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ニューハートで手術をしてもらってから、2カ月あまりは気力がなく、手術以前の自分に戻れるのだろうかと気弱になっていましたが、無事術後6カ月を迎えられました。渡邊剛先生、チームワタナベのみなさまをはじめ、かかりつけ医の先生、歯科医の先生、いろいろサポートしてくださった職場の方、役所の方、社労士さん、再入院からお世話になりっぱなしの日赤のドクター・スタッフの方、数えきれない方々に感謝しています。母や家族にも忘れてはいけませんね。何度も繰り返していて恐縮ですが、めまい、閃輝暗点、頭痛がある
前にも書きましたが、現在私は3つの病院から薬をもらっており、それぞれ薬をもらう時期が違っているので、管理が大変です。かかりつけの循環器内科にはできるだけ土曜日に行くようにしているのですが、コレステロールのお薬がもうすぐなくなるのと、紹介していただいた睡眠時無呼吸症候群の検査を受けたことを報告するために、週半ばではありますが、会社帰りに行きました。午後診開始時刻の17時にネット予約しましたが、病院に並んでいる方があるのですでに15番め。18時に会社を出て18時半に病院へ着くも、順番には全
夫はかれこれ10年以上前から急性膵炎を起こすようになり、慢性膵炎に移行しながら、急性憎悪を繰り返しては入院をするようになりました。20代の時仕事の接待で飲みすぎたためなのか……、膵臓は義母も悪いようなので体質なのか……。膵のう胞(IPMN)が見つかってからは、お酒も肉類もそして脂質の多い食べ物は一切口にしなくなって、急性膵炎が起こらないように自分なりにコントロールしていますが、それでも痛みがひどいと点滴治療が必要になって、年に最低1~2回、一番多いときで7回、1週間~10日間程度入院し
相変わらず小さいめまいはあるものの、一週間ほど閃輝暗点から解放されていたので、快調、快調と思っていたところ、体操教室で運動をしている途中で目がチカチカ、ギザギザの画像が出てきました。いつもは会社や自宅のデスクに座りPCの画面を見ているときに起こることが多いので、動いているときは初めてです。ストレッチや簡単な筋トレのメニューの途中だったので、軽く眼をつぶりながらそのまま続けました。今回は最初からギザギザが小さく、視野の欠けがあまり大きくなっていかなかったので、そう長くはなさそうでした。5
せっかくの連休なので、少しステップアップしたハイキングにチャレンジしたいと考えていたのですが、体調は依然いまいち、それにニュースは熱中症予防を繰り返していました。やっぱり市内徘徊?!が続きます。お仲間の一人が付き合ってくれました。こんな時に、軽いトレーニングにうってつけの御室八十八か所めぐりにやってきました。仁和寺の裏山・成就山の約3キロの山道に、お堂がしつらえてあり、四国八十八ヶ所のミニチュアである札所を約2時間の行程で巡ることができ、これを成就すればご利益を得ることができると言われ
京都での緊急入院の時とてもお世話になった学生時代の友人と夏の間ご無沙汰してしまったので、2カ月ぶりくらいでお茶しました。西陣に昔からあるレトロな喫茶店です。薬を飲まなければならないので朝食も軽く食べたのに、ボリューミーなホットケーキを注文してしまいました。もちろん息子には内緒です。彼女も私よりも1年前に消化器系の手術をしたので、患者仲間。こんなに健康や病気や身体にいい食についての話をする日が来ようとは、40年前は思ってもみませんでした。文学と映画を語る夢見る文科系女子だったからなあ
ネットで雑誌「ウェッジ」に掲載されていた渡邊剛先生の新しいインタビュー記事を拝見しました。医師が持つべき資質について、「体力、忍耐、協調性など多様な能力が求められる中で、私が最も重視しているのは〝優しさ〟だ」と先生は言われていました。「医師は、家族でも知人でもない〝他人〟を治す仕事である。困っている人を目の前にし、たとえ一瞬でも〝助けたい〟と思えないなら、その職に就くべきではない」と、シンプルで揺るぎない言葉を継いでおられます。一方別の著書で、人柄が良くて技術のない
自分が日赤に3カ月ぶりに入院したものだから、6月の入院時に仲良くなった病院仲間さんが、どうされてるかなと気になり、連絡しました。機械音痴な私たちは〝友だち〟への招待の仕方がわからなくて最初ショートメールでやりとりしていましたが、彼女のご家族の協力で8月にLINEが無事開通しました。彼女も退院後、日赤の定期通院をされていますが、あらー奇遇。2日前の診察で放射線治療をすすめられ、今日は専門の別の病院受診の日だったようです。入院中もその可能性があることを言っておられましたが、やっぱり放射線治
病室に着くなり着替えとおにぎりとサンドイッチの夕食を済ませました。看護師さん二人が17時ごろワゴンにいろんなツールを入れてこられました。3月自宅で自分でやった睡眠時無呼吸の簡易検査の記憶で、心電図の24時間ホルダーをつけるくらいの簡単なイメージでしたが、甘い甘い。心電図ホルダーや血中酸素濃度を測るパルスオキシメーターの装着はもちろん、鼻には細い管が入り、あごや頭や顔にいろんなセンサーがとれないようにガッチリ貼りつけられていきました。二人がかりで30~40分以上しっかりかかりまし
睡眠時無呼吸症候群の検査の日がやってきました。今年3回目の入院とばかり思っていましたら、ニューハートの手術の前に一泊で心臓カテーテル検査をしていましたので、なんと4回目でした。入退院を繰り返すってこんなことなのですね~。年末までは、もうないですよ!?今回は夕方16時からの入院だし、近所だし、前日まで何も準備もしていませんでした。一泊二日でシャワーもありませんので、業者さんのレンタル品は借りません。ということは、コップもいるんだっけ、タオルもいるんだっけ、お箸も水筒も……と思い
社労士さんから連絡があり、障害年金3級がもらえることになったとのことでした。最初の相談は5月にしていますが、かかりつけ医の先生とニューハートの先生からの意見書をもらって、年金事務所には6月の下旬に申請してもらいましたので、それから約2カ月半かかりました。ほどなく、役所から正式書類も自宅に届きました。第1回の支給は10/15だそうです。社労士さんからの説明を勘違いして受け取っていたのか、1カ月の支給金額が思っていたより大分安かった(お話を聞く前に自分なりに想定していた金額なので妥当
初めて障害者手帳割引で映画鑑賞をさせてもらいました。その日はもともと東宝系映画館の割引デーで一般の方もシニアと同じ1300円でしたが、さらにお安く1000円で見せてもらえます。いまさらですが、映画料金が大人の2000円から、大学生、高校生、小学生・中学生、シニア、障がい者など、細かく別れていることに気がつきました。それぞれの立場で負担し支えあうことが許容される社会になってきたのですね。昔から欧米のオペラやクラシックコンサートがそうなっていると、聞いていました。一方で、格差社会が進んでき
仕事をしていると大き目の閃輝暗点があり、パソコンの視野がかけるので、会社のデスクに座ってはいるものの2~3時間仕事にならないことが、先週は3回ほど続きました。閃輝暗点自体は30分から1時間くらい。その後後頭部や前頭葉につっぱるような頭痛がきます。このような症状があることについては、脳神経内科の先生には何回もお伝えしており、そのたびに脳の深刻な病気ではないと言ってもらっておりますので、最近は不定愁訴なんかなと思うようになりました。30代、40代、50代、婦人科系や神経系の不定愁訴に悩
お休みありがとうございました。また、しばらくお付き合いください。今年の夏は、遠出を諦めましたので、京都(市内)で納涼登山を目指しています。先週「法」の山でも涼しかったので、さぞかし涼しかろうと、源義経が幼少時代を過ごしたといわれる山間の森、鞍馬に4年ぶりにやってきました〜。大正解です。同じ考えの方たちなんでしょう、いつもはひっそりしている木の根道のハイキングコースはわりと賑わってました。今回は標高差が400メートル近くあって、ほとんど鞍馬寺の整備された参道でかせげるのですが、登りで
リアルタイムは2025年9月12日です。今日は仕事を早退して夕方から、日赤に入院。一泊でかねてから予約していた睡眠時無呼吸症候群の検査をします。あら~。一過性黒内障の入院から、ちょうど3カ月でした。明日の投稿はお休みします。仕込みが間に合っておりませんので、ついでに2~3日お休みさせてくださいね(*'ω'*)今後ともよろしくお願いいたします。
ズボラで、パーマも毛染めもしない私は、美容院には年に3回くらいしか行きません。毎年行く月が決まっているわけではなく、髪が肩についてクルンとはねて邪魔になったら、カットしてもらいます。前回は、ニューハート入院の前の2月に行きましたので、ちょっと伸びすぎ……。10年以上お世話になっている美容師さんには、家族のこと、山行きのこと、近所の噂話など、あけっぴろげにいろいろお話を聞いてもらえ、いわゆる床屋談義も楽しみの一つです。おそらく15歳くらいお若いイケオジなのですが、とてもこなれた方でどんな
脳神経内科のドクターの指示で、採血はワーファリンの効きだけを見る日と、全体の詳しいデータをとる日が交代交代でやってきます。前者は注射1本、後者は3本の血液を採取します。本日は3本の日でしたが、珍しい男性の技師さんに上手に採っていただきました。無事ワーファリンの効きを表す値が回復しましたので、このまま1日3.5錠でいきます。中性脂肪やコレステロールの値などもきちんと薬で抑えられているようでした。「最近はどうですか?」と訊いてくださるので、いつものようにめまいと閃輝暗点の不安を訴
いつの間にか、大動脈弁狭窄症の手術から5カ月が経っていました。ニューハートワタナベ国際病院での高揚した入院の日々が遠くなっていくのが寂しく感じられます。時々、手術をしていなかったら今の私はどうなんだろうと考えます。毎日脳梗塞の心配はしてなかったかもしれませんが、弁膜症の自覚症状がもっと出てきていたでしょうか。あるいは、運よくそれほど手術前とかわらず過ごせていたのかも……。私の歳ではTAVIはではできないという仰天から、あれよあれよと決めてしまった手術でしたし、その後の合併症について
先日の記憶障害とは関係ありませんが、今年はすでに2つの病院で計1カ月近くを過ごし、家での療養生活も長かったので、会社員としては育休以来のイレギュラーな年となっています。術後の不眠が戻って、もとの一日5~6時間睡眠ができるようになるまでには、約3カ月かかりました。今は12時前後就寝のほとんど前の生活パターンに戻っていますが、大きく違っているのは寝起きです。起きてすぐは、今自分がどういう状況にあるのかと毎日混乱します。何曜日なのか、起きるべき時間に起きられているのか、今日は何
毎週月曜日は、いつもどっこいしょという気分で始まり、週末まで何とかがんばれますようにと祈るような気持ちです。前日、気持ちよくウォーキングに行けてリフレッシュしましたが、また目が赤くなってきました。先週に比べたら随分状態は改善しているのですが、白目がぶよぶよゴロゴロすっきりしません。目薬ももうなくなることだし、今日も、仕事帰りに眼科へ行くことにしました。空いています。受付から10分もしないうちに、診察に呼ばれました。「まだ、治らない?確かにまだ眼の下のほうは赤いし、ぶよぶ
夏休みの青山リゾートへの旅行の帰りに体調が悪くなったので、週末はまた標高差100メートルのウォーキングに逆戻りです(/ω\)今回はお仲間と下賀茂神社の茶房さるやに黒糖白玉かき氷を食べに行くという大目的があり、その前に酷暑の日に無理のない散歩を企画しました。市内でと考えると、どうしても京都一周トレイルのコースが絡んできますね。おもんないと避けてたくせに……。今年の五山送り火も、自宅マンションの屋上からきれいに見られました。7月に左大文字に行ったので、そうだ「法」の山に行ってみようとひ
人の心が読みにくい息子です。母が大病したとて、自分の生活が困るなあくらいなもんでした。春の入院は、祖母が来て助けてくれたのでぜんぜんOK。6月の入院は急だったし、東京にいる夫も最初はかけつけられなかったので、さすがに応えたようでした。そして、8月の記憶障害を目の当たりし、このままでは母も自分もやばいと思ったようでした。突然健康に目を向け、ネットで仕入れた情報でトランス脂肪酸がどうの、脂質がどうのと言い出しました。私も渡邊剛先生の「善玉血液」のご本を読んだばかりなので、少しは
職場の古希の先輩が退職されました。お年は少し上になりますし、職種も違いますが、二人とも途中入社で、入社時期が近かった(私が一年遅れ)ので、入りたてのころ特にお世話になりました。会社はこれまで60歳定年で再雇用で5年務める人が大半でしたが、近年はその後アルバイトとして短い時間ですが70歳まで働く人も出てきました。今年の年賀状で、自分は今年で終わりだけど○○さんも70歳までがんばってね~というメッセージをもらいました。とんでもな~い!!心臓手術前の私はこの会社は65歳までで、その後
休み明けの月曜日は眼以外は快調だったのに、翌火曜日はまた不調でした。午後から頭痛がしてどんどんひどくなっていましたので、さっさと帰宅したかったのですが、体操教室の日でした。先週は体操教室もお盆休みだったので、これ以上間をあけたくありません。誕生月の体操教室は、特典として10分間の希望のメニューのマンツーマン指導がプレゼントしてもらえます。今日はその約束の日でもありました。いつもの55分間の体操の前に、10分間別の体操が加わるので、一番ラクそうなストレッチのメニューを希望しました
九州へ帰る母を京都駅に見送ったあと、夏休みの最後の日はまったくのフリーデーでした。友達とお茶でもしたいな~と思っていたのに、今度は眼の調子が悪くて目が真っ赤でした。これでは出かけられないなぁ。火曜日の日赤の眼科受診から帰ってきてから、なんか眼がゴロゴロ結膜炎のような症状があって、家にある抗菌目薬をさしていました。1~2年に1回くらいなる結膜炎だったら、この目薬を2~3日さすとほとんどひいてきます。今回はぜんぜん症状が改善しません。何か悪いもんもらってきたんかなあ???気に
今年はホントに「休み明け」が多い年となりました(゚Д゚)゜。そのたびに憂鬱になり、このまま仕事を辞めてしまえれば楽だろうなあと考えてしまいます。でも、アレだぞ~。仕事を辞めるとなれば、30年間の引継ぎや片づけ、挨拶をしなければならないんだから、そのほうがよっぽど大変だぞ~。そう思って気を取り直すことも繰り返しています。お盆明けは忙しいことがわかっており、出社すると机に仕事がいろいろ積み上がっていましたので、とりあえず順に山をくずしていくことに集中していたら一日がすぐに終わりました
前週の土曜日に緊急外来も受診したので、夏休み3回目の日赤です。もはや庭か別宅のように感じられてきました(;∀;)。とにかく先日の記憶障害について、担当の先生とお話しなければと思いました。「先日来られたそうですね。その後いかがですか?」記憶障害はあの時だけでしたが、その後暑い中歩いているとぼーっと考えられなくなってきて、やばいなーという感じがします。めまいや閃輝暗点が一日に1回は起こりますし、そんなにひどくはないですが、後頭部や頭のてっぺんで頭痛がちょくちょくするようになり
前にも書きましたように、隠れ脳梗塞をしてから、母のように卒寿まで元気で生きられるという根拠なき自信はなくなりました。先日の記憶障害を体験してからは、なおさらのことです。私が生あるうちに気がかりなのは、母を見送って実家のあとかたづけをすること、発達に難がある息子の親なき後の道筋を作っておくこと、そして自分の死後のあと始末の準備をしておくこと。いわば終活です。これらはどれも是非しなければなりませんが、一筋縄でいかないことばかりなので、なかなか手がつけられません。その一環として、母も
6月20日の2回目の退院からは、通院でちょくちょく会社を早退させてもらっていましたが、とにかく病欠はできないと、夏休みまでを目標にしてました。もし、また入院するなら夏休みと……。現在の会社に入ってから30年近くなります。例年夏休みは8月中の土曜日から翌週の日曜日まで連続9日間を取らせてもらっています。振り返れば贅沢もの!子供が生まれてからは保育園や学童保育の休みに併せて、お盆をはさんで休むようになり、混んでるし、いろいろ高いですが、その後仕事上もそのころ休むのが都合よくなりました。昨今
「手帳入れができました」とお店から電話をもらったとき、記憶障害騒ぎで正直忘れていたので、えーっもうできたの?!って思っちゃいました。とっさにいつ取りに行けるか決められなかったので、そのうち伺いますねと返事をしていました。早々に作ってくださったのにごめんなさい(>_<)です。会社が始まると土日しか行けないから、早く行きたい。でも夏休み中で都合がいいのは翌日だけ。「えーっ、明日行くの?!」まだ一人でバスに乗って行かせるのは心配と、珍しく息子が着いてきてくれることになりました。今度の手