ブログ記事2,254件
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-24のすぐ脇がこの古い無人化した平屋の公営住宅である。このシリーズでどれだけこうした古い無人化した平屋の公営住宅をテーマに「話し」を書いてきただろうか。確かに「話し」は書いたが、いつもの通り、対象物とあまり縁のないことばかりで、実に内容がない。「内容」があれば、実利みたいなものも少しは転がり込んでくるのかもしれないが、元々そんなことを書く気は更々ない。少しはあっても良いかもと、気が緩むこともこともあるが、霞が日常の「主食」のような生き方をしてい
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-23のすぐ脇がこの無人化建物です。ここもべランダ側の地べたのぬかるみを防ぐためか、シートが張られていた。この季節であれば、ぬかるみで蚊が発生するので厄介である。以前のも書いたが、こうした古い平屋の公園住宅は網戸が不十分なので、みんな自分でそれを取り付けなければならない。この大きめのシートを定着されるために、角っこにコンクリートブロックが重石になっていた。コンクリートブロックは何故か知らないが、何処かに転がっている。私の頃はレンガがそれだった。
ご訪問ありがとうございます。ただいま楽天グループでは楽天従業員からの楽天モバイル紹介キャンペーンを実施中です。下記からログインして楽天モバイルにご契約いただくと、最大14,000ポイントプレゼントいたします!よろしくお願い申し上げます。https://r10.to/hYYGNa【楽天従業員から紹介された方限定】楽天モバイル紹介キャンペーン!回線お申し込みごとにポイントプレゼント!上記URLからどなたでもお申し込みいただけます。楽天シンフォニーのRakutenNEOで広がるIoT
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-22のすぐ脇がこの建物です。今まで見てきた古い平屋の公営住宅と然程大きな違いはない。だから何かかを象徴的に書くこともできない。今回の熊本地震で家を失った県民の住居を確保するために近隣自治体から東京都等までが空室の公営住宅の貸し出しを申し出ていると聞く。家賃は無料だが、全てがそうだと云う事もないし、利用できる期間も限られている。例えば東京都は貸出期間は当面3か月としている。たった3ヶ月しか遠く熊本から来た人々に貸し出せないと言う感覚が、私には信じ
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-21のすぐ脇が、この無人の古い公営住宅です。家の周りはきれいに片付けられている。だが、コンクリートジャングルに毒されている私は、家の周りを囲む地べたに中々慣れない。やっぱり私の貧相な日常とはかけ離れており、違和感があるのだ。そう、土の地べたに違和感があるなんて実に情けない。「草好き」の私ですらそうなのだから、「土とはいったい何なのか」を子供のころにみんなちゃんと教えないといけない。土管も土蔵も・・・どれも土ではない。凄い時代の中に私たちはどっぷり
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-20から更に先へ進むと、この無人の建物があった。無人化した古い公営平屋住宅ではわりと珍しくいろんなモノが放置されたままだった。私にはよく分からないのだが、わりと片付けられている方が多い。それは単に個人による違いなのか、それとも年寄りの長い生活で培われた日常行動なのだろうか。だが、どちらにしても大したモノが残されているわけではない。ここで一番目立ったのは古いパンクした自転車である。あとは空になった植木鉢やプランターである。趣味の人・・・。そんな感
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-19から更に先へ進むと、この無人化建物群があった。一つの駅界隈で2つの古い平屋の公営住宅群を見たのは初めでかもしれない。もしかすると、決して当時としては珍しくは無かったのかもしれない。ただ、いい加減にぶらぶら歩いているだけだから見逃しているのかもしれない。ただ、今回の古い平屋の公営住宅群は前回見たものより住宅戸数はやや少なめだった。最初からそうだったのどうかはよく分からない。手前にはコンクリートが敷きっぱなしの「空き地」もあった。ただ、ここに前回
こんにちは。では早速。今回は弘南鉄道大鰐線です。千年駅ちとせえき青森県弘前市松原西三丁目この駅は昭和27年、弘前電気鉄道の津軽千年駅として開業し、昭和45年に弘南鉄道に移管、昭和50年に業務委託化しました。昭和61年に千年駅に改称し、その後無人化しました。島式ホーム1面2線と、ホーム上の待合室、駅舎で構成されています。千年というのは、近くの地名ですが、線路を挟んで住所が分かれており、駅舎の所在する場所が松原西三丁目の為、住所と駅名が一致していない駅となっています。弘前市
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-18から更に先へ進むと、この無人化した民家があった。敷地の柵に「売り物件」を知らせる不動産屋の旗が立てかけてあった。要は、所有者はいるが、住人はいない、そうしたことなのだろう。たぶん、やがて「買い手」は現れるだろうが、ここがこの姿のままここに残る保証や可能性はどうなのだろうか。だが、それはそうとして、こうした売買が成立すること自体は良いことだろう。何よりも、私の「無駄」が少しでも少なることは良いことである。「無駄」に良し悪しを云うつもりは無いが、
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-17から更に先へ進むと、この無人の建物があった。実に汚れている。家或いは建物を意図して汚す人はたぶんいないだろうから、これは経年劣化と、日々の手入れの悪さから来ているのだろう。いつ頃からそうなってしまったのかなんて分からないが、たぶん家庭事情や仕事の具合と共にそうなっていった可能性はあるかもしれない。私を含め、みんな仕事の紆余曲折によって、己の生活や環境も変わってくる。私の母親は子供のころの私たちに「やることがないなら掃除しろ」よく云っていた。
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-16から更に先へ進むと、この無人の民家があった。今日もまた無人化民家の掲載である。他に私の出来ることはない。ここ数日、ずっと見聞きしている「熊本地震」で、みなさんが手一杯の時、相変わらず何の役にも立たないこの無人化見聞録を掲載し続けるのは、私でも心が痛む。いつ何時、地震列島のこの国で、自分が巻き込まれてもおかしくない。そうした日々の中で、このチンケな「無人化民家」を書き続けるのは実に虚しいのだが、やはりどんな時でも自分には自分にしか出来ないこ
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-15から更に先へ進むと、この無人の民家があった。柵の向こうに雑多なものが放置或いは積み重ねられていた。変な云い方だが、そこには脚立もあったし、本当によく見かける。そう、何故か知らないが無人化民家には脚立がよく放置されている。古い木製の梯子なんかも稀に見かけるが、殆どは脚立である。脚立は「プチ便利」なのだろう、私にはあまり実感はないのだが・・・。そういえば、無職のころ、公園施設(主に遊具等)の点検業務のバイトをしたことがある。小さな遊具関連の
こんにちは。では早速。黒石駅くろいしえき青森県黒石市緑町この駅は大正元年、黒石軽便線(弘南鉄道とは別の、奥羽本線川部駅とを結ぶ路線)の駅として開業し、昭和25年に弘南鉄道弘南線も開業して弘南黒石駅が設置されました。しかし、昭和59年に国鉄黒石線が廃止され、弘南鉄道に移管されると、昭和61年に黒石駅に改称しました。ただ、平成10年に黒石線は廃止されています。頭端式ホーム1面2線と2階建ての駅舎で構成されており、有人駅となっています。周辺は黒石市街地が広がっており、バスも多く
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-14から更に先へ進むと、この無人の民家があった。わりと立派な民家だが、既に一部が壊れかけていたり、至る所に錆も目立つ。嘗ては庭木の手入れもされていたようだが、今はだいぶ伸びきっている。詳しくは書けないが、私はわりと植物には詳しいので、どのくらい伸びきっていると、無人化してからの年月がそれなりに想像できる。だが、それは庭木を見ただけの感想ではなく、その他の事柄を考慮してのことだ。こうした見るからに嘗ては立派だった家々を見て、何か特別な感想を持つこ
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-13から更に先へ進むと、この無人の建物があった。一階に三軒の何かが入っていた建物で、各々2階も付いていた。三軒とも無人化していた。なので、ここでは「一つ」として取り扱う。別に別々に書いても良いが、妙に面倒に感じた。当てずっぽうに捜し歩いているので、無人化建物が次々に目に入るなんてことはほぼ無い。歩き回って、疲弊して、くそ野郎等と吐き捨てるころになるとやっと見つかる。実に無駄だ。非効率なんてものではなく、無駄の三度笠だ。だから面倒くさいのが当たり前で
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-12のすぐ脇が、この「-13」です。このこの古い公園平屋住宅群について、最初に書き始めたときに、「今まで見たことの無いモノを2つ見た」と書いた。それがこの写真です。今、思い出しても0が2になるのは、私にとっては驚くべきことだったのです。ですが、その2つは「風景」としてとても一般的で、住宅地等を歩けば誰でも目にするモノばかりです。一番上の写真は所謂「公園」です。「児童遊園」と言う類のものかもしれません。面倒なので、公園と児童遊園の違いは各自で
●翔んで埼玉埼玉県民は東京都へ行くのに通行手形がいるのだとか...。そんな馬鹿なとは思いつつ、これは映画の話であり面白おかしく鑑賞しました。そして私自身も、ちょっと東京に出かけてきました。マイカーで行くのは実に9年ぶりで、10年前にクルマを購入した時、もう高速は乗らないだろうとETCを付けませんでした。事実、乗ったにしても数回で首都高速は1回も乗りませんでした。●ETCと言う名の関所ところが、今回出撃となり行きは良いのですが、帰りが首都高速に乗れません。(;^ω^)
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-11のすぐ脇がこの「-12」です。取りあえずこの公営無人化賃貸住宅群のアップはこれで終わりです。そう、「これで終わりです。」にはちゃんと意味がある。意味の無いことも時々書くが、本来はそんなにいろんなことを書けるほど才能豊かではない。ちびちび書くというか、だらしがないと言うか、そんな書き方が通常なので、以前、知人に頼まれて子供たちに「文章の書き方」を教えたことがあるが、半年もしないでクビになった。後に聞いたことだが「子どもたちは口を揃えてヒドイ」と云
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-10のすぐ脇がこの「-11」です。この古い公営住宅群は砂利の敷かれた整地であり、当然それは時を経ているから殆どは土場である。雨が降れば土場はドロドロになる。だから足元が不安な爺さん・婆さんは安全と安心を考慮して、その上を少しでも歩きやすいようにと、何処からか探してきた樹脂製の波型プレートを敷く。人間は善人であろうと、悪党であろうと、みんな「努力」をする。「努力」と言う餌には何かが繋がっているとみんな感じているし、私もそうだ。だから「努力」ほど万人
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-9のすぐ脇がこの建物です。誰が置いたのか、玄関扉の前に大きめのコンクリートブロック置かれていた。誰の行いかは不明だが、「立ち入り禁止」の強い意思の表れだろう。だいたい、こうしたコンクリートブロックがそこいらに転がっていることも無いから、何処かから、誰かが意図して調達していきたものと思われる。そうまでして、ここを立ち入り禁止にするには、何か理由がありそうだが、それを調べるのは私のやることではないし、やってはいけないことだ。この無人化見聞録は「見て考え
昨日のゲリラ豪雨は直撃弾を喰らいました(笑)イラクもアメリカからの直撃弾を浴びて甚大な被害があったようです24日から空爆は止まっている様ですが参謀達が進言して中止との噂も...…どうもミサイルの在庫の問題もあるようです今世紀は軍需産業が儲かっているようですが形が変わり高額兵器から廉価番兵器の需要が高まっています要は無人兵器ですねドローンの高性能化で偵察、爆撃、物資搬送に至るまで無人化し尚且つAIで予測までできる第二次大戦以降の高度化は大きく舵を切り制空権を確保
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-8のすぐ脇がこの「-9」です。エアコン室外機がそのままで放置されていた。ここの元住人はそうした去り方をしたのだろう。長年、いろんな地域でこうした古い公営住宅群を見てきたいるが、エアコン室外機がそのままになっている例はそんなに多くも無いが、決して少なくもない。毎年明らかに暑さが増していると、エアコンが無いと生きて行けない。それでも大雑把に書くと半分以下だろう。この半分以下がこの国の何を表しているのかはよく分からない。高市がつい最近、「骨太の方針
こんにちは。では早速。津軽尾上駅つがるおのええき青森県平川市中佐渡南田この駅は昭和2年に弘南鉄道弘南線の終着駅として開業しましたが、昭和25年、当駅から弘南黒石駅までが開業して途中駅となりました。昭和54年に貨物取り扱いを廃止して、昭和55年には業務委託化しました。平成14年に東北の駅100選に認定されましたが、平成19年には併設されていた弘南生協の商店も閉店しています。ただ、令和3年弘南鉄道印といったオリジナルの印の販売を開始するなど、観光客を多くする取り組みも行われ
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-7から更に先へ進むと。この無人の公営住宅があった。これで「ほぼ同じモノ」を4か所続けて書く。全体でこの時は8棟があったが、全部の写真を写した訳ではない。それらを全部アップしたら、本当に書くことが無い。それは別の言い方をすると、まだ書くことがこの段階では「ある」と思っていたのだろう。そう。私は無人化建物を見つつ、写真を撮っていると、どんな風な文章を添えるかをいつも考えている。全部が全部そうやって上手く構成を考え纏め上げられる訳ではないが、この時はずっ
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-6のすぐ隣の無人化建物である。毎日3日も続けてほぼ同じ様相の無人化建物について書くのはとても難しい。これを楽々と書けるようであれば、年収一億は下らないだろうが、私はこれをいくら続けても収入は0で、無人化見聞録での収入はここ10年ぐらいずっと0であり、今後もたぶんずっとそうだろうし、そうに決まっている。当然持ち出しでやっおり、それが何処となく面白いのだ。どうでもいい余談はともかく、ほぼ同じ建物だが、必ずどこかが違っている。そういう意味では、「
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-4から更に先へ進むと、この無人の建物があった。手前から順にアップする。どれも外形は同じだが、嘗て住んでいた人がみな異なるので、傷み具合も、細部も、そして壊れた個所も、放置されたモノも違う。そうしてここの左隣は「制止線」が張られていた。元々はそこにこれと同じような平屋の公営住宅があった可能性がある。何かの理由で、さっさと取り壊されたのかもしれない。家の周りは細かい砂利が敷き詰められていた。いや、この公営住宅群全体の敷地がそうなのだ。今ではそうした
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-3から更に先へ進むと、この平屋建物群があった。また現れた古い古い平屋の公営住宅群で、ここには計8棟あり、一つの家屋にだけ住人の方がおられた。全景の様子から、以前はもう少し建物があったようにも思えた。何かの基準で少しずつ取り壊されているのかもしれない。そういえば、今から数年前、何かの紹介記事で、横浜市に唯一取り残されていたこうした古い古い無人の公営平屋民家が取り壊されたことが記されていた。なぜ今更そうした情報を中小メディアが小さく取り上げたのかは分
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-2から更に先へ進むと、この無人の民家があった。この無人化民家、ベランダや窓々にあまり一般的ではないシャッターが降りていた。今まで見てきた無人化した民家の多くは新旧は別にしても雨戸が多かった。こうしたシャッターも無かった訳ではないが、やはり珍しい。日常の防犯を考慮した結果だったのかもしれない。だが、ここで書けることはこれだけ。何かモノが放置されているとか、ゴミがため込まれていたとか、夫婦喧嘩の跡が垣間見られたとか、幼児の三輪車が残されていた・・
またまた続きです。「工場は本当に無人になるのか?」では、将来は本当に工場や倉庫から人間がいなくなるのでしょうか。私は、すべてが完全無人になるわけではないと思います。少なくとも当面は、「ロボットが得意な仕事」「人間が得意な仕事」を分担する形になるでしょう。ロボットが得意なのは、単純な繰り返し作業、重い物を運ぶ作業、危険な作業、夜間の作業、高温・低温環境での作業です。一方、人間は、予想外のトラブルへの対応、改善策の立案、設備の管理、品質判断、新しい作業の設計などを担当します。つまり、工
埼玉県川越市「霞ヶ関駅」界隈の無人化見聞録-1から更に先へ進むと、この無人の建物があった。一般的な民家では無かったように思うが、どこかの階に住居部はあったと思われるが、はっきりとはしなかった。一階部にはシャッターが降りたままのそれがあったが、そこが何を表しているのかまではよく分からなかった。たぶん建物全体を表す何かがそこで行われていたようには思うのだが・・・。建物は、その全景を見ただけで、何をそこでしているのかはほぼ分からない。だが、いろいろ如何わしいこと、不法なこと、或いは不法では