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流し雛下鴨神社京都市左京区三月三日流し雛は、平安時代から続く行事で雛人形の歴史は、災厄を祓うために人形(ひとがた)を身代にして川や海に流す習慣から始まりました。今では、女の子が生まれたら無事大きく育つことを願い、雛人形を飾るお祭りとなりましたが、今でも日はさまざまですが各地に流し雛の風習が残ってます。桟俵(さんだわら)に子供の成長を願いつつ、御手洗川に流すと心が清められ厄を逃れられると言われていて、三月三日に下鴨神社の境内に流れる御手洗川で行われます。桟俵の流し雛は和紙で着
横須賀市芦名の淡島神社は縁結びと安産で知られる神社。浄楽寺は運慶仏で知られる寺院。淡島神社の祭礼は3月3日の桃の節句に行なわれます。「あわせてください淡島様よ、お礼参りは二人づれ」と唱えながら、「底抜け柄杓」の柄に麻を結んで奉納します。「水が抜けるようにすんなりと出産できるように」という願いが込められているのだとか。祭礼では、流し雛も行われます。人形に罪やけがれを移して海に流して厄をはらう行事で、一年の無病息災を祈ります。浄楽寺の「木造阿弥陀如来及両脇侍像」、「木造不動明王・毘沙門
旧暦の四月。日の出には、まだ間がある。戸口のしんばり棒をはずし、お初は長屋の腰高障子をそっと開けて外を見た。濃い朝靄が、本所深川の狭い路地を覆て木戸口もよく見えないほどだった。お初の父親は、植木屋だ。職人の朝は早い。朝餉(あさげ)の支度をするための水を汲むため、手桶を持って、長屋の共同井戸端に行った。すでに、人影があった。「あら、幸吉さん。おはよう」「お初っちゃんか、おはよう」幸吉の父親は、腕のいい左官職人だが、幸吉の下に三人も幼い子供がいるので、暮らしは厳しかった。貧しい
夕べは市内のスタジアムで湘南ベルマーレの試合があったらしく作業部屋の窓からキックオフの夜7時半頃花火が上がるのが見えましたほんの10発ほどの花火で音が聞こえて慌てて写真撮ったけど1枚だけしか撮れなかった・・さて今回作るのは搔巻童。まずは男の子と女の子を1体ずつ。型紙を80%に縮小して作ります。80%に縮小すると縦0.8×横0.8=0.64で元の64%(約3分の2)のサイズに仕上がります。次は手のひらサイズの敷布団と搔巻布団
おはようございます。風水師の圓山(まるやま)真央です。流し雛に七夕飾り、精霊流しなど、何かを水に流すことで届ける思いや願いがあるかと思えば、神社のおみくじや絵馬など、雨風や太陽に晒され、お焚き上げされることで煙となって天に届くものも。古来から折りに触れ、願いを届けるためなどに水に流したり、火に焚べたりすることは数多く行われてきました。そこに込められた願いや思いを単に忘れてしまうのではなく、流して手放すことでもう振り返らない、燃やしてしまうことで昇華する、ある種の禊
長年の夢だった用瀬町に行ってきました✨旧暦3月3日に行われる流し雛のイベントは、全国のニュースでも放送される伝統的な行事です🎎各家庭の雛人形を見ながら町を散策しましたが、街並みも素晴らしいですが皆さん気さくで温かくて楽しい方ばかりで、用瀬町、サイコー❣️と、大大大満足でした💕ミヤネ屋や、ザワイド時代に私の名前をテロップで見たことがあった方もいらして、見たことあるー、知ってるー‼️とお声を掛けていただいたことも有り難い限りでした❗️そんなふうに言っていただ
当時の父ちゃんの気持ち、私自身の態度を思い返すと、瞬時に痛みが心を覆う。ひとり時間を沢山持てている今も、心底から幸せだと思えない、、幸せになっちゃぁいけない、、みたいな。父ちゃんの回想②翌週、赴任先から帰った父ちゃんを見た私は、目を疑った。えっ、、、!?!?先週、調子が良くなったと意気揚々と赴任先に戻ったはずなのに父ちゃんの白目は黄色く染まり、前週よりも目に見えてやつれていた。「もう一回、病院に行って来る」今回は私も同行した。長い待ち時間。数々の検査。ふたりで結果を聞いた。
きょうの朝7:00~7:54、BS-TBSで、ちりさんがレギュラー出演していた西田敏行さん主演のドラマ「浅草ふくまる旅館」の第八話『流し雛と義理の母』の再放送があります。”テレビ王国”には、番組概要について、『日本人が忘れつつある懐かしい人情が残る下町・浅草の老舗旅館を舞台に…訪れるお客さんや従業員とのふれあいを描くハートフルドラマ。』などとありました。番組詳細は、以下のようになどありました。『大吉は浅草旅館観光組合…会長・奈津子から…克子が浅草再開発と称して「ふくまる旅館」乗っ
室礼のお師匠様のお許しを得て、一昨年の4月から開催させて頂いている、さる企業様での私の室礼講座も12回目となりました。「雛まつりの室礼」講座のご報告です。今回は、基礎科全12回の最後の講座となりました。隔月で2年間室礼を学んだ皆様全員の美しい室礼をご紹介したいと思います。テーマは「流し雛」。雛まつりの原型の一つは、私たちの穢れを纏い、祓いの為に流されていく人形(ヒトガタ)…〜雛まつり〜受講生の皆様方の室礼五色の紐に女雛の檜扇の飾り紐の色を
宝塚中山寺の梅まつり今年は3月初旬でもまだ見頃に至らず…予報では3月後半にまた寒の戻りがあるようです冬物仕舞いはまだしばらく先の方が良いみたい🦆🪽🦆🪽🦆🪽🦆二度目の雛見の会in十三は友人の絵本セラピストのハニーさんがいろいろご尽力くださり🙏https://www.instagram.com/p/DFpypMETQ_P/?igsh=Z3NqdHVwb2Jveno5お茶と絵本のじかん・ハニーonInstagram:"・《雛見の会》3
咲いた咲いた🏵️満開ですご近所では数少ない梅スポットで梅の花🏵️愛でてます5日が啓蟄でしたが3月1週目は寒の戻りで寒かったですねさてさてずいぶん遅くなりましたが雛見の会🎎の報告第1弾(2月26日)スワンホール4階の小さな会議室にて4人の方が可愛いお雛さまを連れて来てくださいました雛さまたちをテーブルに並べるだけで室内がぱっと華やかになり清らかな気に満たされる気がしますお雛さまが居ればその数だけそれぞれの思い出がありますおひとりず
3月3日は桃の節句、一般的に「ひな祭り」の日。中国の古い習慣をたずねると「上巳(じょうし)の節句」というものに辿り着く。これがこの節句の源流らしいが、いわゆる「ひな祭り」ではない。平安時代に書かれた『枕草子』の中には、「三月三日、うらうらとのどかに照りたる。桃の花は今咲きそむる」と書かれている。その記述だけで「ひな祭り」らしいものは出て来ない。何でも書き連ねる清少納言のことだから、表記がないということは、やはりお雛祭りはなかったと考えて良さそうだ。それ以降の日本で出来上がった習慣
こんばんは西村リエです。今日もブログを読んで頂きありがとうございます。皆さんに読んで頂けることを嬉しく思っています。ご縁に感謝です。そしていいね、フォローをありがとうございます。ひな祭り。3月3日桃の節句。ひな祭りの由来とはひな祭りは、災いを人形(ひとがた)に移し、その人形を川や海に流し去る「流し雛(ながしびな)」という風習が由来とされているそうです。お子さまの病気や不幸をひな人形に背負ってもらうことで、お子さまが健やかに成長できるようにとの願いが込められた行事です。江戸時代に
今年は雨で流し雛神事は祭場を御手洗池より橋殿に変えての催されました。一般参詣者の流し雛は御手洗池で行われていました。そして皆さん開花を待たれている”光琳の梅”はまだ蕾でした。開花は来週でしょうか。2025/3/3
女の子の幸せを願う「ひなまつり」の始まり。にひなまつりにおひなさまをかざるわけ(行事の由来えほん)Amazon(アマゾン)ひなまつりにおひなさまをかざるわけ瀬尾七重文岡本順絵教育画劇おはなが川で溺れ病気になった時、厄災の身代わりになってくれたのは、兄の三郎次が作った人形でした。物語は、雛人形の元となった「流し雛」が、メインです。昔の暮らしの描写が詳しく描かれています。家族間の悲しい展開もありますが、子どもにも分かりやすく本格的で良い由来絵本です。小学1・2年生位~
おはようございます。今日は、3月3日。雛祭りです。いろいろなところで雛祭りの行事が行われます。ところによっては、旧暦でするところもあります。元々は、後水尾天皇の中宮だった徳川和子(東福門院)が、女帝・明正天皇に即位した娘の興子内親王の幸せを祈り、作られた座り雛が、起源だとされています。それぞれの人形の役割は、■内裏雛……あるいは親王(男雛、女雛)と呼ばれ、それぞれ天皇、皇后をあらわしています■三人官女……宮中に仕える女官をあらわしており、その内1人のみお歯黒、眉無しです。既婚
ご訪問有り難うございます3月3日は「ひな祭り」「上巳の節供(句)」(じょうしのせっく)です上巳の節供(句)の起源は古代中国に遡ります「上巳」とは旧暦3月の最初の巳(み)の日に川で身を清め厄を払うという風習がありました古代中国では3月は季節の変わり目であり邪気が入りやすい時期と考えられていましたそこで人々は川や水辺で身を清める禊(みそぎ)の儀式を行い邪気を祓って健康を願いましたまた、流れる水のほとりに酒盃を浮かべ和歌を詠む風習が貴族の間で広まりこれを「曲水の宴」(きょくすいの
明日、3月3日は雛祭りですね🎎女の子の日。耳の日。瀬織津姫の日。田無神社では、立派な7段飾りが✨紫宸殿飾り、となっていますね。紫宸殿とは、内裏の正殿。お内裏さまが居る場所ですね。さて、最近、宗像三女神のことを書いていて。雛祭りが近づいてきているのもあってか、三人官女は、宗像三女神なんだなと思ったんですよ。そして、五人囃子は、五皇子。つまり、アマテラスオオミカミとスサノオノミコトの誓約(うけい)から生まれた神々。左大臣と右大臣。左近の桜に右近の橘。“火だり”と“水ぎり”で、“火水=神”三
準備完了生お雛様・・・・おそろ
はじめまして、シャイン🌈です。私の自己紹介です😊『はじめまして、シャインです』はじめまして、シャイン🌈と申します別のアカウントで、乳がんサバイバーとしてブログを書いていましたが、最近糸掛曼荼羅にはまって、趣味のブログに変更しましたはじめ…ameblo.jp昨日、従姉妹から、「姉ちゃん、旅サラダに日田の流し雛が出るんよ。その場所に子供達連れて行くけんね」お〜、それは録画しなければ‼️とセットしましたすると、朝、またまた従姉妹から電話があり、「今から放送やけんね‼️」「録画してるよ〜
もうすぐお雛様です。お雛様は元々はお祓いの日ですから、現在神社にはお祓いの形代が置かれている所が多くあります。当日は雛祭りの祓が行われます。今年は新暦のお雛様は月曜日となっているので、当日お祓いができなくても、お祓いをしたい場合は神社に行くと形代が置かれていて、簡単にその形代でお祓いを事前にお願いできます。御祈祷の申し込みもありますのでお近くの神社で確認するといいです。こちらは東京大神宮の以前の案内↓形代は2種類あって、これは私が選んだ形代です↓柄はいくつもあって選べました
2025年2月24日(月)晴先ずはルート図から歩行距離14.6km所要時間6時間6分(休憩含む)獲得標高1,625m今回も、一度登って下って、また登り返してと変態的なコース取りしかも登りルートはミカン園から男体山直下の直登ルート8:15つくし湖駐車場スタート朝からほぼ満車状態隙間にネジ込みました(笑8:47登山道に入る酒寄ミカン園を越した先の林道から登山道に入りますほぼマークやピンクテープはありませ
ご訪問有り難うございます今日(2025年2月18日)は二十四節気の雨水(うすい)です天文学的には太陽が黄経330度の点を通過する時を言います雨水とは「雪散じて水と為る也」とあるように降る雪が雨に変わり氷が溶けて水となることからきています冬の寒さがやわらぎ、少しずつ春の気配が感じられるようになる時期です昔の農耕文化では雨水は農作業の準備を始める目安とされていました雪解け水が増えて田畑を潤し農作業に適した時期へと移行していきますまた、雨水の日には「ひな人形」を飾ると良いと
先日、名古屋の徳川園で開催された、私が所属する室礼三千の室礼展に伺いました。私もスタッフとして参加する予定でしたが、今回は諸事情で断念😿でも、日帰りで名古屋まで🚅とても素晴らしい室礼展でしたので、皆様にちょっとだけ、ご紹介♪なお、解説は私の勝手な思いや推測ですので、ご了承願いますね🙇〜「上巳の節供」流し雛〜まずは、会場に入って目に入ったのは、長〜く長〜く設えられた「流し雛」の室礼。〜川上から流されてきた形代〜川上の山の方で流された紅白の形代でしょう
暦の上で立春と言えば・・・。この日を境に、徐々に暖かくなる日だよな。京都は直後に、寒波が到来!寒過ぎるやろ・・・!((ꏿ﹏ꏿ;))これでも後1ヶ月程で、桃の節句になるんだよな。ひな祭りを桃の節句って言うのは、この頃に桃の花が咲くのが由来だとか。だけど京都で桃の節句に、花が咲いているのを見たことがない。┐(˘_˘)┌これも以前調べたのですが、旧暦の桃の節句は桜の時期なんやね。因みに京都で桃が咲くのは、桜が咲くのと保々同じ時期です。(•‿•)b
ブログが2つになってしまってて投稿がズレズレに(泣)4月に毎年恒例の地元の流し雛に行って来ました😁人間の子供用の着物をほどいてteamRの着物にリメイク✌️なかなかの力作🤣沢山の観光客の方や地元のおじちゃん、おばちゃんに可愛い可愛いと言ってもらい沢山のカメラマンさんにも撮影して頂きましたぁ😍
今日はタイヤの皮むきに何処か行こうかと思いましたが、起きたら雨が一瞬降ったのでやる気無くして11時まで二度寝(-_-)zzz起きてみて暇だしちょっと仕事の疲れもあったのでワイハーまで温泉に行こうときつね3号を出動。鳥取道に入って昼ご飯でも食べようと道の駅に寄ったけど、なんかイマイチだったので適当に探したら20km先にレトロ喫茶があったので行くことにしました。喫茶レストランど〜り〜ずっと古い昭和歌謡が流れてて本当にレトロだった。ハンバーグ&フライライスというメニュー
4月11日派地元の流し雛にみんなで行って来ました。ママちゃん手作りの着物を来て行って来たよ。沢山の人に呼び止められ沢山の写真も撮って貰いました。