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撮影日:2026年1月18日こちらは珍しい「両面石仏」です。中国の泰山に住む神様「泰山府君」と・・・泰山府君反対側には「地蔵菩薩」が彫られています。頭部が無いのが残念です!貴重な石仏だそうなんですがさり気なく置いてありますね!地蔵菩薩7年前に訪れた時は工事中だった「極楽橋」が完成していました!おっ!出来とんな!極楽橋「極楽橋」の上から「内堀」を撮影しました。水あらへん
京都浪漫第180回陰陽道の神々赤山禅院の通常非公開の掛け軸泰山府君の掛け軸超貴重。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
泰山は中国の国山であり、古代から霊山として崇拝されてきました。陰陽道や道教において、泰山府君は死者の魂を司る地獄の十王の一柱とされ、泰山はその神聖な場所と結びつけられています。秦始皇帝が天下統一を泰山で報告したという伝承は、泰山が政治的・宗教的に重要な象徴であったことを示しています。つまり、統一中国、中華思想の中心は地獄の神の支配下にあり、漢人は地獄の住人であるといえます。ただし、ここで誤解してはならないのは、地獄とは「あくまで人間の世界である」ということです。畜生道や魔道とは異なり、力
残暑の避暑旅行、3日目最終日は比叡山の麓にある修学院の赤山禅院を訪れました。2日目までの様子は下記ブログをご覧ください。『残暑続き京都に避暑旅行二日目の記録(朝食ビュッフェ、大原、キャピタル東洋亭)』残暑の頃、京都に2泊3日の避暑旅行に出かけました。2日目の旅行記をアップします。一日目の旅行記です。『残暑続き京都に避暑旅行一日目の記録』残暑が続きます。…ameblo.jp三日目も猛暑日にこそならないものの蒸し暑い日でした。この日訪れた唯一の観光地は赤山禅院でした。
郡山城つづきです。天守台石垣の裏手にあたる面には“さかさ地蔵”と呼ばれている石がありました。石で造られたお地蔵さんが写真の赤矢印の所に石垣の一部としてはまっています。おお~ホントや~頭下向きに差し込まれていますね~周辺の寺院か道端かにあったお地蔵さんが石垣の石材として使われたようです。お城の石垣にはこのような石造物などを石垣の石に使ってしまうこと(転用石と言います)がよくあります。郡山城はよく見ると
こんばんは。公伯です。一般的に寿命は生まれた時に決まっているのでね。そう簡単には延ばせないし神様にお願いしても寿命を変えることはできないですし、しないと思います。ですがかつて寿命を操ったと逸話が残っている人がいてね。それが安倍晴明です。安倍晴明が延命したという話は当時の歴史書や日記などに残っていてね。一条天皇の話や三井寺の僧を救った話など色々あります。それが真実かどうかは確かめようがないので
早朝から“とある記事“を拝見しておりましたら下記の時の根源セミナーの中での、御心事(御神事)のことが想い浮かんでまいりました。💗🙏💗💫🔥🌍️🔯🌎️🌊💫リンク(link)とは古デンマーク語の「lænker」と言う単語が語源になっていてこれは「鎖」「金属の繋がり」を意味する。そこから英単語としては「鎖」「繋がり」「心のつながり」「きずな」「連結」などの意味で使われている。リンク(rink)とは古フランス語の「renk」が語源となっていてこれは「通り」を意味する。
神代植物園の桜🌸其の五🌸楊貴妃『桜《楊貴妃》』桜の画像残りも出さないと〜楊貴妃里桜の一品種です。大輪、淡紅色の優雅で本当に美しい桜です。因みに里桜と言うのは栽培品種の事なので、たくさんの品種がある。この桜…ameblo.jp因みに…紫陽花にも同じ名前の花👆記事内で紹介そして梅にもあります楊貴妃『梅《楊貴妃》』さて、先ずはもう一度、梅に関する記載の歴史の続きですが、水戸藩主の徳川斉昭(なりあき・1842年頃)が『種梅記(しゅばいき)』に梅への想いを記載しています。そ…ameblo.jp
泰山今回はこういうお題でいきます。オカルト論です。泰山府君は中国の道教系の神様なんですが、複雑な事情があります。もともと中国の宗教は、祭天の思想と神仙思想。神仙思想が発展し教団化したのが道教なんですが、その上に後から入ってきた仏教が上書きされています。泰山とは、山東省泰安市にある山で、高さ1545m(最高峰は玉皇頂)道教の聖地である五つの山(五岳)の一つです。漢の時代から、この泰山において歴代皇帝の「封禅の儀ほうぜんのぎ」が行われたことで知られています。封禅の儀は皇帝位につい
「八百万神タロット図大アルカナ20番審判-泰山府君(たいざんふくん)」油彩・キャンバスF32017年泰山府君は、陰陽道の主神、冥府の神、人間の生死を司る神さまです。仏教では十二天の一人の焔摩天に従う眷属の1人とされ、中国の泰山の信仰と結びついて道教では東嶽大帝(とうがくたいてい)とも呼ばれます。胎蔵界曼荼羅では焔摩天の眷属の1人として描かれ、その形象は1面2臂で左手に人の顔のついた杖を持ち、右手で書物を書く姿に描かれ、十王信仰に取り入られ、泰山王となりました
今回はこういうお題でいきます。泰山府君はかなり難しい概念で、中国では、紀元前から信じられていた神だと考えられます。中国には5つの有名な霊山があって、これを五岳といって、陰陽五行説に対応するよう、東西南北、中央に分かれています。そのうち東の霊山、山東省にある泰山(1545m)は、天界に最も近い山とされ、冥界があると考えられていました。泰山秦の始皇帝が封禅の儀(ほうぜんのぎ皇帝になったこと天に報告するための儀式)を行った場所としても知られていますが、ここを支配するのが泰山府君です
こんにちはあなたの幸運力UP↑コンシェルジュ氣学セラピスト/幸せ吉方位・姓名鑑定師の長岡那緒珠です講座メニュー/講座スケジュール/ご予約・お問合せ今日は、受講生さんであり、お友達のIちゃんとおデートメルマガで募集して「あ、私いくわー」と声をあげてくれたので、行ってきました!私ひとりだったらきっと「また今度でもいいかなー」と行かなかったかも笑「なんかよーわからんけど、那緒珠ちゃんが良いっていうならきっと良いんやろうと思って」うぉーー
泰山王(鎌倉:圓應寺)泰山王は亡者が四十九日目に出会う王。道教の神である泰山府君がもとになっています。泰山府君は陰陽道では最高神とされ、京都の清浄華院に伝わる『泣不動縁起』には安倍晴明が泰山府君祭を修して重い病に罹った僧侶を救ったことが描かれています。泰山府君は、やがて仏教の十王信仰と結びつき泰山王が誕生します。📎安倍晴明の占いと師弟を救った三井寺の泣不動赤山禅院(京都)泰山府君を日本に伝えたのは比叡山の円仁。泰山府君(赤山大明神)を祀る赤山禅院は円仁の遺命で建立された平安京
◯2023年1月30日、京都定期観光バス『都七福神めぐり』に乗って、『都七福神まいり』をした。朝9時40分に、京都駅前の定期観光バス乗り場から出発した。バスは満員だった。この『都七福神まいり』は、余程、人気があるらしい。◯最初にお参りしたのが『松ケ崎大黒天』で、宝が池公園下に位置するところだった。正式には、松崎山妙円寺と言う、日蓮宗のお寺になる。この辺りは、ちょうど、比叡山の麓になるところである。◯その『松ケ崎大黒天』については、前回、案内した。今回は、引き続き、『赤山禅院』になる。『松ケ
こちらの記事につきまして、氣学(九星気学風水)仲間さんからこんなご質問をいただきました。はい、この部分ですね。京都市左京区、比叡山のふもとにある「赤山禅院」には、古くから「申の日の五日に参拝すると吉運に恵まれる」という伝えがありました。暦好きとしては、ここ、氣になるよね~。私としては、いつか(何日か)の申の日↓五日の申の日になった、くらいのかる~いノリが好みなんですが😆古くからの言い伝え
前回はじめて行って大好きになった赤山禅院。毎年5月5日は、滋賀県・坂本の律院の大阿闍梨様が赤山禅院にいらっしゃって、泰山府君祭と端午大護摩供養が行われます。叡南俊照(えなみしゅんしょう)大阿闍梨様に会いたくて行ってきました♬雲母不動堂で行われた護摩供養にお堂の中に座って参加することができ、護摩炊きの炎と煙を近くに感じることができ大感謝。満行まで7年を要する壮絶な苦行「千日回峰行」を達成しないとなれない大阿闍梨(だいあじゃり)。生き仏と例えられ、不動明王の法力を授
大船フラワーセンター遅咲きの桜です🌸🌸🌸御衣黄4/11に撮影した御衣黄↓と比べたら紅色のラインが目立ちます。↓こちらは鬱金🌸4/11に撮影↑したものと比べるとピンク色です。↑千里香は見頃を見ることなく葉桜に。王昭君🌸は見頃過ぎでしたが代わりに泰山府君🌸あ〜、かわいい🩷兼六園菊桜も満開見頃でした。4/11は黄緑色でした(笑)↑そして福禄寿🌸見事でした。少し濃い目の色ですね。桜はまた来年。やっとおしまい。。。二日酔いした日の食事は?▼本日限定!ブログスタンプ
京都は風水都市と言われています。東西南北の四方を守る四神(しじん)東は青龍(せいりゅう)東に清き流れ(鴨川:八坂神社)西は白虎(びゃっこ)西に大きな道が続く(山陰道:松尾大社)南は朱雀(すざく)南に広く開けた湿地(巨椋池:城南宮)北は玄武(げんぶ)北に高い山(船岡山:上賀茂神社)日本の都が東京に移るまでの1100年間も京都で続いたのはこの風水によるお陰とも言われているそう。鬼や魔の物が入ってくるとされる北東、丑寅(うしとら)を表鬼門と
「穢れ」と「言霊」の謎:その50「風水」の根本には古代中国の「道教」があり、その元は古代イスラエル王国崩壊後に中原へと移動したイスラエル人ユダヤ教徒にあった。それを日本にもたらし、「古神道」という独自のものにしたのは物部氏の祖「徐福」である。徐福はユダヤ教の祭祀を執り行うレビ族の中でもモーセの兄アロンの末裔の大祭祀だった。同族の秦の「始皇帝」もレビ族の大祭司だったが、始皇帝は大預言者モーセの末裔にして大祭司かつ預言者だった。つまり、徐福の日本への2度の渡来は、始皇帝の預言を具現化したもの
陰陽道宗家天社土御門神道天社宮に行って来ました。それが思い付きで行ったから、雪の事とか全く考えずに行ったものの、山の方を見ると雪積もってるし、ノーマルタイヤやのに😱と、思いましたが雨が降ってくれて道路の雪を溶かしてくれて何とか行けました(神はからいやね)御由緒今から約1300年前、奈良時代の遣唐使、阿倍仲麻呂公は、中国で泰山府君大神の教伝と陰陽道家の法を学んでいました。彼は親友である吉備真備公にこれらの知識と泰山府君大神の御神璽を託し、天平七年(735年)、日本
安倍晴明921~1005延喜二十一~寛弘二官位は従四位上左京大夫兼天文博士今回のドラマでは『あべのはるあきら』で登場しますけど『あべのせいめい』の方が通りが良いですわな。安倍氏は大化の改新の頃、左大臣を務めていた安倍倉橋麿を祖とするも、その後安倍氏は衰退し、平安時代の中期、下級官吏の子として晴明は生まれた。成人した晴明が勤めたのが当時注目されていた朝廷の機関・陰陽寮だった。ここで陰陽師達が国家公務員として働いていた。陰陽師たちの主な仕事は天体観測とそれに伴うカレンダー具注暦の作成
あの時共に行くはずだった魂友さんたちとグループメッセンジャーでお正月のご挨拶を交わしていた、まさにその時にその発振は、始まったのでした。◌˳⚛˚⌖*୨୧┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎୨୧*◌˳⚛˚⌖①国家鎮護太子泰澄大師が如何に偉大な霊的実力者であったかを歴史に消されてきたのは修験道の開祖役小角を遙かに超えた実力者であった故ともいへよふ。何故なら此事は役小角を崇める人々にとっては認めたくない唯一の事であったのだ。しかし事実は事実として認めよう。其処から凡ては出発するのだ。霊的に進化
曼殊院を後にトコトコ歩いてやって来たのが赤山禅院参道入口の紅葉が思いのほかキレイで(^o^♪ここでしばし足止め、またまた先に進めませんね(^0^;)赤山禅院は延暦寺の別院ですが、本尊は道教の神であり修験道の神である泰山府君(赤山大明神)そんなことで神仏習合の色も濃くそれほど広くもない境内には色んなお堂が点在していますこうして写真を撮るには、いいアクセントになりますね(^^ゞところで紅葉の中に、ちらちらと白いモノが見えているのにお気づきの方もおられるかと・・・紅葉シーズン、ここでの
2023年5月7日今日のワード『泰山府君』朝起きてすぐ「たいざんふくん」と入ってきました。「えっ、何?」って事で検索してみました。泰山府君中国の泰山に住むという神です。人の生死をつかさどる神で、日本では素戔嗚尊とされている。本来は道教の神だが、閻魔王の侍者として、人の善悪行為を記録したり、地獄の一王とも伝えられている。とゆう事だそうです。結局は、スサノオの事なんですね。なんで、中国の神の名前で来たんだろね🤔?「いろんなバージョンあるから、覚えておいてね」って事な
●泰山王/太山王(たいざんおう)(※画像は文化遺産オンラインより)奈良国立博物館所蔵「泰山王図」)亡者の審判を司るとされる「十王」の中の一尊。別名を泰山府君、または「奉敬者」と言い、「深沙大将」と同一視される。また、閻魔大王の太子とされ、常にその傍らに在って、人の善悪を記録する役務を負う。本地仏は薬師如来で、亡者の七七日(死後49日)に於ける審判を司る。身に法衣法冠を着け、前に紙を置き筆を持って記す様を表し、胎蔵界曼荼羅外金剛部院の焔摩天(閻魔大王)の下に侍す
おはようございます😊美唯菜です🎵今日は中島多加仁さんの『陰陽師カード』で今日のメッセージをお伝えします🔮☯️✨泰山府君(たいざんふくん)正位置『流行っているトレンドを意識する』寝室を東か東南の位置に移すか東枕にしてみてください不可能なら、枕や寝具を明るい緑に変えてみましょうできるだけ早起きするかもしもできないのなら目が覚めたときに3か月以内に流行った日本のポップスを聴くようにしてみてくださいそして会社や学校の行きと帰りの道は違うルートを使ってみましょう音楽
前回途中で気持ち悪くなり中座していた企画展へ佐倉にある国立歴史民俗博物館です。ようこそおいでくださいましはるか遠くから来ていただいたことにも感謝です。💦再訪問前回残した展示構成は②安倍晴明のものがたり・・・安倍晴明とその子孫延喜二一年(九二一年)に安倍益材の子として生まれ・・・藤原道長と同時代を生き、深い関わりをもつ官人・貴族寛弘二年(一〇〇五年)に世を去ってのち、
みなさまの想念良きものへ変えていただきたい明日は我が身常々申すことよきにはからいこの世を全うすること世知辛い世の中ますます偽証が暴かれてゆきます心と共に目を向けて下さい心の目で見るのです真実に目覚めてゆきますどうあれあなた次第ですが目を背けたくなる事もおありでしょうそれでも受け止めるのです蓋をしないことです明日は我が身常々に思うこと真(しん)に向き合うということ逃げないどれほどの苦しみを持ってしてもしんに目覚める逃げることなく精一杯生き輝かせよ遠い
皆さん!こんにちは!岡山県津山市の電話占い師道広義博です!陰陽師の解剖図鑑という本によれば、平安時代の陰陽師安倍晴明さんは、泰山府君祭を発明したそうです。泰山府君とは、冥府の神様として有名です!泰山府君祭を施行したことは事実でしょうが、別段、泰山府君祭を発明という考えは、理解できません。安倍晴明さんが面白いのか、陰陽師の解剖図鑑の作者が面白いのか、脳内メーカーでみてみたいと思います!また、平安時代に陰陽師が使った呪いが、光明真言だと紹介されている問題も私は面白いと