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井の頭線井の頭公園駅井の頭公園駅付近は昭和の頃の雰囲気あり降りたのは何十年ぶりだろう?新しいパン屋さんやお店もポツポツあります公園の池バスクリンのようなみどり井の頭公園駅から3分ほど線路沿いにてくてく行くと三鷹市吉村昭書斎作家の吉村昭さん津村節子さんの本が自由に読めます再現された書斎は有料で吉祥寺まで公園を抜けて徒歩10分くらい老舗な喫茶でナポリタン昭和の頃に入った事はなく初めてドア開けてみた厚めなベーコンがごろごろ量も満足でした
いちばん好きな作家は、との問いがあれば俺はもちろん‘吉村昭!’と答える。でもその作品すべてを読んでやるとは思わず、戦争、江戸時代関係のものだけを読むことにしている。その観点からすると今回の本などすっ飛ばしてもよさそうなものだが、目次を眺めると過去に読んだ名作の執筆譚がいくつか。吉村さんのエッセイで振り返られるそれらはいつも面白い。吉村さんの小説に‘冷い夏、熱い夏’というのがある。弟の癌闘病に寄り添う吉村さん自身が主人公の実録小説だ。当ブログでは紹介していないが、つい最近読んだばかりのそ
木こり仕事をしたもののその後、ほったらかしで・・・昨日、頑張って片付けました南側部分もようやく・・・のはずだったのですが柿の木とその周りのあれこれを切った枝がまた山積みにそんな中、嬉しいお客さん始め、フェンスに止まっていたのですがスマホを取り出したときには向うのお宅に木にオレンジ色のお腹が美しいジョウビタキ(♂)くん鳴き声はよく聞こえてくるのです水仙のつぼみがふくらんで来ました玄関側は、一応スッキリ今日が年内最後
来年1月26日(月)14:00~よろしければどうぞ。抽選かもしれませんが。三鷹市吉村昭書斎句会体験イベント|公益財団法人三鷹市スポーツと文化財団
今秋、津村節子氏の旭日中綬章受章により、『羆嵐』で再注目の吉村昭氏と夫婦で同じ賞(章)を4つ。このようなおしどり夫婦は他にいないのでは?ヤフーニュースにも転載されています。お読みください。「“戦車”のような夫のそばを自転車で並走した」──小説家おしどり夫婦、吉村昭と津村節子の軌跡(デイリー新潮)-Yahoo!ニュース吉村昭と津村節子:波瀾万丈おしどり夫婦|谷口桂子|本|通販|Amazon
作家の丹羽文雄が主宰した「文学者」で修業・・津村節子氏に丹羽文雄文学賞の賛同人をお願いしたのが「吉村昭三部作」のはじまりでした。病気で寝ているときも、夫の吉村昭は妻に書くことを望んだ(読売新聞オンライン)-Yahoo!ニュース『吉村昭と津村節子―波瀾万丈おしどり夫婦―』谷口桂子|新潮社
11月3日取材で訪れた福井県ふるさと文学館。出迎えてくれたのは「祝旭日中綬章受章津村節子氏」のスタンドボード。館内では早速お祝いの展示です。おめでたい日に訪れ、次作の幸先をいただいたよう。福井は出身の作家が多く、地元の福井新聞も津村氏の受章を大きく伝えています。郷里ゆかりの作家を大切にする文学風土、うらやましい限りです。福井新聞11月3日
今年の秋の叙勲。小説家の津村節子さんが“旭日中綬章”を受章されました。津村さんのことはこのブログでも何度かご紹介していますが、同じく小説家の吉村昭さんの奥様です。↓※「紅梅」を読んで(2018年8月26日)『「紅梅」を読んで』真夏なのに「紅梅」って❓と思われるかもしれません。津村節子さんの私小説である「紅梅」を読み終えました。津村節子さんは、同じく作家の吉村昭さんの奥様です。吉村昭…ameblo.jp御年97歳とは驚きです。夫である吉村昭さんは、私と同じ舌がんを発症し、最後は膵臓
『吉村昭と津村節子波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)、刊行から1年。28日から3日連続でダイヤモンド・オンラインより抜粋記事が配信になっています。「ここで死にましょうか」最果ての地で、妻は夫に言った。|ニュースな本|ダイヤモンド・オンライン「犬のようにしつけなければ駄犬になる」作家・吉村昭の衝撃の子育て論!|ニュースな本|ダイヤモンド・オンライン「父は悲しそうな顔をして、黙っていました」ベストセラー作家の息子の後悔|ニュースな本|ダイヤモンド・オンライン
おはようございます。harukazeです。朝ドラはすっかり脱落。私の楽しみを返しておくれ❗と叫んでもせんかたなしなので、中園ミホさん脚本の次回作「あんぱん」を楽しみにします。さて、還暦チャレンジ(まだ、還暦ではない)に屋久島の縄文杉を見に行くことを以前書きましたが、詳しくはこちら。『還暦チャレンジ始めました』おはようございます。harukazeです。久しぶりの更新ですが、夏の疲れか抵抗力が落ちたためか、定かではありませんが、めまいからの両眼結膜炎で、スマホから遠ざ…ame
津村節子「紅梅」(2011年、文藝春秋)を読んだ。図書館の書架から何気なく手にした本である。著者紹介で、1928年福井県生まれ。1953年吉村昭と結婚。とある。この小説は2005年1月、夫(吉村昭)が舌癌を発症して、膵臓癌が見つかり、膵臓を全摘して2006年7月に亡くなるまでの闘病を描いた作品であった。それまでは、朝起きる時に、どこも痛くなくて幸せだなあ、と每日言っていた、という。膵臓癌は早期発見が難しく、手遅れになることが多いため、治療成績は極めて悪く、五年生存率はわずか五%にも達して
今日7月31日は吉村昭さんのご命日です。今年3月都内2ヶ所目の記念施設として開館した三鷹市吉村昭書斎は全国紙に紹介され、妻の津村節子さんの郷里の福井新聞では2度にわたって。「京都新聞でも記事になってたえ」と、先々月訪れたときに祇園「みの家」の薫さんが取りおいてくれていました。津村さんが市長に手紙を書いて11年の歳月をかけて実現した記念館。思いはかなう象徴のようにも映ります。永遠に朽ちないものはこの世にないにしても、末永く存続してほしいです。開催中の企画展「三鷹で暮らした吉村昭」は展示の入れ替
吉村昭記念文学館で開催中の企画展「吉村昭の手紙」に伺いました。恩師の丹羽文雄に宛てた手紙もありますが、やはり惹きつけられたのは、180通以上あるという夫婦間の書簡です。その中でもとりわけ目にとまった2通があります。1通は、「二人とも、思った通りになったのだから」という、太宰治賞受賞作『星への旅』が刊行になった頃、夫が妻に宛てた手紙。もう1通は、「骨のないあなたがいとしくて」という妻が夫に宛てた手紙。どちらも津村節子著『果てなき便り』(文春文庫)に未収録です。180通以上ということは、未公開
<坂井ゆかりの文化人>▼森田愛子:俳人▼荒川洋治」詩人▼皆吉爽雨:俳人▼多田裕計:小説家▼高浜虚子:俳人▼中野鈴子:詩人▼伊藤伯翠:俳人▼高見順:小説家▼津村節子:小説家▼中野重治:小説家▼三好達治:詩人▼則武三雄:詩人
先月開館した三鷹市吉村昭書斎の見どころを紹介した動画が公開になりました。これから行く予定の人にも、もう一度行きたいと思っている人にも。ガラス張りの空間に並んだ吉村夫妻の著作の数には圧倒されます。そのすみっこのほうの、関連本のところに、わたしの「吉村昭三部作」も並べていただいております。井の頭公園駅から徒歩3分。井の頭公園の桜は7日が満開、桜吹雪は10日だそうです。三鷹市吉村昭書斎施設のご案内(youtube.com)
「婦人公論.jp」2回目が配信になりました。刻々と変わるのでしょうが、第1回と2回目の記事はデイリーランキングで1位と2位になっています。70年前に津村節子さんが「ここで死にましょうか」とつぶやいた根室は、いま流氷におおいつくされています。芥川賞の妻と太宰治賞の夫、小説家夫婦の新婚生活は?婚約中に発した吉村昭の「おれは無一文同然だ」発言が事実通りで…吉村昭と津村節子波瀾万丈おしどり夫婦|教養|婦人公論.jp(fujinkoron.jp)根室の流氷は根室市観光協会のフェイスブック
津村節子さんの郷里の福井新聞、論説で再び『吉村昭と津村節子』を紹介いただきました。地元出身の作家を大切にする風土を感じます。「命懸けの文学」、私も再読します。47NEWSやNEWSPICKSにも転載されているようです。ネットのことはよくわかりませんが。「吉村昭と津村節子」発刊命懸けの文学、再読したい|催し・文化|論説|福井新聞ONLINE(fukuishimbun.co.jp)
幼少期を三国で過ごしたことのある津村節子が越前の味に魅かれて講演を引き受け、越前料理を味わい尽くす短編である。「奥そこのしれぬさむさや海の音」そのなかに拙ブログでふれた「三国の哥川」のこの句を引用し、解説している。「これは三国の遊女哥川の句だが、いかに町は栄えたとは言え、三国の冬の寒さと孤独は、苦涯に身を置く女にとってひとしおだったのだろう。」この句の後の文章は、まさに「食レポ」となっている。越前蟹と熱燗が浮かんできた。こんなところに行けたらいいなああ
津村節子さんの郷里の福井新聞で大きく取り上げていただきました。吉村昭さんの生地・荒川も続いていきますように。わたしについては、三重県四日市市生まれ、丹羽文雄氏の顕彰活動にもふれていただいています。〈福井新聞提供〉
『吉村昭と津村節子波瀾万丈おしどり夫婦』を取り上げていただきました。お読みください。「ここで死にましょうか」行商の旅が失敗し、どん底に落ちたことも…小説家・吉村昭と津村節子の人生(レビュー)(BookBang)-Yahoo!ニュース
毎日新聞11月29日夕刊『吉村昭と津村節子波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)を取り上げていただきました。〈文学者であると同時に二人は生活者だった〉
Amazonで大連に関する本を見つけて、その著者の名字が以前井の頭公園でときどきおはなしを伺ったI(アイ)さんという90歳のおじいさんと同じだったので、もしやご本人かご親族の方と思い電話をしてみました。Iさんは2017年当時に90歳でしたが、公園で外国人が通り過ぎると英語でよく話をしていました。以前教えていただいた電話番号を書いたメモを家の中のどこかに仕舞い込んでしまい、これまでにIさんから聞いた話を総合して調べてなんとなく見覚えのある番号と思ってかけてみたら奥様が電話に出てくださいました。
津村節子著『さい果て』本屋の書架に並ぶ文庫本の背表紙で、この作家の名前を見たことはある。或いは本と本の間に挟まって突き出されている作家名のインデックスで。いつ頃の人なのか、どんな小説を書くのか、全く予備知識のないこの作家の本に手を伸ばした理由は、今となっては全くわからない。でもその本を借りた理由はわかる。この装丁がとても美しく見えたのだ。「2週間、手に取っていたい」と思った。そして、とてもいい本だった。表題作の『さい果て』は、しばらくぶりに出会った良き短編だった。『
今日の読売新聞朝刊です。山村美紗さんは、定規で広告の大きさをはかっていたとききました。真偽のほどは知りませんが、出版社がどれだけ自分の作品を大切にしているか、誰より大事にされているかをはかっていたのでしょう。新聞広告はこの先も出していただけるようです。新潮社のプレスリリースもお読みください。読売新聞オンラインなど、いくつかに転載されています。丹羽文雄氏と同郷の縁から始まっています。作家同士の結婚生活は小説よりも奇なり?意外すぎる人生模様を初めて明かしたノンフィクション『吉村昭と津村
『吉村昭と津村節子波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)東京でいちばん大きい(2000坪)ジュンク堂書店池袋本店では、3か所以上に並べていただいています。電子版も同時発売。よろしくお願いします!
いくつか紹介いただいています。ありがとうございます!ツイッターを使いたいと思うのですが、わたしには高度かも。ジュンク堂書店池袋本店@junkudo_ike·8h【新刊入荷】『吉村昭と津村節子』谷口桂子、新潮社学習院大学で出会い、結婚し一男一女を儲けたふたりの小説家。文芸界きっての「おしどり夫婦」と評され、同志としてライバルとして、ときに苦節を乗り越えてきた知られざるドラマを綴る。https://honto.jp/netstore/pd-book_32750957.h
新刊の見本が届きました。装幀は新潮社装幀室です。吉村昭第3弾の今回は、書店の担当の方から出版社に、ゲラを読みたいという要望が何件かあったそうです。18日発売。どきどき。
11月1日(水)14時より、袖ケ浦市立中央図書館でチラシのような講演会があります。例によって、また丹羽文雄氏とのご縁から話は始まるでしょう。袖ケ浦市は文芸活動に熱心な自治体なのか、以前から著者を招いた文芸講演会を開催し、昭和62年には吉村昭さんもお話をされています。市民に限らず他からの応募も受け付けるそうです。今月1日から受付を開始し、5日朝の段階で28人応募とのこと。興味ある方は、お早めにどうぞ。サイン会もあるそうです。
前著2冊にも吉村昭さんの文学の師・丹羽文雄のことは登場しますが、今月18日刊行の『吉村昭と津村節子波瀾万丈おしどり夫婦』(新潮社)では記述がいちばん多くなっています。文学者の墓以外にも、病気になればたちまち窮する文士のために健康保険制度を提唱し、私費で20数年「文学者」を発行して後進を育成するなど、これほど文壇に貢献した作家はいません。その業績はもっと多くの人に知られていいはずです。ところが四日市市は、「遺族が顕彰を望んでいない」というとんでもないウソを理由に、顕彰活動を妨げています。晩年アル
富士山がくっきり見える秋晴れの日、4年ぶりに文学者の墓の墓前祭が開催になりました。式典の前に、日本文藝家協会の方に案内いただき、まず丹羽文雄さんのお墓にお参りしました。そして、吉村昭さん。再来週発売の拙著にあるように、夫人の津村節子さんが、親しかった大河内昭爾さんと3人で、と申し込まれたそうです。そして、俳句の師の鈴木真砂女さん。式典はクローズドのものだそうで、常務理事らの挨拶のあと、集った数十人が献花。現在、墓地には800人以上の文学者が眠っています。日本文藝家協会の会長時代に、貧乏で墓も建