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地御前聴測照射所は、現在の広島県廿日市市地御前に置かれていた防空施設で、大東亜戦時中(昭和16-20年)に構築されました。地御前村(じごぜんむら)は明治22年(1889)の町村制施行により発足しましたが、戦後の昭和31年(1956)に1町3村合併で廿日市(はつかいち)町となって廃止されました。なお現在の廿日市市は昭和63年(1988)に発足して今に至っています。聴測照射所(照聴所、特設見張所、戦争末期には探照燈台とも呼称)とは、150㎝探照灯と仮称ヱ式空中聴測装置(聴音機)各1基を用
[徳山海軍警備隊]室積照聴所(聴音照射所/特設見張所)③聴音機他竣工:昭和17年春頃設備:96式150cm探照灯(100V)×1基、仮称ヱ式空中聴測装置×1基備砲(室積防空機銃砲台):13センチ単装機銃(昭和20年3月以降の日誌)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.62から抜粋指揮所の裏の丘を直登する(軍道は消えている)探照灯掩体(っぽい)台座は見当たらず機銃座(っぽい)台座は見当たらず徳山警備隊日誌に「室積防空機銃砲台」と記
[徳山海軍警備隊]室積照聴所(聴音照射所/特設見張所)②指揮所竣工:昭和17年春頃設備:96式150cm探照灯(100V)×1基、仮称ヱ式空中聴測装置×1基備砲(室積防空機銃砲台):3年式機銃×1門(昭和20年1月の日誌)→13センチ単装機銃(昭和20年3月以降の日誌)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.62から抜粋出典:国土地理院1962/05/16(昭37)MCG626-C13A-5、抜粋・加工指揮所徳山海軍警備隊の照聴所の
[徳山海軍警備隊]室積照聴所(聴音照射所/特設見張所丁)①燃料庫・兵舎等竣工:昭和17年3月頃設備:96式150cm探照灯(100V)×1基、及管制器2型陸用×1、仮称ヱ式空中聴測装置×1基備砲(室積防空機銃砲台):3年式機銃×1門(昭和20年1月の日誌)→13センチ単装機銃(昭和20年3月以降の日誌)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.62から抜粋山口県光市の大峰峠〜大城峠〜梶取岬を結ぶコバルトライン、大城峠付近にある室積照聴所(聴音照射所/特設
[徳山海軍警備隊]野島(のしま)照聴所(聴測照射所/特設見張所)③聴音機着工:昭和17年春頃?備砲:13ミリ単装機銃×1門設備:96式150cm1型陸用探照灯及管制器2型×1、仮称ヱ式空中聴音装置×1、12cm高角双眼望遠鏡×1など瀬戸内海の野島にある照聴所(聴測照射所/特設見張所)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.1より抜粋出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.16指揮所に程近い、小高い丘に聴音機掩体がある。昭和1
[徳山海軍警備隊]野島(のしま)照聴所(聴測照射所/特設見張所)②指揮所着工:昭和17年春頃?備砲:13ミリ単装機銃×1門設備:96式150cm1型陸用探照灯及管制器2型×1、仮称ヱ式空中聴音装置×1、12cm高角双眼望遠鏡×1など瀬戸内海の野島にある照聴所(聴測照射所/特設見張所)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.1より抜粋出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.16野島の遺構巡りのハイライト!は指揮所。モルタルの剥がれ
[徳山海軍警備隊]野島(のしま)照聴所(聴測照射所/特設見張所)①探照灯台座など着工:昭和17年春頃?備砲:13ミリ単装機銃×1門設備:96式150cm1型陸用探照灯及管制器2型×1、仮称ヱ式空中聴音装置×1、12cm高角双眼望遠鏡×1など瀬戸内海の野島にある照聴所(聴測照射所/特設見張所)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.1より抜粋出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.16三田尻港から野島行きのフェリーに乗る。所要時間
[徳山海軍警備隊]向道(こうどう)照聴所(聴音照射所/特設見張所)③探照灯・聴音機竣工:昭和17年春頃?備砲(向道防空機銃砲台):3年式機銃×1門(昭和20年1月の日誌)→13センチ単装機銃(昭和20年3月以降の日誌)設備:96式150cm探照灯(100V)×1、仮称ヱ式空中聴音装置×1指揮所の北側、機銃座の凹み(指揮所と探照灯の間に位置する)徳山警備隊戦時日誌(昭和20年1月〜)をみると、向道防空機銃砲台3年式機銃×1門の記述が確認できる。出典:アジア歴史セン
[徳山海軍警備隊]向道(こうどう)照聴所(聴音照射所/特設見張所)②指揮所竣工:昭和17年春頃?備砲(向道防空機銃砲台):3年式機銃×1門(昭和20年1月の日誌)→13センチ単装機銃(昭和20年3月以降の日誌)設備:96式150cm探照灯(100V)×1、仮称ヱ式空中聴音装置×1指揮所が見えてきた(・∀・)山頂部分に探照灯・聴音機と共に設置された。指揮所レンガ積み(モルタル仕上げ)、天井はコンクリート製(徳山海軍警備隊(徳山要港)の照聴所(聴音照射所)指揮所の建屋はほ
[徳山海軍警備隊]向道(こうどう)照聴所(聴音照射所/特設見張所)①竣工:昭和17年春頃?備砲(向道防空機銃砲台):3年式機銃×1門(昭和20年1月の日誌)→13センチ単装機銃×1門(昭和20年3月以降の日誌)設備:96式150cm探照灯(100V)×1、仮称ヱ式空中聴音装置×1防長百名山のひとつ、大高神山(標高647m)の8合目付近〜山頂付近に設置された向道(こうどう)照聴所/特設見張所。徳山警備隊戦時日誌をみると「向道防空機銃砲台」の記述も確認できる。出典:工藤洋三『徳
[徳山海軍警備隊]杉ヶ峠防空砲台②万福寺照聴所(第一照聴所)着工:昭和17年秋頃(昭和18年秋に工事中止?)備砲:89式12.7センチ連装高角砲×3基(未設置)設備(いづれも未設置):万福寺の照聴所、鷹ノ泊山の照聴所95式射撃盤×1、94式4.5m測距儀×2、96式150cm1型陸用探照灯及管制器2型×2、仮称ヱ式空中聴音装置×2、12cm高角双眼望遠鏡×5終戦後の引渡目録:兵器類のものは無し←未設置と思われる!出典:アジア歴史センター(C08030471400)昭和17
[徳山海軍警備隊]杉ヶ峠(すぎがたお)防空砲台①砲台・指揮所着工:昭和17年秋頃(昭和18年秋に工事中止?)備砲:89式12.7センチ連装高角砲×3基(未設置)設備(いづれも未設置):万福寺の照聴所、鷹ノ泊山の照聴所95式射撃盤×1、94式4.5m測距儀×2、96式150cm1型陸用探照灯及管制器2型×2、仮称ヱ式空中聴音装置×2、12cm高角双眼望遠鏡×5終戦後の引渡目録:兵器類のものは無し←未設置と思われる!出典:アジア歴史センター(C08030471400)昭和17
[徳山海軍警備隊]深浦照聴所/特設見張所/電探所③指揮所・聴音機掩体笠戸島、島の西側の稜線(高壺山から南西に延びる尾根)に、左から深浦照聴所(左翼)〜笠戸防空砲台〜深浦照聴所(右翼)と諸施設が点在する。笠戸防空砲台と深浦照聴所は近くの距離にある。これらは連携はしていたが、兵舎を含め互いに独立していたらしい。深浦集落から「観音道」探索路を歩くと笠戸砲台と深浦照聴所へ行ける。探索路は整備されているので歩きやすいが、歩く距離が長い・・・・出典:工藤洋三『徳山要港防備図でた
[徳山海軍警備隊]深浦照聴所/特設見張所/電探所②笠戸島、島の西側の稜線(高壺山から南西に延びる尾根)に、左から深浦照聴所(左翼)〜笠戸防空砲台〜深浦照聴所(右翼)と諸施設が点在する。笠戸防空砲台と深浦照聴所は近くの距離にある。これらは連携はしていたが、兵舎を含め互いに独立していたらしい。深浦集落から「観音道」探索路を歩くと笠戸砲台と深浦照聴所へ行ける。探索路は整備されているので歩きやすいが、歩く距離が長い・・・・出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡
[徳山海軍警備隊]笠戸防空砲台②砲座・兵舎昭和18年1月以前着工(終戦時未完成)備砲:12.7センチ連装高角砲×2(昭和20年5月以降設置?)出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.23から抜粋・加工参考まで・・・12.7cm高角砲台の配置図高角砲3門に、12cm高角双眼望遠鏡2つ、4.5m高角測距儀・指揮官用の12cm高角双眼望遠鏡・高射装置を配置。待機所も設けられている。出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P11から抜粋12.7
[徳山海軍警備隊]笠戸防空砲台①指揮所他昭和18年1月以前着工(終戦時未完成?)備砲:12.7センチ連装高角砲×2(昭和20年5月以降設置?)出典:アジア歴史センター(C08030471400)昭和17年6月1日〜昭和17年11月30日呉海軍警備隊戦時日誌戦闘詳報(3)笠戸島、島の西側の稜線(高壺山から南西に延びる尾根)に、左から深浦照聴所(左翼)〜笠戸防空砲台〜深浦照聴所(右翼)と諸施設が点在する。笠戸防空砲台と深浦照聴所(聴音照射所)は近くの距離にはあるが、互いに独
[徳山海軍警備隊]深浦照聴所①左翼笠戸島、島の西側の稜線(高壺山から南西に延びる尾根)に、左から深浦照聴所(左翼)〜笠戸防空砲台〜深浦照聴所(右翼)と諸施設が点在する。笠戸防空砲台と深浦照聴所は近くの距離にある。これらは連携はしていたが、兵舎を含め互いに独立していたらしい。出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.23から抜粋・加工深浦集落から「観音道」探索路を歩くと笠戸砲台と深浦照聴所へ行ける。探索路は整備されているので歩きやすいが、歩く距離が長い・・
[徳山海軍警備隊]戸田照聴所(聴音照射所/特設見張所)③聴音機台座出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.46から抜粋・加工交通壕、機銃陣地聴音機台座仮称ヱ式聴音機が設置されていた(徳山要港周辺の全ての照聴所はこの聴音機を設置ないし設置予定)。周囲の土塁(掩体)は円形ではない。基部は直径90センチ、アンカーボルトは8本仮称ヱ式聴音機ヱ=ドイツのElectroacoustic社最大追聴距離15,000m/最大補聴距離10,000m
[徳山海軍警備隊]戸田照聴所(聴音照射所/特設見張所)③探照灯台座出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.46から抜粋・加工探照灯台座航空母艦の航空機の発進時に用いられるスキージャンプ勾配に似た台座(・∀・)徳山要港関連の探照灯台座で同型のものは戸田と野島だけ、とのこと。先端の円座に96式150㎝(陸用)探照灯、固定式が設置されていた。バイブル(徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡)と同じようなアングルで撮影。かっこええ
[徳山海軍警備隊]戸田照聴所(聴音照射所/特設見張所)②指揮所分岐点のところ、簡易トイレと家電の放置?のところは方形に削られ、石垣が積まれている。ここに何かがあったようだが不明。戸田照聴所(特設見張所)配置図出典:工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』P.46より抜粋・加工では、指揮所から偽装塗装???徳山海軍警備隊の照聴所の指揮所(戸田、野島、室積、深浦、向道)は、ほぼ大きさ同じ構造。・建屋は4メートル×8メートル
[徳山海軍警備隊]戸田照聴所(聴音照射所/特設見張所)①兵舎等着工:昭和16年11月頃竣工:昭和17年3月頃設備:96式150cm探照灯(100V)×1基、仮称ヱ式空中聴測装置×1基火砲:13ミリ単装機銃×1門(戸田防空機銃砲台)工藤洋三『徳山要港防備図でたどる周南の戦争遺跡』の表紙が戸田照聴所(特設見張所)この写真の戦跡に是非とも行ってみたくなり、山口県周南市の戦跡を探索することにした。戸田(へた)照聴所は、昇仙峰の8合目過ぎから山頂に各施設がある。麓から昇
2023年3月・4月の探索分を追記する。2021年4月の再訪記『徳山海軍警備隊探訪㊳~向道特設見張所(照聴所)-再訪-(前編)』向道(こうどう)特設見張所(照聴所)は、周南市大道理の大高神山(標高647m)の山頂付近に設置されました。徳山警備隊の部隊の中では最も北方に位置しています。今…ameblo.jp赤字が追記分。発電所手前の登山道沿いに海軍標石4号。表記は㐧四号。指揮所南側に標石9号。表記は㐧九号。この後境界ライン上を探すも他の標石は発見できず。あったの
2020年10月以来2年半ぶりに訪問しましたので再訪記を書いていきます。***********************************昭和20年(1945年)8月の配備要図で平郡島の位置を確認します。======================呉海軍警備隊の概略はこちら→→→======================呉軍港および徳山要港の防空を担う呉海軍警備隊においては、大東亜戦争開戦後の昭和17年(1942)2月ごろより、警戒網の強化を図るべく新たに照聴所を11
その4では砲台の前方右翼側に配置された第二聴測照射所をレポートします。配置図で場所を確認します。第二聴測照射所(以下、第二照聴所と記載)は伊崎山の南西側斜面に設けられました。山頂の標高は303mですが、照聴所の置かれたのは260~270m付近となります。なお砲台と照聴所の配置についての説明は“その1”をご覧下さい。『呉海軍警備隊探訪76~白木山防空砲台-再訪-その1(概略と砲台)』白木山(しらきさん)防空砲台のレポートは2020年8月に書きましたが、その後何度も訪れて調査しま
佐連山第一聴測照射所の続きですが、便所を見て指揮所に向かいます。削平地に便所が設けられています。ちょっと崩れていますが、左が大便槽、右が小便槽の配置かな。便所の先にレンガ積み建物が見えるので行ってみます。レンガ積み建物を左斜め前方より。なお屋根は残っていません。建物の大きさをアバウトに計測すると幅2.9m×長さ3.7m×高さ3mでした。ああそれと、撮影時に説明看板を裏返しにしましたがちゃんと戻しましたからね(^^;内部には機器の設置台座が残っています。
その2では砲台前方左翼側に置かれた第一聴測照射所をレポートします。配置図で場所を確認します。第一聴測照射所(以下、第一照聴所と記載)は佐連山(されやま)の南東側斜面に設けられました。山頂の標高は339mですが、照聴所の置かれたのは250~280m付近となります。なお砲台と照聴所の配置についての説明は“その1”をご覧下さい。『呉海軍警備隊探訪76~白木山防空砲台-再訪-その1(概略と砲台)』白木山(しらきさん)防空砲台のレポートは2020年8月に書きましたが、その後何度も訪れて
白木山(しらきさん)防空砲台のレポートは2020年8月に書きましたが、その後何度も訪れて調査しましたので、あらためて記事を書き直します。*************************************白木山防空砲台は十二糎七連装高角砲2基4門を有する高角砲台で、昭和16年(1941)6月に竣工しました。同年11月20日に新編された呉海軍警備隊の一員として大東亜戦争を戦うことになりましたが、前回レポートした前島防空砲台と同様に、呉軍港の防空と合わせて柱島泊地の防衛も任務としており
見取図です。棲息施設から西側に上がると探照灯掩体があります。右側面から見ています。後方の土塁の切れ目(出入口)から。掩体内部。土塁を配した中にさらに円形で囲って台座を置く二重構造となっていますが、これは他地域で見かけたことがない珍しい形です。全長約8m、内側の円形部分約3.3m。百五十糎探照灯の据付台座です。アンカーボルト6本の直径約130㎝の台座ですが、他地域の照聴所に残る台座の大きさは120~130㎝ですので範囲内となります。ボルト間の距離は他地域のそ
前回、前々回に引き続き今回も聴測照射所(以下「照聴所」と略して記載)を取り上げますが、先の2か所は大東亜戦争戦時中に着工・完成した照聴所でしたが、今回は戦前に着工し開戦後まもなく完成した照聴所となります。厳島聴測照射所には2020年6月に訪れましたが、先月、3年ぶりに再訪しました。長距離・長時間登山を強いられる場所にありますが、登山好きな自分としては苦行の果てに遺構に出会えるので、十二分に満足できます。**************************************では
昨日に引き続き、戦時中に設けられた聴測照射所(以下、照聴所)を取り上げます。小松町聴測照射所は2年半前に探訪記を書きましたが、先月再訪しましたので記事を書き直していきます。***********************************昭和19年(1944年)6月の配備要図で小松町聴測照射所の場所を確認します。======================呉海軍警備隊の概略はこちら→→→======================呉軍港および徳山要港の空を守る呉海軍警