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渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年7月号に掲載された6月13日の公開に先立って6月2日に東京会館ローズルームで開かれた「シャタラー」の完成披露記者会見とパーティー、日劇東宝での試写会を紹介するグラビア記事です。この映画が1月31日に急逝された渡辺プロの渡辺晋社長にとって56本目の秘蔵っ子、吉川晃司さんを主演に配し、初の日伊合作で構想3年、世界配給を目指した記念すべき作品であると紹介されています。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年7月号の表紙は、つみきみほさんでした。撮影は加藤昌人さんです。この号のクローズアップコーナーでは5月24日に青山円形劇場で開催された、つみきみほさんのファースト・ライヴも紹介されています。園まりさんは7月17日に高松ホテルリッチ、23日にNHK「思い出のメロディー」、29日に箱根ホテルセザール、31日に浅草ビューホテルに出演されました。
ルポライター軍司貞則が92年に発表した「ナベプロ帝国の興亡」。その文庫本を神保町の古本屋で見つけて読んだ。渡辺プロダクションの繁栄のきっかけになったのは日劇のウェスタンカーニバルから。この本はそれ以前、渡辺晋が早大の学生時代に遡って書かれている。あわせて美佐夫人の出自から、渡辺晋に出会うまでの経過も。戦中、戦後の部分は知らないことが多い。一番興味深かったのは、戦後の事情。進駐軍が来てエンタメ需要が高まった。なんとなくは知っていたけど、この描写はまるで映像を見るよう
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年6月号の表紙は吉川晃司さんでした。この号には吉川晃司さんが出演されたイタリア映画「シャタラー」が6月13日にロードショー公開される事を紹介するグラビア記事も掲載されています。園まりさんは6月16日に横浜チャイナタウン、26日に三光町ハイツに出演されました。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年4月号に掲載された4月22日スタートの「大都会25時」に見習い刑事、本間悟に扮して湯江健幸さんが出演する事を紹介するグラビア記事です。2月下旬にクランクインして今、撮影の真っ最中の、この番組の3月上旬の渋谷、六本木ロケの模様をグラフ紹介していて小野寺昭さん、山下真司さん、石橋蓮司さんとの共演シーンの写真も載せられています。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年4月号に掲載された吉川晃司さん出演の話題作「シャタラー」がクランクアップして2ヶ月に及ぶイタリア長期ロケを終え3月12日に吉川晃司さんが帰国した事を伝えるグラビア記事と4月4日からスタートする吉川晃司さんのLIVEのリハーサルが3月中旬から始まった事を紹介するグラビア記事です。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年3月号に掲載された渡辺晋社長が1月31日、急性心不全で国立病院医療センターで永眠された事を2月20日に青山葬儀所で行われた本葬の時の写真と共に報告するグラビア記事です。本葬写真から司会はハナ肇さん、友人代表は盛田昭夫ソニー会長、葬儀委員長は五島昇日商会頭、音事協の弔辞は堀威夫理事長代行、タレント代表の弔辞は植木等さん、中曽根康弘首相、北島三郎さん、橋幸夫さん、沢田研二さん、布施明さんらが弔問された事が分かります。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年3月号に掲載されたテレビドラマ「桃尻娘」や映画「ボクの女に手を出すな」でキュートな魅力が注目を集めていた金子美香さんが4月21日に「TeenageBlue」(作詞山田博作曲鳥山あかね編曲かしぶち哲郎)でレコードデビューする事を紹介するグラビア記事です。
「最初はグー」の生みの親!志村けんが残した伝説のルーツと真相最初はグー志村けんというフレーズを聞いて、あの独特のリズムと手の動きが脳裏に浮かばない日本人はまずいないだろう。路地裏の公園で遊ぶ子どもたちから、居酒屋の会計を押し付け合うサラリーマンまで、今や誰もが無意識に口にする「じゃんけん」の掛け声。勝負の呼吸を完璧に揃えるこの魔法のフレーズは、ある一人の天才コメディアン2026-08-19T21:33:12+09:002026-08-19T21:33:12+09:00https:
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年3月号に掲載された一年振りのアルバムが発売される事を紹介するグラビア記事と6月13日に公開が決定した日伊合作映画「シャタラー」の第一報のグラビア記事です。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年3月号の表紙はABブラザーズ(中山秀征さん、松野大介さん)でした。撮影は中村佐登志さんです。この号には松野大介さんが2月5日に23歳の誕生日を迎えて銀座ケネディハウスでバースデーパーティーが開かれた事を紹介するグラビア記事が載せられています。園まりさんは3月14日に福山月世界、25日に清水マリンピアに出演されました。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年2月号に掲載された1月7日に東京プリンスホテルで開催された渡辺プログループ新年会を紹介するグラビア記事です。新年の挨拶をされる渡辺晋社長の写真の下に渡辺美樹さん、渡辺万由美さん、園まりさん、中尾ミエさん、石川ひとみさんによる鏡割りの写真、小柳ルミ子さんの写真が載せられています。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年1月号の特集として掲載された1986年12月3日にキャピトル東急ホテルで日商会頭の五島昇さんを発起人代表として開かれた「渡辺晋さんの藍綬褒賞受章を祝う会」を紹介するグラビア記事です。財界からは牛尾次朗さん、五島昇さん、盛田昭夫さん、塚本幸一さんなどが参加され政治評論家の竹村健一さんの顔も見え、芸能界からは三船敏郎さん、勝新太郎さん、谷啓さん、三木のり平さん、森繁久彌さん、水谷良重さん、ハナ肇さん、小柳ルミ子さんなどが参加さ
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年1月号に掲載された特集記事です。吉川晃司さん、河合その子さん、ABブラザーズ(中山秀征さん、松野大介さん)、湯江健幸さん、金山一彦さん、金子美香さん、つみきみほさん、新井田雅樹さんが取り上げられています。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1987年1月号の表紙は吉川晃司さんでした。撮影は中村佐登志さんです。レコーディング真っ最中のなか、六本木の雑踏からちょっと入った閑静な住宅街の一角で撮影された事がCONTENTSに載せられています。この号には同じ時に撮影された写真を使ったカラーの見開きグラビア記事も載せられています。園まりさんは1月1日から4日までOFFで7日は渡辺プロ新年会に参加されました。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年12月号に掲載された湯江健幸さんのファンインタビューです。「新春スターかくし芸大会」で「キネマの天地」というドラマに出演して西城秀樹さん、柏原芳恵さんと共演した事も話され最後に日本青年館での元旦コンサートの宣伝もされています。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年12月号の特集・話題の映画&ドラマコーナーに掲載された金山一彦さんが87年1月7日から10回連続で送るNHK水曜ドラマシリーズの最新作、寺内小春さん脚本の「イキのいい奴」に主演する事を紹介するグラビア記事です。昭和25年、東京の下町が舞台で金山さんは食料難で母親を失った19才の若者が一人前の鮨職人として成長してゆく姿を演じると紹介され、彼を厳しく鍛える「辰巳鮨」の親方に小林薫さん、和裁の仕立屋に若山富三郎さん、その妻に松尾
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年11月号に掲載された小柳ルミ子さんと梓みちよさんのステージを紹介するグラビア記事です。小柳ルミ子さんは10月4日から12日まで新宿シアターアプルで「シュガー・ゲイム3」の公演をされルミ子さんの歌って踊って芝居してのミュージカルボードビルに満員の観客も酔いしれていたと紹介されています。梓みちよさんは10月9日から13日まで赤坂・草月ホールで8回目を迎えた「梓みちよINPERSON」を公演されて本場アルゼンチンタンゴバ
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年12月号に掲載された87年秋、アメリカ・ヨーロッパ・日本同時公開のハード・ボイルド大作に吉川晃司さんが主演する事を伝えるグラビア記事です。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年11月号に掲載されたフジテレビの新番組「ひょうきん予備校」にビッグサーズディのメンバーの十日市秀悦さん、石塚英彦さん、恵俊彰さんが参加している事を紹介するグラビア記事と、10月25日、26日に渋谷109でビッグサーズディの公演が開催された事を紹介するグラビア記事です。「ひょうきん予備校」のグラビア記事には教務主任役の島田紳助さんをはじめ、古舘伊知郎さん、所ジョージさんの写真も載せられています。予備校生全員集合の写真には
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年11月号の表紙は金山一彦さんでした。撮影は中村佐登志さんです。園まりさんは11月28日に浅草ビューホテルに出演されました。裏表紙は吉川晃司さんのバリ島ロケの1987年のスペシャルカレンダーとバンダナの広告です。カレンダーといえば母が大ファンでオフィシャルファンクラブ「青山新・選組」に入会させてもらっているテイチクエンタテインメントの演歌歌手、青山新さんの来年のカレンダーが発売される事を期待しています。青山新
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年10月号に掲載された、8月から札幌、大阪など全国各地で開いてきたABブラザーズの中山秀征さんのレコードデビューイベントが9月20日の東京、新宿NSビルでピークを迎えた事を紹介するグラビア記事と9月に終了したABブラザーズが司会をしていた「夕食ニャンニャン」の最終日に中山秀征さんが「明日にONEWAY」を歌いまくった事を紹介するグラビア記事です。
ザ・タイガースin軽井沢毎年8月の第1週くらいに渡辺プロの恒例行事だったのが『真夏の夜の夢』と題した所属タレント総出演のイベントでした🎵1961年から始まったと聞きますが私はザ・タイガース全盛期の1968年から3回ほど毎年参加出来ました🎵ザ・タイガースを遠征で追いかけるには子供すぎたのですが夏休みなので親戚の家に行くついでにこのナベプロのイベントの方を目当てで軽井沢に足を運べました❣️ナベプロタレント総出演なのでワイルドワンズもね〜加瀬さんと揃いの
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年10月号の表紙は湯江健幸さんでした。撮影は加藤昌人さんです。裏表紙は吉川晃司さんのグッズの広告で1987年のカレンダーも紹介されています。園まりさんは10月8日に東京ヒルトンホテル、13日に熊本キャッスルホテル、15日と16日に札幌エンペラー、17日に旭川エーワン、22日に比叡山国際ホテル、25日に浅草ビューホテル、27日から30日まで熱海ニュー富士屋に出演されました。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年9月号に掲載された吉川晃司さんのTOKYO8DAYSLIVE最終日の中野サンプラザのステージを紹介するグラビア記事です。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年9月号の表紙はABブラザーズの中山秀征さんでした。撮影は得能道弘さんです。裏表紙は吉川晃司さんのグッズの広告になっていて、バンダナ、タンクトップも新発売で紹介されています。園まりさんは9月7日に平田グリーンパレス、15日に常磐ハワイアンセンター、20日に新宿ムーランドール、27日に浅草ビューホテルに出演されました。
本日、7月26日は早いもので園まりさんの三回忌になります。園まりさんを偲んで昭和43年(1968年)1月20日発行の関西園まりファンクラブの会報VOL.4に園まりさんが寄稿された新年のご挨拶の原稿一枚目と会報の表紙、冒頭の頁を載せさせてもらいます。昨年の暮れに「帰りたくないの」「つれてって」「愛は惜しみなく」のヒット記念としてポリドールからダイヤモンド賞をいただいたという報告もされています。会報の「三曲とも」は編集者が付け加えたものだと分かります。「愛されるようと」は「愛される
昭和43年(1968年)11月15日発行の関西園まりファンクラブ会報VOL.9に園まりさんが寄稿された文章です。映画「愛のきずな」の園まりさんの最後の撮影は10月11日から12日だったと思われるので、その直後に書かれたものと思われます。坪島孝監督が五年間もあたためていたという作品なので私も中々大変でしたと書かれています。新曲についてはチャーリー石黒(城美好)さんが作曲された「愛して今夜も眠れない」と水木かおるさん作詩、宮川泰さん作曲の「淋しかったの」で、どちらがA面になるか分からな
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年8月号に掲載された石川ひとみさんのコーナー「石川ひとみのハートフルレター気楽に行こうよ!」の第14回です。直筆レターでは、御両親が久しぶりに遊びに来られた話を書かれています。本文では先日、日本映画の「子猫物語」を観られた話から始まり、最近ビデオを借りて「男はつらいよ」をよく観ておられる話をされています。そしてファッションに関するお便りを紹介されてNHKの「レッツゴーヤング」の衣装などについて話されています。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1986年8月号に掲載されたABブラザーズの中山秀征さんがディスコダンシング誕生パーテイを開いた事を紹介するグラビア記事です。7月31日で19才を迎えた中山秀征さんが一日早い30日にファンクラブ主催で六本木のマハラジャでパーテイを開きクイズ大会やビンゴゲームも開かれ熱気ムンムンの誕生日となったと書かれています。ゲストの松野大介さん、お祝いにかけつけた松本明子さん、金山一彦さんとの写真も載せられています。