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昨日はFitnessで汗を流した後、表題の企画展に行って来ました。さすがNHKの横にあるだけあってこの企画展は大河ドラマに出てきた「炎立つ」「太平記」「義経」の登場人物が多く展示されていました。本題に入りますが壺井八幡宮は清和源氏の源頼信・頼義・義家ら河内源氏三代を祀られており、源氏の原点になるお土地柄で、馴染みのある名前で言うと、鎌倉幕府初代将軍の頼朝、その弟の義経、そして北条家(平家)の乗っ取られた鎌倉幕府を倒した室町幕府初代将軍の足利尊氏などの一族の発祥の地です。徳川家康
今日は真冬のゴルフ!現場は「宮城のカントリークラブ」!お昼は「冬の鍋バイキング」!もつ鍋を鶏出汁で・・・よいアイディアですね~大変美味しく頂きました。反省会は「文化横丁」「八仙」さん・・町中華ですね~!大変美味しく頂きました。〆は「源氏」さん!お酒とお通しを愉しむ感じですね~!四杯目のお通しおでんには辿り着けず・・・大変美味しく頂きました。
血縁関係,敵味方の関係が複雑ですが,ストーリーを振り返ってみました。百姓夫婦の家で源氏の葵御前をかくまっています。葵御前は後の木曽義仲となる胎児を身ごもっています。かくまっていることを,百姓夫婦が子供として育てていた小万の夫,軍内が平家に密告します。平家からは実盛(さねもり)と瀬尾(せのお)が使わされます。最初は敵と思われていた実盛は見方をします。瀬尾は一旦帰ったそぶりをしながら,陰に隠れて家の中の出来事を見ていました。葵御前の子供が男だったら源氏の血筋を絶つため殺すと言います。一方,小万
【国旗制定記念日】明治3年(1870年)旧暦1月27日(新暦は2月27日)、明治政府が日の丸🇯🇵を国旗とする太政官布告商船規則により、国旗のデザインと規格を示したことに由来すると言われています。しかし時代を遡れば、源平合戦に由来すると言われています。源平合戦で平家は『赤地に金の丸の旗』、源氏は『白地に赤丸の旗』で戦ったとされています。栄華を誇っていた平家一門でしたが、壇ノ浦で平家が滅亡すると、源氏による武家政権が誕生しました。将軍は代々源氏の末裔を名乗り、『白地に赤丸の日の丸🇯🇵』を掲
さて、この本から。先日の「『姓』について」のブログに引き続き、日本人の「名字」の歴史について。名字の歴史学(講談社学術文庫)Amazon(アマゾン)和銅3年(710)、都が、平城京に移され、奈良時代が、始まります。律令制度が、社会の根幹になっている訳で、6年ごとに口分田を班給するために、全国で、戸籍が作られたものと思われます。その一部が、今も、残っている。この戸籍を見ると、男女、全ての人が、「氏名」を名乗っていたことが分かる。つまり、当時、日本に居た人の全てが、
4月に就職した娘が先日帰ってきました毎日、一生懸命頑張ってるみたいです久しぶりに帰ってきた時に初給料で私とパパとこにたん、3人に食事をご馳走してくれました私たちも感動しましたけど、お店の人も感動してましたずーっと通ってる源氏ですhttps://www.genji-1994.comGenji(ゲンジ・源氏)|ワインが豊富な和洋中の創作料理ゲンジ(源氏)は、旬の素材を使った和洋中の創作で感動ある手作り本格料理のこだわりレストランです。ワインの種類も豊富で個室もあります。www.genji
毎年恒例、年2回参拝するうちの冬分、鎌倉・鶴岡八幡宮の参拝と、源頼朝のお墓参りへ行ってきたよ(^-^)♪鶴岡八幡宮、源頼朝のお墓は、俺のメインの参拝所(@_@)☆鶴岡八幡宮♪舞殿♪心を込めてお参り。。。(U_U)移動して☆白旗神社♪何かと勝負で勝てますように(U_U)心を込めて☆源頼朝のお墓参り♪心を込めてお参り(U_U)こんな感じでした(^_^)/☆
以前あっつい中、歴史スポット好きな私が源希義の墓があるらしいと知り自転車で訪れて見つからなかった源氏の墓を12/27再度探しに来ましたミスしたところはわかっております⭐︎山に入ったら右へ行く⭐︎これです。前回、左に行き延々と昔からある古い古い墓の中をさまよいました。はい、山に到着、右へいきます!右手には木にピンクのテープがあり、、もしや〈こっちが源氏ですよ〉の印でしょうか。道が細く倒木もあり、やや心細くなりながら前進、、すぐに、何かの小屋?そして標
塩原温泉郷の奥座敷、上塩原にひっそりと佇む宿「和楽遊苑」。まるで時間がゆっくり流れているかのような、のどかな山里にあります。6月初旬から7月中旬にかけては、蛍が舞い、幻想的な光景が広がります。この地は「源平和合の里」とも呼ばれ、かつて源氏と平家の落人が争いを忘れ、共に暮らしたという伝説が残る場所。そんな物語に思いを馳せながら、宿のご主人と温泉談義に花が咲きました。案内された内風呂は男女別で、湯船の一部にはジャグジーも。自家源泉から湧き出る湯は「しわけしの
さて、再び三宮へと戻ってきました。時刻は17時少し前。そういえば、大昔はいつも初詣に行ってた生田神社。御朱印をまだ頂いてなかったかも?今なら間に合うかも!?と向かってみる事にしました生田神社https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE改めてちゃんと調べると、創建が201年。1800年の歴史あるお社だったらしい。(知らなかった……)閉門前になんとか到着し、御朱印も無事ゲットすると、⬅️生田の森
こんばんは。安徳天皇様が「踊りたくなるぅ♪」「やった~、やった~!」と言われています♡聞いて、可愛い♡と今は思いますが、数年前の私がまだ安徳天皇様と縁があるのを知らない時に、部屋の上から男の人が犬と一緒に走る音が聞こえて寝ていたので、起きたら「やったー、やったー」「またやろうね!」と犬に言っている声が聞こえてきて、怖いから私の愛犬と犬と一緒に泊まれるホテルとか、旅館に連泊して逃げていた時があって…今思えば安徳天皇様だったんだ…と💧その時は、平清盛さんの南都の
歴史的な出来事!800余年の時を超えて、源氏と平家が正式に和解❗️源頼朝、平清盛らが登場しています。感動…✨素晴らしい。びっくりします。現代(2023年)に、まさかこんな事が起きていたなんて…!しかも2025年11月現在も、まだ進行中なんです。(霊感を持つ人には視えます)仲介者となったのは、現代人→祇器社の菊水千鳳さんらのメンバー、彼を支えるメンバー、その他祈りに参加してくれた人たちと、歴史上の人物の平清盛の孫、安徳天皇です。
10月23日の歴史源義家が武士としては初めて昇殿を許可される源義家(八幡太郎義家)後三年の役から10年後正四位下に昇進し10月23日には院昇殿を許された武士として初この10年間色々とあったみたいですがこの昇殿は結果は後三年合戦(内紛)をおさめたからやねんけど10年は長いですね義家60歳になってしまってます院昇殿を許されましたが役職=前陸奥守ままで昇進することはなかったそうです奥州での戦い義家の孫の孫である義経は奥州に援助されてる頼朝は欧州を攻め
推し武将の命日(旧暦)なので『時秋物語』のことを書くいつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!推し武将とは、源義光という人で、武田信玄の祖先にあたります。源頼朝の高祖父(ひいひいおじいさん)にあたる義家の弟です。1045年に生まれ、1127年旧暦10月20日、新暦11月25日に亡くなりました。清和天皇→貞純親王→経基王(経基)→満仲→頼信→頼
こんにちは。私は気づきました。横浜に住んでいた時から色々あり何かが変だった。霊界の黒い揚羽蝶に追いかけられたり、黒い大きな蜘蛛が毎晩、部屋の隅を動いて近づいてきたり…。それは「平家一門」今は源氏と平家は仲直りをしたので平時子さんも平徳子さんも平清盛さんの息子さん達の七盛塚の方々も一門の子供達も、もう阿波内侍と常盤御前にネガティブな感情は持っていない事を信じています。常盤御前は源氏の源義経さんの母親。阿波内侍は「天皇を民に民を天皇に」と言われた崇徳天皇のお妃。横浜
以前、滋賀の義仲寺や長野の木曽を巡る記事をご覧になった方はお分かりかも知れませんが、木曽義仲公とはご縁があるような気がしているんですよね。※詳しくは割愛します先日のこと、母と秩父へ向かう途中。今回は下道を行きたくて初めての道を通っているうちに発見したこちらの神社。木曽義仲公・幼名「駒王丸」生誕の地。駒王丸が二歳のとき、この地で父は殺されてしまう。通りからチョイと横に入ったトコにあります。
源頼朝久安3年4月8日グレゴリオ暦換算1147年5月9日年丁卯月乙巳日辛丑時◯◯←戊子、己丑、庚寅、辛卯、壬辰、癸巳、甲午、乙未、丙申、丁酉、戊戌、己亥、庚子のどれか4甲辰、14癸卯、24壬寅、34辛丑、44庚子、54己亥64戊戌、74丁酉・辛、丑、庚が良く、辰、子が悪そう・年運でみると、乙卯、丁巳、戊午が悪そう・効用を考えると、時柱は丙申、丁酉あたりか大運年運出来事◯◯丁卯1147年誕生甲辰乙卯1159年平治の乱で父親の義朝敗北癸卯庚辰1160年平
推し武将の話『英雄の弟ーぼくが一番ほしかったもの』いつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!質問があったので、原稿の記事をあげます。宜しくお願い致します。『(再掲)『英雄の弟-ぼくが1番欲しかったもの』源義光の話』(再掲)『英雄の弟-ぼくが1番欲しかったもの』源義光の話いつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がた…ameblo
こんばんは。今日も東京は暑あつです~💦最近、鎌倉にある源実朝さんのお寺寿福寺(源氏の棟梁源義朝さんの元邸宅)と徳川家康公側室のお勝のお寺英勝寺が隣だった事を思い出していたら部屋の時計に男の人の顔が視えてきました(;゚ロ゚)もしやと思って源実朝さんを検索して顔を確認したらそっくりでした…。繋がったのだと思いました。実朝さんのお祖父様の義朝さんは河内源氏で38才で亡くなられていますが、子供は多かった様です。常盤さんも3人産んでいます。他に武田家と徳川家も河内源氏
皆様おはようございます。先日車検でした。今までディーラーでしか車検をしたことが無かったのですが、今回はいつも給油しているコスモガソリンスタンドでキャンペーン中。勧められて時間があったので見積もりをお願いしました。ただ、ディーラーと異なり不安があったのでこの後オートバックスでも見積もりをとりました。点検内容はほぼ同じでほとんど差がなかったのですが、【アプリをご利用のお客様へ】「コミッと車検6周年キャンペーン開催!もれなくPayPayポイント3,000ポイントがもらえる
1973年オイルショックの際、トイレットペーパーが不足するというデマが流れ日本全国で買い占め騒動が起こった。その後トイレットペーパーが無くなるということはデマだったと何度も報道されたのだが、1990年に湾岸戦争が起こった時にまたトイレットペーパーとティッシュペーパーが店から消える事態が起きた。あれほどデマと度々報道され認識されたはずなのにまたパニックが再び起こってしまった。1度広まった国民的デマを消しさることは相当難しいことなのだろう。日本史で豊臣秀吉は出自が低く、氏が無いため清和源氏だけが任
2025年9月12日。西村慎太郎です。前回で昼曽根村(浪江町昼曽根)で近世に検断を務めていた佐々木家文書「給人身分部屋住之もの共手疵を為負、無調法之次第」については翻刻を終えました。さて、そもそも佐々木家とはどのような家で、昼曽根村に居住することとなったかについて、御所蔵の大正4年(1915)10月「系図」から見てみたいと思います。なお、「山中郷給人系図」には明暦4年(1658)に知行高4石が宛行われた佐々木喜兵衛までを見てみたいと思います。「山中郷給人系図」は以下をご覧ください。
宇宙と地球と人の架け橋すべてのご縁つなぎ人💗巫和(みわ)です(*´▽`*)自己紹介ブログ💫伝えていきたいこと凄いなぁ😍なっちゃんが斎名智子アワーにでてる~❤️話されてる内容やその時内側からでてきた想いやことば素晴らしかったなぁ👏👏👏👏👏沢山響きました💗(*´▽`*)二人とも可愛いですねぇ💗檀ノ浦だし遠いしみれないと思っていたのですよそしたらYouTubeにもう3週間前にあがったていたもののようでしたが…9/7にポ~ンってあがってき
日本料理源氏DEランチしました🎵いつもいっぱいでなかなか入れない中この日はラッキー🍀久しぶりに何を食べようかな🎵って何でも美味しいけどメニューを見るとここの定番が食べたくなります温かいお茶が嬉しいです🎵おてふきには『源』グループ荻窪では『すし屋の源』や『オリーブ畑の仲間たち』のグループ店になるようです。日本料理店で夜は割烹料理店とお高いのでランチは値上がりしたとはいえまだまだリーズナブル🦆定番特選海鮮ちらし1300円だしの効いたお味噌汁ワカメ
こんばんは。今日は江の島神社に行ってきました。以前から行ってみたかった江の島神社。でも・・・行けなかったんですよ。だって、鎌倉、江の島ってガチで源氏じゃないですか。平家の私にとって、敵陣に乗り込むようなもの。私は憧れ神社でしたが、向こうからしたら、敵が来た!と思われるかもしれない。じゃあどうして行ったかというと2024年下半期のお客様のご祈祷の為。実は違う神社でご祈祷予定だったお客様。私、それをすっかり忘れてしまっていて。←ダメじゃんその神社は行ける距離だったので
「あつまれ源氏の武将たち」のような圧巻の絵を知るいつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!昨日購入した戦利品とも言える本にはあまり知らない絵も出ていました。「あつまれ動物の森」ならぬ「あつまれ源氏の武将たち」あつ源?と言えるような絵です。玉蘭齋貞秀(歌川貞秀)が描いた錦絵『源家一黨大集圖(源家一党大集図)』です。名前(呼称)と
静岡県駿東郡清水町に御鎮座する、対面石八幡神社に、御挨拶させていただきました。柿田川湧水の近くの神社で、何度も、近くを通りかかっていますが、今回、初めての御挨拶となります。新鳥居の横に建つ鳥居(上部)は、旧東海道沿いにあった旧鳥居を、参道整備の際に“開運鳥居”として、こちらに移設したものです。元々、一ノ鳥居は、この位置ではなかった筈ですが、今は、ここが一ノ鳥居であり、その向こう側が神域となります。一の鳥居をくぐると、すぐに、
レジに並ぶ長蛇の列の最中に奇跡が起きるいつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!本日のこと、家族から頼まれて、まっぷるの温泉ガイドを購入することになりました。レジの前には長蛇の列ができており、その最後尾に並んでいたのですが、いきなり、温泉ガイドの発行日が気になりました。たしか、改訂版が8月に出るという情報を目にした記憶があったから
木曽に遊びに来たら、絶対に食べたいのは、木曽の蕎麦!と言っても、雑誌に載るような、蕎麦ツウが行くような、そんな粋なところじゃなくていい。地元ならではの、肩肘はらないほっこりした雰囲気の中で、木曽ならではの挽きぐるみのお蕎麦が食べたい。そんな我が家が、必ずお昼に行くお蕎麦屋さんが旗挙そば源氏相方が車を下に停めに行ってる間に、私が先に席を取ろうと思ってたら、男の子が後ろからタター!と走ってきて「お父さん、早く!」とジェスチャー。そう…源氏さんは、すごい並ぶので、順番待ち
◆同僚「けんじ」を連れて「棗(なつめ)」をリピート。前回スルーした「冷やし味噌まぜそば」を大盛+「ライス」で注文しました。丼着。刻みネギ、刻みニラ、刻み海苔、刻みニンニク、肉味噌、卵黄。水で〆られたビロビロ縮れ平麺。えへー♪◆混ぜるとこうなります、美味しい飲み物!〆にライスでごちそうさま。味噌ラー好きのけんじは初訪問でしたが、気に入った様でした。◆職場で珍しく、宴が開催されました。課の4人で「源氏」にて。しゃぶしゃぶコース