どっちも恐るべし、、、。ピンクの看板ピンクショーが昭和ー🩷朝っぱらの商店街お店の上が個性的かつレトロないい感じ1階はファミマなんだが2階が気
あっとゆう間に2泊3日の東北の旅が終わってしまい更に1週間も過ぎてしまった。もっと色々いけたのじゃないかとゆう反省点も多いが飲んだくれた自分が1番悪い、、、(●˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾でも、調べたんだけど案外ディープな場所って見つからんかった。帰ってきてから仙台の赤線の写真見つけて項垂れました。あの圧巻の赤線の建物から商店街方面に歩くと出会えるこの旅館?だったのかなと思わせる建物。沢山の方が投稿されてます。色々と大好物が詰まってます💕そしてここもね鼻息荒く写真撮
この角地の2軒を見た途端心拍数が上昇したのが実感できたほど一瞬自分の中で時が止まったかと、、、。どちらかといえば特飲街系より宿場町に寄った遊廓が好きだけどなんかもぉこの存在感がとてつもなく強かった。電線がビヨンビヨンになってるのも次代が止まってる。みどころ沢山過ぎて。
辿り着くまでにもいちいちおぉーとかあーっとかもぉね、とりあえずリアクションが止まらんのです。辿り着けなくてもとても楽しい。なんてインパクトのある店構えビルもなんと昭和なことでしょう。辿り着くまでにお目にかかった建物なんとも風情があるってゆうか。旅館です看板が素敵やったん。ここは検番だそうです。今でもその役割を果たしているとか。
思い立って春頃熱海から掛川に弾丸1泊2.5日的な旅を。そんなに勢いよく行ける距離じゃないので簡単に旅のしおりを何パターンか作っていってきました。熱海に行かないパターンとか色々。どうやって旅行の予定とか組むのでしょうか?割と行き当たりばったりなワタシ。距離があるし気分で行き先が変わることもあるし見学でめちゃくちゃ時間かけたり夜中12時に出てひたすらじわじわ走る走る事6時間朝日が昇る少し前に熱海の町に入りました。なんとも言えない昭和な街並みにアホみたいにテンションが
昨今鳥羽水族館のラッコちゃんの愛らしい姿が人気で時折動画で拝見します。飼育員のおっちゃんとラッコの可愛い仕草に癒されます。そんな鳥羽かつては国際秘宝館もあったり一大観光地としてバブリーな時期もありました。今でもちゃんと観光地ですよ。そんな鳥羽江戸時代に遊郭がありました。その建物が近年まで残っており廃墟となってましたが持ち主の許可を得て見学をする事ができたそうです。待合津の國で探してみてください。江戸川乱歩記念館の古民家があり縁のある土地のようです。2年前だっ
西尾市会生町に鶴城荘とゆう遊廓跡地があります。詳しくは分かりませんがざっくりとこの三河方面戦時中基地があったのでその為の特飲街だったのかな。10軒ほど。刈谷の遊廓にも似た雰囲気のある感じ。こちらはまだ飲み屋さんとして活躍中たばこ屋さんだったであろうこの古民家が圧巻。建具もそのまま。たばこ屋さんの前の路地が遊廓跡地。飲み屋さんが数軒反対側から。右奥にたばこ屋さん跡たばこ屋さんと向かい合うかたちで路地の突き当たりにあります。ブロックガラスには風俗店のシールら
タイルの素敵な銭湯の前の路地から刈谷市駅に向かう途中に業者7軒といわれる亀豊園の跡はあります。この辺りは城下町近く。刈谷には亀豊城と呼ばれたお城がありました。細い路地に少し見つけにくい場所にありました。周りの解体が進んでいるので近い将来綺麗に無くなってしまいそう。なんだか神宮前商店街の青線にもにた雰囲気『遊郭跡地巡り神宮前青線跡(名古屋市熱田区)』再開発が進み駅ビルの象徴だった名鉄百貨店が取り壊される名鉄神宮前駅。あたしの名前はこの熱田神宮の中にある上知我麻神社で一文字頂き
再開発が進み駅ビルの象徴だった名鉄百貨店が取り壊される名鉄神宮前駅。あたしの名前はこの熱田神宮の中にある上知我麻神社で一文字頂き父が名付けてくれた。熱田神宮にアクセスする駅前。開発が進むも未だレトロな商店街が残ってる。この商店街の裏手に青線跡地として残ってはいるものの取り壊されるのを待っているよう。家主は連絡くださいって張り紙沢山貼ってあった。こちらは遊郭ではなく青線。実はこの辺り20になる前だったか実家からも近くたまに飲みに来ていた。しかも1人で。青線だなんて言
明治時代佐屋街道の起点としお茶屋として賑わい明治44年尾頭橋を起点に市電が開業大正6年料理屋兼芸妓置き屋が開業し10年八幡村が名古屋市に編入11年芸妓街八幡連ができ中村遊廓稲永遊郭の一部が八幡連に移転特飲街八幡園の誕生。売春防止法施行後トルコ風呂となり現在は住宅街となっています。芸妓置き屋や街道沿の宿場町の遊郭跡って風情があります。とてもとても素敵な妓楼跡丸窓はアップにしたくなる隣が駐車場になったので奥は深さがよくわかります。裏側です。カフェー建築です。有名な物
滋賀に行こうと予定を立てたものの雨でしたがいってきました。彦根市袋町遊郭跡現在も格子の2階建ての遺構が残ってます。城下町の遊郭跡。花しょうぶ通りから路地を入った一角にあります。彦根城から15分ほど歩きます。レトロな商店街の街並みを楽しみ時折近代建築の有形文化財に遭遇しそのディテールの美しさに歓喜し雨さえ降ってなければさらに楽しい散策でした。屋号がありました格子はベン柄とゆう程朱が強くなく茶色がかってました。民家でもこの色に柱を塗ってある家がありました。監察が残っ
近鉄四日市駅前の商店街売春防止法が施行されるまで2つの遊郭特飲街がありました。港楽園と春告園東西に伸びる路地と南北に伸びる路地でわかれてます。この路地の東側に公園児童館があり交番もあります。春告園は南北に伸びる路地のほう。こちらは現在も特殊浴場が営業してます。ダンスホールだったところがのこってます。現在は小さな動物の巣穴のようなスナックが入るテナントになってますが1番奥はステージだったので2階の楽屋に上がる階段がある扉があります。ダンスホールだったスナックが入ってる
昭和30年代がまんま残っているディープな第三新興街。今回二度目の訪問です。青森駅から歩いて数分の場所に昔のまんまの姿で残っているのが凄いわぁ。夜はおっかなくてとても足を踏み入れる気にならないので今回もまだ明るい時間帯に行ってきました。青森駅から徒歩数分の場所にあります。回りは綺麗に再開発されており、この一画だけ時間が止まっております。現役のお店と既に廃業され廃墟化しているお店が混在しております。映画のセットのような佇まい。撮影しているとあるお店から年配の方が出
****福生の赤線の1本裏の路地に入ると怪しさが増加するタイトルバックの写真はメインストリートを裏側から見た図だが、新しく外装をやり直しただけで、裏から見るとまるで廃屋のようである。夜はネオンでなおさらこういった部分は目に入らず、この町が砂上の楼閣のごとき町であることがわかる一見、日本のどこにでもある飲み屋街のようだが、初回で感じたように、どこか無国籍でアジアンな気配漂っていた
****もう4月はすぐそこなのに、寒いわ雨だわで最低な天気である。雨さえ降らなければ、目黒区にある中古カメラ店の「三宝カメラ」に行こうと思っていたというのは、三宝カメラのWebページを見ていたら、リコーのGXRが1万ちょいで出ていたのだ。これならヤフオクで買うより安いしかし、そこに雨である。三宝カメラは、中目黒ということになっているが、全然中目黒ではなく、最寄り駅は学芸大学、しかも駅から歩いて20分以上かかるところにあり、このクソ寒い雨のな
****まだ川越の記事の途中ではあるが、すでに次の取材を終えてしまったので、テキトーな感じで交互に入り交えてアップする。今回は、新しいカメラ導入後の雰囲気を掴むため、実験的に大きなサイズ(1MB前後)で画像を載せてみるこの先、気が変わらないかぎり、単焦点ならリコーのGR。ズーム付きならGXR……の、どちらかにするつもりである撮影された画像を見て、一時期は一眼レフをしのぐ凄まじい写りをする、SIGMAのDP-2に気持ちがぐらついたが、どうや
[内容]占領下で成立した赤線。けれどもその要因は、はたして「占領下」という特異な状況だけだったのだろうか。旧遊郭との関わりの有無を含め、赤線の起源、ならびにその成立事情を、あらためて考える。[目次]第1章赤線の誕生第2章カフェー街としての赤線第3章特飲街成立のミッシングリンク―東京の事例から第4章駅に近接する個室付浴場街―金津園(岐阜市)の来し方をたどって第5章赤線ではなく青線、それが問題だ―国際園(岐阜市)の移転問題第6章京花街の周辺文化―雇仲居