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蔵出し京都画像〜京都画像クイズNo.290は前回の清浄華院の近くの寺院からの問題でした。それでは正解です護浄院清荒神、常施無畏寺、三宝大荒神でも正解です😊。解答を寄せられた皆さん、今回も皆さん正解です🤗。京都市駒札クイズで使用したこの画像は西門になります。三寳大荒神とは仏法僧の守護神の意味。秘仏ですから、御前立ちを拝みます。光格天皇胞衣塚護浄院は歴代天皇にあつく信仰されてきました。クイズで使用した双体像は道祖神。男女の二神には
2023年5月20日の京都歴史散策の続き。「東寺」の続き。東寺(その2)のレポhttps://ameblo.jp/indyaki12/entry-12852589983.html『東寺(その2)~京都市の寺院』2023年5月20日の京都歴史散策の続き。「東寺」の続き。高倉跨線橋・日の出湯・東寺(その1)のレポ『高倉跨線橋と、日の出湯と、東寺(その1)~京都市…ameblo.jp立派な朱の門があります。こちらは「潅頂院(かんじょういん)北門」。鎌倉
松原照子公式サイト|幸福への近道【毎日更新】松原照子の「見える」「感じる」「感じる」を赤裸々に語った「世見」そして、日記を連載中!ワンコイン(500円税込)で会員登録すると、会員限定の「月刊SYO」特別コラム、そして過去の「世見」も読み放題。また、会員限定の個別相談や、限定イベントなども定期的に開催中です。terukomatsubara.jp2025/4/23・・・本日中ですと、会員以外の方でもお読みになれます。いつの時代でも、不思議としか思えない出来事は起きているようですが、平安時
浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)は、寛平3年(891年)に文章博士・三善清行の八男として生まれ、母は嵯峨天皇の孫にあたる皇族出身でした。天台宗の僧侶として出家後、若くして卓越した霊力を示し、“霊能力プロレス”──当時「霊角(れいかく)」と呼ばれた法力合戦のピープルズ・チャンピオンとして名を馳せます。幼少期から比叡山横川をはじめ、大峯山・葛木山・那智山など修験道の聖地を巡り、宇多法皇の弟子として加持祈祷の修行を積みました。その修行過程で磨かれた神通力は、やがて京の都を驚かせる数々の
2024年祇園祭の記録です。前祭〜山伏山。会所の2階から見下ろしているのは、御神体の浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)平安時代の天台宗の高僧です。右手に斧、左手に刺高(いらたか)数珠を持ち、腰に法螺貝をぶら下げています。修行中の浄蔵が父の葬列を追いかけ、一条堀川の橋の上で棺に祈りを捧げると、少しの間だけ父が生き返ったという逸話が「一条戻橋」の橋の名の由来となっています。また、インスタ映えで人形の八坂庚申堂は浄蔵の建立によるもので、他にも浄蔵ゆかりの地は市内にたくさん存在します。山建
(ジョウゾウキショ)の父とは、平安前期に活躍した漢学者で文章博士、大学頭などを務めた【46】三善清行(キヨユキ・キヨツラとも)。道理を貫き、権威にも屈しない硬骨漢とされるが、菅原道真に引退を勧め、道真失脚後に文章博士に取り立てられた事から、政変の黒幕とも見られてきた。一条戻橋(モドリバシ)で、清行が一時蘇生したとの説話は、「橋を渡る葬列に出遭った浄蔵が祈祷を行うと、父が息を吹きかえした」と『撰集抄(センジュウショウ)』巻7に記され、「戻橋
天暦2年に塔が北西に傾いた時、天暦年間法観寺に住み雲居寺(ウンゴジ)で逝去した「【43】浄蔵貴所(ジョウゾウキショ)」が塔に向かい祈念したところ、塔はたちまち元に復したと云う。高さ約46m・方3間・本瓦葺。何度か消失し、現・塔は永享12年に足利義教によって再建された。法観寺の創建は平安遷都以前とされ、塔もそれ以来の古制を踏み、純然たる和様・白鳳期の建築様式を今に伝える。内部は中央に心柱を通し、四天柱の間を須弥壇として本尊・五智如来像5体を安置、
かつて傾いた法観寺・八坂の塔を法力で直したと伝わる僧は誰か?天台僧・浄蔵(ジョウゾウ)であるが、その法験談は多い。父は学者・三善清行で母は嵯峨天皇の孫。『歎異鈔』の「一条戻橋(モドリバシ)にて祈祷で父を蘇生させた」と云う説話は戻橋の名の由来になっている。『江談抄(コウダンショウ)』に鬼から名笛・葉二(ハフタツ)をもらう話がある。平将門の調伏(ジョウブク)祈祷に成功した。天暦年間、法観寺に住み、八坂庚申堂を建て、秦氏守り本
醫王山蔵王堂光福寺■西山浄土宗■御本尊:蔵王権現■京都市南区久世上久世町826■洛西観音霊場第19番平安時代に吉野の金峰山で修行していた修験者の浄蔵貴所が、平安京の裏鬼門にあたる当地に蔵王権現を祀って創建したのが始まりとされます。浄蔵貴所は優れた呪力をもち、死んだ父親の葬列が一条戻橋を渡った際に一時的に生き返らせたという伝説があり戻橋の名はこの話に由来しています。祇園祭の山伏山の御神体の人形は浄蔵貴所が修行に山に入る姿を表しています。JR東海道本線の桂川駅の東側、徒歩1
山口県萩市須佐に鎮座します鏡山神社(かがみやまじんじゃ)風水では、萩市で一番強いパワースポットだそうです。実は、この日の1週間前に訪れたんです。が、拝殿までしか行けなかったんです。気力と体力が無かったからです。拝殿です。こちらのブログの続編になります『鏡山神社その③たどり着いたけど、、、諦めて帰った(´;ω;`)ウゥゥ』山口県萩市須佐に鎮座します鏡山神社(かがみやまじんじゃ)ネットで、風水的には、萩市では一番のパワースポットだと書いてありました。それで
山口県萩市須佐に鎮座します鏡山神社(かがみやまじんじゃ)ネットで、風水的には、萩市では一番のパワースポットだと書いてありました。それで行ってみましたよ鏡山神社への道の途中の、いわくありげな、龍さんがいそうな水たまりこの写真からはパワーが来てますよ~ん~、鏡山神社と言えば、、、佐賀県唐津市に鎮座する鏡山神社を思い出すんですけど、私は、まだ未参拝なのです。近々行きたいと思っています。さて、風水では萩市で一番のパワースポットだとされている鏡山神社なんですけど、な
山口県萩市須佐(すさ)に鎮座します鏡山神社(かがみやまじんじゃ)ネットで、風水的には、萩市では一番のパワースポットだと書いてありました。それで行ってみましたよ車道が行き止まりになるとこに着きました。駐車場は特にありませんでした。でも、道路幅というか路側帯が広くなっていて、十分な駐車スペースがありました。さぁ、ここからが大変だったのです。駐車したところから、どっちに進むかなんですけどね、案内板は何もないただ、、、長方形の狭い暗いトンネルが、、、、ひ
山口県萩市須佐に鎮座します鏡山神社(かがみやまじんじゃ)ネットで、風水的には、萩市では一番のパワースポットだと書いてありました。むむむ、私の好奇心が、むくむくむくもちろん、行ってみたくなりますよね。で、行ってみました。須佐は、自宅から遠いんです。片道100キロ、車で2時間以上かかります。(;^ω^)ナビを頼りに行きましたよ。須佐に到着し、国道191号線から県道に入りました。道は、すぐに狭くなりました。でも、海の近くで、景色がきれい~最初の案内板
🚲🚲🚲七本松通。慈眼山観音寺何回目🆙になるでしょうか🤔。ご覧のように当日は百叩き門が開いていたので、地蔵堂と観音堂を参拝させていただきました。※普段も駐車場やくぐり戸が開いていれば入れますが、山門が閉まっていれば遠慮して、駐車場から外観を撮るだけで境内に入ることはしませんでした。京都市駒札拡大して読んでね😅観音寺上京区七本松通出水下ル三番町にある浄土宗単立寺院。洛陽三十三所観音霊場第二十七番札所。本尊は阿弥陀如来。もと浄土宗
六孫王神社の次は、鎌達稲荷神社(けんたついなりじんじゃ)に行ってきました境内はかなり狭く、鳥居をくぐると、すぐ左手に本殿があります御祭神は、倉稲魂大神(ウカノミタマノオオカミ)・猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)伏見稲荷大社よりも古く、元稲荷と伝わるそうです境内には、境内社がありました真ん中の石碑、浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)と書いてあり、調べてみると…浄蔵貴所とは、人の名前で、数々の怪奇や奇跡を起こした人物なんだとか父親の蘇生を
大汝峰側から見た白山山頂🌼泰澄和尚と白山のこと「泰澄和尚伝」より🌼🌼泰澄和尚の、生前も入滅後も不思議徳行異相権化の言い伝えが数限りなくあって、一貫してまとまっていないので、天徳元年三月十四日に(実際は天徳元年二、三月はないので、天徳二年のことではないかと思うのですが)門跡の首老、浄蔵貴所の面談、口筆を以って門徒の神與(しんよ)聖人が記し、後代の亀鑑(手本)として備えた”と、「泰澄和尚伝」の末尾に
昨日のブログで、「今日は祇園祭のくじ取り式がある」ということを書いていた。そして、今朝の京都新聞の朝刊にも、当然ながら1面にその様子が掲載されていた。また祇園祭山鉾連合会もホームページ上で、京都市文化市民局が発出した印刷物の形で、くじ取り式の結果を報告していた。それによると、以下のような順番になっていた。(ホームページより)「祇園祭くじ取り式の結果について」本日午前10時から、京都市会議場で「くじ取り式」が執り行われ、その結果、本年の祇園祭山鉾巡行の順番が決定しま
蔵王堂光福寺(ざおうどうこうふくじ)は天暦九年(954年)に、第六十二代・村上天皇の勅願により、吉野金峯山で蔵王権現を感得した僧・浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)が、平安京の裏鬼門を守護する地を求めていたところ、この地を蔵王権現有縁の地として創建した。光福寺の寺号は、弁財天女の異名「福宝光明女」、山号の医王山は薬師如来の別名「大医王仏」に由来するとのこと。毎年8月31日の八朔祭法楽会に奉納される当寺が発祥の「久世六斎念仏」は国の重要無形民俗文化財に指定されている。宗派:西山浄
…遠回りすると云われている「一条戻橋」はどの川に架かるか?一条戻橋は「堀川」に架かる。橋の名の由来としては以下の伝承がある。延喜18年、文章(モンジョウ)博士であった亡き三善清行(キヨユキ、キヨツラとも)の葬列がこの橋に差し掛かった。そこに駆け付けたのが紀州・熊野で修行中だった子の浄蔵。橋の上で父の棺にすがって泣き崩れると、棺の中から父が一瞬蘇った事から「戻橋」と呼ばれる様になったと云う。この「戻橋」の名から、婚礼の時には
ブログ更新ができないまままたずいぶんと時間が過ぎてしまいました。今日は京都に来たので、久しぶりの更新です。秋らしいかと思いきやものすごい暑さでした。本日最初にお詣りしたのは、かつて平安京の二大官寺の一つ、西寺があった場所(現在は唐橋西寺公園)に鎮座している鎌達稲荷神社(けんたついなりじんじゃ)。ご祭神は倉稲魂大神と猿田彦大神のニ柱です。鎮座は伏見稲荷大社より古く元稲荷とも伝えられています。本殿手水鉢にはさりげなく花が・・・白菊稲荷大神倉稲魂大神は五穀豊穣、商売繁盛の神さまです。
夫の浮気夫の暴力妻の不妊などの女性の悩みを祈祷で占い解決する平安時代の祈祷師・浄蔵貴所1話歴史秘話祈祷師、浄蔵貴所といえぱ一条戻り橋で父親の葬儀の棺桶から祈祷で父親を一時的に蘇生させたことで有名です。それから1000年の今も葬儀の列や霊柩車は死者が蘇るということでこの橋を渡らないという。また、八坂の塔が台風で傾いたが、これも祈祷で元に戻してそれから1000年も建ったままです。しかし、それは浄蔵貴所が天皇に祈祷が認められ有名になったころの話で若いころは比叡山で修行をしたのち吉
こんにちはいよいよですね祇園祭三条会商店街では、祇園祭の提灯が上がりましたもうすぐコンチキチンが3年ぶりに聞けます京都かみんぐも山伏山の限定商品販売の為の商品作りに励んでますやっぱり目玉はコレ山伏山のご神体浄蔵貴所の大峯入りをモチーフにした御朱印帳です鉾と山の名称シールとマップが付いていますシブいです平安時代のに活躍した天台宗の高僧です。安倍晴明と同じ時代の方なんですが安倍晴明に勝るとも劣らない法力で混迷の世を平和に導いた方です。一条戻橋の甦り伝説や八坂の塔
<慈眼山>観音寺(京都)【10/7の4ヶ所目】本昌寺から歩いて、観音寺を初参拝御朱印を頂きました。こちらの聖観世音菩薩は浄蔵貴所が父の三善清行を蘇生させた時に祈祷をこめたという伝説があるそうです。凄いですね、まさか実存しているとは…(´・∀・`)ヘー*****************************************■由緒1607年、梅林が一条室町に創建■住所京都市上京区七本松出水下三番280■御本尊聖観世音菩薩■宗派
八坂庚申堂(やさかこうしんどう)は、正式には大黒山金剛寺と号し、通称として八坂庚申堂と呼ばれており、天徳四年(960年)に浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)が、一般の人々にも御本尊の青面金剛をお参りできるようにと八坂の地に建立した。御本尊の青面金剛は飛鳥時代に中国より渡来した、秦河勝が秦氏の守り本尊として将来したものといわれている。現在のお堂は、延宝六年(1679年)に再建されたものである。境内には、いろんな色の「くくり猿」が数多く吊るされている。八坂庚申堂は、大阪の四天王寺庚申堂、東京の
蔵出し京都画像~京都画像クイズNo.67は、いつもより解答数が少ないことから、難問だったようですね。正解は医王山蔵王堂光福寺京都市南区久世上久世の西山浄土宗寺院です。寺名や蔵王堂は知っていても、交通の弁があまりよくないから、拝観された方は少なかったな。この時は、京都駅南で自転車をレンタルして訪れました。仁王門(江戸時代前期)医王山で検索すると、菊ちゃんブログが一頁に出てきます。蔵王堂本堂には、蔵王権現の他、浄蔵、役行者、観
法観寺重塔には、伝説があり天暦2年に塔が北西に傾いた時、天暦年間法観寺に住み雲居寺(ウンゴジ)で逝去した「【43】浄蔵貴所(ジョウゾウキショ)」が塔に向かい祈念したところ、塔はたちまち元に復したと云う。高さ約46m・方3間・本瓦葺。何度か消失し、現・塔は永享12年に足利義教によって再建された。法観寺の創建は平安遷都以前とされ、塔もそれ以来の古制を踏み、純然たる和様・白鳳期の建築様式を今に伝える。内部は中央に心柱を通し、四天柱の間を須弥壇と
当初、2日目の予定は京都市歴史資料館で資料調査を計画していましたが、展示物の入れ替えで火曜日も休館となってしまい、早々に頓挫。それでも資料館近くの寺院は予定に入っていたので訪れてみました。護浄院京都市駒札拡大すればはっきり読めますね。参考までに『京都大事典』から抜粋しますから、比較してみてください。清荒神上京区荒神口通寺町東入荒神町通にある天台宗の寺。正しくは護浄院。常施無畏寺とも号す。本尊三宝大荒神。宝亀二年(771)光仁天皇の開成皇子が
おはようございます京都のkojiro(小次郎)です今朝の京の街は真夏の日差しでセミの声が聞こえています。ブログの更新がいつもより大幅に遅れてしまったのは、8月の京の街を撮影したカメラ(コンパクトデジカメ)を探すのに時間がかかっていたからなのですが…。いつもは仕事で持ち歩いているキャリーバッグに入っているはずのカメラなのですが、バッグの中には見当たりません。手のひらサイズのコンパクトカメラなのでどこに紛れてしまったのやら…。というわけで、今回の「kojiro
称讃寺から南へ歩いて、蔵王堂光福寺に訪れました。こちらは平安時代の三大超能力者の一人と言われた、浄蔵貴所が開基です。浄蔵貴所…知ってますよね?八坂の塔の傾きを直したり、死んだ父親を蘇えらした等の伝説の持ち主です。もちろん嘘に決まって…ゲフンゲフンいや、まあ優れた土木技術と医療技術を持ってたのかもしれませんね。ちなみに残りの二人は安倍晴明と元三大師です。--------------------------------------------------------------
祇園祭巡行の中止に時代祭も中止かよっと、怒っても仕方ないので山伏山の御神体浄蔵貴所大法師についてちょっこし調べてみました。なかなかにミステリアスな方です😄小さくて解り難いですがなんと!陰陽師安倍晴明の大先輩(?)だったのかっ❗️一条戻り橋の立て看板にある浄蔵は、山伏山の御神体浄蔵貴所大法師のことでした。死者を蘇らせるという必殺技を持っていたらしくたくさんの蘇り伝説があるんですがその他にも八坂の塔が傾いた時に法力(呪術)で元に戻したとかゼネコンに1人は欲