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南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛塾講師&家庭教師おへんら〜光陰です(`・ω・´)ゞ🎍明けましておめでとうございます🎍旧年中は大変お世話になりました🙏また、大変ご心配をおかけしたことをお詫びします🙇♀️本年もよろしくお願いします🙇🙇🙇なんて、正月らしいご挨拶をしてみたものの、無職で引きこもりのオイラには、クリスマスも正月も1年365日のなかの平凡な1日に過ぎない。年明けうどんを食べて、あとはいつもの1日を過ごしますか、と、朝ん歩して、お掃除して、お家でお遍路やっ
第五十六番札所泰山寺千手観世音菩薩馬頭観世音菩薩如意輪観音菩薩救世観音菩薩が横並びで、圧巻✨本尊が地蔵菩薩、というこちらのお寺にもお地蔵様が、ようけいらした。中国や日本の仏教では、地獄での大ボス閻魔大王は地蔵菩薩の仮の姿(化身)で現世で衆生を救うお地蔵様はあの世では閻魔として裁きを行う、という信仰があるようで。以前、わたしもどっかで『お地蔵様は閻魔様が派遣したスパイ』と、聞いたことがあったんじゃけど。閻魔様の方が、仮のお姿、なんじゃね(てことにしておこう。心
今治の市街地の西にあるのが56番泰山寺です。57番からは北に3㎞の場所にあります。金輪山泰山寺(きんりんざんたいさんじ)■真言宗■御本尊:地蔵菩薩■愛媛県今治市小泉1-9-18■四国八十八箇所第56番寺伝では弘法大師空海が当地を訪れた際にちょうど梅雨の時期で近くの蒼社川(そうじゃがわ)が氾濫していました。村人は「人取川」と呼んで恐れていましたが、空海が村人と共に川に堤防を築き土砂加持の秘法を行ったところ、満願の日に延命地蔵菩薩が現われ治水は成就しました。空海はその修法の
ご訪問いただきありがとうございます。以前のお遍路の様子を再編集でお届けします。今回はお遍路3巡目(2011年4月上旬)のお話です。挿絵は本堂を主に描いています。56番札所泰山寺駐車場から石垣を見ながらお寺の方へ上がっていくとちょうど2組の夫婦のお遍路さんが再会して話しているところに遭遇した通りかかった夫が写真を頼まれてカメラを手渡された笑顔でポーズ「こんな偶然もあるんですね~」と話されていた納経所に行くと窓から白い小さな犬が2匹
今日は小刻みに札所がある次の札所までは3キロちょっと早いけどお昼にします少しだけ遍路道から外れた所にMの看板発見💡コンビニ飯は飽きたのでマック🍔に行くよ!まだ新しい店舗みたいで広々として綺麗😍我が地元のマックとは大違い!歩きながらモバイルオーダーしておいたので待ち時間無し✌️久しぶりのマック美味しい靴を脱いでゆっくり寛ぐ捻ってしまった足が痛いから今日はサンダルはやめてトレッキングをずっと履いていてツラいのよこのまま寛いでいたいけど今日は行くべき札所がまだいっぱい残ってるから
おはようございます☺︎泰山寺【愛媛県】四国八十八ヶ所霊場第五十六番札所太陽2025年10月26日最後までご覧いただき、ありがとうございます☺︎
南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛無職おへんら〜光陰です(`・ω・´)ゞ病院や買い物に行くにしても、仕事を見つけて仕事に行くにしても、そろそろ自転車に乗りたい。三坂峠で大前転してぶっ壊れた愛車を修理するか、、、思い切って新車を買うか、、、中古車を買うか、、、無職のオイラに新車を買うお金はない。。。修理にいくらかかるかわからない。。。ネットで見ると古い記事だが、ジャングルジャングルで4980円〜の中古があるらしい。。。修理や新車は諦めて、当面は中古でごまかすか。
ご訪問いただきありがとうございます。以前のお遍路の様子を再編集でお届けします。今回はお遍路2巡目(2010年9月中旬)のお話です。56番札所泰山寺大きな石垣が印象的なお寺お寺の前の田んぼは穂が出ていた本堂の横の建物のガラスの中に仁王像が二体安置されていた以前は山門があったのだろうか本堂や納経所の建物の瓦に『太』の字が並んでいる何か意味があるのかな前回の参拝の時大師堂でおばあさんの先達さんが数人の参拝者を案内し
7日目(12月6日)前日、すぐ近くのホテル青木に付属している「桔梗」さんで、6時から590円で朝食提供との情報があり、予約。和定食洋定食十分です!!7:37発伊予西条発のバスで、横峯登山口8:09着奥方向からバスが来て手前方向に横峰寺へのバスが居る上の原まではスグお客さんが着き次第出発し、8:4560番横峰寺P到着運転手さんに「いつまでに戻ったら、9:39発の戻りバスに間に合いますか」と尋ねると、「9:10までに戻ったら大丈夫」とのことゆっくり参拝したいお寺
25.06/08sun.08:00-18:05(今治国際ホテル-西梅田)57番府頭山栄福寺バス駐車場から折々れて北へ56番金輪山泰山寺駐車場から道路向かいの、寺標石段を上って左に、本堂本尊延命地蔵菩薩に納経本堂と対角に、大師堂南無大師遍照金剛…本堂に向き合って六道輪廻の絆を断てる「地蔵車」聖観世音菩薩像・如意輪観世音菩薩像馬頭観世音菩薩像・千手観世音菩薩像大師堂の傍に「不忘の松」災害など忘れず備えよと空海お手植えの後継弘法大師像役行者像・不動明王
6/4大徳寺周辺20代の時の元同僚(京都在住)とは今年に入り何度か会っています。今年の年賀状に京都で生活を始めた、と書いた事がきっかけ。彼女は、とにかく昔からファッション、グルメ、雑貨などの情報に詳しく、私は密かに歩くクロワッサン(パンでなく雑誌の)と読んでいる。今回の2件も彼女提案のお店。大徳寺近くの蕎麦屋さんで集合。ここは老舗ではなくまだ3月にオープンしたばかり。鯖寿司が、めちゃくちゃ美味しい!!若い夫婦が一生懸命やってる店。頑張れ‼️美味しかったし、とっても感じよい
…(2025/2/22)…第55番札所南光坊から第56番札所泰山寺まで車で約10分です。歩き遍路では約40分です。私の昼飯はおにぎり🍙です。飯屋に寄っている時間はありません。…(2025/2/2212:01)泰山寺に到着しました。…👇泰山寺の入り口石段……👇泰山寺の本堂🙏お勤め…②大師堂🙏お勤め……泰山寺の境内図(boianufさんのHatenaBlogより引用)…👇過去ブログより『四国霊場八十八第33打第56番札所泰山寺(たいさんじ)』
延命寺不動明王真言宗豊山派四国88霊場54番愛媛県今治市阿方甲63南光坊大通智勝如来真言宗醍醐派四国88霊場55番愛媛県今治市別宮町3-1泰山寺地蔵菩薩真言宗四国88霊場56番愛媛県今治市小泉1-9-18栄福寺阿弥陀如来高野山真言宗四国88霊場57番愛媛県今治市玉川町八幡200仙遊寺千手観世音菩薩高野山真言宗四国88霊場58番愛媛県今治市玉川町別所483国分寺薬師瑠璃光如来真言津宗四国88霊場59番愛媛県今
松山市内のお寺を全て回り終えたので、今治市へ移動。途中、瀬戸内海沿いの道をドライブ。向こうに見えるのは全部島で、ずーっと奥に見えるのが本州だと教えられ、島の数にびっくり。そして、海の水が綺麗でした。今治市内、1つ目は54番延命寺。境内には、馬酔木の木があるそうなのですが、まだ、花が咲く時期には早く。55番南光坊。こちらは、本堂と太子堂の間に道と駐車場があって不思議な感じでした。ここのお寺だけ「◯◯寺」と言う名称ではないんです。元々別当寺の別宮の1つだったのが、「天正の兵
愛媛県内の四国八十八ヶ所を巡る旅ーー一日目の続きです!(この前の記事はこちら↓)『四国八十八ヶ所巡り①〜まずは今治の延命寺から南光坊へ!〜』愛媛に来たのは…(昨日のこの記事の続きです↓)『愛媛へ〜資さんうどんからしまなみ海道へ!』今日は朝から温かくて良いお天気でした。(*´꒳`*)ということで、ま…ameblo.jp第55番札所南光坊で出会った可愛い茶色の子猫ちゃん(勝手にみーちゃんと呼ぶ)に後ろ髪を引かれながら、次の目的地である第56番札所泰山寺へ!(みーちゃん、元気かな…南光坊の
いよいよ新春お遍路旅も3日目になりました。天空の郷さんさん近くのコンビニで朝食を済ませ今日も難関の岩屋寺を朝1番に行きたいと思います。駐車場で車を停めてひたすら山道を登ります登り始めて約20分でようやく岩屋寺らしい建物が見えました。岩屋寺到着屋根が岩にめり込んでます本堂の横にハシゴで登るお参りもお参りするのに足がガクガクします納経いただいて次は44番大寳寺46番浄瑠璃寺47番八坂寺次のお寺に向かう途中で何と瓢月さんの前を通るとそんなに並んでいなかったので2日連続でうどん
愛媛県今治市小泉にある真言宗単立金輪山勅王院泰山寺ですこちら四国八十八ヶ所霊場第56番札所です。駐車場からの参道石段を上るとお手水舎鐘楼堂、、ここは鐘は打てませんでした。泰山寺は弘仁6年(815年)弘法大師さまが開基近くの蒼社川がよく氾濫し多くの人が亡くなることから住民が悪霊の祟りかと恐れていたのを大師さまが堤防を作り祈願をし、不忘の松を植え堂舎を作り地蔵菩薩さまを祀ったのが始まりだそうです。御本堂、般若心経と光明真言、
向こうに見える、大師堂。諸国を廻られる、お大師様。(↓2010年2月の写真)続くからです。毎日、いろんなニュースが流れています。隣の国では、大混乱僕の住む市では、市長の、、女性問題のニュース。日々の出来事に、心が落ち着かない。でも、お大師様はいわれる。『国家など、その時々の幻』、、、、、お大師様の見たこの国は、どんなものだったのですかニュースでは、、どちらかといえば良くないものが多い。良い、明るいものは、わずか。あの人が悪い、この人が悪い、、言う。僕は、、
常香炉に目を向けると、、笑顔の仏様が立っておられた。続くからです。今年の5月に行かせてもらった、遍路旅を、長々と書かせてもらっています。何度も写真や、ノート、記憶を見直して、、どうだったんだろう、、何を見たんだろう、、何を学べたんだろう、、見忘れたものはないだろうか、、そんな事ばかり、日々、考えています。心の目が、開いた人には、何でもないことでしょうが、愚かな僕には、特別なことが見えないわからない僕には、手探りで、一歩づつ、、歩いて、そして見るしか、できないのです。、、、
鐘楼の向こうに、お寺の話にも出る、松が見えます。続くからです。巡拝上の注意事項公認先達は、四国八十八ヶ所の霊場を最低四回は巡拝されている。本部事務所の調べによると、五十周以上巡拝されている先達も述べ二百六十余人に達している。公認先達は、こうした豊富な経験を身につけて、修行の実践を積まれ、深い信仰心をもっておられる。このような実情を念頭におき、ごく簡略に、いわば備忘録的に要点の一部、要だけを列記する。◇御影について。各霊場のご本尊の姿であるが、巡拝回数の多い人は、お受
屋根下部蟇股その裏面です。何度も修復を繰り返し、大切に使われるんだな。続く。からです。巡拝上の注意事項公認先達は、四国八十八ヶ所の霊場を最低四回は巡拝されている。本部事務所の調べによると、五十周以上巡拝されている先達も述べ二百六十余人に達している。公認先達は、こうした豊富な経験を身につけて、修行の実践を積まれ、深い信仰心をもっておられる。このような実情を念頭におき、ごく簡略に、いわば備忘録的に要点の一部、要だけを列記する。◇写経納経について。四国霊場巡拝の写
石碑の向こうは、お寺の裏の入口次は鐘楼を見たいと思います。続く。からです。巡拝上の注意事項公認先達は、四国八十八ヶ所の霊場を最低四回は巡拝されている。本部事務所の調べによると、五十周以上巡拝されている先達も述べ二百六十余人に達している。公認先達は、こうした豊富な経験を身につけて、修行の実践を積まれ、深い信仰心をもっておられる。このような実情を念頭におき、ごく簡略に、いわば備忘録的に要点の一部、要だけを列記する。◇自動車巡拝について。駐車場からは、遍路の姿に身体を
蝋燭台(↓2010年2月の写真)常香炉泰山寺のお大師様のお堂南無大師遍照金剛m(__)m続く。からです。勤行の意義と歴史的背景等十三、御詠歌在家の信者が霊場や寺院を参詣する際に詠唱する仏教歌謡。詠歌、巡礼歌ともいう。五・七・五・七・七の三十一文字からなる和歌に、節をつけたもの。この節は弘法大師が唐(中国)から伝えた声明(仏教音楽)が基礎となっている。和歌による仏教賛歌は、はやく万葉集にも見られるが、弘法大師は「和歌は是陀羅尼(御真
大師堂の上宝珠と露盤朝の陽に輝いている。続く。からです。仏前勤行次第十五、御詠歌ⅳ「お四国」に伝わる御詠歌四国霊場には、古くから四国遍路たちが唱え伝えてきた御詠歌がある。その中から三詠を紹介しておく。原本は、一、二の両歌は明治十四年六月刊行の版本『四国遍路路御詠歌道中記』(桑原藤五郎著)、三は昭和九年発行『改訂四國道中記』(浅野明二著)である。一、空海の心の内に咲く花は弥陀よりほかに知る人はなし
正面内側の上部『弘法』の額木魚が上部にある煩悩の珠を咥えていて、、叩かれて煩悩を吐き出すともいわれる。魚の形なのは、、魚は目を閉じない。寝ずに、目を開けたまま修行に勤めよとの意味もあるらしい。。その下の鰐口からです。仏前勤行次第続く。十五、御詠歌ⅲ同行二人あなうれし行くも帰るもとどまるも我は大師と二人づれなり南無遍照尊南無遍照尊山行くも里に宿るも野にふすも我は大師と二人づれなり南無遍
『嘉永二年開版高野山蓮華谷南無阿弥陀佛六字名号奉安所』とのこと納経所で、千枚通御符を求めることができます。この札所に伝えられる、弘法大師不忘松千枚通御符諸病、精神不安に霊験ありと言うからです。仏前勤行次第十五、御詠歌ⅱ修行和讃有り難や高野の山の岩蔭に(龍華)一、大師の遺跡を慕いつつ諸国を巡る修行者の二、長き旅路の友となり野をも山をも厭いなく三、雨の降る日も風の夜も行者の身
左隅の角の木に、石碑が置かれていました。『☞おくのゐんみち』本堂裏、、、何でも見ちゃう僕。。前に戻ろう。からです。仏前勤行次第十五、御詠歌御詠歌は、各宗派がそれぞれの流派を創立しており、音階や旋律、歌謡法をはじめ、鈴鉦の所作などを定めている。ここでは四国霊場で詠唱されている代表的な御詠歌「高野山金剛流」を例示しておく。金剛流の「龍華」「楊柳」の節は四国八十八ヶ所の各札所の御詠歌でも唱えることができる。また他に「光明」「金剛」の
ホテル→前神寺→吉祥寺→宝寿寺→香園寺→横峯寺(中継バス利用)→国分寺→仙遊寺→栄福寺→泰山寺→南光坊→延命寺→今治国際ホテル泊。4日目。
向拝の蟇股、裏面菊に、、水の流れ菊水と言っていいのでしょうか。本堂脇の賓頭盧尊者様神通力の人で、病を癒してくださる、、お酒が好きだったこともあるという。お釈迦様に叱られて、本堂に入れず、人を救い続けておられる。びんずる様の話は、興味深い。からです。勤行の意義と歴史的背景等十二、和讃仏・菩薩・教法・祖師などを七五調の和文で讃歎した歌謡。弘法大師の御作と伝えられる「いろは歌」はもっとも古い和讃といわれる。また古いものとしては、千観(916-83)
(↓2010年2月の写真)可愛いねロクちゃんとナナちゃんは、もうこの世にいなくて、、新しいワンちゃんがいるそうですが、納経所にはいませんとのこと。続く。からです。仏前勤行次第十四、和讃ⅱ四国巡拝和讃頭唱帰命頂礼遍照尊四国御修行の其の時はおん年四十二歳にて足中草履に藁づとを納札をば首にかけ四百八十八の道程を峰々越て八百と八十八の山かさを道なき所へ道をつけ八百八川を打こえて霊所々々を安置してこの有難き