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阿闍梨【外伝】一隅を照らす❖『生きる力』『生活する力』山田能裕天台宗探題大僧正引用平成25年『滋賀ガイド』に掲載されました。当時、比叡山延暦寺長臈・叡山文庫文庫長、現在は滋賀院門跡門主・天台座主に次ぐ次席探題大僧正の山田能裕師の記事から引用抜粋しました。山田能裕探題大僧正比叡山延暦寺の「叡山文庫(えいざんぶんこ)」文庫長で、比叡山瑞応院(ひえいざんずいおういん)住職の山田能裕(やまだのうゆう)さんは、前天台座主の故・山田恵諦(やまだえたい)師の弟子。難しい理屈よりもまず、自分の中の
滋賀県大津市にある神社仏閣をいくつか参拝し、琵琶湖疏水を眺めました。『両国寺・大津大神宮・長等神社~琵琶湖疏水[滋賀県大津市]』大津市のマンホールカードをいただき、町家を改装したパン屋さんでお買い物しました。『大津市のマンホールカード〜gunniipantocafe[滋賀県大津市…ameblo.jp三井寺駅から京阪に乗り、終点の坂本比叡山口駅に向かいました。琵琶湖疏水のすぐ横に三井寺があり、主人が「寄る?」と。でも寄りはしませんでした。以前坂本に行った時に主人が行きたいところ
穴太衆の石積みって言ってもねえ。こちとら200名城制覇しているんで、取り立てて感動はありません( ̄∇ ̄;)ハッハッハッそれで滋賀院門跡へこちらも内部拝観できて、いろんなものがありました。信長公が寄贈したというだけで神々しく思えてしまう私。この曼荼羅欲しい不動明王と風神雷神もいいなあ落ち着いた感じです。なんか凄いみたい御朱印とガイドを入手慈眼堂その墓地には十三体石仏群が並んでいます。かなり風化しているし、説明もないので何仏かはわかりま
お経文字で書いた聖観音御尊像軸(滋賀院門跡)❖「義理・人情」を忘れていないか。天台宗には、『己を忘れて他を利する』という意味の『忘己利他』という言葉がある。一般的な言葉に置き換えると、『義理』とか『人情』という言葉になるけど、今の世の中ではあまり使われない言葉だね。みんな賢くなって、計算のできない『義理』や『人情』は、いつのまにか忘れられてしまっている。だけども、『義理』や『人情』をもう少し大切にしたほうがいいんじゃないかな。中国の故事でこんな話があるんだけど、猟師が鹿を撃ちに行った
◇小林隆彰『比叡の心』1今年十月二十五日に遷化した比叡山延暦寺滋賀院門跡・小林隆彰擬講大僧正、酒井雄哉大阿闍梨の導きの親として、戦後比叡山の生き字引として比叡山一筋の仏道を歩まれました。平成七年比叡山延暦寺執行時の著書『比叡の心』から引用し、小林隆彰師の足跡をご紹介させて頂きます。夢一乗昭和十八年四月、師匠に連れられて初めて比叡山の土を踏んだとき、根本中堂の中庭に汚れた土塊のようなものがうず高く盛られているのを見た。あれは何ですか、と堂番の僧に尋ねると、雪だ。空から落ちて来るときは純白だ
2023/11/23(木、勤労感謝の日)紅葉狩り≪大津市坂本地区-3≫今回は、11月20日に行った大津市坂本地区での紅葉狩りの残りの名所である南善坊、日吉東照宮、滋賀院門跡、慈眼堂です。【南善坊】今回の行程立案者のUさんによれば、延暦寺里坊の一つで、里坊では最高所に建ち、琵琶湖が一望できる隠れた紅葉スポットの由。確かに見応えのあるもみじが多い。↑この写真もこの日の撮影です。まだ緑が一杯!振り返ると↓こんなに色付いたモミジ!
◇人は恵み恵まれ、徳は巡り巡っていく、、(大涅槃画像滋賀院門跡)僕がいる比叡山の教えに『忘己利他』という教えがある。『己を捨てて他を利すればいい。そうすれば皆が幸せになる』と説いているんだ。自分が何かをできるかどうかはあまり関係ない、何かを達成できてもできなくても、自分を捨てて他を利するということを心がけた生き方をしていればいい、というの。成功したからといって、得たものを自分だけの懐へ入れてしまうのはよくない。得たものを人に分けてあげなければいけない。何をするにしても、自分がたった一人
【訃報】本ブログでも、度々ご紹介させていただきました。酒井雄哉大阿闍梨の『導きの親』であり、戦中戦後の比叡山の『生き字引』として数々の功績を残された、比叡山延暦寺滋賀院門跡小林隆彰望擬講大僧正が十月二十五日遷化されました。謹んでお悔やみ申し上げます。南無宗祖根本傳教大師福聚金剛🙏[通夜儀]令和五年十月三十日[葬儀]令和五年十月三十一日滋賀院門跡にて、『阿闍梨に魅せられて酒井雄哉大阿闍梨13小林隆彰①』◇大阿闍梨を生んだ男小林隆彰①(酒井雄哉大阿闍梨)酒井阿闍梨の『導き
旧竹林院ライトアップ11月3日(木・祝)~12月4日(日)の土日祝17:00~21:00(①17:30、②18:10、③18:50、④19:30、⑤20:10)※各回定員50名、30分交代制、要予約。予約に空きがある場合は当日券があります。17:30ライトアップのはじまりです***1階母屋***通常のライトアップから5分間隔位で音楽に合わせてライトの色が変わっていきますとてもきれいで
今年最後と思われる2回目の紅葉狩り一度訪れた所へは基本行かないスタイル毎年2箇所くらいは行くかな旧竹林院と延暦寺滋賀院門跡ほんとはライトアップより昼間に見る紅葉が好きライトアップも映えな感じでよろしいが旧竹林院テーブルに反射して映る敷もみじ美しい(映え)参道を歩いて行くと光デジタルアートNAKEDGARDENONEKYOTO穴太積みの石垣にそして延暦寺滋賀院門跡へスマートフォンなどで名前を登録してQRコードをつくり読み取り機にかざすと自分の名前がつ
坂本さんぽ石積みで有名な穴太衆のお膝元、滋賀の坂本。この街を散策したいね~と長らく友人と言っていましたが、なかなか実現しないまま月日は流れ、ようやく重い腰をあげて遊びに行ったのが紅葉には少し早い2020年10月。散策だと言いながら、いきなり腹ごしらえ。しかも近江牛焼きしゃぶ定食。今のわたしには選べないメニューですね。命短し食べとけよ濃いご飯。「ちゅうま」って読みたいところですが、お店の名前は何と「ただしん」。そして、ぐいっと景気づけに一杯
01:45、延暦寺会館前。御覧の暗さ。しかも冷えます。ここで準備体操の後、02:00出立。根本中堂、大講堂、戒壇院を経て弁慶水前を通過、浄土院を経て西塔区域に入り、にない堂、釈迦堂を経て、居士林跡の前を通り、行者道へ。以前だと、狩籠の丘の説明、そして此処からは餓鬼坂、しゃべってはいけませんという注意が飛びますが、今回それはありませんでした。ただ、皆が黙々と歩きます。そして玉体杉にまで来た時、ここで撮影許可が。
大津市坂本にある延暦寺慈眼堂慈眼大師・天海大僧正の廟所です織田信長の比叡山焼き討ち後、延暦寺の復興に尽力し徳川家康・秀忠・家光の三代の将軍に仕え日光東照宮、輪王寺や上野の東叡山寛永寺などを創建しています日光の輪王寺・大猷院や上野寛永寺にも廟所があります慈眼堂の門前から見える琵琶湖です中は拝観することはできませんでしたが、境内には、慈眼大師・天海大僧正の供養塔がありましたほかにも、江戸時代以降の歴代天台座主(天台宗の総本山・比叡山延暦寺の貫主であり、天台宗
今年の年賀状は、滋賀県の滋賀院門跡の名勝庭園の写真を使いました。なのに、友人たちの一部には、「京都を好きなので、よほどのことがない限り、ずっと京都に住んでいると思います」と書きました。京都の庭園の写真を使えると良かったのですが、滋賀院門跡の庭園の写真のほうが、庭園が綺麗に写っていたのです。ちょうどサツキも満開でした。京都の智積院の名勝庭園の写真と迷ったのですが。昨年は、京都の清凉寺の写真を使いました。好評だったようで、今年は、年賀状のやりとりだけの方々からも、
京都の北白川にあった法勝寺を、天海大僧正が1615年。江戸時代初期に現在地に移し、のち後水尾上皇から滋賀院の号を賜わりました。江戸時代末まで天台座主(ざす)となった皇族代々の居所であったため高い格式を誇り、滋賀院門跡と呼ばれます。坂本の町には、穴太積みの石垣が見事な里坊が数多く残っていますが、中でも滋賀院門跡はひときわ背の高い石垣と白壁に囲まれて、延暦寺の本坊らしい堂々とした外構えを見せています。約2万平方メートルという広大な境内は、内仏殿・宸殿・書院・庫裏・土蔵などが立ち並ぶ。書院
2日目がはじまった。見事な「日の出」を堪能して、まだまだ時間があるので、車内を帰宅準備にかかり、全て片付けた。昨日買っていたパンにハムを挟んで朝食!。ナビをセットして8時に出発。この時でもかなりの「車中泊」の車が止っていた。今日も良い天気だ。ゆっくりと旅をしよう!出発して最初に寄ったのは、「浮御堂」である。初めて見たが結構イケてるその姿は、感動ものだった。靴を脱ぎ「浮御堂」の先端まで行き、今日の「安心安全」を祈願した。----------------------------------
坂本散策もいよいよ最終稿となりました。滋賀院門跡、天台宗務庁を経由し慈眼堂に抜けます。滋賀院門跡の山門前から入ります。滋賀院門跡の唐門(勅使門)。滋賀院門跡は家康の知恵袋と言われた天台座主天海の住居跡です。天海以降、江戸時代を通じて天台座主の住居となりました。今回は参拝しませんでしたので、ご興味あれば今年の春の記事をご覧ください。『御朱印醫王殿滋賀院門跡』御朱印醫王殿滋賀院門跡散華と天海大僧正ご遺訓光秀大博覧会が3月末まで延長さ
先日(と言っても5月のゴールデンウイークです)に、新緑の青もみじを求めて、坂本をプラプラ散歩していました。雨の後でしたので、滋賀院門跡の石積みの苔は、きっと綺麗かも?と思いつつ、慈眼堂から滋賀院門跡へ。ちょうど、このあたりをパチリパチリとしていたら、音が聞こえてきました・・・よく聴くと、私の好きな声明の様な感じです!音のする方へ行くと、まさしく!叡山学院の窓から、聞こえてくるではありませんかっ!多分声明の練習でしょうか、合間に指
【坂本】考古学者といく石積の宗教都市、日吉大社・本殿床下の隠れ部屋を特別参拝-神と仏の集合の地、滋賀院門跡を拝見、50の里坊が連なるもう一つの延暦寺へ-JR坂本から京阪「坂本比叡山口」まで坂道を登っていくと結構遠い。駅に乗換案内表示がないわけです。途中で、お庭をみながら草餅を食べてエネルギー補給。比叡・三九良(坂本比叡山口/和菓子)★★★☆☆3.31■予算(昼):~¥999tabelog.com駅舎のデザインは日吉神社と比叡山をデザインした駅舎らしい。駅前にはお茶畑
滋賀県大津市坂本の滋賀院門跡に行ってきました。2月に一度、外から見ています。坂本名物の石垣は今回はうっかり見忘れましたが、前回はじっくり見て写真を撮りました。2月には梅がとても綺麗でした。今回は緑が繁って、梅の木の形はわかりませんでした。玄関のとても木の形の美しかった梅の木は緑に覆われ、よく見たら可愛い梅の実がなっていました。2月に来ておいて良かったです。美しい凝った枝ぶりの梅の木でしたから!そして、今回は予定が大幅に遅れてサツキの季節の来訪。玄関庭にはサツキの美しい
滋賀院門跡滋賀県大津市坂本4-6-1本尊:薬師如来元和元年(1615)天海大僧正が後陽成上皇より京都の法勝寺を賜り移築され、明暦元年(1655)後水尾上皇より滋賀院の号を賜った。明治11年火災で全焼し、現建築は明治13年に延暦寺の山上にあった建物を移築再建。■勅使門■庫裏■庫裏内■不滅の法灯実物ですよじ・つ・ぶ・つ本物って思うだけでありがたい気がする、ミーハーな自分がいます。さすがに火をともしっぱなしは危ないので、夜は消してるそうです。不滅じゃない法灯(笑
御朱印醫王殿滋賀院門跡散華と天海大僧正ご遺訓光秀大博覧会が3月末まで延長されました。滋賀院門跡でいただいたパンフレットです。参拝時の記事は下記リンクを参照願います。『穴太衆積みの石垣残る坂本の早春風景』3月9日(火)久しぶりに坂本に出かけました。麒麟がくるの放送があった頃に西教寺を訪れて以来です。その時に購入したチケットで滋賀院門跡の拝観も可能なので今回は…ameblo.jp滋賀院門跡の穴太衆積みの石垣光秀博覧
3月9日(火)久しぶりに坂本に出かけました。麒麟がくるの放送があった頃に西教寺を訪れて以来です。その時に購入したチケットで滋賀院門跡の拝観も可能なので今回は訪問しました。滋賀院門跡まえの穴太衆積みの石垣の道。左手の黒い格子が勅使門。右手が天台宗務庁左手が叡山学院。穴太衆積みの石垣に漆喰の壁。藪椿が落ちていればなお良いのですが。石垣に白梅。石垣に紅梅。叡山学院でひときわ目立つ黄色い花を見つけました。黄色山茱萸、紅寒緋桜常緑樹には樒。
3月9日坂本の滋賀院門跡を訪れました。叡山学院で黄色が鮮やかな山茱萸(サンシュユ)の傍らに寒緋桜(カンヒサクラ)が蕾を膨らませていました。さらに株元にはクリーム色の樒(シキミ)の花も咲き始めました。叡山学院前の山茱萸と寒緋桜。2021-3-9坂本にて本日の記事更新1.2021年前半のドクターイエロー『2021年3月前半のドクターイエロー』ドクターイエロー3月1日、2日、5日、6日の記録です。一部重複しますがよろしければご覧ください。ドクターイエローこ
明智光秀の生涯をえがいた大河ドラマ「麒麟がくる」の最終回ご覧になった人はいますか?光秀は生きていましたね最後に馬に乗って走り抜ける様は「天海説」を想像させるではないか!?※天海は、徳川家康の側近ですNHKの大河ドラマでこういうことを想像するような結末をえがいてくれるんだね~松潤が「徳川家康」役に決まった大河ドラマも楽しみ楽しみ!そうしたら天海役は誰だろう?長谷川博己!?「明智光秀」と「天海」のファンの私にとっては明智光秀が天海であっ