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2026.1.10参拝記録にお立ち寄り下さりありがとうございます長野県下伊那郡根羽村八柱神社月瀬の大スギの近くにあります石段を上がっていくと中央に大きな杉の木、八柱神社の神代スギ(右)があります(左は本殿横にあります)もうね、本殿が見えないくらい成長してますまずですねぇ…とても興味深い神社です珍しいこの狛犬さん、なんて可愛らしいのでしょう!前掛けに腰巻き…思わず微笑んでしまいましたよそしてそしてこの本殿の彫刻の素晴らしさ角柱を繋ぐ虹梁(こうりょう)の彫刻そしてS字曲線の柱、
あたくしの推し活それは狛犬さん今年はあまり推し活できなかったけど初めて「はじめ狛犬」さんに会うことができました~向田神社(むかだじんじゃ)◆栃木県那珂川町北向田◆創建大同2年(807年)◆主祭神須佐之男命(すさのおのみこと)大己貴命(おおなむちのみこと)日本武命(やまとたけるのみこと)
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」715大湯薬師堂・扁額には、薬師堂と入っています。・當(当)国新四国六十六番札所と書かれた札がかかっています。・四国霊場塩田平札所めぐり大湯薬師堂(番外札所)・海老虹梁は、新しいものつづく
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」709中野諏訪神社・本殿・海老虹梁、木鼻・海老虹梁の反りはきつめ・木鼻には、獅子も象も見られません。つづく
『流される神アバンPART6』本日もまた修正から前回記事大黒天と書いた場所拡大すると力神だった。反対側も裏側に力神が隠れていました。屋台骨を支えるトリトンですね。とりぶた豚(猪八戒)河豚(秦河勝)海豚(蘇我入鹿)豚の三段活用ハリセンボンの繁殖オスがメスを持ち上げるクサフグも同じクサフグが大潮に一斉集団産卵する仕組みを解明〜月の満ち欠けによってもたらされる生物リズムの謎に迫る〜|WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」647北向観音2・本堂・海老虹梁・海老のように背が曲がっているので海老虹梁・彫られているのは雲波つづく
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」626八幡大神縣社・本殿・海老虹梁・割とすんなりというかすっーとした形の海老です。つづく
前回の『寅さんの町柴又を歩く』の続きです。『寅さんの町葛飾柴又を歩く』運転免許証の高齢者講習で京成高砂まで行って来ました。あちこち教習所に電話したのですが6月末まで予約がいっぱい、その後の予定がたっていないとの返事3か月…ameblo.jp参道の商店街・・風情のある良い雰囲気の店が並んでいますね~■GalaxyS23Ultra6.3mmf/1.7SS:1/1250秒ISO20柴又街道から入った所の左側には亀戸に本店のあるくずもちの
境内の入り口が北側にあって、珍しいなぁと思いながら本堂へ向かうと南側は駐車場になってて、見晴らしのいい絶壁。南側から入れないのに納得(゜-゜)(。_。)(゜-゜)(。_。)鐘楼は逆光…本堂は要塞みたいでカッコいい(☆∀☆)軒の海老虹梁も立派です。なごや歴史探検のスタンプ圓龍寺と一緒にゲットした鳴海廃寺のスタンプ説明板も何も無いのでアプリで調べてみても↑こんな事しか書いてなかった(;´∀`)
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」574十人皇子神社・本殿・木鼻木鼻には、象のようにみえる鼻が・・・。・海老虹梁海老虹梁は、しっかり海老しています。つづく
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」562越戸(こうど)神社・本殿・扉の金具が銅のようで緑色をしています。・登り高覧擬宝珠高覧と繋がっています。・海老虹梁しっかり曲がっています。・木鼻に獅子や象は見られません。つづく
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」550八木沢天満宮・本殿・海老虹梁は、それほど曲がっていませんね。・海老虹梁の手前に見えるのは梅の花でしょうか・懸魚(けぎょ)も豪華です。つつく
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」516誉田別神社・本殿・向拝柱の上の木鼻(きばな)には、外側にだけ象が見られます。・向拝柱に擬宝珠柱が半分埋まりそこから登り高覧が伸びています。・木鼻の上側海老虹梁(えびこうりょう)は、斗栱(ときょう)・向拝柱と繋がらずに母屋(もや)と繋がっています。・階段は、四角柱の部材が段になるよう切り込ま
岩殿寺でお参り、緩やかな梁、これも海老虹梁なのでしょうか?
藤沢市にある「白旗神社」源義経公を御祭神とした神社。今でも多くの人が参拝に訪れます。建築様式は「権現造り」拝殿と神殿の間に石の間があるのが特徴です。流造りの本殿。屋根の曲線が魅力的です。この曲線を作り出す昔の職人さんの技術は凄いものだと思います。組物や彫刻も見事で私達を魅了します。一体これを作り上げるのにどれくらいの期間がかかったのでしょうか?神社の軒裏の造りを見ると職人さんの技術の素晴らしさがわかります。私達はこういった技術を伝承していく必要があるのだと思います。そんなことを思
奈良県大和高田市工事中の高田土木事務所の一画の小さなお社です。設計の仕事で時々行っていて、見つけました。本当に小さな流造の神社ですが、海老虹梁があり、中備えこそないですが柱頭には台輪がのり、長押で柱を固め、木鼻は彫刻されている、折衷様の細やかに細工されたお社でした。海老虹梁の写真展は終えましたが、見つけると相変わらず、楽しい。写真のせいいではなく、ちょっと傾いています。
向田むかだ神社白河市からの帰路は、大田原市を経由して水戸北スマートICに向かう途中、那珂川町を通りましたこちらにも、めんこい狛犬さん情報が👂あれ、一の鳥居は住宅の芝生の上?二の鳥居後ろには巨大なご神木がそびえ立ちます🌳樹齢推定600年以上、高さ約35m、太さ約6m北向田のケヤキと呼ばれていますケヤキを囲むように、参道が回り込みます手水舎狛犬大正5年(1916年)阿吽ともに玉を持っているタイプはあまり見かけません賽銭箱の前の魚🐟
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」471御嶽(みたけ)神社本殿・海老虹梁と向拝柱の交わる木鼻には、獅子は無く象が見られる。・向拝柱と向拝柱の間の彫刻、凄そうですが何が彫られているのかつづく
赤城大明神医光寺の薬師堂の裏手に何やら石段があり見上げると鳥居が覆屋に収められた社殿三方の壁面に精巧な彫刻が施された風格のある医光寺を手がけた地元の彫刻師関口文治郎の弟子たちによるものと考えられているそうですそれにしても凄い正面扉は波千鳥両脇に鶴海老虹梁:降龍龍の躍動感がすごいです今にも下りてきそうな感じ巣父許由菊慈童太公望海老虹梁:昇龍思いもしない場所で素晴らしい彫
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」400依田神社本殿・屋根上部の鬼(おに)が見えます。その鬼紋(おにもん)に梶の葉が入っています。・海老虹梁の曲がり具合が結構強いです。・破風板に付いた飾りの菊が目立ちます。つづく
海老虹梁展開催中です。心斎橋ギャラリービルatarugalleryにて17日(日)までと20日(水)〜23日(土)13時〜19時心斎橋ギャラリービルの4階までの展示室は来場者がありますが、5階には人があまり上がって来ない。あまり告知活動もしてないしのが理由ですが、興味を持つ人が少ないのが一番かもしれないです。でも、「古建築の良さを知って欲しいし、部材から全体を見ると少しわかりやすい」ということでatarugalleryの最終展示として開催しました。暖かな雰囲気で気
ブログを始めてから、ズーッと開催すると言ってた「海老虹梁写真展」を開催します。2023年12月13日(水)〜17日(日)、20日(水)〜23日(土)大阪市中央区南船場2-6-22心斎橋ギャラリービル5階atauygalleryにてブログを始めたきっかけは、「建築と街」のギャラリーを紹介したいとの思いだったのですが、あまり活用できないままでした。12月末でギャラリーを終えることになり、最後に展覧会をします。ブログ上で「atarugalleryー建築と街のギャラリー」をぼちぼち続
長岡市栃尾紀行の最後は小貫(こつなぎ)にある羽黒神社です。こちらのお目当ても彫刻です。細貝丈八の彫った海老虹梁(えびこうりょう)に絡む双竜。羽黒神社の由来は次の様になります。源義経家臣の佐藤継信・忠信兄弟が義経を守るため命を落としました。母親の音羽御前(奥州平泉の藤原秀衡の妹)に越後の地に出羽三山の羽黒権現を祀るようお告げがあり、創立したと言う言い伝えがあります。境内のある巨木ケヤキとカシ。ケヤキは樹齢300年、カシは北の植生限界となっています。また境内には小貫出身の実業家外山脩造の顕彰碑
東山の妙法院・三十三間堂の鎮守社、新日吉神宮。「いまひえ」と読みます。比叡山延暦寺の鎮守社の日吉神社を勧進した神社です。豊臣秀吉・豊国神社と縁がある神社で、いくつかあるなかの並んでいる2社の境内社。流造の屋根の向拝部分に海老虹梁が用いられ、身舎側は長押上に取り付き、軒先側は柱上に乗せた組物に取付いています。海老虹梁のデザインは、小さな社に対してはやや太めで繰型はシンプルです。両社ともほぼ同じ形状ですが、愛宕・秋葉神社の軒先側は彫刻を施してしていない感じがします。愛宕・秋葉神社
八雲神社(泉田)こちらの神社に、祖父・野田平業作と思われる狛犬が鎮座していることを知りました。でも、石匠名に祖父の名前はありません。実際に自分の目で見たいと思い、訪ねました。民家のおじさんから「寺の敷地に停めなさい」と誘導された狭い道、私の車の横幅ギリギリ。そしてワタシ、運転がめちゃ下手くそなんです・・・工事中・・・それとも震災による倒壊を防ぐための鉄筋なのでしょうか。大木がバッサリと切られていました。境内には度々雷が落ち、この木は昭和58年に落雷にあったようです
なんばシティの南館一画にある神社いつも横を通るのですが、初めて参道を通りお詣りしました。1950年大阪球場ができた時に創建されたとのことですが、シティができた時に今のように再建されたようです。一間社流造銅板葺きの小さなお社ですが丁寧に造られています。海老虹梁の身舎側は長押上と台輪の間の丸柱に取付き、向拝の角柱に向かっています。高さの差が比較的大きく、身舎側で鋭く曲がり向拝側へ緩やかに流れています。向拝側の断面が大きい珍しいです。
総門から真正面に見えてくる大きな破風が庫裏です。■庫裏京都府有形文化財。香積院[こうじゃくいん]。宗務本所、台所。1788年(天明8年)天明の大火により焼失。1807年(文化4年)再建。庫裏南側正面となる切妻妻入りの白壁には、横方向に桁や貫、縦方向には束や柱が露出しているのが禅院の庫裏の特徴で、二重虹梁や大瓶束、海老虹梁での装飾など見事な意匠に見惚れますね・・・・相当な屋根重量を支える割には柱が細いのが驚きです。■石燈籠■大玄関1883
吾妻(あがつま)神社鳥居ポピュラーな明神鳥居です。参道をしばらく歩くと、赤い屋根の神門が見えます。こちらの神門の天井に見事な天井画があります。迦陵頻伽(かりょうびんが)上半身が人(美女)、下半身が鳥の姿をして極楽浄土に住むと言われる想像上の生き物です。こげ茶色の足は、恐ろしい獣の様です🦅一方、ギリシャ神話に登場する海の魔女、セイレーン。半人半鳥の姿をしています。(★写真は全て吾妻神社の天女です)セイレーンは後に半人半魚とされ、マーメイドの由来とする説もあります。
須磨寺ー上野山祥福寺ー平安時代に建立されたことですが、何度かの伽藍建物の消失で、江戸初期に伽藍再建され、その後も度々お堂の消失があり1995年の阪神大震災で多くのお堂が被害を受け、修理・再建を経て現在の姿になったようです。本堂隅の海老虹梁は身舎側で鋭く上に曲がり柔らかく軒側に流れていきます。江戸初期の建立でその後修理がされているとあるように、木柄は割と新しい感じで面幅も小さく近世の建築の感じがします。この部材はそれより新しく修理されたようにも感じられます。護摩堂阪神大震災後20
2022年4月6日埼玉県秩父郡東秩父村大内沢の大内神社に参拝しました。由緒社蔵の古文書には、大内沢の地名及び当社の由緒が記されている。これを要約すれば、「桓武天皇の曽孫で、初めて平氏を賜った高望王の弟である恒望王は、太宰権師であったが、讒言にあい、延歴年間、武蔵国に左遷された。当時の武蔵国の大部分は広野であり、恒望王はなかなか居を定め得なかったが、やがて比企・秩父の両郡に挟まれた山里に住し、その地を武蔵の大内と名付け、一祠を設けて、厚く信仰する天明玉命を祀った。これが当社の創建である」