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仕事が鬼のように忙しく、その上更年期による体調不良。長女の反抗期HKKと私の更年期KNK。次女の中間反抗期CHKKと私の更年期KNK。高血圧に耳鳴り、耳が聞こえにくい、進む老眼、顔が土色、白髪増える、ふくらはぎ毎日つる。ストレス発散のためマンガは読む。そして睡眠不足。目が見えてないのに毎日読む。また見えなくなる。睡眠不足。肌荒れる。髪うねる。パサパサになる。ブログを書けなかった言い訳はこれくらいにして。去年の夏から長女の診察は東京から愛知になった。T接骨院にお世話になっている。
装具治療を始めて1年半の定期検診に行ってきた冬のお話。下書きに入ったまま放置されてた…『装具治療開始から一年経過』先日大学病院の検診に行ってきました。前回の受診時の記録はこちら『装具をつけて9ヶ月目の検診』こんにちは。お久しぶりになります。装具をつけることに慣れて…ameblo.jp前回の検診では骨の成長が落ち着いてくる時期だからもう少し骨がしっかりしたら2日間装具を外してみてレントゲンを撮ろうというお話をされていました。通っている大学病院は固定の担当医がいる訳では
入院する病棟階のナースステーションへ着き、受付の方へ声をかけました。近くのソファーに腰掛けて待っていると、入院計画書等説明を受け、担当の看護師さんや薬剤師さんからも、順番にお話がありました。一通り今回の入院のことや、普段飲んでるお薬のことなどの確認でした。「何かご質問はありますか?」「私が付き添うことはできませんか?娘一人なのはとても心配で…。」「病院のきまりで、面会時間は15時から、お一人30分ですので、それまでは一度病棟外に出てお待ちいただいて、ちょうど検査が終わるころにお会いにな
2025.11.25秋はイベントの多い私のお仕事、前々日もイベントが終わったばかりでした。ただ、ひとつ終わると連休を作ることができたので、娘のそばにいられました。検査入院の前日は、既に娘のことに気を取られていたので、スケジュール上致し方なく組んでいたお仕事を忘れそうになり、焦って職場へ向かいました。(もう本当こんなことはあってはいけない…信じられないと思いました。)そんなわけで、急いで帰ってからお夕飯を作ることとなり、娘の好きなオムライスにしました。何か食べたいものを聞いて作ってあげ
2025.9.18夏休みも終わり、私のお仕事のイベントも1つ終えて、あっという間に2回目の専門医の診察日になりました。レントゲンを撮ってから、2時間近く待ちました。その間にタリーズでお茶したり、パン屋さんのパンを持って休憩したり、看護師さんに声をかけて、受付から離れて過ごしました。この日はB先生のところへ患者さんが50人ほど来る日だったそうで、整形外科の人気ぶりに驚きました。前回、B先生は娘の症状の説明、今後の流れについて質問しなくてもたくさんの情報をわかりやすく説明してくださったので、
手術の日を決めたことで、それまでにやりたいこと行きたい場所気をつけること注意すること具体的に色々浮かんできたように思います。例えば、通院も同じ曜日が重なると、お休みが偏る教科が出てしまうので、気をつけなければなりません。(娘の場合、持病や体調不良でお休みすることも多いので尚更です。)高校生あるあるだと思います。当然、術後もお休みしなくてはならず、どこまで学校に配慮していただけるか、ということも心配でした。(まだ現在進行形、この途中にあるので、注意して学校にも相談中です。そのうち追
2025.5.29待ちに待った専門医の診察日になりました。ひとつ前のブログの通り、側弯症についてたくさん調べていた私は、専門医の症例も見ていました。日本側弯症学会にもお名前があり、⭐️がついていたので、腕の良い先生に違いない!整形外科の外来は、見渡す限りご高齢の方に溢れ、娘のような若い患者さんは少なく、松葉杖やギプスをしている方ばかりでした。見た目元気そうなのは娘だけで、娘も得意気ににっこりしていました。(この頃は本当に元気いっぱいでした)2ヶ月前にも必要な検査はしましたが、再びレ
この2ヶ月の間に、他の方の体験談や術後のレントゲン等たくさんの症例を目にしました。背骨は上から、頚椎5、胸椎12、腰椎5、仙骨、尾骨と細かく名前が分かれて並んでいて、側弯症は人により弯曲の向きやコブ角も違うことから、同じ病気の手術でも、固定する場所や数が全く違うということにも気づきました。娘は恐らく胸椎と腰椎、下の方だろう…上から下まで固定するよりは、今後の可動域が広がるのではないかと考えました。装具治療をしている方手術を受けた方術後どのように過ごして何が大変だったり難しかったり
側弯症は、加齢とともに老化で背骨が曲がってしまう病気なのだと思っていました。(背骨が曲がって、杖をついて歩いていらっしゃるおばあちゃんの病気という認識でした。)娘のように思春期の成長と共に背骨が変形してしまうのが、思春期特発性側弯症(AIS)。先生方からすると珍しい病気ではないそうですが、私は初めて知りました。振り返ると、小学校卒業時は前から数えるくらい小さな子でしたが、中学校卒業時は頭が飛び出ていて、すぐに見つけられるくらい大きな子に成長しました。恐らく、この数年の間、ぐんぐん身長が伸
大学病院の整形外科を受診したものの、初診では専門医ではない為、必要な検査のみ受け、改めて専門医の予約を取って受診することになりました。それが約2ヶ月後…。その間にも進行してしまうのでは?と心配でしたが、すぐに進行するものではないから、と言われてモヤモヤしたまま帰宅しました。ただ、整形外科は紹介状を書いてくれた先生、初診の先生と2人目で、どちらも共通して専門医でないと詳しくはわからないので、とのお話から、良くないのだろうということは察しました。再びいつもの大学病院受診日。(ややこしい
中学校を卒業した春休み、久し振りに大学病院へ行きました。先生がレントゲンを見て「これは大変だよ!先にこちらを治療しないといけないよ。」と穏やかな口調で説明してくださいました。娘を真横から撮ったものだと思うくらいS字に曲がっていた背骨は、正面から撮ったものだとわかるまでに少し時間がかかりました。(娘の以前のレントゲンを出して先生が説明してくださり、ようやく同じ正面なのね!とわかりました。)事の重大さを理解し、その足で以前かかったことのある整形外科に向かったものの、専門医のいる大学病院へ
ある日のお風呂上がりに「ねぇ〜ママ!なんか左右高さが違うよね?」目の前の娘のウエストは、明らかに片方、右側だけカクンと曲がっていました。元々小学生の頃から細く、中学受験期は更にガリガリで、お勉強時の姿勢の悪さも気になっていました。中学生になり、電車通学になってからは、毎日重たいスクールバッグを肩に掛ける日々。そのような生活習慣の積み重ねもあるのだろうなぁ、と思いました。また病院へ連れて行かなくては…いい整形外科はないかと、少し気が重くなったのを覚えています。※大学病院へ他の疾患で長
学校の検診の時期になると、「ご家庭でもお子様の姿勢をご確認いただき〜」というようなお手紙が配られます。事前に両肩のライン、ウエストの左右差、前屈した時の肋骨の高さの違い等、異常がないかチェックをして提出するものです。私の見方も甘かったのかもしれませんが、大丈夫!と思っていましたし、娘は一度も学校の検診で指摘されるようなことはありませんでした。
2026年を迎え、少しずつ娘の病気のことを綴っていこうと思います。困っているどなたかのお役に立てれば幸いです。
昨日、名城病院へ特発性側弯症の術後2年定期検診へ行ってきた。(昨日は疲れていたから今日ブログに)いつもと一緒で背骨の写真を撮り、MRI検査をし、肺機能をした。やっぱり肺活量が少なかった。これらの検査が終わり再診へ。医者「これが今日撮ったものになります。特に心配なさそうだね。困ってることとかありますか?」私「大丈夫です。」医者「飛行機とかで鳴った?」私「何も鳴らなかったし、そのままでした。」医者「良かったです。」(修学旅行に行くことを伝えてたから)再診が終わりリハビリへ。
12月1日。早いことで術後2年。学校の授業のとき時計を見た。そしたら9時を指していた。2年前の9時に手術が開始されたな、あの時は怖かったな等の記憶が蘇ってきた。泣きじゃくっていた自分を鮮明に覚えている。特に変わったことはなくて日常にも支障は出てない。主治医からは定期検診を受けるように言われたから冬休みに行く。リハビリもやる。体力をつけることを目標に頑張る。
こんにちは。いつもブログに書いているのは中2の長女の側弯症について。側弯症は遺伝的要素もあると大学病院で聞いたので気をつけて見ていましたが小6の次女も側弯症が始まってしまったようです…定期的に前屈でチェックしていましたがついに高低差が出てしまいました長女に比べると角度はもちろん小さいのですが数カ月前に見たときより確実に前屈時の高低差が出てる。長女がもう少しで装具卒業できるか?というところで2歳下の次女も装具の可能
もうすぐで術後2年が経とうとしている。そんなことを頭の片隅に置きながら体育の授業を受けていた。そんなある日、体育の先生が「マット運動やれてなかったからレポート書いてね。400字程度で。」とのこと。気になった内容は病院で受けられるサポートについて、役所からの助成についてなど、、、最初は、先生にそのこと言ったんだけど…とか気持ちはあった。けど書くしかない。面倒くさいけど頑張る。
先日大学病院の検診に行ってきました。前回の受診時の記録はこちら『装具をつけて9ヶ月目の検診』こんにちは。お久しぶりになります。装具をつけることに慣れてからはなかなかブログを書くタイミングがなくなります。それぐらい装具が日常になっているんです…ameblo.jp昨年の8月に装具を作ってから一年経過しました。娘は現在中2。装具治療には前向きでしっかり毎日つけてはいますがやっぱり外せるものなら外したい!と気持ちはもちろんあります。当たり前よね。前回の受診時にそろそろお昼
2025/9/1大学病院で特発性側弯症の診断がつきました。娘の異変に気づいたのは、8月上旬頃。あれ?左右でウエストのラインが全然違う。気のせいかな?でも、やっばり変なので、まっすぐ立たせてチェック。やっぱり、違う!片方がえぐられたようになってる⋯お盆休み明けに、近所の整形外科に連れていき、初レントゲン。診察すると、曲がってるねー、紹介状かくから、大学病院に行ってください。専門の先生に診てもらって。少し回旋もしてる気がする。ビックリ!コルセットかなー?と考えてたのに、大学病院へ行
特発性側弯症が発覚してからリハビリが始まって約4年の時が経った。術後のリハビリを続けて1年半。そろそろ終止符を打ちたいと考えていた。私は理学療法士さんに相談した。私「聞きたいことあるんです。」理学療法士「なになに?」私「リハビリ続けて4年経つのですがそろそろゴールにしてもいいのではないでしょうか。」理学療法士「確かに。そろそろいいかもね。一度、先生と診察してみてそれで良かったらゴールだね。」診察をした。医院長「じゃあゴールということで。もしまた何かあれば来てください。」よし。こ
私の親の友達の娘さんが側弯症の手術が終わり退院したと聞いた。まずは退院おめでとう。私はその人の顔を知らないけど今までよく頑張ったと思う。私と固定した範囲は異なり骨盤?近くまで固定したみたい。だから足の方に痛みが出るという。コブ角が90度近くまでだったのが約40度になったらしい。また手術の可能性がとか言ってた。そしてコルセットはというと骨盤の方もあるみたいでその人は高校生なので制服の上から着けようとしたのだけれど入らずスカートを直すとのこと。術後は不便が多いかもだけど頑張ってほしいし
今日は2025年8月10日。この日から遡って2年前、私は側弯症の手術を受けるはずだった。けれどその年の7月末に新型コロナウイルス感染症になってしまった。最後の貯血が控えていたが医者から言われたのは「中止にしましょう。」だった。聞いたときは絶望した。今までの分は?とか。ちなみに今までの分は捨てて一からの貯血だった。大変だったな。その年の12月1日に手術を受けて今に至る。これから受ける人に向けて私が言えるのは体調に気をつけて欲しい。これだけだ。
3週間の入院やっと退院しました退院から2週間は自宅療養です入院が長いと思ったより体力が無くなっていて少し動くだけでダルくなる感覚がありました自宅療養を開始して約1週間が経とうとしていますが、少し距離を伸ばしてお出かけをしてみています。先日は電車に乗って2〜3駅先まで買い物へ座らないで乗ってたらかなり疲れてしまったので、座るのが良さそう。仕事が始まったら、始発に乗れるように、勤務開始時間を9時に変えていただきました(私の最寄りは都内地下鉄某線の端っこの駅なので、1日に始発が何本も
私の学校は体育の授業でマット運動をしている。先生には伝えてある。先生「出来そう?」私「難しいです…」先生「そうか。じゃあ手伝ってくれる?」というように手伝いをしている。(マット運動は柔軟性が必要で無理にやると危険が生じると判断したからやれない)毎回、体育でマット運動をするときに同じことを聞いてくる。正直、人の話聞いてるのか…って思う。これだけではない。私の友達と仲良い人がマット運動をやりたくないからってあえて見学しようと企んでた。教室でそのことを3人で話してたら同じクラ
今長女は中2。今年に入って3rdゲンシンゲンを作った。良くなったり悪くなったりを繰り返し、2ndのときは成長期なのか、すぐに調整が必要になり、1〜2ヶ月くらいの頻度でS接骨院へ通った。覚悟はしていたけども、こんなに早く3rdを作ると思っていなかった。今のところ順調で、つけている限り悪くなることはないと思って頑張っている。いつもS接骨院の先生方は熱心で優しい。長女が痛くないように何度も何度も調整してくださる。この間は長女と夫は新幹線の終電で帰ってきた。側弯症のせいなのかはわからない
私、救急車で運ばれました腰椎椎間板ヘルニアの持病があるのですがトイレでズボンを上げようとしてそのまま激痛で動けなくなり、救急車を呼びました(^◇^;)半日痛みで動けず、いい歳こいた人がボロボロと涙を流しながらシクシクしているのには、きっと病院の方も苦笑いだったでしょう😅救急外来から、入院が決まり、病棟へ。めっちゃいい景色なんですよね自宅から近い病院なので、家族も来やすく助かります。だがしかし娘はテスト期間中…邪魔はできないが、家事はしてもらわなければならない(旦那は使えない💢)
コルセットを外して1年?久しぶりの受診です。もはや慣れたもんで、さくさく進む娘受診の結果は、コブ角25°まぁ、こんなもんでしょ。とお医者さん。私も娘も、真っ直ぐには戻らないと思っているし、特に支障があるわけではないので、いったん先生の言う通りにします。つぎはまた半年後。さらに進んだらまたコルセットなのかな…。と不安そうにしてましたが、その時はその時に考えよ!!と励ましにならない励ましをする母なのでした2022.9→17°2023.2→19°2023.7→20°2023.1
側弯症の手術を受けてから約1年半が経った今。ある日、親が「会社の人の子どもが側弯症の人が居て…」と言っていた。その人は夏に受けるみたい。聞きたいことが山ほどあるから私の経験を基に伝えるみたい。同じ県でも病院は違うけど少しでも役に立ちたい。そして最近知ったのが同じクラスに自分と同じ特発性側弯症を患っている人がいたということ。その人は私に躊躇なく話してくれた。話すだけでも勇気がいるし今までの葛藤だって多かったはず。まだ手術はしてないとのこと。今度、定期検診に行くみたい。手術を経験
近所のリハビリに通い始めたのは中1のとき。学校の健診で検査をして"側弯症の疑い"が書かれた紙を貰ったから。診察をして結果は特発性側弯症。大きく曲がった背骨。まさか自分がなるとは…リハビリをすることになった。というのが今から約4年前のこと。今は術後でもリハビリをしている。術後初めて近所のリハビリに行ったら医院長「リハビリ続けていきましょう。」私「(術後でもやるんだ…)」なんて不思議な感じがした。そして理学療法士に呼ばれてリハビリ室へ。この日やってくれたのが顔見知りの理学療法士だ