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南王、馮雲山が蔡李佛の拳士であったことを考えると、太平天国革命の経緯が見えてきます。まず、蔡李佛拳の開祖である陳享先生は、少年期に叔父の陳遠護先生から洪拳を学びます。洪拳というのは、革命結社洪門に伝わる拳法で、清朝によって少林寺が焼き討ちにあったときに落ち延びた五人のマスターによって拳を伝えられた革命家が編み出した、という伝説があります。実際に誰が編み出したのかはともかく、これが秘密結社に伝えられていた革命拳法であるというのは信ぴょう性ああるお話です。つまり、初めから陳享先生は
玄奘三蔵法師亡き後、改めて天竺にお経を取りに行った義浄法師の小説を読み終わりました。義浄さんは海路で天竺に行ったことが最大の特徴であり、それこそが我々南派少林拳の伝播ルートだとも言われています。私のフィールド・ワークの旅もここに準じているのですが、その途上で見過ごすことの出来ない土地があります。それが、室利仏逝国と漢字で表記される、シュリーヴィジャヤ国です。https://ja.wikipedia.org/wiki/シュリーヴィジャヤ王国この国は、七世紀から興ってタイ南方のチ
山田長政亡き後のアユタヤ日本人街は王宮からの襲撃を受け、生き延びた人々はカンボジアの日本人街に亡命したと言います。勇敢な活躍のおかげで、タイの日本人街が有名ですが、実はカンボジアの日本人街のほうが大きかったのだと言います。また、フィリピンの日本人街も歴史がありました。マラッカや台湾も同様で、この時代の海洋世界にはあちこちに日本人が見られたようです。世界中の銃が日本に集まっており、また世界中の銀の多くが日本から輸出されたものだったことを鑑みると、当時の日本人のメジャー性もうなづけます
前回の泰拳講習会には、思ったより沢山の方が来てくださいました。初めて公開するこの拳の套路、一つ一つの動きの用法やポイントを説明していると、自分自身も理解が進みます。まるまる一套初めから終わりまでやるので少し大変かなとも思ったのですが、用いてる要訣はいくつかの物で、それらの字訣を外さずアレンジしているだけなので、その原則からかいつまむと思ったより覚えられるかもしれないと思いました。基本、動線が単純で、その用法も説明したので、イメージがしやすい部分もあったのかもしれません。いま、改
雨天による足場のぬかるみが想定されるため、本日の練習場所はこちらに変更でお願いいたします。足場の悪い中ご足労おかけいたします。https://map.goo.ne.jp/place/14000311375/map/
アジアでの武術の伝播について書いてきていますが、また少しわかったことがあります。アユタヤ―の軍の編成についてです。この王朝は、ビルマとカンボジアという敵国に囲まれ、明、日本、ポルトガルと貿易をして発展した国であり、それらの環境の中で古式ムエタイ、ムエボランを生み出したと言われています。その、王宮を護衛していた王の直属部隊が日本から来たサームレイーたちなのですが、そのような外国人兵の起用は珍しくないようでした。銃で武装した砲兵隊は、ポルトガル人だったというのです。ただ、彼等ポ
「海王伝」の中に、色目人の女海賊が出てきました。これは南蛮やフランキ人ではなく、シルクロード系の人々です。胡人、また、イスラムが発生した後は回族として知られるこの人たちは、武術と密接な関係があります。初期のイスラムは多くがインド人であり、いわゆる回族武術と言う物はインドの武術、すなわちカラリパヤットだと言われています。パキスタン人の達磨が伝えたとされる少林寺の武術も、同じ系統だと言われます。この、イスラムや仏教に伴って伝来したインド武術が、海賊海域の武術の土台となっています。
前の記事で、ナレースワン王がムエタイを創始したと書きましたが、これには諸説あり、その以前から原型となる武術は当地に多々あったとも言います。インドのカラリパヤットという古典的教養と結び付けて体系化したのがナレースワン王だったという言い方の方がより適切なのかもしれません。また、先の繰り返しになりますが、サームレイーの日本武術、明人の中国武術の影響などが実質は多いように思われます。そのようにして見ると、一つ興味深いのが、ガビー・ガボーンに用いられる刀です。形状としては中国刀よりも日本
今週の練習予定随時更新9月15日日曜日関内練習会18時より関内駅徒歩五分フレンドダンス教室さんにて一般3500事前予約300016日祝日月曜日23日祝日月曜日と合わせて泰拳講習会詳細https://ameblo.jp/southmartialartsclub/entry-12510489910.html代々木公園11時より功夫班会員35000その他50000
前に、白石一郎先生の海賊小説「海狼伝」を読んでいると書きましたが、その続編の「海王伝」も読み返し終わりました。昔読んだのに、どうも最後どうなったかの印象がない、と思っていたら、何かうやむやな感じの、何も終わってないままというか、これから始まるという感じで終わっていました。しかも結構気まずい雰囲気のシーンで。お話としては非常に広がりが感じられてきたところでそうなので、少し肩透かしな感じです。というのも、前作で日本を出発した村上海賊の主人公は、明に貿易に向かうのですが途中の琉球で、
いま、改めて白石一郎先生の「海狼伝」シリーズを読み返しています。最初に読んだのがもう20年ほど前になるでしょうか。時代小説に明るい友人に、私に似たのが出てくるから読んでみろと勧められたのでした。その私に似たのと言うのは、主人公ではありません。このお話は、倭寇侍の落とし胤である少年が、朝鮮で海賊将軍をしていた叔父が帰国したのをきっかけに、自らも一人前の海賊になって最終的にはタイに乗り出す、という物語です。時代的には大倭寇の後の時代で、明国の沿岸に百万の軍が配備されて海賊たちと
9月15日日曜日関内練習会18時より関内駅徒歩五分フレンドダンス教室さんにて一般3500事前予約300016日23日祝日月曜日泰拳講習会詳細https://ameblo.jp/southmartialartsclub/entry-12510489910.html代々木公園11時より功夫班会員35000その他50000
セポイとは英語読みだそうで、正しくはオスマン語でスィパーヒーと言うのだそうです。意味は「軍人」だそうで、騎士階級のことを指していたと言います。この言葉を受け継いだ人々がインドにもおり、それがセポイと呼ばれる傭兵集団として知られています。ここで一旦中東の騎士制度が介入してくることが、キャリステニクスの歴史から見ても面白い。19世紀半ば、彼等が宗主国であるイギリスに対して一大蜂起を興したのが、セポイの反乱という事件です。反乱と言ってもちょっとやそっとの物ではなく、この蜂起に乗じて各
タイではボクシングとタイ武術の試合が行われて、その泥仕合を重く見たラーマ一世は、インド武術にルーツを持ち、功夫を実質的な母体とし、日本武術を取り入れて作られた既存のタイ武術に、さらにボクシングを取り入れて拳法を単体で完成させることに取り組みました。そうして作られた拳法、ムエ・カッチューアは、ラーマ一世統治下にあった現在の周辺国にも広まりました。ミャンマーのミャンマーラウェイ、カンボジアのボッカタオなどはその時に広まった物であると推察されます。結果、周辺諸国に西洋武術に対する最先端の
さて、このラーマ一世の王宮に乗り込んで来た道場破り、タイ側の資料では「ムエファラン」の使い手だったとされています。ファランとはフランクが訛ったタイ語で、白人全般を示す言葉です。決して花郎のことではありません。ムエはムエタイ、ムエカッチューアー、ムエパン(プロレス)のムエで、戦いなどを現す言葉のようです。つまり、白人武術、くらいの意味の用です。現在手元にある資料では、これが当時のボクシングであろうということです。試合は当時東南アジアに来ていた白人たちにとっても良い見世物であったら
以前書いた東南アジアの歴史シリーズの中に、タイのタークシンという狂王のことを書きました。彼は中華からやってきた人物で、ビルマの侵略を撃退し、彼らの攻撃によって滅びたアユタヤ王朝に代わるトンブリー王朝を興した人物です。アユタヤ王朝が滅びてタイ族の危機が訪れた時に、それを持ち直させて救った人物で、現在に至るまでのタイの礎を作った人です。そのため、現在でも紙幣に肖像が描かれています。しかし、晩年狂気を発して僧等にも権威をふるうようになり、それに反発した人々によって反乱を起こされ、最後
6月2日日曜日太拳体験会雨天中止11時より代々木公園にて行います。一般5000会員3500予約会員3000伝統医術班会員2000(当日入会可)6月16日日曜日関内練習会18時より関内駅徒歩五分フレンドダンス教室さんにて一般3500事前予約3000
平素、テレビは観ない代わりにYOUTUBEを良く見るのですが、そこに入ってくるCMでジャッキー・チェンの新作映画のトレーラーを目にした時に「あれ、これチャイナマンじゃね?」と思いました。あれは90年代くらいだったかなあ。当時読んで、とても好きになった小説です。元ベトコンとイギリスの民族紛争を描いた作品で、同じくベトナム帰りの主人公を描いたクィネルの「燃える男」と並んで私の中で二大ベトナム帰り小説でした。案の定、調べてみればジャッキーの映画「ザ・フォーリナー復讐者」はチャイナマンを
少人数ではありましたが、無事泰拳体験会を執り行うことが出来ました。今朝の目覚めは、私がスーパー・ヒューマン・モーニングと呼んでいる状態です。意識がソフトフォーカスで戻ってきたときに頭にある体感が、身体が地面に半ばのめりこんでいて動かない。イメージとしては、映画に出てくる超人が空中を飛び回って交戦をし、殴られて地面に撃墜された時のような感じです。この状態は、昔から中国に修行に行った先生がたの口から聞かされてきました。発勁の練習や、その過程での発勁を受ける練習をやりすぎるとこう
古式ムエタイの流れを引く太拳の中に、非常に印象的な動作があります。それは、いわゆる橋法の類で、相手の手をかき分けて打ち込んでゆく系統の物なので、蔡李佛では多用をしないタイプの動作のある種ひな形となっているような動きです。なぜ多用しないのかと言うと、それよりも接触したところから全身の勁でまるごと吹き飛ばしてゆく方が本道だからです。小手先の技に拘るべきではない。しかし、小手先の技もまた楽しいところもあります。強大な勁ほど重要でなくても。また、調練用の武術となるとそこまでの進捗が
5月5日、泰拳体験会は、中国は江西省のタイ系民族、チワン族に伝わってきた泰拳(古式ムエタイ)が、太平天国の乱のおりに兵士の調練用に編纂されて作られた拳法、太拳を体験していただくという会です。古式ムエタイの技法と、中国武術の身体観から作られたこの希少な拳法を知ることで、ムエタイ式の肘膝の技法、中国武術の戦闘法を合わせて理解できる機会にしたいと思っています。まずは、タイの伝統的な身体操法であるルーシーダットンでタイ的な感性での体の使い方を感じ、そこから如何に中国式の少林拳になっていったかを
本当に、相変わらず練功をして套路を打ってキャリステニクスをしている日々です。あ、モンゴシも入れなおしておりますよ。そんで九時半に寝て五時半に起きてます。そんなことをしていると本当に日々が早い。このままだとすぐに夏になってしまいそうです。この二年は体形が芳しくないのでビーチでもシャツを着ていたのですが、今年はなんとか脱げそうです。キャリステニクスのおかげで少しづつ腹筋も割れてきたような感じがします。完全にシックスパックにはならないまでも、だいぶお腹はへっこみそうです
タイに修行に行っている間から、北方先生の岳飛伝を読んでいます。大長編なのでまだ読み終わりません。なぜ岳飛伝を選んだのかというと、この小説では南宋四代将軍の一人であり、中華最大の英雄とも言われる岳飛将軍が、東南アジアで大活躍、という内容だからです。もちろん史実を大きく飛躍させたフィックションです。この物語では、岳飛将軍と水滸伝の梁山泊が、東南アジアに縄張りを広げて暗躍し、私の持ち場であるタイやフィリピンの辺りを冒険しています。現地を舞台にした小説を読むのが私は好きなのです。
状況を判別する時の、三つの要素という物があります。天、地、人です。天とは時間のこと、地とは場所のこと、人とはそれにまつわっている人の要素です。タオの思想では、この三つを三才と言います。気功で言うなら、これらを認識することが行になっています。認識することで認識力を養ってゆくことが大切だからです。これを神(認識力)を養うと言います。他のスタイルの瞑想や、また宗教的な祈りなどでも、この認識する力を養うことは重要視されているのではないでしょうか。なぜなら認識する主体とは
南派武術名物、五獣というのがうちにもありまして、虎、蛇、鶴、豹、象がそれになります。普通は龍なのに象。これは、龍が皇帝の象徴だから革命武術としてすげかえたのか、あるいは龍は悪魔の化身ということで太平天国党のキリスト教ギミックに適さなかったからなのかと思っていましたが、別角度からの考え方も出来そうな気がしてきました。五獣の相はそれぞれ、要訣を表現していて、それを代表する技があったりします。虎なら虎爪。要領で言うなら虎撲です。蛇なら穿橋。相手の腕をすり抜けて入りこんでゆく橋法
先日の稽古の後で、生徒さんに話したことがあります。「いまはお金が欲しいのです」そのためには売れたいのです。というのは、またフィリピンに居るグランド・マスタルのところに行って、謝礼を支払う資金とするためです。そこで次の修行を受ければ、今度は私もグランド・マスタルになるとのことでした。それが私の当面の目的なのです。グランド・マスタルになれば私も公式なマスタルの資格が発行できます。訓練を積んだ生徒さんたちに報いることが出来る。そしてそれは、私個人と言う物の修行の一段落である
泰拳についての研究を話すと、師父からそれは十分にありそうだという反応をいただけました。大師も、太拳は大変好まれていたようで、特別に扱っていたらしきお話も伺えました。一方で、タイ側からの見解が知りたいと思っていたところ、ムエタイ研究の第一人者というヨートン・セーナーン師という方のインタビューを発見できました。この方はタイ各地を回り、資料を見たり様々な先生の元で修行をしたりして、30年以上古式ムエタイを研究してきたというかただそうです。その先生の見解では、500年前や1000年前か