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【ネタバレ解説】『自分が嫌いという病』を読んで分かった「自己否定」の正体|泉谷閑示の処方箋を徹底レビューはじめに|「自分が嫌い」は性格ではなく“生存戦略”かもしれない「自分を好きになれない」「いつも自分を責めてしまう」「頑張っているのに満たされない」そんな感覚を抱えている人は多い。しかし、多くの場合、それは単なる“ネガティブ思考”や“性格の問題”として片付けられてしまう。『自分が嫌いという病』は、そうした自己否定を、もっと根深い問題として扱っている本だ。著者の泉谷
本文『「普通がいい」という病』を読んだ感想【ネタバレあり】「普通がいい」という病は、「普通であること」が善とされる現代社会に対して、真正面から疑問を投げかける一冊です。私は幼い頃から、人間関係において周囲に合わせ、自分を押し殺して生きてきました。空気を読む。嫌われないようにする。波風を立てない。「ちゃんとしている人」でいる。そうやって生きていくうちに、いつの間にか「自分が本当は何を感じているのか」が分からなくなっていました。だからこそ、この本のテーマは痛いほど刺さりま
泉谷閑示さんの“「自分が嫌い」という病”(幻冬舎新書)を読みました!本書は、書店の新書コーナーで見つけました。わたしも自分が嫌いです。だから、タイトルにひかれて手に取りました。そして、裏表紙の説明を見て、読もうと決めました。そこにはこう書いてありました。以下、本文からの引用は【】でくくります。【「自分を好きになれない」と悩む人は多い。こうした自己否定の感情は、なぜ生まれてしまうのか。その原因は幼少期の育ち方にあると精神科医である著者は指摘する。親から気まぐれに叱られた
以前、泉谷閑示先生の本にふれた「自分が嫌い」という病(幻冬舎新書)Amazon(アマゾン)この中で離人症について記載された箇所があるはじめて目にした病これを読んだ時、ドキッとした私これじゃんそう思って、愕然とした膠原病になるまで、なんだか、いつもフワフワしていた幼少期は、横になって寝ていると、足の先から自分が砂のようになって、砂が空に舞い、消えていくような感覚があったOL時代は、そんな感覚プラスいつも、テレビの中の自分をテレビの外の私がみていて、自分なんだけ
自分も10数年前にうつ病を経験し、以来、こちらの先生の本やセミナーから色々学んでいます。昨年2月からYouTubeの配信も始められ、これが本当に面白いのです。精神疾患の方、何かと人生塞ぎ込んでいる方、多いです。私の周りだけでしょうか。いや、現代社会自体が病んでいると思える。子どもたちが自殺する国だもの。おかしい。愛着障害なんて言葉まで闊歩している。豊かな国と言えるのか?精神的な落ち込みの原因。精神疾患の原因。体の不調だってそう、原因をとことん考える。紐解く。親との関わりから思い出し
「問いで繋がる場」をプロデュースしていこうと思っています。「なんで?」を気軽に出し合える場です。僕は、2015年頃から「自分らしく生きる」というワークショップを散発的に開催していました。このベースになったのが、精神科医である泉谷閑示さんのセミナーです。対話の場としての試みに手応えを感じました。これをもっと気軽に行えないか?と考えていた時に、梶谷真司(東京大学大学院)の「考えるとはどういうことか」(2018)でPhilosophyforChildren(子どものための哲学)略:P4Cの存
「私はあなたに希望を持っています」この言葉だな。「あなたの幸せを祈っています」とか、「あなたを信じています」という言い方は私の気持ちと違う。彼女が私の前から姿を消してから約10か月。この間もずっと考えていた。彼女はどうしてあそこまで思考が極端だったのか。精神疾患というなら、それは治るのか?どうしてそうなってしまったのか。出会って、そして関わった私はどうすればよかったのか。貴重な経験をしたことは確かで、おかげで様々な本を読んだり研修会・学習会に足を運んだりした。「私はあなたに希
奥村一郎(メンタルパートナー/活動家/作家/主夫)です。使命:そもそもの「あなた」を探すための伴走者であり続けること目標:LifeisArt.LifeisPlay.-生活をアートする-還暦の定義グルっと回って5歳になって、経験を携えた小児として遊び出す記念日であり、その元年。今度、出版する本の中で「第三の反抗期」という言葉を使っています。「第三の反抗期」は、泉谷閑示著『「自分が嫌い」という病』(2025/5/30)で初出する概念ですが、私は、これを更に強調
精神科医の泉谷閑示氏は、著書で繰り返し「感情の井戸」という図を使って、喜怒哀楽に関して語っていますが、私は、近く出版する本で感情を糠床に例えています。彼は、著書で、感情(特に「怒」)には、Freshな怒とOldな怒があると書いています。これはまさに特筆すべき指摘なのですが、私には、Old(つまり腐っている)を嗅覚で捉えた場合に、糠床がイメージしやすかったからです。なぜなら、私が糠床を養っているからです。手入れをしていない糠床は、色が明らかに悪くなり、腐臭を放ちます。しかし、手入れをする
「わたしの望みは叶わない」大人が幼児に及ぼす影響について書きます。以下は、ある日の風景。孫が朝から私の家の玄関を開け、開口一番「シーソーに行く」と言います。僕は、「シーソーかぁ。まだ朝ご飯食べてないから、食べたら行こか」と答え、家に上げました。その日は、イベントに行く予定があって、駐車場が混むから、私以外は、早めに家を出たかったそうです。ここでまず意志の共有ができていませんでした。その割に起きてくるのは遅いなぁ…食事が終わって、さぁ、出かけようとした時、孫は「シーソー…」と呟きます。みん
初刊本の初稿を出版社に送ったその朝に、その時はおとずれた。以下、初稿に加筆すべく書いた原稿です。----------第一の反抗期(イヤイヤ期)をやり切ると、どのような変革が人に起こるのでしょう。その瞬間は、いささかの予感を伴いながらも、いきなりおとずれました。ここからは、その一日を小説風に表現してみましょう。昨日、ヒイバアちゃんに手編みのニットの帽子とスカートをもらったミヅキ(仮名)は、これまたバアバに作ってもらった巾着袋を肩からかけ、お気に入りの大玉ネックレスをして、大好きな児童館に朝か
「自分を見ている」もう一人の自分がいる。中学生の頃の僕は、まさにこれで、結婚してからわかるのですが、妻もそう感じている一人で、仲間に出会えたことが嬉しかったです。そして、高橋源一郎さんの「人生相談」に寄せた16歳の彼もまた僕らの仲間デビューをしました。^^当時、私は、この感覚に違和感を感じて、高橋源一郎さんのような素敵な大人がいれば、彼と同じく相談していたと思います。「本当の自分とは?」とふと考えたり、自分を俯瞰して見るもう一人の自分を感じる人は、内省的な人間です。スマートフォン
昨日とあるYouTubeを見た。それはこちら↓【自己肯定感って必要?】自己否定が生まれるカラクリを知る最近個人的にどハマりしている泉谷閑示さん。その方のYouTubeだ。その中で泉谷さんが話していた、「オンタイムで自覚できるようになればいいですよ」という一言に私は、うおおお…!となったので今日はそのことを。動画では泉谷さんと対談されてる方が「長い関係性のある人からもないがしろにされることが自分には
私が、OD(オーバードーズ)という言葉を知ったのは、2007年の映画「クワイエットルームにようこそ」。松尾スズキ原作で内田有紀が主演した映画だ。それまでの薬物依存といえば、覚醒剤やコカインが主で「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」のCMが1982年に流れたのも衝撃的だったが、市販薬が薬物依存の主役になるとは思っていなかったから、更なる衝撃を受けた。2025年10月25日の毎日新聞朝刊で、若年層の自殺者が5年連続で3,000人超となっていると報じられていて、ODが社会問題化
初刊本の執筆にあたり、私は、この歌とメロディーに向き合ってきたような気がする。はじめは、朝飯を作る時に流すバックミュージックだったが、映画『国宝』を鑑賞した後は、何度も繰り返し…お前にとって「美しいもの」とは何だ?と問いかけられているような気がして、意識は私の中に向かった。わたしみずからのなかでもいいわたしの外のせかいでもいいどこか「ほんとうに美しいもの」はないのかそれが敵であってもかまわない及びがたくてもよいただ在るということが分かりさへすれば、ああひ
ピピ、ピポピポ…精神科医の泉谷閑示氏と「第一次接近遭遇」(FirstKindofCloseEncounter)したのは、2012年でした。「第一次接近遭遇」というワードは、1975年に「ジョーズ(Jaws)」を世に出したスティーブン・スピルバーグ監督の4作目の映画「未知との遭遇」(1977)で話題になりました。今や死語です。^^;それはさて置き、なぜ僕が彼と「第一次接近遭遇」することになったのかは、彼の初刊本である「自分が嫌い」という病(幻冬舎新書)Amazon(
そもそもモチベーションという生きるエンジンの不在に気づいた私は愕然とし、これから自分を人生をどう生きるか?に戸惑います。私のような人間をアメリカで活躍した精神分析家のエーリッヒ・フロムは「受動的人間」と呼んだことを泉谷閑示氏は、仕事なんか生きがいにするな生きる意味を再び考える(幻冬舎新書)Amazon(アマゾン)で示してくれました。まさにそうです。そもそも私にはモチベーションがなかったのです。高校進学は、当然の関門としてあり、曖昧な自分の意思のもと、偏差値という基準
前回「~すべきだ」とあなたに迫る「あたま」による締め付けがキツくなると「~したい」と思っている本来のあなたと言っていい「こころ」は、癒やしを求めると書きました。更に「あたま」の締め付けが強まるとどうなるでしょう?私の経験上、そのような一時しのぎには限界があって、「あたま(意識)」による蓋の締め付けがきつくなると、ごまかしが効かなくなる限界点に達します。ここに至ると「こころ」は悲鳴を上げ、盟友の「からだ」に応援を求めます。細川貂々(てんてん)さん原作の「ツレがうつになりまして。」は2011年に映
大阪歴史博物館で開催されている特別展「正倉院THESHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-」に向かうため、妻と一緒に大阪行きの急行に乗った。チケットは事前に買ったので、メールを確かめる。「あ。火曜日は休館日だ。」妻は驚かない。僕と暮らしていると、こんなことは日常だ。仕方ない。もう一つの目当てである「串安黒兵衛」まで時間を潰そうか…黒兵衛は、僕の旧友が経営している店だ。「今日、行くで」と電車に乗る前にLINEしてある。「火曜は定休日やで。ごめん。」なぜ、僕は彼に謝らす?「あ。黒兵衛も休
前回までは「人間の仕組み」について大まかに書きました。人間は、主体である「こころ」とシームレスに繋がっている「からだ」と特異な発達をした「あたま」によるハイブリッド構造になっています。故に、人間だけが「悩む」ようになったわけです。ここからは「こころ」のアスペクトである「感情」について考えていきましょう。こちらも泉谷閑示氏が、「普通がいいという病」(2006)で初めて発表した「感情の井戸」という図で、彼自身の臨床経験から明らかになった重要な所見だと述べています。図3.感情の井戸前
前回の記事では、「あたまの特性」について書きました。今回は「こころの特性」についてです。それに対して、「こころ」は情動の場なので「こうしたい」「こうしたくない」という感覚的で即興的な判断を、何の脈略もなくいきなり突きつけてきます。このようなダイナミックでおおらかな「こころ」を「あたま」はデタラメで下等だと決めつけ、コントロールしようとします。このような「あたま」によるコントロールは、すべてのものを平均化し、見映えを考慮し、当たり障りなく、個性的でなくします。泉谷閑示「普通がいいと
まだ発売時期もタイトルも決まっていませんが、初刊本の冒頭は、こんな出だしにしようかと考えています。泉谷閑示氏は、「普通がいい」という病(講談社現代新書)Amazon(アマゾン)で「人間はこうなっている図」を初めて提唱しました。この図は、おそらく最もシンプルに、かつ明瞭に人間の仕組み(パラダイム)を書き表した図です。人間とは、「理性」に司(つかさど)られた「あたま」と、感情や欲求に根ざした「こころ」および「こころ」と連動する「からだ」で構成されるハイブリッド
※画像はhttps://jodo.or.jp/こちらより拝借いきなり誤解を招きそうなタイトルですが、私はマジでこう思います。「怒り」は、喜怒哀楽の中でも特に厄介者扱いされていますが、そもそもそこに問題があります。「こころ」由来の感情である喜怒哀楽に、ポジティブな感情やら、ネガティブな感情などと分別をつけているのは「あたま」です。なぜなら、「怒哀」に比べて「喜楽」は、周囲の人に受け入れられやすいからです。あくまで比較の問題なのです。「あたま」は常に「比べる」のです。損か?得か?と…
泉谷閑示著『「自分が嫌い」という病』を購入し、かつ、公式チャンネルで公開される動画を見ながら、読み進めていくと様々な自分の体験がオーバラップして、新たな気づきがある。この本、おすすめなので、要チェックやで!さて、この動画を見ていて、途中で気づいたことがあるので、記事を書きます。昨日、僕はゆいちゃんといつもの子育てサークルに行きました。そこでのことです。あるお子さんがパズルで遊んだり、ブロックを組み立てたりしてる。その子のお母さんは「すごい!」を連発するんですね。あー、このお母さんは「褒
この映画のワンシーンで、Googleの検索窓に自分の名前を入力して、リターンキーを押す場面があったと記憶している。彼はエゴサーチをしているのではない。自分とは何か?自分の社会的な位置づけは?自分の存在意義は?同じことを爺はこの時期していただからこそこの映画が印象に残っている答えを自分の外に求める「指示待ち人間」「マニュアル人間」が増えたなぜか?親からそう育てられたし学校の先生も彼らの親からそう育てられた構造的にこの国は自ら考えることを放棄し正解探しをし自分探し
就学前時にEXPO70を経験した僕ら世代は、親父は頑固でちゃぶ台返し、オカンは良妻賢母をお仕着せられた時代。でも、学校では「男女平等」「人権教育」を学び、高度成長期を生き、バブルという狂乱の中で学生時代を過ごし、失われた30年を社会人として過ごした。男尊女卑の親世代と男女平等が当たり前の価値観が交錯する僕らの価値観は、結婚生活を営む上で矛盾をきたし、親世代では許されなかった「離婚」が増え、バツイチという言葉が生まれた。価値観がねじれているのだ。僕は、子どもの頃から野球少年で、部活動中に
むかし、「普通になりたい」って思っていました。一般的、平均的、世間の標準、はみってないということです。だって、みんなと同じは間違いない感じがしたから。学校にいると、いつの間にかグループができていて、そのグループではみんな意見が合っていそう。いつ皆で示し合わせたんだ、と思っていました。私ね、何かと「変わってる」と言われることが多かったんです。でも、どこが変わってるか聞いても、「なんとなく」としか言われない。自分では、みんなと同じだと思ってるのになーと思いつつ、普通のラインを探
どう?大丈夫?😖「自分が嫌い」という病泉谷閑示幻冬舎#架空書店250522③「自分が嫌い」という病(幻冬舎新書)Amazon(アマゾン)「自分が嫌い」という病(幻冬舎新書)[泉谷閑示]楽天市場楽天市場で詳細を見るAmazon(アマゾン)で詳細を見る#250528on#Kindle#自己啓発#自己肯定感#書籍新刊情報#本#予約受付中#予約#読書#近刊#自分が嫌い#泉谷閑示#幻冬舎#読書好きな人と繋がりたい#読書好きさんと繋が
ご訪問くださいまして、有り難うございます。れっつごうです(^^)皆さま、GWはいかがでしたか。私は、大阪・関西万博に行ったり、山歩きに行ったり、おかげさまで楽しませていただきました(^^)明日から仕事なので、今、ちょっぴりブルーな気分ですが(^^;・・・で、だいぶ期間が空いてしまいましたが、精神科医・泉谷閑示さんの新書、「普通がいい」という病を紹介・解説しています。今回で5回目、最終回です。「小径を行く」という講から、引
原因不明の不調を抱える長女を授かった僕たち夫婦は、初めての子育てを不安と迷いの中で、約二年、ほぼ入院生活を続けていました。度重なる検査の末に「もしかしたらこれか…」という不調の原因の尾っぽを辿るため、それまでお世話になっていた県立病院から紹介状をいただき、大阪市立大学医学部附属病院小児科の新宅治夫先生を受診することになりました。その初診で、僕たち夫婦は、今まで感じたことのない感覚を抱いたのです。新宅先生は専門家です。僕たちは医療の素人ですし、子育ても初めてです。しかし、先生は、私たちを「患