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最後に申(もう)します。先生(せんせい)の最後の御講演となった昨年9月の総(そう)幹(かん)部(ぶ)会(かい)の席上先生(せんせい)は国立(こくりつ)戒壇(かいだん)建立(こんりゅう)の重(じゅう)大(だい)事(じ)を私達に御教示下(くだ)さいました。すなわち「人類絶滅の大災難から日本(にっぽん)を、世界をお救い下(くだ)さるのは大慈大悲と絶大(ぜつだい)威(い)徳(とく)まします日蓮(にちれん)大(だい)聖人(しょうにん)ただ御(ご)一(いち)人(にん)であられる。これを知る我
先生(せんせい)は、解散(かいさん)処分(しょぶん)を被(こうむ)り、登(と)山(ざん)を妨害されてより実に半世紀に渡り、1年の御(ご)奉公(ほうこう)を終えた年の暮れには必ず富(ふ)士(じ)大(たい)石(せき)寺(じ)の近くに赴(おもむ)かれ、寒空の下で防(ぼう)寒(かん)具(ぐ)も召さらずに凍(い)てつく大地に座して富(ふ)士(じ)大(たい)石(せき)寺(じ)にまします戒壇(かいだん)の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)に遥拝(ようはい)勤行(ごんぎょう)をなさっておられました。
また先生(せんせい)は、正系門家の師敵対に対し徹底せる諌暁をなされる一方で、御(ご)在(ざい)世(せ)の日本国(にっぽんこく)が大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)の御頸(おんくび)刎(は)ね奉(たてまつ)るという大逆罪を犯した事(こと)について「この大罪、凡夫は忘れても諸天(しょてん)は忘れない。寿命の長い諸天(しょてん)は七百年前の事(こと)も昨日(さくじつ)のごとくに覚えている。これが、御(ご)在(ざい)世(せ)には大蒙古の責めとなり、未来には前代未聞の大闘諍、他国来難となっ
しかしその後も宗門はなおも法華講員にノルマを課して不(ふ)敬(けい)の御(ご)開(かい)扉(ひ)を強行して、戒壇(かいだん)の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)に対し奉(たてまつ)る不(ふ)敬(けい)冒(ぼう)涜(とく)を重ねております。ましてこのような濫(みだ)りの御(ご)開(かい)扉(ひ)は大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)に敵意を抱き、害意を加(くわ)えんとする悪人が容易に紛(まぎ)れ込む隙を与えるため、大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)を危険に曝(さら)し奉(たてまつ)る。ゆえ
また、御(ご)遺命(ゆいめい)の敵(かたき)となった細井日達が急逝した後に自己申告で登座した阿部日顕に対しても、先生(せんせい)は幾(いく)度(ど)となく諌訴状を提出されました。その主旨は「早く改悔し、速(すみ)やかに正本堂(しょうほんどう)より奉安殿(ほうあんでん)に大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)を御(ご)遷(せん)座(ざ)申し上げ、もって誑惑(おうわく)を清算して大罪を償え」というものであります。そして、池田大作と阿部日顕が二人三脚で成さんとした本(ほん)門(もん)寺
話は変(か)わります。私はこの1年、先生(せんせい)に対する御(ご)報恩(ほうおん)の思(おも)いで先生(せんせい)の仏法上(じょう)の重大なるお立場とその透徹の御信心(しんじん)を顕わさせて頂(いただ)きました。かかる先生(せんせい)の66年の激闘を貫(つらぬ)く不変の大精神とは何かといえば「日蓮(にちれん)大(だい)聖人(しょうにん)ここにましませば何を命じ給うか」とその御(ご)命令(めいれい)のままに身命を賭して戦われた大忠誠心(だいちゅうせいしん)であります。またその戦いは
また、裏表紙の裏面にはいつも顕正新聞の新年号に掲(かか)げられている天生原(あもうがはら)の方角から臨(のぞ)む富(ふ)士(じ)山(さん)の写真を掲載いたしました。これは、申すまでもなく昭和32年の発足から昨年10月16日の御(ご)逝去(せいきょ)に至る実に66年に渡り身命を賭して戦い抜かれた先生(せんせい)が常(つね)に見つめ続けておられたのが富(ふ)士(じ)山(さん)天生原(あもうがはら)に建立(こんりゅう)される御(ご)遺命(ゆいめい)の国立(こくりつ)戒壇(かいだん)建立(こんりゅ
いささか余談になりますが、二百万法城屹立の直後の平成30年11月に本(ほん)部(ぶ)棟(とう)と産業道路がつながるこの良き土地(とち)が入手できましたが、当時この土地(とち)にはコンビニエンスストアが存在した状態で、残り7年もコンビニの本(ほん)部(ぶ)との契約が残っておりました。通常この類の契約はこちらの都合で解除できるものではなく、コンビニの本(ほん)部(ぶ)に交渉したもののやはり木で鼻を括(くく)った対応で即(そく)断(ことわ)られてしまいました。ところが、不思議(ふしぎ)な事(
そして、本日の一(いっ)周(しゅう)忌(き)に当たり、昨年出来(しゅったい)した3つの浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先生(せんせい)追(つい)悼(とう)号(ごう)をA4変形サイズ、全67ページの冊子にまとめた永久保存版というべき特別(とくべつ)追(つい)悼(とう)号(ごう)を発刊し、御宝前に備え奉(たてまつ)りました。今日参列した全幹部にこれを贈呈(ぞうてい)いたします。そして今後、全国の会館(かいかん)・事務所の窓口でも廉(れん)価(か)でこれを頒(はん)布(ぷ)いたします。
本日は、冨(ふ)士(じ)大(たい)石(せき)寺(じ)顕正会初代会長浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先生(せんせい)の一(いっ)周(しゅう)忌(き)に当たり、報(ほう)恩(おん)謝(しゃ)徳(とく)のため257万顕正会員を代表する班長以上が打ち揃い、一(いっ)周(しゅう)忌(き)法要(ほうよう)を厳修(ごんしゅう)させて頂(いただ)いた次第であります。皆様には御(ご)報恩(ほうおん)の赤誠をもって参列されました事(こと)を心より有難(ありがた)く思(おも)うものであります。浅(あさ
無糖博英です。令和6年10月16日に奉修された浅井昭衞先生一周忌法要における浅井会長御挨拶を掲載いたします。冨士大石寺顕正会初代会長・浅井昭衞先生は昨年の10月16日未明に臨終を迎えられましたが、その臨終の相は御金言のごとく色白く、柔らかく、軽い成仏の相であり、浅井城衞会長を始め御拝顔が叶った七百名の幹部は冨士大石寺顕正会の日蓮大聖人の御心に叶い奉る信心、浅井昭衞先生の91年の生涯かけて貫かれた大忠誠の戦いに胸の奥より大確信がこみ上げ、それが1年間の大爆発の弘通となった事は疑いありません
さて、本日は新しい体制での前進(ぜんしん)開始に当たり私の存念(ぞんねん)を述(の)べさせて頂(いただ)きます。10月16日の臨(りん)時(じ)幹(かん)部(ぶ)会(かい)において「これからは私が先生(せんせい)の名代として顕正会の指揮を執らせて頂(いただ)く」事(こと)を表明いたしましたが、本日ここに正式に顕正会の会長(かいちょう)に就任させて頂(いただ)き、大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)に対し奉(たてまつ)る忠誠(ちゅうせい)を貫(つらぬ)き通された浅(あさ)井(い)昭(しょう
本日の総(そう)幹(かん)部(ぶ)会(かい)はまことに素晴(すば)らしいです。大感動(だいかんどう)いたしました。各登壇者の御(ご)報(ほう)恩(おん)の熱誠(ねっせい)には胸打たれ、先生(せんせい)の御(ご)意(い)思(し)を継ぎ、御(ご)遺命(ゆいめい)成就(じょうじゅ)に勇(いさ)み立(た)つその気(き)魄(はく)をひしひしと感じては、熱涙(ねつるい)が込(こ)み上(あ)げてまいりました。この大(だい)熱(ねっ)気(き)ほとばしる会合を先生(せんせい)は霊山(りょうぜん)からじっ
本日は冨士大石寺顕正会会長・浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先生(せんせい)の御恩徳を報ずるために、全国より総班長・支隊長以上の代表幹部三千数百名が相集い、ここに、本部会館において追悼(ついとう)の大(だい)法(ほう)会(え)を謹(つつし)んで奉修させて頂(いただ)きました。先日発刊された顕正新聞浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先生(せんせい)追悼(ついとう)号(ごう)に先生(せんせい)の御(ご)略歴(りゃくれき)が掲載されておりますが、大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)へ
謹(つつし)んで浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の御(ご)霊(れい)前(ぜん)にお別れの御挨拶を申(もう)し上(あ)げます。さる10月16日、無二の師匠浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の御(ご)逝去(せいきょ)の報に接し茫然(ぼうぜん)と言葉を失い、その悲しみは理屈抜きで今なお我(わ)が心の隅々(すみずみ)まで広がったままでございます。これまで先(せん)生(せい)より受けし薫陶(くんとう)の数々が走(そう)馬(ま)灯(とう)のごとく心
謹(つつし)んで浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の御(ご)霊(れい)前(ぜん)にお別れの御挨拶を申(もう)し上(あ)げます。さる10月16日に浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)が御(ご)逝去(せいきょ)された事(こと)を浅(あさ)井(い)理(り)事(じ)長(ちょう)からうかがい、それまで「天生原(あもうがはら)の御供(おんとも)が叶う日を見つめて運命を共に」と熱願(ねつがん)してきただけに、その衝撃(しょうげき)は言葉になりませんでした。
謹(つつし)んで浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の御(ご)霊(れい)前(ぜん)に今日(こんにち)まで賜わりました大恩(だいおん)に深謝(しんしゃ)申(もう)し上(あ)げるものでございます。先(せん)生(せい)は「遺命重しいのち尽くまで」と会(かい)歌(か)に御(おん)自(みずか)ら謳われるままお命お尽きになるまで御(ご)本仏(ほんぶつ)日蓮(にちれん)大(だい)聖人(しょうにん)に忠誠(ちゅうせい)を貫(つらぬ)かれ、御(ご)遺命(ゆいめい)成就(じょうじゅ)に
謹(つつし)んで浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の御(ご)霊(れい)前(ぜん)にこれまで私達弟子(でし)を御(ご)教導(きょうどう)下さったその大恩を感謝申(もう)し上(あ)げます。さる10月16日、浅(あさ)井(い)理(り)事(じ)長(ちょう)より浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)が大(だい)御(ご)逝去(せいきょ)された事(こと)をうかがい、全顕正会員は深い悲しみに包まれ、私自身しばし茫然(ぼうぜん)とするばかりでありました。今なお
皆様には昨日の通夜に引き続き、本日の告別式に御(ご)参列(さんれつ)頂(いただ)き、心から感謝(かんしゃ)いたします。浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)が安祥(あんじょう)として御(ご)逝去(せいきょ)された16日の夜に急遽(きゅうきょ)開催した幹部会でもお伝えいたしましたが、先(せん)生(せい)の御(ご)臨(りん)終(じゅう)はまことに素晴らしいものでした。臨(りん)終(じゅう)に当たってはいささかの苦痛もなく、直(ただ)ちに親族で2時(じ)間(かん)ほど唱題(しょうだい)回(え
本日は冨士大石寺顕正会会長浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の御通夜に全国より御(ご)参列(さんれつ)下さり深謝(しんしゃ)いたします。只今隊長・区長・支区部長以上の皆様と共に謹(つつし)んで通夜の儀を奉修(ほうしゅう)させて頂(いただ)きました。浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)の御(ご)逝去(せいきょ)の報に接した全顕正会員の悲(ひ)嘆(たん)と哀惜(あいせき)は言葉を知らず、その心情に思(おも)いを巡らせれば、胸が張(は)り裂(さ)けんばかりであります
本日隊長(たいちょう)・区(く)長(ちょう)・支区部(しくぶ)長(ちょう)以上の幹部に急遽(きゅうきょ)集まって頂(いただ)きましたが、重大な報告があります。本日16日の未(み)明(めい)、浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)が御(ご)逝去(せいきょ)されました。御年(おんとし)91歳でした。先(せん)生(せい)は数年前から体力の衰(おとろ)えがうかがわれておりましたが、そのようなところは私達弟子(でし)や家族にも一切見せず、ただ御(ご)遺命(ゆいめい)成就(じょうじゅ)の一点を見つ
無糖博英です。さる10月16日に冨士大石寺顕正会会長・浅井昭衞先生が91歳で御逝去されました。本来であれば悲しみの中に折伏弘通が止まってしまうところ、全顕正会員は浅井昭衞先生の広宣流布・国立戒壇建立の遺志を受け継ぎ、悲しみを乗り越えて誓願三万を大きく上回る38,204名の大法弘通が成し遂げられました。これまさに、浅井昭衞先生の日蓮大聖人の大忠誠心と大信心あればこそであり、だからこそ日蓮大聖人の御守護を頂いてこのような大法弘通が成し遂げられたのであります。この姿こそ、日蓮大聖人の御心の