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ギャラリーねこ福はこんなところねこ福について*フォトギャラリー今日も良いお天気!うぐいすのコーラスが耳に心地よい静かな朝でした。このビジュアルも見納め。微妙にちょっと変わります。今日から屋根の葺替え工事が始まりました。工期の間、お昼頃に屋根の実況レポートを配信しようかなって思ってます。続けば…先週末に資材と道具が運び込まれて、今日から本格的に工事が始まりました。まずは、梯子を掛けて。煙抜きの解体から始まり
ギャラリーねこ福はこんなところねこ福について*フォトギャラリーただいまピンク色のサツキが溢れそうなほどに満開です。ねこ福の庭で一番元気。35年、色々な枝振りを経ながら大きな木に育ちました。最近わたしの関心ごとの一つが、植木の剪定。先日ふと思ったんです。刈り込みもアートになるはずじゃないかと。この頃、職人さんに頼まずに自分でハサミを入れるようになった低木の植木たち。職人さんがやっていたように…を手本にやってたけど、そういえば同じである必要ない
庫裏[くり]が拝観受付のある入口であることも多いので、印象に残る伽藍でもあるかと思います。古来は僧侶の居住場所、食堂、台所でした。煮炊きを行う土間には、高い屋根、煙抜き(煙出し)が見られます。庫裏東側正面。庫裏前の赤松。見事過ぎる幹、枝振り。庫裏北側。庫裏北東側。■庫裏前庭庫裏前の石庭。■諸堂参拝入口■参拝出入口下駄箱。
持ち帰り仕事なしの3連休は、お盆休み・正月休みを覗けば、多分今年度初。気分晴ればれ、老体ですが遊びたい。1月30日(土)仕事疲れが抜けないけれど、上さんの運転で高崎角上魚類まで。1月31日(日)電チャリ・ジェッター君と1カ月半ぶりの散歩。2月01日(月)平日なるも職場的には休日につき、ろうばいの郷へ。花粉症もちにとっては、まずい季節の到来が近いことを感じさせてくれますが、まだ大丈夫(1月31日)。こんな道を電チャリ・ジェッター君と散歩できるのは至福です。群馬県
サイクリングはゆっくり景色が流れるのが良いところです。総2階に煙抜き(けぶぬき)3基。煙抜きは養蚕が盛んだった当地で暑さを嫌う蚕のための天井換気をするためのものです。今では換気機能は必要なくなって、戸を閉めているものが多いです。こちらは総2階に1基。この家は珍しく、換気機能が現役です。1基でも長いタイプ。2基のものが多いように思います。4基以上のものはまだ見たことがありません。のめしこきの知る限り(だから情報があやふやですが)長野県・山梨県の煙抜きはもっと平
薪と煙抜きと岩櫃山。のめしこきにとってはたまりません。子どもの頃よく遊んだ真田道。真田昌幸の領地、上田~沼田をつなぐ道だとはつい最近知りました。その真田道に半世紀前と変わらぬ木があって、捕まえたトンボを磔にして、輪ゴム鉄砲で撃ったりしました。カエルの肛門に麦わらを指して膨らませたり、空き缶の中に2B弾と一緒に入れたり・・・。残酷な遊びで後ろめたい気持ちがあるのですが・・・。今見ると大変小さな防火用水ですが、当時周囲はもっときれいに伐採されて、蓋はありませんでした。小学校にプール
畑から見上げた棟飾りのステイン塗装の様子です。煙抜きの下の細部まで丁寧に仕上げていました。お一人の方はプラットホームに乗って、リモコンで動かしながら塗装していました。
かつて群馬県は養蚕が盛んで、特に水田の少ない山間部では養蚕は現金収入の柱でした。蚕は「お」「様」をつけて「お蚕様(オコサマ)」と呼ばれていました。岩櫃山と煙抜き。こちらも岩櫃山と煙抜き。日本で最初の機械製糸工場(日本の産業革命)である富岡製糸場、近代養蚕技術を確立した田島弥平の旧宅(長い立派な煙抜きが屋根に乗っています)、養蚕学校である高山社(3連の煙抜きが乗っています)からなる文化遺産です。当地の煙抜きも当然養蚕と関係しています。長い煙抜き抜きもあれば、3
群馬県の山間部でよくみられる屋根。2つ載っています。3つのも、長いのが一つのもあります。こちらは小さいのが1つ。コラボ。たくさん。群馬県HPでは高窓となっていますが、のめしこきの地区では「けむり抜き、けぶ抜き」と呼んでいます。2階は養蚕やこんにゃくイモの冬越しに使います。養蚕はいぶし飼いに、こんにゃくの越冬に囲炉裏で燃やした煙を2階に巡らせる必要があります。その調節に開閉式の煙抜きが必要だったのでしょう。これが長野県や山梨県に行くと微妙に形が違います。ま
ゴールデンウィークぶりの角突き行です(7月7日)。角突き行ではいつも通る道。みなかみ町入須川。いつも止まって眺める景色です。煙抜きの乗る屋根が所々に見えます。手前右、栗の花が咲いています。左リンゴの林。何ともない景色なのですが、ここを通ると必ず止まって眺めます。亡き義父が「あの山の方へ行くとキノコが生えている場所があって、いっぱい取った」なんて言葉を思い出しながら。
5月4日。天気がすぐれませんが、待ちに待った角突きの開幕ということで、上さんとのめしこきを乗せた中古のプリウス君(失礼!気に入ってますよ)は新潟県は山古志へ向かいます。関越高速を使えば2時間で到着ですが、それではもったいない。大相撲の仕切りと同じです。ということでまずは、この場所で停車。田植えが近いのでしょう、田んぼに水がはられました。群馬県の山間部でよく見かける煙抜きの乗る民家。2階で養蚕をしていた名残です。山のふもとにも赤と青の2軒。3軒とも当地では榛名型
目を引く朱塗りの鳥居がありました。鳥居と煙抜きの乗る民家(赤い屋根)。鳥居の左側にも、ちょっとわかりにくいのですが鳥居の柱の間に見える煙抜き。結構な頻度で煙抜きの乗る家があるでしょ。一の鳥居を過ぎると、二の鳥居。この神社は子どもの頃の思い出はないのですが、よく行った村社に石段があったためでしょうか、この佇まい、のめしこきの好みです。三の鳥居を振り返って見ます。少し息が切れますが、春の風に吹かれて心地よい息切れ感です。
電チャリ・ジェッター君は、こうした景色があると、停まってしまいます。群馬県といっても太田市・館林市などの住民からみれば、違う!ということになるのだと思いますが、山間部住人ののめしこきにとっては煙抜き(けぶぬき)を見ると、群馬県を感じます(しょっちゅう見ているのですが)。山間部では稲作による現金収入が期待できなかったので、養蚕とコンニャク栽培が盛んでした。養蚕は通気が大切でそのための設備なのですが、吾妻地方では煙抜き(けぶぬき)と呼ぶのが一般的です。50年前は、こうした
久々にゆっくりできる休日。「どこかお昼食べに行かない」と誘うと、上さんからどこでも良いよと返事をもらったので、プリウス君は山を越えて国道17号を通り、三国峠を越えて新潟県魚沼地方を目指します。みなかみ町入須川(まだ群馬県です)。青空・静寂・たちのぼる煙。同じような所に住んでいるのですが、こうした眺めが大好物なのです。と言って、都会の景色も大好物で、要は人の営みが感じられれば、と最近気づきました。煙抜きの乗る民家がちらほら。この地区には、手塚プロダクションの保養所があります。
電チャリ・ジェッター君はのめしこきの好みを熟知しているようで、こんな所へ案内します。あんた、ここから見る岩櫃が好きなんだろ、と。この写真の一番右端の方に真田昌幸の岩櫃城がありました。「真田昌幸の」となったのはNHK真田丸以降で、それまでは吾妻太郎行盛の岩櫃城でしたが。その前を、関越自動車道渋川インターから長野県東御市へ続く予定なのですが、八ッ場ダムまではダム完成に合わせて高規格道路の建設が急ピッチで進んでいます。煙抜きの乗る家並。あちらにも、向こうにも、すぐ手前にも
師走の日曜日、ちょいと空には雲が多いのですが、電チャリ・ジェッター君とお散歩しようと・・・。ジェッター君も久しぶりで、きっと「オヤジ、やっと遊んでくれるかい」と喜んでいることでしょう。足は、西へ向かいます。目的は二つあるのですが、それを含めてのぶらり散歩です。岩櫃山。アップで。この山の右肩の方に真田昌幸の岩櫃城跡があります。煙抜きの乗る民家。養蚕の盛んだった群馬県を代表する屋根です。長いの、小さいのが1~3基ほど載っているもの、この写真の煙抜きは切妻ですが寄棟、入母
好天に恵まれあちら寄りこちら寄り、煙抜きが2つだ、1つだ、3つだ、と子どものように楽しみながら、電チャリジェッター君とのデートも目的地に近づきました。3桁近い重量を運ぶ電チャリ・ジェッター君には気の毒ですが、のめしこきは大助かりです。ヘエヘエ言わなくても上れちゃうのですから。吾妻川を上流に向かって、このトンネルを抜けたところに八ッ場ダムの建設現場があります。日曜日とあって交通量は多く、排ガスと騒音は仕方ない。けれど幅3mほどの歩道を独占できる(今まで何度も何度も通ってい
木造3階建ての養蚕農家。郷原を通るとよく眺めます。のめしこきが過ごした半世紀前の佇まいのままだからです。前を通りかかったらちょうど奥様が出てきたので、気になっていたことを訊いてみました。3階屋根の上に載る煙抜きについてです。親父がそう呼んでいたのでのめしこきも倣っていますが、大内宿ではウダツと呼んでいました。奥様はケブヌキと呼んでいました。ケブは吾妻方言で煙ですから、親父と同じ言い方でした。2階は蚕を育て、3階は上蔟(じょうぞく)室で繭を作りそうな蚕を蔟(まぶし)に移して飼
大内宿の茅葺き屋根を眺めている間に、気づいたことがあります。一番手前の大棟(屋根のてっぺん部)です。このてっぺん部分を置き千木というそうです(NHK「美の壺」バックナンバーFile73茅葺き屋根より)。「農家の置千木は、うま、うまのり、くら、くらかけなどとよばれ千木の数は3、5、7などになります。庄屋屋敷は9対上げられます」とのことです(コミンカニストの古民家解體日記)。大内宿の場合、千木というよりうまのりと言った方が良いかもしれません。一番手前の屋根は杉皮を敷いて鞍で押さ
大内宿は3回目の訪問ですが、今回初めて気づいたことがあります。この写真の茅葺き屋根には、皆煙抜きが乗っています。こんな感じです。囲炉裏の自在鉤に魚の鉤が好まれたように、「水」という字が好んで書かれているのは、防火のおまじないでしょう。囲炉裏の煙で屋根の内側からカヤをいぶすことで煙に含まれる油分がカヤ移るため防腐、防虫効果をもち、茅を長持ちさせることができます。この土産物屋のお婆さんに聞いたのですが、今は囲炉裏を使っていないので、茅は15年に1度拭き替えなければならないそうです。
電チャリ・ジェッター君との散歩はまだ八ッ場ダムへ着きません(笑)。見慣れた景色なのですが、それでも寄り道してしまいます。群馬県の山間部は田んぼになる土地が少ないので、換金手段としてかつては養蚕が盛んでした。お蚕様(オコサマ)と呼ばれ、大切に育てられました。下の写真のような農家は2階が養蚕用の仕切りのない大空間に当時はなっていたはずです。2階建の切り妻屋根に煙抜き。煙抜きの大きさは様々で長い1基が乗ることもあれば、小さいのが3基、2基、1基乗るものがあります。4基以上はのめし
日本で最初の富岡製糸01、02、03と母親のことを書いたら、故郷のことを思い出しました。自転車で行ける程度の距離にあるのですが、50年前の子どもの頃の景色が残っています。昔の記事ですが再掲します。2014年6月、富岡製糸場と絹産業遺産群が世界遺産に登録されました。平野が少ない群馬県は昔から養蚕が盛んだったため、日本で最初の機械製糸工場(日本の産業革命)である富岡製糸場、近代養蚕技術を確立した田島弥平の旧宅(長い立派な煙抜きが屋根に乗っています)、養蚕学校である高山社(3連の煙抜
2014年6月、富岡製糸場と絹産業遺産群が世界遺産に登録されました。平野が少ない群馬県は昔から養蚕が盛んだったため、日本で最初の機械製糸工場(日本の産業革命)である富岡製糸場、近代養蚕技術を確立した田島弥平の旧宅(長い立派な煙抜きが屋根に乗っています)、養蚕学校である高山社(3連の煙抜きが乗っています)からなる文化遺産です。登録されてから、ありがたいことに観光客が激増しました。しかし、個人的には以下の景観も世界遺産に匹敵すると思っています。ちょっと、いや、だいぶ大げさかな。でも、私の故郷な
峠のトンネルを越え、名胡桃城に向かいます。国境のトンネルを抜けるとそこは雪国であった。・・・と、川端康成になった気分です。ホワイトバランスの狂った雪野原の写真ですが、動物の足跡がわかるでしょうか。縦に2つの穴、その前に横に2つの穴があります。縦の穴が前脚、横の穴が後脚です。跳び箱の着地の格好をイメージしていただけるとわかると思いますが、野兎が駆け回った跡です。名胡桃城のある集落に建っている・・・これ何だと思いますか?農村歌舞伎の舞台だそうです。歩いていたおばあさんに伺ったら、4