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誰か教えて欲しいです。モルヒネって打ったら楽になるんですか?もう末期癌で動けないし、足の感覚とかないのに足打って痛くて寝れないし、ご飯も食べられないし、動けない。嚥下の力もないし、どうしたらいいのだろう?
死にたくない死にたくない死にたくない。でもつらい😭この国安楽死ないのつらい。足も動かない、でも怪しい、ご飯食べてもむせる、なんなら一日の半分咳き込んでる。2020年の涙腺がん宣告から、2022年再発転移でBNCT、2024年気になる初見から脳幹浸潤でもう抗がん剤も無理治療も無理、余命宣告風からの今2024.7月。つらすぎー、生きてる意味ー、皆は末期ガンどう生きてるんでしょうかー?
前回の遺伝子パネル検査の結果を受け娘にもどうしたいか確認した上、再度サイバーナイフ治療を選択しました。前回治療を受けた病院は、豪雨によりサイバーナイフの機械が浸水し治療出来ない経緯となってしまった為、別の病院を紹介していただき大雪予報の中初めての病院へ。朝はまだ雪も降っておらず、6時半に家を出て高速を走ること約2時間半。9時過ぎに無事病院へ到着しました。今回ターゲットとなる腫瘍は気管支にほど近く、治療をすることによって起こりうる不利益について説明を受けました。そこで、正常な臓器への影
こんにちは。前回言っていた検査結果についてです。タイトル通り、肺への多発転移が見つかってしまいました。昨日から造影CT、血液検査、をして今日造影MRIをしました。その後の診察で、初めにママと私両方呼ばれて診察室に入りました。先生からは今回の検査で大きな異常は見られないとお話を聞きました。ママも私も安心し、先生から今後の受診について決めるので1度外で待つように言われました。その後、スーツケースや他にも荷物があるので、お母様だけで大丈夫ですと言われ、ママだけ呼ばれて診察室へ入っていきまし
こんにちは!エピテーゼの所へ行ってきました!フィッティング終了しました今日やったことは、前回のフィッティングで手直しした所の確認と、もう少し自然に見えるように影を入れる作業、実際に自分でエピテーゼをつける時の流れの確認をしました。私のミッションは椅子に座ってじっとしていることでした。大変でした笑鏡越しで様子を見ていたのですが、パレットに絵の具みたいな塗料がのっていて、水ではない(なんだかはちょっと分からない)液体で薄めながら、シリコンで出来た目に塗っていく作業です。のっぺりしたように
前回の続きからお話しします。肺の治療が終わり病室へ戻りました。そしたら、すぐまた看護師さんに呼ばれて今度はまさかのMRIを撮ることになりましたもうパパは帰ってしまっているので、電話で同意を得たらしく、詳しい同意書は私が看護師さんと一緒に書きました。今までの手術歴を書く欄があり、あんまり覚えてなくて大変でした。途中までは、スマホに入っているカレンダーで確認していたのですが、そういえばブログがあるじゃん!ってなり、それで書きました。もっと早く気づいていれば····しばらく看護師さんを待
お久しぶりです!前回お話していたサイバーナイフ治療を昨日からやってます!場所が遠いので3日間の入院での治療です。出来事を順に話していきたいと思います。まず、サイバーナイフが始まる前のお話からします。予定通り地元の病院でPET検査をして、その結果の画像をサイバーナイフ担当の先生に送ってもらいました。入院前にママのところへ看護師さんから電話がかかってきて、『結果はお聞きになりましたか?』と聞かれたそうです。地元の先生からは何も聞いていなかったので、とても不安になりました。その時点で、
こんにちは今日は1人だけのお休みで暇なので少し病気の話とは違うことを書いてみようかな、と思います。⚠️肺転移の新しい情報ではないです。。私の将来のこと私の将来の夢は助産師さんになることです。小学校2年生の時に妹という存在が出来ました。既に4歳下の弟はいましたがママを支えてくださった助産師の方に憧れ、やっぱり1番は赤ちゃんがとてつもなく可愛かったからですそして小学校4年生になった頃、授業で命の尊さを学び、新しい命の誕生に私もお手伝いをしたい!お母さんの不安を取り除けるような、そん
こんにちは昨日の夕方ママのところに東京の先生から電話がかかってきたそうです。内容は前回話していた通り、肺への転移が見られるとの事でした。信頼している東京の先生は頭頸部の先生であり、肺となると今後については他の先生になるみたいです。。また、腺様嚢胞癌に効果の認められる抗がん剤は現時点では無いので、基本的には何か治療をすすめることはしない……ということらしいです。希望があればやってみる価値のある治療法として、この癌に対して有効となるかもしれない抗がん剤で治療を行い、私の癌細胞に効く抗がん剤
こんにちは7月末にCTの造影検査をし、8月頭にMRIの造影検査をしてきました。まず初めにCT検査の2日後、ママの所へ地元の病院の先生から電話があったそうです。話の内容としては「前回同様肺に白い影があり、肺への転移が強く疑われる」というものです。詳しくお話を聞きに行くため、ママは仕事を早退して病院へ行ってくれました。前回の検査結果でも肺に怪しい影があると指摘されてはいたのですが、東京の主治医の先生は問題ないと言っていたので安心していました。ですが、その影が8mmから11mmに大きくな
お久しぶりです!先日、予定していたエピテーゼの作成場所へ行ってきました。今回、初めてのエピテーゼの作成で型取りをしていただきました!歯の型取りをするときと同じものを口から上にぬりました。口で呼吸できるとは言え、鼻で呼吸ができないと意識しだすと苦しくなってしまって少し怖かったですでも、担当してくださった方がとても優しく、気さくな方で安心することができました!今はメガネタイプにするか、お化粧ありのタイプ、学校につけていけるように普通のエピテーゼの3種類で迷っています。。。メガネタイプにす
お久しぶりです。前回診察に行った時に、地元で担当してくださっている医師が定期的に診たいという事で、先日ママと病院に行ってきました。目の状態は…前まで酷くなっていたところは治りかけていたのですが、また新たに別の所が酷くなってしまっている感じでした。重粒子線治療をしたことにより起きていることで、この副反応は一生付き合っていかなければならない様ですだからあまり深く考えすぎなくても良いと言われました💦そこで、エピテーゼを作る所へ今の目の状態の写真を撮って送ったところ、現状でもなんとか型どりをす
検査してから検査の結果聞くまでの間ってすごくしんどい!ソワソワするし、落ち着かないし、でも今更悩んだって結果は出てるんだから!ってわかっちゃいるけど...の繰り返し。私はこの時期は断捨離や片付けをするようにしてます。なんだか少しスッキリする。いつも待ち時間は長いので受付してすぐ御手洗に行ったら旦那からもう呼ばれた!と言われ...。あー他の科へ回されるから早いのかなって頭を過りました。先生の前に座り、開口一番「結果何も無かったから安心して聞いてね」と⸜(*ˊᗜˋ*)⸝☆良かった。ただ私の中
前回病院に行った時よりも状態が悪くなっている様な気がして、今日もまた行ってきました。私は学校がお休みだったのですが、両親は2人とも仕事を休むことが出来ず、1人で行ってきました。なんとか都合を付けて行きだけはパパが病院まで送ってくれました!前にも一度「1人で行ってきて」と言われたことがあり、駄々を捏ねて仕方なくママにはお休みしてもらったのですが、GW前とGW明けに妹のクラスが学級閉鎖になりお休みをした都合上、今回はさすがに休めなかったので頑張って1人で行ってきました···先生に眼を見せたと
眼球摘出手術をしてから約5ヶ月が経った今日はもともと学校をお休みして、エピテーゼを作る所へ行くつもりでした。ですが2日の夜にお風呂に入った時手術跡を見たら、奥の方が赤黒く柔らかくなってしまっていて、滲出液のようなものが出てきてじゅくじゅくしている感じになってしまっていました。今までは、乾いていて特に問題視するような感じではなかったのですが、急に変わっていたのでびっくりし、その状態でエピテーゼの所へ行く事は出来ないため、今日行くことはやめました。ちょうど地元で担当してくれている先生が今日診察
コロナもまた増えてしまったため、東京へ行っての経過観察は控え、地元の先生に頼むようにしました。瞼の形成手術をしてすぐに再発がわかり、元のような見た目に…という手術が水の泡になってしまいました。担当してくれた先生がどう思ったのかは分かりませんが、先生は、「こんな状態を見たのは昭和の頃以来」だと言っていました。今の時代に眼球を摘出するということ自体が少ないらしく、田舎の病院では最近はそういった手術がなかった為か先生は驚いている様子でした。抜糸と眼の状態を見て、今後の処置について色々教えてい
手術して1週間たった頃、処置室で形成の先生に手術した所を見てもらいました。「クラクラするかもしれないから」と言われていました。処置中ホントに視界がグラグラして、気持ちが悪かったです。ちょっと良くなって立ち上がった時に、また目が回ってしまって倒れてしまいました。少しの間記憶がなかったけど、目が覚めた時沢山の看護師さんが周りにいてびっくりしました。冷や汗が凄いし、血圧がものすごく低くなってしまっていました。その後も、何日かに1回処置をする時間があったけどその度に怖かったですでも先生が考
2021年12月手術の前の日に東京の病院へ行きました。コロナの影響で手術直前に会うことも出来ないし、面会も出来ないため、パパと2人で東京の病院へ行きました。入院する時間がお昼前で病院についてすぐお昼ご飯が出てきました。前々から病院食はあまり好きではなかったのですが、初めのご飯が私の苦手なうどんでした…笑頑張って食べました。ちゃんと···。手術の日は誰とも会うことが出来ないので、看護師さんと2人で手術室まで歩いていきました。大学病院なので看護師さんが若くて、年齢が近いため色んなお話を
手術前に2回ほど東京の病院へ行き、手術についてのお話と手術後の眼球をとったところをどうするか、についてお話をしてきました。エピテーゼと言う左目にそっくりな偽物の眼を貼り付けるようにするか、形成手術のどちらかの選択肢でした。初めは、アイパッチのように貼るだけのものは嫌で、自分の皮膚や細胞を使って形成する手術を希望していましたが、主治医の先生も、形成を担当してくださる先生もあまりオススメは出来ないと言い、他の患者さんが行なった事例を見せてくださいました。それを見た時、長い期間かかることや仕上が
去年の9月30日、形成手術後初めての定期検査でした。いつも通りMRIとCTを撮って、検査結果は10月14日に聞きに行きました。検査結果を初めに伝えてくれた地元の先生は、私の主治医の先生ではなく、検査を東京の先生から頼まれてオーダーを出した先生でした。検査結果を知る日、毎度特に気にすることも無く何もないであろう気持ちで緊張感は全くありませんでした。ただパパだけは病院へ行く前に「真剣に聞いてきなよ」と言ってきたので少しだけ違和感を覚えました。私は言われた通り、少しドキドキしながらママと診察室に
義眼が出来上がって装着したけど、瞼に膨らみがなく落ちくぼみ、黒目の位置は下がり、左目に近い見た目には全く近づきませんでした。家族みんな期待していた分、現実を知りショックを受けました…。瞼にさえ膨らみがつけば、見た目も良くなるのかなと思い、前々から計画していた形成手術を2021年の夏休みに行いました。頭を大きく切り開く手術で、初めは切るところを丸坊主にしなければならないと言われました。それは、やっと見た目を気にするようになった中学生の私自身も両親も絶対に嫌でした。なので、先生はいろいろと
高校入学前に第一印象を自然に見えるようにするために、義眼の作成をしに名古屋まで何回か通いました。白眼が赤くなっているのが、気になるポイントだったので、白目さえ白くなれば元のような眼に戻ると思っていました。でも出来上がった義眼をつけても、瞼がおちくぼんでいるところは変わらず違和感があり、そのままの状態で学校へ行くのには抵抗がありました。試しに地元まで帰る道中のショッピングで義眼をつけていたのですが、アイパッチをつけていたときは周りの人が気を使ってくれていたのか人にぶつかることがなかったのに、
2020年9月に手術、12月に放射線治療、そこから経過観察中です。あの苦手なPET検査がやってきました。何が苦手って閉鎖的空間、空腹時に大量の水を取らされること…。前回はそれと精神面とで検査後12時間ほど吐きまくって大変だった。今回はミネラルウォーター苦手なので麦茶持参で少しでも空腹じゃないようにと朝一の検査にしてもらいました。検査の台にのぼるまでは普通だったんだけど軽く拘束されてからがもうダメ(;△;)やっぱり閉所気味なのかな。思い込みも良くないと思ってひたすら他ごとを考える20分。中間
お久しぶりです!また、治療後の副反応の続きから書きます。[角膜穿孔]日曜日で病院がやっていない日でした。右眼からよく涙が出ているのは日常だったのですが、その涙に血が混じっていて朝起きた時にビックリしたのを覚えています。痛かったりする訳でもなかったのですが、心配だったので月曜日に市立病院の眼科へ行きました。お医者さんは、目に穴が空いていると言って、名古屋にある病院を紹介されて、すぐに行くよう言われました。名古屋の病院のお医者さんに、眼球を取るか、手術をしてみるかという質問をされました
お久しぶりです。先日、検査結果が出たのでお知らせします。特に異常はなく、経過は順調ということでした。ママが去年の12月にあった手術について、ブログを書いてあると思いますが、その手術をして初めての検査で、不安に思っていたので安心しました☺️右眼全てを失っての今回の検査なので、万が一何かあったら流石に凹むなぁ……と思っていたのでひとまず良かったです。前回書いたブログで結果を報告すると言っていたので、報告をしました。次回からは副反応の続きである、角膜穿孔について書きたいと思います。写真は
昨日、3月17日は弟の小学校の卒業式でした。一緒に卒業式を迎えるはずだった同級生の女の子が脳腫瘍で亡くなってしまった。と弟から聞きました。それは卒業式の2日前の出来事だったそうです。2年前からの闘病だったそうで、私よりも断然辛い治療もうけてきて、頑張っていたんだろうな、と思うとすごく悲しい気持ちになりました。卒業式では全校で黙祷をしたそうです。話は変わりますが、卒業式といえば、、、と思ったので書こうと思います。私には5つ離れたお兄ちゃんがいます。私が治療をするために入院していた時
その後、私の目は決していいと言える状態には戻りませんでした。視力はだんだん失われていき、眼の前で手をヒラヒラさせると多少分かるような状態になり、それから何も見えなくなりました。ただ、私は幸いにも左眼の視力が良くて、普通に生活している分には不自由なかったです。でも、遠近感がつかみ辛くて体育の授業でやったバドミントンとかは下手っぴでした😅また、治療の影響なのか分からないけど、治療後に頭が痛くなるようになりました。朝、目を開けるとものすごく頭が痛くて起き上がれなくて、学校をお休みすることが多
退院後は春休み……その後はすぐに学校へ行きました。でも、治療後は紫外線を浴びてはいけなくて、学校へはサングラスと帽子をつけての登下校でした。中学2年生になったとはいえ、怖い先輩もいる中でサングラスはすごく嫌でした····。体育の授業もサッカーで外だったので、ひとり教室でレポートを書いていました。でも、その時間は自由で好きでした🤫治療後の眼や瞼の状態から見て3月に治療がおわって、9月の音楽祭では、元に戻った眼でステージに立てるのかな、とか思ってました。けど、9月には瞼や白眼は凄く赤くなっ
重粒子線治療は3週間かけて12回の治療をしました。治療自体は3分程で特に身体への負担はありませんでした。副反応も入院中には多少皮膚が赤くなるくらいで、入院生活に支障はなく快適でした!入院しているお部屋から治療する場所までの距離が結構遠くて、ママとダイエットだね、とか言ってました!(でもおやつをいっぱい食べてたからしっかり太りました😌)最初の方はインフルエンザが流行ってて外出が出来なかったけど、落ち着いたら外出もできるようになりました。美味しいものを食べに行ったり、お買い物をしたり、ス