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今週日曜日にNHKのBSシネマでトラトラトラを観ました。日本海軍の真珠湾攻撃を描いた日米合作映画で英語名もTORA!TORA!TORA!です。そのまんまやん(笑)映画公開は1970年ですからもう半世紀以上も前の作品です。連合艦隊司令長官の山本五十六は山村聡が演じていました。山本は対米英戦争はそもそも反対、開戦止む無しとなればその劈頭に相手の海軍兵力を徹頭徹尾破壊して早期講和というシナリオを描いていました。奇想天外な作戦の立案にはそんな背景があったようです。第一次攻撃隊指揮官の淵田美津雄中佐は
12月7日15時より、NHKBSプレミアムで『トラ・トラ・トラ!』が放映されます。バッチリ録画しちゃうもんね。リピート見しちゃうもんね。この映画、以前、アマゾンプライムビデオのレンタルで見たのですが。強烈な印象を受けた真珠湾攻撃を描いた戦争映画。「トラ・トラ・トラ!」は1941年(昭和16年)12月8日、日本海軍の真珠湾攻撃隊の淵田美津雄指揮官機から発せられた、ハワイの真珠湾奇襲に成功したことを知らせる暗号電信。意味するところは「ワレ奇襲ニ成功セリ」。1941年12月の真珠湾攻
※この記事は2019年12月にあげたものの再掲です。◆一部加筆202411再掲202506加筆0805画像追加お越しくださりありがとうございます。1941年12月8日(欧米7日)は、運命の日米開戦日でした。さて前回のテーマで、淵田氏の自叙伝を読んで、備忘録をまとめてみましたが、紙数の関係で割愛したエピソードも多く、今回はその後編として全てではないものの追って収録、併せて拙い余談も加えました。続編①真珠湾攻撃の総隊長として指揮を執る空母赤城に「真珠湾攻撃隊総隊長」として乗組み、現地
【Q21790】例えば加工食品の原材料名欄に「小麦粉、砂糖、卵、植物油脂/乳化剤、香料」と記載されていたとき、「/(スラッシュ)」の意味は何?【スラッシュ以降が食品添加物】【Q21791】1970年公開の日米合作映画『トラ・トラ・トラ!』では田村高廣が演じた、真珠湾攻撃で空襲部隊を指揮し、搭乗する攻撃機から旗艦「赤城」宛てに暗号電文「トラトラトラ(ワレ奇襲二成功セリ)」を打電した海軍中佐は誰?【淵田美津雄】【Q21792】原題は「ThePilgrim'sProgress」。19世紀に
TheEnglishtranslationofthisarticleisattheendofthearticle:97式艦上攻撃機1941年12月8日黎明(航空母艦「赤城」艦載)淵田中佐搭乗機ハワイ第一次攻撃隊、これにて完成といたします。18回目の記事で達成!爆撃照準器も着けました。張線がよくわからない。太いし。使用キットはハセガワ1/7297式3號艦上攻撃機。発売は、1973年MANIA社の1/72シリーズとしてで、
本日は飛行機の製作。カウルの前の方にある雷撃照準器?ただの四角い枠のような感じですが、実際は◯型の目星があって、更に前方にもあって一致したところで『てぇー』としたようです。読んでいても全然イメージ湧きません。墨入れまでやったのにリベットも全然判らない。800kg爆弾も懸架しました。スピナーも筆塗りして。スクラッチした後輪も筆塗りして。完成まであと少し❗️では。お休みなさい😴💤#97式3号艦上攻撃機#97式艦上
艦船模型はミスを犯しそうで本日は中休み。面倒でやっていなかったスクラッチ。3mmのランナー(アオシマ冬月のもの使いました)のど真ん中に2mm径の穴を開けます。そして切り出したものがこちら。切り出しにはパイプカッター使ってます。分厚いところを切り出します。思いつきでやってみましたが何とかなるものです。ここに0.6mm径の穴を開けます。良い感じ。そこに0.5mm径の丸プラ棒をぶっ刺します。さて。これは何でしょうでは。お休みなさい😴💤寝落ち記
長く大切に使い続けているものある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう実家に持って行ったBDプレーヤーかな?確実に15年以上使ってます…💿「ごみゼロの日」日付けは「ご(5)み(3)ゼロ(0)」の語呂合わせ1975年(昭和50年)に愛知県豊橋市で市民運動として「530(ごみゼロ)運動」が始まり、各地に広がったそうです。昭和の時代、大量生産・大量廃棄の影響でしょうね…当時は新聞にも「ごみ戦争」なんて活字もよく目にしました…📰「古民家の日」古民家の再利用や古材
本日は飛行機の製作。つい、ついやってしまったハゲチョロ。1941年12月7日でこの状態はあり得ません。行き当たりばったりの制作スタイルが招いた大きなミス。今後は無いよう工程マネジメントはしっかりやる、そう決心したところです。リカバーはしないので、キャノピーのマスキングを取りました。そしてキャノピーに入る細かく無数のひび割れでモチベーションダウン。握力は今はそんなにありませんが、応時は最高72kgあって、コーヒーのショート缶は3本指で縦に潰せたくらい。馬鹿力加減
|淵田美津雄(1902〜1976)ー軍人から伝道者に淵田美津雄(1902〜1976)ー軍人から伝道者に2016年8月15日にNHKスペシャルで「二人の贖罪ー日本とアメリカ・憎しみを超えて〜」が放映され、ジェイコブ・ディシェイザーと淵田美津雄の生涯の記録が放映されました。また2007年には『真珠湾攻撃総隊長の回想ーー淵田美津雄自叙伝』が出版されています。ここではこれら二つの記録を典拠に淵田美津雄の回心を、ジェイコブ・ディシェイザーとの関連で紹介することにします。「真珠湾攻撃」1941年
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。ちょい活を標榜して亀足でここまで進めてきました。豪華客船『新田丸』で気を紛らわそうと約1ヶ月。つい、ついやってしまったハゲチョロ。1941年12月7日でこの状態はあり得ません。行き当たりばったりの制作スタイルが招いた大きなミス。今後は無いよう工程マネジメントはしっかりやる、そう決心したところです。リカバーはしないので、キャノピーのマ
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。基本塗装が終わったのは土曜朝未明。土曜日寝る前の10分前後、ちょい活を標榜して亀足でここまで進めてきました。少しハゲチョロをやっていきます。が、しかし…つい、やり過ぎた。こんなんありえん。もう嫌だ・・・・開戦時の機体は動画まで残って
本日は朝のちょい活のリポートです。トータル的にはあまり時間かけていない97式艦攻ですが、余計な事(デカール極力使わない宣言)をした為、垂直尾翼の部隊番号機体番号隊長機用識別子をマスキングして黄色で吹きました。ここに来て足踏み状態です。数字だけはデカール使いましたが、このデカール死んでいて、水に漬けたら粉々になってました。超絶集中力で数十ピースに分裂した番号を何とか貼付しました疲れました。ピンチアウトして出来を確認してはいけません機首の視界確保、反射防止用フラットブラックを塗
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。本日は少し長めで30分の作業です。その前に:Google社のWorkspace規約改定の余波かコスト削減か判りませんが、タイムラインデータが各個人の端末に保管されることになりました。今年の12月31日までにデータリンクを変えておかなければならないということで、早速ダウンロードしました。自分自身が何年何月何日何時何分に地球上のどこにいたか、と
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。前回は、テールと日の丸と翼のつけ根の箇所のみ塗装しました。本日の作業、先ずはマスキングテープを取り外します。曲線部のはみ出し、派手にやってしまいました。マスキングテープが正しい位置についていなかったと思われます。裏側は、まぁまぁでしょうか。マスキングテープを取るだけで時間がかかりました。そして燃料注入口パネルの赤い縁取りのマ
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。だいぶ日にちが空いてしまいましたが、本日ようやく塗装に入りました。9/20に義父が亡くなり、喪主補佐として葬儀全般をフォローしましたが、終わってからが滅茶苦茶大変になります。暫くの間更新も儘ならないでしょう。精神的に疲れているところですが、気分転換になると思って。結果的に夜の作業だけど、少しだから許していただきたいところ。本来はサーフェイサ
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。それでも少しずつ進めなければ。朝ちょこっと機内色でパーティングライン消したところを塗ってキャノピーだけを接着しておきました。このキャノピー両側上に反っていて、抑え込まないと前後が浮くという最悪の状態。且つ、微妙にショートしていたので、高さを均等に整えるのに時間がかかりました。取り敢えずいい感じに接着できました。360度チェックです。キ
本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。それでも少しずつ進めなければ。5歳の頃からyoutuberだったりおなちゃん。貴宝院脳梗塞・脊椎クリニックの院長先生との医学的な対話。会話が成立していて、恐ろしい「りおなパワー」をあらためて認識。自分の不自由さ、自分の絶望的な状況を何とか変えようと日々チャレンジをつづけるりおなちゃんはまだ幼児です。負けてますねぇ、自分。こんな小さな子が毎
時が流れるのがあまりに早く、もう週末。本日も寝る前のちょい活のリポートです。完全にコロナ前の状況に戻った感覚があり、模型製作に使える時間が寝る前のみになりつつあります。それでも少しずつ進めなければ。97艦攻です。フラップはakiraさんにもご教示いただいた通り2枚でした。ありがとうございます。操縦席を見る限り、2枚を独立させてパイロットが操縦時に操作していたことは考えられず、やはりオートだったはずです。従って片側だけのフラップで左右入れ子になることは無く、上なら両方上、下なら両方下、
本日も寝る前のちょい活です。その前に、の通な濃い話から。今日はお仕事の帰りに車の車検受け取りに行ったんですけどね。もう何年もそこでお願いしていて、馴染話のお店だったのに、営業担当が商談中で珍しくメカニックの方とお話をしました。前から見かけていた方ではありましたけどね。で、最近の車業界の話から入りーの日産の社内が沈痛だとか、業界のそんな話をしていたので、勇気づけようと思って、三多摩地区を東西に延びる尾根幹線という近未来的な道があるのですが、ここに国家プロジェクトでロボット等
本日も寝る前のちょい活です。昨日は99式80番5号800kg徹甲爆弾をスクラッチしました。機内色はザクグリーン28番。本当に言われれば機内色に全く違和感ありません。ベルトの自作、バックルは、今まで使用した中で1番細い舶用線の0.05mmを曲げて使ってます。舶用線は硬いので形を維持しやすい反面、曲げるのは力技だし、何よりあまり老眼の域に入っていない私でもちょっと辛い工作ですから出来る内に。是非拡大して見てください。ベルトは裏打ちも行っていますし、色も変えています。瞬着つ
本日も寝る前のチョイ模活。本日も寝る前のちょい活1日あたり10分でもいいので時間をとれば、亀脚ですが、ストレスなく少しずつ前に進めます。昨日は、97式艦上攻撃機の専用武装である800kg徹甲爆弾をスクラッチしてみました。ご笑覧いただいております通り、安定板の大きさの単位を誤り、小さくし過ぎていたこともありましたので、本日は、場当たり的現物合わせでは無く、図面から縮尺通りに緻密にトレースして今一度作ってみました。電卓2度たたいたみたいですね。多分安定翼だけ1/144サイズになっちゃってます
本日も寝る前のチョイ模活。帝國海軍97式艦上攻撃機12型1941年12月淵田美津雄中佐機仕様です。中佐で機上の人ですから、まるで宇宙世紀シリーズの様ですがパイロットではありません(笑)ハセガワのキットは、雷装時のキット化となっており、真珠湾攻撃時の機体の再現はできますが、戦闘詳報によると第1次攻撃隊は爆装での出撃だった様です。再現をするには爆装にしなければなりません。戦闘詳報によると淵田機は、爆装で、1発の800kg徹甲爆弾を懸架したとのことです。「800kg徹甲爆弾」?で調べ
本日は寝る前の時間、少しだけの模活です。ロドネイは、継続しますが、気分転換に。ハセガワの旧キットですが、他のメーカーの金型を手に入れての再販なのかな?バリが凄くてつい楽しくなります。モールドが、かなりダルいのですが、丁寧に整形してみました。死んでるところは彫り直したりして。エンジンとカウルの整形終了。部品点数も少ないので、つい士の字にしたくなりますが、仮組みで我慢。すご~い良い感じです。操縦席は、まぁかなりいい加減な作りです😁こんな感じ。操
こんにちは。というわけで、またまた作りかけの赤城飛行隊長・淵田中佐機を完成させましたハセガワ1/72日本海軍中島B5N2九七式三号艦上攻撃機プラモデルA7Amazon(アマゾン)前回飛龍搭載機を作った際に見かけて、ぼんやりと作ってみたいな~とは思ってたんですが、今回は保安塗装機を作る気でいましたなんとなく、ここで作らないのは惜しいと思い淵田中佐機としました昭和17年4月というと、ちょうど連合艦隊がインド洋で英・蘭・豪海軍相手にボロカスに戦果を上げ
前回に引き続き、淵田美津雄・奥宮正武著「機動艦隊」の読書感想文。彼らに限らず飛行機乗りの文章には独特の傾斜があり、決して誹謗中傷で言うのではないけれども我が強く、何でもかんでも「俺がやった」というふうに読めるものが多い。そのくらいの気構えがないと、あんな危ない乗り物に乗って戦うなんてことはできないのだろう。したがって戦績の評価者は、搭乗員の戦果報告には水増しがあると考えなければならないが、台湾沖でも懲りずに真に受け、ハルゼーに皮肉られている。その話題は後のこととして、
昨日12月8日は81回目の真珠湾攻撃戦勝記念日でした。淵田隊長機をオマージュして製作したザクを傍に往時を偲ぶ。結果歴史的な大敗を喫することになる戦争の初戦のためかどうしてもネガティブなイメージの付きまとう戦いですが、先人たちが命を懸けて成功させた一大作戦なのですから、記念と言っちゃっても間違いないと思うのですが…ねぇ?何はともあれ戦争は物語やプラモの世界だけにしてほしいわ!さてさて先月からボチボチと新作に取り掛かっております。ホントは量産機が欲しかったのですが入手でき
コチラ「量産型リコ」記念すべき第一話に登場して、何かと話題になった「レッドショルダー量産型ザク」♬このザクにインスパイアされての今回のザク制作でしたがカラーリングも含めて妄想するうちに製作方針をケテーイ。加工点といたしましては対艦ライフルとバーニアの追加。そして古いキットらしいカッコの悪い左の握り手の整形↓エポパテを使ってそれっぽく加工したくらいでございます。作業中↓今回もコストカットで塗装は筆塗りw相変わらずムズイ!悪天を伝えられた三連休でしたが思いが
今回の記事、またもや引用ですが、ご紹介します。東條英機、荒木貞夫、瀬島龍三……軍人たちの肉声を聞き考える。あの戦争は何だったのか。評論家・近現代史研究者の辻田真佐憲氏による「文藝春秋が報じた軍人の肉声」(「文藝春秋」2022年9月号)を一部転載します。*つまり、今回は『文藝春秋』9月号の一部転載記事なのですが、これだけでも興味深いのです。以下のように続きます。さきの戦争はいまだにその名称が定まっていない。当時は大東亜戦争。戦後は太平洋戦争。昨今では、アジア太
8月なので、戦争、平和についての特集番組、記事が多いですね。今日は、14歳で、国のため命を捨てる覚悟で、難関の予科練へ入隊した方のインタビュー動画をご紹介します。今で言えば、有名なアスリート選抜チームに入るくらい、すごいことだったのかも。そして、この方、現在は93歳で、現役牧師‼️だそう。ふと、故人淵田美津雄(ふちだみつお)さんのことを思い出しました。真珠湾攻撃の時の日本軍パイロット。私は、留学中、アメリ