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前回の特別興行のチラシの裏面で、なんば花月昭和41年8月上席の予告。なのに表面の特別興行のことがここにも載ってるという不思議。当時の花月は夏休み期間中とはいえ、特に子供向けの番組を組むわけでもなく、至って通常の演芸場の番組編成ですね。トリは幸朗・幸子、落語は林家染丸。他には朝日丸・日出丸や滝あきら、フォアダッシュ(後のザ・ダッシュ)など後年まで花月で活躍した人たちも出ています。ポケット・ミュージカルスは甘玉敏郎構成の「オンザロック」で、新喜劇の奥津由三、井上竜夫、伊藤哲三ら
京都花月昭和54年6月下席のポスター。京都らしい番組編成で、トリはコメディ№1。全体的に平均年齢が高めで、朝日丸・日出丸、笑福亭松之助、あい花・喜多代。諸芸も翠みち代、滝あきら、松旭斎たけし。まだまだ売れない、小づえ・みどりにこだま・ひかり。ポケット・ミュージカルスは間寛平が主演で、大河内通弘構成「黄金の猿」。吉本新喜劇は中村進作・演出「恋の省エネルギー」。間寛平が座長で、専科は桑原和男、看板女優に楠本見江子。
前回のチラシの裏面で、京都花月昭和38年12月中席の予告。上席もでしたが落語がありませんね。まだ吉本所属の噺家が少なかったんでしょう。トリは幸子・幸朗、モタレに右楽・左楽。奇術の堀ジョージ、漫談の滝あきらもすでに花月に出ています。ポケット・ミュージカルスには上席に続いて前田五郎が出演。前田五郎もまだ新喜劇に入団したばかりで21歳です。この席も吉本新喜劇ではなく、博多淡海劇団で博多淡海主演の「煙草のけむり」。顔写真を見ると、ホント進ちゃんと似てますね。
西川のりおは、西川きよしの靴を磨いていた。しかし、横山やすしの白のスラックスを汚してしまった。横山やすしが来て、案の定キレた。「誰や!わしのスラックス汚したんは!」と怒鳴り散らす。西川のりおは「滝あきら師匠ちゃいますか。滝あきら師匠さっき靴磨いてましたやん。」と言った。滝あきら師匠は「ええっー、そうやったかいな・・・すまん、やすし君。」と言った。横山やすしも滝あきら師匠に怒りをぶつけることはできず、耐えた。保守ランキング
村上ショージは、「日本一高い山は生駒山」というボケに対し、「そうそう生駒山!生駒山からうちが見えんねん。でも工場ができて見えんようになってしもた。誰が誰がやねん!!!」という意味不明のツッコミをした。これを聞いた明石家さんまは、村上ショージのセンスに激怒した。保守ランキング
村上ショージが師匠の滝あきらに呼ばれた。「お前、まこちゃん知ってるか、必殺でてるやろ。」「まこと先生ですか」「そうや、まこちゃんや。あいつが若いころは飯食わせたり、よう面倒みてやった。明日、お前にも会せたる。」次の日藤田まこと氏の楽屋をノックする滝あきら師匠。「これは、これは、大先生。漫談の滝あきらです。先生の必殺いつも見せてもろてます。しゃべくり一筋30年でやってきました。大先生にお会いできて光栄です。」初対面だった
村上ショージに同期はいない。1977年組は全員、引退してしまった。78年組、79年組、80年組、81年組も全員、引退している。生き残った村上ショージはエリートである。村上ショージの下はダウンタウンとトミーズである。保守ランキング
村上ショージの師匠滝あきらが演劇に出ることになった。滝は「演出の先生がわしのこと褒めてくれるんや。滝はいい!滝はいい!言うてな。お前も一回稽古見に来い」と言った。村上ショージは稽古を観に行った。すると「おい!こら滝!お前は何回言うたらわかるんや!ボケ!」と怒鳴られていた。最後まで怒鳴られっぱなしだった。保守ランキング
明石家さんまは、見たことある風景に出くわした。前から村上ショージが自分の服を着て歩いてきた。さんまの家の箪笥から盗み出してきた服を着ていた。保守ランキング
前年の10月から「吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン」が開始、期限の3月31日が迫ってきた頃。新喜劇は今田耕司、東野幸治、石田靖らが年明けから本格的にうめだ出番になり、ようやく新旧メンバーが融合し出して、客席からも笑い声が聞こえてくるようになりました。しかし演芸の方はNGK豪華、うめだ貧弱路線になり、閉館を前にかなり寂しい番組編成です。では平成2年3月16日、うめだ花月昼の部開演。トップ出番はやっぱり滝あきら。うめだ閉館後はベテランや若手の出番救済措置として、心斎橋筋2
今回のサイン色紙は知る人ぞ知る、「いや、あのね」吉本の漫談家滝あきらです。平成元年3月16日うめだ花月。夜の部の出番が終わり、楽屋口の前でマジックと色紙を出してサインをお願いすると、「ちょっと待っとりや」と楽屋へ戻られ、わざわざ筆と墨を持ってきてサインしてくれました。「精出せば凍る間なし水車」とサラサラッと書かれましたが、日付を間違い「十七日」を無理やり「十六日」に書き替えてます(笑)書き終えてから「君みたいな若い子にサインするのは久しぶりやわ」と笑顔で去っていかれました
●なんば花月昭和53年8月中席●ワイド・ショー「ビッグ・サマー・バラエティ・パートⅡ」構成/藤井賢【出演者】滝あきら、翠みち代、新谷のぼる・泉かおり/老麺/桂木甲介、帯谷孝史、中川一美、姉川巌、黒木徳信/末成由美、竹田京子、浅香秋恵/ルル、白石京子演奏・・・藤井博明カルテット【構成】滝あきらの司会でのぼる・かおりの漫才、新喜劇メンバーによるコント「ビアガーデン」、翠みち代の声帯模写、コント「ああ特攻隊」、コント「遊郭」、自転車曲技の老麺でフィナーレ。【雑感】い
昭和47年6月上席、京都花月のチラシ。昭和37年6月に京都花月がオープンしてからちょうど10周年。トップは夫婦漫才でマジックもやる新谷のぼる・泉かおり。不仲で離婚してしまったのが惜しまれます。そのお次の三浦やすお・佐藤ひろしは新喜劇団員が漫才コンビを結成。三浦やすおは三輪やすひこ。しかしすぐにコンビ解散し、新喜劇に戻ります。滝あきらの位置はずっと変わりませんね。笹山タンバは二代目内海突破。よく相方が変わる人で、一時期南喜代子ともコンビを組んでいたそうです。ポケット・ミ
昭和56年11月中席「うめだ花月」の入場引換券。11月16日の夜の部に使えた引換券。(マンスリーよしもとのプログラムはこちらへ)宣材写真がみんな若いなぁ!既に漫才ブーム真っ最中ですが、まだまだ花月が演芸場の雰囲気を残しており、演目も多彩。ですが全体的に演者の平均年齢が高い(笑)トップのショート・ショートには当時の若手秘密兵器(笑)だったアラン・ドロンとWパンチ。それぞれ横山ノック、平川幸男の弟子です。ドロンはコンビ解散後ショーパブを経営し、そこからテンダラーや水玉れっぷう
前回紹介したうめだ花月3月下席の4日後、今度はなんば花月へ行きました。当時のなんば花月は前年の昭和62年にNGKがオープンし、10月上席で一旦休館していましたが11月下席から何故か再オープンしました。当時のNGKは故林会長の許可がないと芸人は出れない劇場。そのためにあぶれた芸人の救済措置としての再オープンだったかは定かではありませんが、とにかくNGKに出番のない芸人でなんば花月は出番が組まれたので、かつての京都花月のような番組でした。(※うめだ花月もやや寂しい出番編成になっていました)
今回の舞台写真は、昭和61年7月31日なんば花月特別興行(昼の部)に行った時の写真です。マンスリーよしもとのプログラムにはデカデカと「木村進スペシャル~木村進の芸のすべて~」と載っていたので、興行の全てが木村進や新喜劇メンバーで構成された内容と思いきや、普段どおりの興行でトリの吉本新喜劇がその日だけの作品という肩透かしを食らった感じでした。トップにいきなりカウス・ボタンが出てきて(撮影失敗)、お次は阪神・巨人の出番。カメラを向けるとお二人がVサインでポーズしてくれました♪二人が