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今日も週一滝坂の道歩き門番はおやすみ中花々は全てなくなり、新緑へ下に目をやると、小さな花々滝坂の道朝日観音首切地蔵首切地蔵折り返しで春日山遊歩道へ上がってすぐにこちらを見ていない昨日、大神神社で銀竜草を見て、同じく手付かずの春日山原始林ならあるだろうと右側斜面を見ながら妙見宮からは多く見れたこれが一番の望遠で頑張ってやっと中へ入って行ったら、おそらくめちゃくちゃ生えてるだろうな遊歩道から見て、これだから帰りに砂ずりの藤を見に寄る一昨日の朝とそれほど変わっている
今月初めての滝坂の道先月までは毎週歩いていたが八重桜の季節滝坂の道昨日の豪雨で道が川になったようだ抉られていて、全て流されている水量が多い普段はちょろちょろ流れている寝仏夕日観音朝日観音首切地蔵折り返して春日山遊歩道を下るすでに緑が美しい妙見宮何か書いてあるように見える柿のへたが落ちて若葉が出ている虫もまだ少なく、良い季節
門番モクレンは見頃ここは蕾から見ているが後2、3日が一番良さそう完全な白ではないなこちらは別の木完全終了の柿の木滝坂の道久しぶりに晴れた雨翌日ならな夕日観音朝日観音首切地蔵春日山遊歩道を降る途中、出た!先週も滝坂の道でリスは見ているずっと木の皮を剥いで食べている
昨日の久しぶりの雨でしっとり河津桜先週はほとんど咲いていなかったモクレン準備OKな感じ滝坂の道へ湿り感がいい寝仏夕日観音朝日観音首切地蔵セクシーな木馬酔木飛火野少しずつ緑浮御堂毎年この時期に水が抜かれる梅と鹿国宝興福寺三重塔国宝の建物なのにほとんど興味を持たれない塔
モクレンあまり変わり映えしない早咲き桜梅渋柿だけにしぶとい滝坂の道へ朝日観音首切地蔵氷発見アオゲラがいた去年、春日大社で見て以来この辺にいた三本杉付近渋柿だけにしぶとい春はすぐそこまで
多額の献金を首相にされたところの門番春はもうすぐ滝坂の道夕日観音朝日観音首切地蔵タマムシの羽が妙見宮こんなに陽が入るのも珍しい今の時期だけか帰りは久しぶりに春日大社参道から奈良ホテル改装中猿沢池鴨じゃないな国宝三重塔やはりこの時期は一番人が少ない
綺麗に焼けている水谷茶屋左に行くと、若草山頂上久しぶりのカズレーザーあと数年もすれば、誰も関心を持たなくなるだろう左手から降りて行く出た!リスが鶯の滝上へ上がると歓喜天再び、ドライブウェイへいろいろ情報が多いイノシシが一番危険⚠️芳山交番所から降る高山神社降ると首切地蔵首切地蔵今日は滝坂の道を降る朝日観音ここだけ、氷が残っていた夕日観音寝仏すっかり柿も萎んだ春が待ち遠しい梅か?
今日は山焼きモクレン春は近い滝坂の道凍っていたいつもここに氷柱ができる首切地蔵で折り返し小鳥も見られるようになってきた大分、萎んだ今日も門番また遊んでいる滑り台から降りたところ
病院に歯医者さんから預かった手紙を届けてから、滝坂の道へ妙見宮登り口掘り起こした跡寝仏夕日観音氷柱ができるところシダがキレイ朝日観音首切地蔵首切地蔵で折り返し、春日山遊歩道で降るここも至るところにある妙見宮から少し降ったところで発見五色の紅葉の間までで4つ南部交番所から降ったところにもイノシシだらけだな、まだ出合ったことはないがただ、首切地蔵までの間、そこかしこに今年は熊に要注意
今日も滝坂の道落ち葉もなくなる季節日差しが良く届くようになったいつもはそのまま帰るが奈良市写真美術館へ侵入者がいるなかなかに対比的な森山大道と入江泰吉入江さんの写真は初めて見るものもあった何十回と来ているが森山さんの方は美術館と奈良女子大とのコラボ入江さんと静と動の関係なんかザラザラした感じ週二で滝坂の道まで歩いているが、来週から、週一は若草山登り降りともう一日は滝坂の道にすれ入山できなくなって、人も減っていると思い3月の入山解除まではそれで行こう
上祖師ヶ谷村のかつての姿を想像する散歩道榎交差点①・古くから滝坂道(東西方向)と六郷田無道(南北方向)が交差する交通の要衝・(中央左)滝坂道(旧道)は、激セマ道路なのに、路線バスも走る難路であった・(右)補助54号。2023年4月開通に仙川手前まで開通(その先は建設中)・(左)見切れているが六郷田無道(激セマ区間。その先は拡幅された千歳通り)榎交差点②・(左)補助54号(中央)六郷田無道(右)はっけん通り滝坂道(旧道)は、仙川に向けて下る・以前はこの道に頻
上祖師谷神明社(世田谷区上祖師谷4-19-24)(主祭神)天照皇大神*明治42年本伊勢社を合祀倉稲魂命(相殿)*明治42年稲荷大神(大道北)を合祀(社格等)旧村社(旧上祖師ヶ谷村の鎮守)(沿革等)創建年代不詳。伝承では元禄年間(1688-1703)の新田開発(水田)に伴い鎮守として祀られたとも。別当の安穏寺の創建と同時代か。神社合祀令(明治39年)により明治42年に稲荷大神・本伊勢社を合祀(相殿)。昭和41年
稲荷大神(世田谷区上祖師谷6-31-1)googlemapにも掲載されている神社であるが詳細不明な神社を訪れた明治初期の地図にもその存在が示されている。但し大正期に入ると消失し、近年の地図に復活している。(左上)給田六所神社(中央)稲荷大神(右下)上祖師谷神明社(水色)仙川(緑色)滝坂道参道入口・祖師谷保育園分園の手前、パイプで囲まれて参道入口がある周囲は住宅外だが、独特な良い雰囲気を醸し出す境内いかにも古そうな石灯篭を従える社殿(主祭神
日曜日はずっと断食してきたが、歩くには良い陽気になってきたので8ヶ月ぶりに滝坂の道へまだ入り口シダの緑が鮮やか苔の緑も眩しい寝仏夕日観音一番寒い時期に氷柱ができるところ朝日観音首切地蔵首切地蔵から春日山遊歩道を通って下る妙見宮熊が迫っている2月に歩いた時は猿のみだった来年には奈良公園にやってくるかもしれないパニックになるだろう
滝坂の道2025.08.13[記]白浜旅行で南方熊楠さんを知った。亡くなったのは74歳。私も74歳になった。運命を感じで一冊の本を買った。「南方マンダラ」難しくて意味不明。だからせめて粘菌でも研究しようと。雨上がりを待った。一番近い原生林の森は滝坂の道。粘菌探しが始まる。結果、最初はシダ、コケ、カビ、キノコばかり。2025.08.15[記]多分今度こそ粘菌だ!調べるとタマツノホコリ!間違いない。よく似てるがさらに多く群生した白い球を見たがそれもタマツノホコリなのか?2
杓子稲荷神社(世田谷区梅丘1-60-7)(主祭神)倉稲魂命(沿革等)室町時代、世田谷城の築城にあたり鬼門鎮護として、伏見稲荷を勧請したと伝わる。1590年に後北条氏とともに敗北。当神社も衰退。後年、松原宿(滝坂道)の村民などにより再建された。元禄年間の検地帳に記載あり。(立地等)梅丘の住宅街にポツンと鎮座。明治42年の地図にも掲載。かつては、滝坂道(渋谷道玄坂と仙川を結ぶ古街道)の松原宿の隣接していた。北沢川と烏山川に挟まれた台地上。大鳥居:鮮やかな赤。日常的に定例がなされている様子
北澤八幡宮(世田谷区代沢3-25-3)(主祭神)応神天皇(社格等)村社(北沢・代沢地区)(歴史等)文明年間(1469〜1487)に世田谷城主、吉良頼康氏が城の鬼門の守りとして八幡神を勧請した。その後、吉良氏の家臣膳場将監の子孫が土着化し開墾に成功し、当社も繁栄。当社HPでは、当地は古くから豊作を祈る祭祀地であったという。大鳥居・本殿まで2段階になっていることがわかる・当社は、南側に北沢川本流、西側にその支流(現在の下北沢駅を起点とする谷戸地形)により削られた小さな舌状(武蔵野)台
世田谷八幡宮(世田谷区宮坂1-23-20)(主祭神)八幡大神(応神天皇)(社格等)郷社(旧世田ヶ谷村および旧羽根木村)(歴史等)1091年、後三年の役(1087〜1094)からの帰途、源義家が豊後国の宇佐八幡宮の分霊を勧請した。1546年、世田谷城主吉良頼康が社殿を修築造営遷座。大鳥居・手前の道路は「城山通り」で東に行くと「世田谷城跡」に至る。・かつては烏山川の左岸に面していた(現在は宅地化・烏山緑道)。二の鳥居・一見、小高い丘状だが、烏山川と北沢川に南北から削られて残っ
両神社は、約1kmしか離れておらず、烏山川と北沢川(ともに目黒川の主たる上流部)に挟まれた武蔵野台地に鎮座している。近くには、滝坂道(渋谷~仙川を結ぶ甲州街道以前の古道)や赤堤通り(これも古道)がある。八幡山八幡社(世田谷区八幡山1-12-2)(主祭神)誉田別命(=応神天皇)(社格等)村社(八幡村)(歴史等)創建年代不明。別当寺の東覚院薬王寺(世田谷区千歳台)が1288年創建であり同時期ではないかともいわれる。なお「八幡山」の地名の由来は定説はないが、当社に因むものとされることが多い
やまびこ2020山行近鉄奈良駅~柳生街道(滝坂の道)~首切り地蔵~峠の茶屋~芳山(ほやま)~石切峠~大原橋~若草山~二月堂~近鉄奈良駅奈良公園を鹿に見守れながら通り抜けます朝はまだ観光客も少ない。滝坂の道までわりとノンビリ😄山道は緩やかな登りが続きますが、石畳は歩きにくいので嫌い、嫌い❗首切り地蔵で🚻暫く登ってから峠の茶屋を通り二尊石仏を目指しますが、最後はキツイ登りでした。芳山、芳山南峰、石切峠を通り、昼食場所の大原橋へ。☂️が降ったり止んだりの繰り返し。食後、若草山へ行
みんな!私が懸念していた事が始まりつつある。私は大阪のコンビニ行かないから知らなかったけど、大阪のコンビニの店員はほぼほぼ外国人で"対応が悪い"と伺った、大阪も広いから全部では無いと思うけど、これは大阪が汚染されていく。日本人の接客姿勢を真似て接客対応が良いなら良いんだけどね。奈良に移住する前に教えて貰ったことは、治安の悪さはコンビニやスーパーの店員の態度を見よお陰様で私の住む街は皆様、対応が素晴らしい👍世界平和の前に先ずは日本を守らなくては‼️って、政治に関わってみようと思う様に
今日は春日の森を通って途中に出会ったアオゲラ巣を作っているようだまたしても、イソヒヨドリ滝坂の道へ首切地蔵まで途中、氷結が至る所に朝日観音蛇みたい先週歩いた時は今日よりずっと寒かったが、こんなに凍ってはいなかった首切地蔵まで来て、遊歩道に出て降る妙見宮今日は休日ということもあり、結構人が歩いていた高畑界隈右は春日大社、奥の山は生駒山
今日は大仏池をちょっと見てから寒かったが結氷はほとんどしておらず二月堂方面へ上がって行く途中イソヒヨドリお水取りまでひと月切った大松明を置くところ若草山の上の方も雪はないこの時点で8時50分山頂は寄らず、鶯の滝方面へ奥山ドライブウェイに合流カズレーサー左に降りて行くと鶯の滝だが、今日は行かないまっすぐここからドライブウェイに別れを告げて、右へ高山神社降りて行くと首切地蔵首切地蔵柳生に
♥️またまた、昨年詠みながらも、投稿を見送っておりました短歌です。意のままに山装いしその中を星が滴か光りて落ちし😸昨年の秋のブログでも、何度か詠みましたが、岡山県真庭市にあります神庭の滝は、星山から湧いた水が神庭川となり、山が錦繍の如く装う秋の中を、やがて白く光りながら110メートルの高さを落ちる見事な滝です。まさに星の神様の力を宿すかのような瀑声は、見上げ音に打たれるだけで、身が浄められる思いです。与謝野晶子夫妻を魅了し
みんな!世界平和に向けて動き出した今日、3人で若草山行く予定が1人家庭の都合でキャンセル、、2人で折り紙の鹿を世界へ羽ばたかせる為、行ってきたんだけど、いつもとは違うコース、"滝坂の道"札幌にいた時、行ってみたいと思ってたコース案内してもらえたℹ️👇誰もいない2025.空の輝きが増し、つよしひかり✨✨👇石仏👇首切地蔵さん👇春日山原始林は世界遺産👇桜の木だったらしい👇若草山若草山下山時に、目が合ったドイツの方に1鹿🦌喜んで頂けた🥹下山終える頃に目が合ったアメリカ
朝日さし夕影落ちし滝坂の観音さまにもみじ色添え😸滝坂の道にある朝日観音さまと夕日観音さま。東面する朝日観音さまは、中央が弥勒仏師さま、左右に地蔵菩薩さまの三尊の磨崖仏で、朝日によく映えることから、この名があります。そして南面し夕日に美しく染まる夕日観音さま。共にもみじに照り、これからの季節は一層美しく、街道を歩き祈りを捧げることができます。石仏(せきぶつ)の岩肌の中消え行きし時の無慈悲にそっと祈りし😸同じく滝坂の道にある
石肌に優しく浮かぶ仏さま危うき立ちて悟りを示し😸奈良県にあります柳生街道(滝坂の道)には、たくさんの石仏かさがあります。その中に、夕日に映える姿が美しく、通称「夕日観音」と呼ばれている弥勒如来の磨崖仏があります。今にも前に倒れそうに傾いている石に、少し面長で鼻が大きな仏さまが彫られ、石肌に浮き出ています。次も夕日観音さまの短歌です。仏さま石の冷たさ優しさへ変えて夕日に微笑を浮かべ😸夕日観音さまは冷たい石に彫られてはいますが
ゴールデンウィーク、久しぶりに滝坂の道を歩いてきました。20年ぶり、くらいかなぁ。奈良市街地から柳生まで続く古い街道の前半部分で、いまも昔日の石畳が残っています。近鉄奈良駅を出発し、観光客で賑わうなかを通り抜けて春日大社に向かいます。有名な藤はもう盛りを過ぎていました。春日大社から少し南下し、志賀直哉旧宅のある高畑からは東に進路を変えます。山に向かって進む舗装道路を歩いていくと、急に山道になります。そこからが滝坂の道です。石畳の横を小川が流れています。歩きにくい石畳です(
林道に出てきましたけど。ここから、どうするかなと考えていましたが。少し離れたところに、何かの案内板らしきものがありましたので。駆け寄りましたところ。ムムムムム!往路で、下からは立入禁止のために断念しました、春日山石窟仏さんが見られらようです。さすがは、もっている男ジダンであります。金も地位も名誉も、何一つ持ってへんがな、くそポンコツドアホっ早速、ガサゴソ、登ってみました。そこには、説明こそありますものの。見渡しても、ウロチョロしても、それらしきものがありません。一旦、ここを
東海自然歩道、滝坂の道を登っていきます。夕日観音さんに続きましては。高いところに、朝日観音さんがおられます。そして、そのすぐ先には。剣豪・荒木又右衛門によって、首を落とされてしまいました、首切地蔵さんもおられます。しかし、いくら剣豪と言えども、日本刀で石造りのお地蔵様を一刀両断できるのかと思いますし。そんなバチアタリなことをされるのも、疑問ではありますから。アホなんやから考えるな、くそポンコツっさて、ここからなのですか。今回は、春日原始林に踏み込んでみたいと思いますので。春日