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五能線「驫木(とどろき)駅」は日本海に近い駅。なにやら寅さん映画やJR東日本のコマーシャルに撮影されたとか?GV-E400は老朽化したキハ40系気動車の置き換えを目的に作られたそうです。私は国鉄時代のキハ40系が好きなのですが・・・青森県つがる市「高山稲荷神社」龍のようにうねる鳥居が連続します。<イロトリドリさんのYouTube>から津軽鉄道「芦野公園駅」桜がきれいな駅で有名とのこと。オリジナル車両である
たっぷり文学に浸った後は、一旦五所川原へ戻りました。陽が暮れて来ました。五所川原から見る岩木山は頂上の形が違うような??とんがってますね〜🤔さて、五所川原で電車待ち合わせ時間が50分ほどあったので、駅近の立佞武多の館へすごい高さのねぶたです。迫力半端ない!!これが動くねぶた祭りも見てみたい!!😆VTR映画で祭りの様子を見ました。あら?吉幾三さん、こんにちは😃リゾートしらかみに乗って、弘前へ。弘前で2泊します。
日本最北私鉄、最後の腕木式信号機を現役で使っている津軽鉄道。日本唯一にして最後の「信号機」を使う本州最北の私鉄“アナログの装置”を動かすということ(2/3ページ)|乗りものニュースかつて日本全国の鉄道路線に存在した腕木式信号機はほぼ姿を消しました。が、本州最北私鉄の津軽鉄道では、唯一現役で活躍しています。(2/3ページ)trafficnews.jp駅信号所とつながるワイヤーを引っ張ったり緩めたりして腕木を作動させる腕木式信号機。赤い腕木は構内信号
津軽中里から津軽五所川原まで戻ります。運行本数はだいたい1時間に上下1本づつ。時刻表|津軽鉄道株式会社津軽鉄道の各駅発車時刻表のご案内です。ご利用の際はお間違いの無いように。tsutetsu.com乗ったのは7月下旬。田んぼのイネはこれからまだ伸びる時期でしょうか。五所川原駅に到着。外装修繕中のオハフ33。冬場にストーブ列車を引くロッド式機関
帰りの列車の1時間ほどの待ち時間を利用して、津軽中里駅周辺を徘徊。冬に来た時は、とても駅の外に出られるような状態ではない積雪でした。地方によくある、昔はそれなりに栄えていたのであろう…という遺跡のような空店舗の廃墟がポツポツあり、年寄りが住む家がほとんどでした。丸太の鳥居の神社。とりあえず小高い山に登って、高所より街の景色が窺えるか…と。樹木が茂ってそんなに見晴らしはよく
嘉瀬駅には元SMAPの香取メンバーと地元の子ども達が廃車体に描いたアート列車がアジサイに囲まれていました。その後、お色直しもされているようです。慎吾列車(青森県五所川原市金木町嘉瀬端山崎観光名所)-香取慎吾のアート列車、感動の夏旅!-グルコミ慎吾列車(青森県五所川原市金木町嘉瀬端山崎観光名所)香取慎吾くんが描いたアート列車を展示中です。嘉瀬駅の旧線に留置される特別な列車です。20年前の懐かしい放送を思い出させます。apese.net
日本最北の私鉄津軽鉄道。冬の名物「ストーブ列車」に乗ってみて、夏も来てみたいと思いました。冬の雪に閉ざされた津軽地方、短い夏はその暗く厳しい冬とはコントラストを際立たさせます。明るい夏も何となく儚さを感じさせるのは、その先に鈍く長い冬が控えているという青森独特の空気感かも。『1津軽鉄道』弘前から乗って来た五能線2連のキハ48.五所川原着。弘前からは27.8kmを各駅停車で1時間ほど。デジタルカメラの記録時刻はやはり狂っていたよ…ameblo.jp
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-161983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-151983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-141983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-131983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-121983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-111983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-101983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-091983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-081983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-071983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第71巻の紹介です。毎号のお楽しみ、Nゲージサイズ模型の付録は、国鉄近代化の立役者として、全国の非電化路線の優等列車網の整備の最初期に準急用として、そして後に急行用のキハ58系の登場後は普通列車としても活躍したディーゼル動車、キハ55形でした。いつものように、パッケージを解いて、奥底
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-061983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-051983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
津軽半島で女性一人旅の宿を決めるとき、迷いやすいのが「半島のどこに泊まるか」です。龍飛崎まで足を延ばして温泉宿に泊まるのか、五所川原を拠点にして駅から歩けるホテルを選ぶのか、津軽鉄道沿線の旅館で過ごすのかによって、旅の組み立て方がかなり変わります。さらに、一人旅では「客室が1名定員」というだけでは不十分です。実際に大人1名で予約できる宿泊設定があり、必要なら朝食や夕食も一人で付けられるかまで見ておきたいところです。津軽半島の女一人旅で比較しやすい宿は、次の4軒です。龍飛崎温泉ホテル竜飛
東京から新青森へ行く新幹線がほぼ満席で、繁忙期の臨時便である東京駅6:00発の東北新幹線に乗ってしまったため、青森で暇になり津軽鉄道に乗ってみました。東京駅6:00発なので東京駅ダッシュをすることになってしまいました。東京駅構内を迷わず移動できる人でないとこの便には乗ってはいけません。絶対乗り遅れます。津軽鉄道は津軽半島の西側を南北に結ぶ在来線です。JR五能線との乗り換え駅でもある、津軽五所川原駅です。津軽鉄道の本社は津軽五所川原駅の近くにあります。ホームまでの通路は
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-041983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
太宰治が生まれ育った青森を訪れるなら、斜陽館だけを見て帰るのではなく、彼が歩いた町の空気や、幼いころに眺めた風景、作品の背景にある津軽の寂しさまで感じてみたいですよね。けれど実際に調べ始めると、斜陽館のほかにどこを巡ればいいのか、金木と芦野公園はどう回ればいいのか、車がなくても大丈夫なのか、そしてどこに泊まると旅が楽になるのかが意外と分かりにくいものです。せっかく青森まで行くなら、観光地を急いで消化するだけではなく、太宰治の作品を一冊持って、少しゆっくり津軽を歩く旅にしてみませんか。青森で太宰
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-031983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-021983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
「津軽鉄道にオハ31が走っていた頃」-011983年にオハ35などに座を譲ってからは芦野公園に保存されていたオハ31ですが、ボクが津軽鉄道に通い始めた頃にはまだまだ現役で使われていました。それがまさか鉄道博物館に復元されて保存されるなんて思いもしませんでした。NikonF3
立佞武多絡みでDD352牽引の客車が走るということで年末以来の青森へ。いつもなら下道で行くが、この日までは貨物が数本撮れそうなので高速で。津軽線油川~津軽宮田へ。まずはEH800牽引の貨物たち。3054レ、3050レは曇ってしまいました。(>_<)次は701系で一番好きな秋田色。たまにはEF510の貨物でもと思い、EH800の貨物を蹴って10数年ぶりに奥羽線川部~北常盤へ。久々すぎて道忘れてた。今度は、津軽鉄道津軽飯詰~毘沙門へ。目的のひとつ、DD352牽引の客車
これから津軽中里14:53発の津軽鉄道線で津軽五所川原へ向かいます。津軽五所川原には15:30に到着する予定です。
いよいよ津軽鉄道の旅になります。これから津軽五所川原12:00発の津軽鉄道線準急(金木・芦野公園方面津軽中里行き)で津軽中里へ向かいます。津軽中里(青森県中泊町)には12:44に到着する予定です。