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やっほい(*・∀・*)ノご訪問いただきありがとうございます♪いつも読んでいただけて大変、嬉しく思います!(*´ω`*)ようやく書けた。なんせ1時間残業終えると既に18時半。19時に晩飯食って風呂入ってストレッチやらし終えると21時くらい。入院生活で規則正しい生活になってしまって丁度、寝るには最適な時間だ。※たまに22時くらいになるが。だから平日のスプラがまともに出来ないのだ。スプラもだが記事の更新も中々出来ないのだ。そんな久々の記事は真面目な内容wwwさて職場
~徒然1~盲点だった。フロントガラスの雪が滑り落ちてないブラックシャーク号、ツキノワグマ号よりも傾斜がないのを忘れてた…。平たく積もってら傘でカシカシ雪を除けてみたんだけど、水分の多い雪だったせいで内部が完全に凍って固まってるの。しかも分厚くフロントガラスの熱線ガンガンに効かせてもちっとも溶けやしない。永久凍土か!┐(´・c_・`;)┌ダァ~メだこりゃ。諦めて電車で出勤しましたよ。これ、明日までに溶けてくれるかなぁ?日陰なんだけど…~徒然2~昨日は『
相変わらず物価が高い。米価が高止まりとの報道もあった。ここで思い出したのが、以前、小泉純一郎首相(当時)が所信表明演説で引用した“米百俵”のエピソード。米百俵は、その年(2001年)の流行語大賞にも選ばれたので、ご存知の方も多いと思うが、今あらためて、どんな話だったのか振り返ってみよう。慶応4年(1868年)1月(旧暦以下同じ)薩摩藩・長州藩を中心とする明治新政府軍は、鳥羽・伏見の戦いで会津藩・桑名藩など旧幕府諸侯連合の軍に勝利した。新政府軍は、抵抗を続け
本日の新聞に、私の評伝小説『蒼天の星――里見天海評伝』につきまして、新潟県長岡市の河井継之助記念館館長・中田仁司様より、新潟日報のコラム「新潟の一冊」において、丁寧な書評をお寄せいただきました。中田館長が顕彰されている「河井継之助」は、戊辰戦争における悲劇の主人公として、司馬遼太郎の小説『峠』をはじめ、NHK大河ドラマ『花神』、近年では役所広司氏主演の映画『峠最後のサムライ』のモチーフとなった人物です。そのような歴史的人物を顕彰する記念館の館長という立場の方に、本書を取り上げていただ
CrossTheRidge【司馬遼太郎著峠】(河井継之助テーマ曲)自分で語るライナーノーツこのナンバーも読書感情曲のひとつ。本の読書感想ならぬ湧き上がった感情をモチーフに曲にしたものです。元となった本は、司馬遼太郎の新潟は長岡の英雄、河井継之助の一生を描いた「峠」です。河井継之助には興味があって、以前から歴史を調べたり、福島県只見町の「河井継之助記念館」へ行ったりで既に相当のイメージができていたんですね。小説では「峠」とは「八十里越え」を指すのですが、西国遊
いささか間延びした感はありますが、本記事は備中松山城からホテルに戻ってからのお話になります。チェックアウトを済ませた直後、「お城ビュースポット」なる可愛らしいイラストポスターがあることに気がついて。え?この辺りからお城が見えるの?どこから?と、ホテル前の路上に出てお城のある方向を見てみたんですが、残念ながら確認できず💧その後、少し散策しようと思って武家屋敷が並ぶ方向へ進むこと5分弱。ふと見上げると。おぉ〜!あれに見ゆるは備中松山城ではありませんか!標高430mという高い
前ブログの続き晴れた朝の奥会津のドライブは車窓の窓という窓から鮮やかな緑が飛び込んで爽快そのもの川面はまるで合わせ鏡のように映えまくり、川霧のような幻想的な光景にも遭遇、しばし道の端にクルマを止めてポケーッと見惚れていました。すると、知らぬ間に私の後ろにクルマが止まっていて、私が発進するのを待っていてくれてた様子。クラクションを鳴らすでもなく、私のやっていることを理解し、配慮してくれてたのでした。こうした人柄がにじみ出るような温かさに触れた体験と日本の
長岡の二大偉人、それぞれの記念館は徒歩数分のご近所さん。徒歩観光客にはありがたいです。どちらも館内撮影禁止なのもあり、まとめて。牧野家の五間梯子と河井継之助の賑やかな幟で遠目からよく分かりました、河井継之助記念館。入ってすぐ、受付より前に目に飛び込んでくるのがガトリング砲でした撮影可はこれぐらい。書画を中心としたものでした。少年期に志を立てるきっかけとなった中国古典を筆写したものが残っていたのには感動しました。そうすると、吉原細見に◎、○、△の評価を付けたものも・・・なか
長岡駅から徒歩15分ほど、藩主牧野家~長岡藩ゆかりのお寺です。入口に長岡藩知名士の墓、とありました。それにしても、長岡市街の印象が「赤茶」。融雪水の錆の影響のようです。雪のない季節に豪雪地帯がこんな風に感じられるとは。さて、入って行くとまず、北越戊辰戦争招魂碑本堂横には親切な案内板がありました。小千谷会談に唯一ついて行った二見虎三郎など長岡藩士の小さなお墓、牧野家代々の立派な墓域がありました。奥に河井家のお墓。この様に目立つ石碑があり示してくれている
塞翁が馬と言うより禍福は糾える縄の如しの感じで、ドタキャンとなった箱館旅以降禍福が糾われて巡り巡って念願の新潟・長岡旅になりました!!東京出張の翌日に休暇が取れたので東京近郊でといろいろ調べていたら・・・新幹線を使えば東京~長岡1時間半西日本人から見たら余裕で近郊まさに河井継之助が江戸行きの時に妻に心配させないように、なあに信濃川をのぼればそこが江戸さ、会いたければおいでと言ったことが現代は実現している訳ですと、いろいろ気が先走ってますが、時系列的に順番に。長岡のホテルが
「幕末維新史への招待全国諸藩編」「長岡藩」を読みました。幕末前、幕末に老中を出した家であり、徳川家への忠誠は高いと思う。藩主側用人の河井継之助が開明的であり、老中首座・阿部正弘のとき、藩主・牧野忠雅が老中になり海防掛になったのが大きいかも。次の藩主・牧野忠恭が1862年京都所司代になったとき、辞任を勧めたらしい。それは小藩であり、尊王攘夷の過激志士の標的になったらひとたまりもないためだとされる。時代は変わって大政奉還後、薩摩藩邸焼き討ち事件で徳川慶喜が京都へ出兵してしまう。
ご覧いただきありがとうございます😊前ブログに書いたことですが、、加筆して載せます。さてさて私、、この頃は映画館へ行って観ることはほんと少なくなって😅アマプラやYouTube等でお家鑑賞が多くなってます💦に、しても、なぜ?映画はポップコーン🍿なの?🤭私は食べないけど。今回は、映画館で観てでも、もう三年も前になりますけど(ーー;)ワタクシ的には上映をずっと!ずっと!楽しみに待っていた作品⇩【峠】について書き残したいと思います。コロナの影響等があり二度?三度かな?延期の報告に
普段、飲んでるコーヒー教えて!▼本日限定!ブログスタンプ珈琲豆屋さんから珈琲豆を買って自宅で挽いて淹れてます、種類はお店のオリジナル…藤岡弘、さんのように淹れながら…「美味しくな〜れ、美味しくな〜れ…」「国際コーヒーの日・コーヒーの日」…日付けは国際協定によって定められた「コーヒー年度」の始まりの日という事で、国際コーヒー機関が承認して以降の最初の公式記念日が2015年10月1日だったそうです…コーヒーは世界で最も多くの国で飲用される嗜好飲料で、日本へは18世紀末にオランダ人🇳🇱が持
おはようございます、落武者です。今日は10/1。越後長岡藩の家老として戊辰戦争時(北越戦争)、薩長と戦った河井継之助の命日です。旧暦では慶応4年8月16日。新暦では1868年10月1日。(画像はお借りしました)落武者家には、長岡藩に関する書籍が2冊ほどあります。一つは「米百俵」で、これは落武者父の書籍です。読んでいたら、父の覚書が入っていました。まぁ、大した事は書かれていませんでしたけどね(^^;;もう一つが、河井継之助を主役とした司馬遼太郎の「峠」でして、こ
9月に入っても暑い日が続きましたが、ようやく過ごしやすい気温になってきました。冬は雪に閉じ込められる新潟県民なので、秋のうちに何処かの城に行きたいな〜と思うのですが、よく考えれば私、通勤で毎日城跡を訪れていることに気付きました。ただ、何も痕跡が残っていないので、城跡を訪れている実感は全くないんですよね。今回はそんな地元の城「長岡城」について書いてみようと思います。戦国時代、現在の長岡市域は、越後守護代・越後長尾氏の傍流である古志長岡家が治めていました。本拠は、現在の長岡中心部か
金曜夜にお会いするRさん。昨夜は「今日の誕生花は夕顔。それにちなんで何か詠んで欲しいです」とお願いされて。といわれても実は私、「夕顔の花」を知らずにいて(苦笑)、無料ダウンロードから初めて目にして。夕顔の白く儚き色みては昔のひとの面影しのぶ源氏物語「夕顔の君」を下敷きにして一首詠んでみた次第です。さて本題に戻って。伊勢原市「実蒔原古戦場」をスタートし、渋田川を下り辿ったシリーズ、10ケ月の長旅の末に完結しました。そして現在(渋田川が諸川と
長岡を訪れるのは2回目です。前回は北越戦争の歴史に欠かせない河井継之助の史跡巡りを行いましたが今回もその続きの2回目ということで長岡~小千谷の戦場跡を回って当時に思いを巡らせました。一応戦いの時系列に並べてみました。①榎峠、朝日山長岡から小千谷に向かう信濃川に架かる越の大橋の先に榎峠の史跡があるとのことで寄ってみます。榎峠は河井継之助が小千谷会談の後に戦闘の緒戦が開かれた場所です。北越戦争の緒戦となったのがこの榎峠です。新政府軍が占領していた榎峠を長岡藩(奥羽越列藩同盟軍)が奪還し一旦は榎
「4歴代ノ総理大臣(その16)」今日は、河井継之助みなさん、おはようございますお盆が終わりましたご先祖様との会話はいかがでしたか?大切にするものがわかったような気がする胸に刻んでおきましょうたくさんの国民が靖國神社に参拝されましたしかし、動機が不純な国●議員たちもいましたでも、ご先祖様は優しいですねそんな奴らにも優しく接してくださる(笑)8月16日は長岡藩の家老である河井継之助がなくなりましたカトリング砲で新政府軍から長岡城を取
こんばんは😊ヒスイ海岸を後にして長岡を目指しました🚗本日の移動距離は朝日町から長岡市までの前半140km長岡市から会津若松までが150km程となっております夕方までに長岡市に到着すれば良いので休憩多めです道の駅の度に寄道します😆有名な道の駅「マリンドーム能生」🦀🦀🦀カニの食べ放題が大人2000円、子供1000円らしいです🦀🦀🦀皆さんオケに入ったカニを貪っておられました😆私達はカニは食べずにこちらのアンコウバーガーにしました🍔野菜も大漁で美味でした😆昼食後更に1時間ほどほど走
暑い日が続いておりますが、皆様お元気ですか~?こちら群馬もカンカン照りの暑い日が続いてます。内陸県・群馬の平野部の暑さは尋常ではありません。また北部山間部はこの時季、加えて特に天候不安定で大雨による土砂災害等も危惧されております。まっ、何れにしても日中はカンカン照り、夕方~夜はガラガラ・ドッカン!ザザーッの雷雨⚡のキビシイ夏。昨日のことです。お昼は「鰻重」でも食べに行こうか…何処に行こうか…と言うことになり、午前10時頃から桐生市に向かって車で家をスタートしたので
2025年に押しました。
ネットで見つけて立ち寄った信濃川大河津資料館。土木分野は全く分からないが、中々面白かった。上は越後平野の変遷。大昔は海で、砂丘が出来て土砂で埋まり、潟が残った。深田。湿地帯で葦を刈り、腰まで浸って稲を植え、船を使って収穫する、無茶苦茶大変だったろうなあ。鳥も食わぬマズい米と言われたらしい。現代コシヒカリと比べると信じられん。大河津分水をやっぱり作ろう、と必要性を再認識させた1896年の横田切れからの大洪水。50名近くが亡くなり、4ヶ月水が引かなかったらしい。大河津分水がなければ各地がどう
久しぶりに歴史小説が読みたくなって伊東潤さんの本です。と言っても、正直この時代は全然わからなくて苦手なのですが・・・室町時代の末期だと、関西では応仁の乱がありわちゃわちゃになってますが、関東では全く別のわちゃわちゃがありました。関東のわちゃわちゃを書いた作品です。正直、血で血を洗う戦乱の世で全く気が休まることがなく恐ろしいよく物語の題材になる戦国時代の前哨戦みたいな時代ですけど、戦国時代って一国一城のあるじが覇権を争って領土を切り取るみたいな、割とわかりやすい構図だと思う
真夏が始まってしまった。と言うわけで早速現実逃避で長岡へ。長岡と言えば、藩士河井継之助。良く知らないので、最終日に時間があったら記念館に行こう。もう一つ、長岡花火。駅前に実物の打揚筒があった。正三尺玉、と言うのか。600mも打ち上がるの?新幹線の線路(在来線も)が長岡城の本丸をブチ抜いて引かれているんだ。甲府駅もそうだっけ。レンタカーを借りて目的地、馬高遺跡・馬高縄文館へ。時々無性に火焔型土器が見たくなる。あ、こちらは最初に発見されたものだから、「型」は付かず火焔土器と呼ばれる。重文。
臥牛山幕末の危機既に無く緑深めて城ただ黙し😸臥牛山に建つ備中松山城は、日本三大山城のひとつで、現存十二天守の中では最も高い所に建つ城。幕末の藩主、板倉勝静(かつきよ)は徳川慶喜の時代、老中首座はあったことから、鳥羽伏見の戦い後、朝廷より松山藩追討令が出される。この時、山田方谷らの働きにより、勝静の禁錮刑や石高減封などで、何とか藩を存続させることができたが、今、備中松山城は、幕末の危機が嘘のように、静かな姿を見せています。
毎号購入する重厚な歴史雑誌『歴史群像2025年6月号【電子書籍】[歴史群像編集部]』についてフォークランド戦争から南西諸島有事を考える大切さや、北越戦争を歴史小説からではなく史実から冷静に追うことの大切さを知る1冊歴史群像2025年6月号[雑誌]Amazon歴史群像2025年6月号[雑誌]楽天歴史群像2025年6月号【電子書籍】[歴史群像編集部]楽天内容やレビュー毎号、かなり読み応えのある歴史雑誌です。その中でも印象に残ったものについて
『小説河井継之助【完全版】』童門冬二著人は一生のうちに、何度「自分の生き方」を問われる瞬間を迎えるのだろうか。この小説に登場する河井継之助という人物は、時代の激流に翻弄されながらも、自らの信念を貫き、理想を捨てず、命を懸けて行動し続けた稀有な男だ。その姿に心を揺さぶられずにはいられなかった。童門冬二が描く河井継之助の生涯は、ただの歴史小説の枠を超えている。これは、変化を恐れず、新しい時代に橋を架けようとした一人の挑戦者の物語であり、そしてまた、私たち一人ひとりが「いま、どう生きるか」を突き
朝起きて朝食を食べに2階の会場に行く。和洋あり品数もまずまず。『長岡『ホテルルートイン長岡駅前』』仕事で長岡に行き、このホテルに宿泊。新幹線で長岡駅下車。東口に出て3分ほどで到着。どことなく懐かしい雰囲気だが、悪くない。チェックインして客室へ。単身…ameblo.jp焼き魚、煮物、オムレツにサラダ。味噌汁も具だくさん。中々美味しい朝食ブュッフェ。少し部屋で休んでから観光に出る。どことなく懐かしい雰囲気の街並み。朝市のようなフリーマーケットがある
一部代行バスだったとは云え久々にJR只見線に乗り会津塩沢の河井継之助記念館を訪れ上越線の小千谷で宿泊した翌日の5月5日(月・祝)、『皐月の会津&越後2025(参):会津塩沢~河井継之助終焉の地(上)』会津若松に着き、飯盛山と鶴ヶ城を久々に訪れた翌日の5月4日(日・祝)、『皐月の会津&越後2025(壹):久々の会津若松へ』N響第2037回定期公演を聴い…ameblo.jp『皐月の会津&越後2025(四):会津塩沢~河井継之助終焉の地(下)』5月4日(日・祝)、幕末の越後長岡藩家
【Q21187】1975年11月3日の文化の日に実施された第1回の志願者はわずか672人で、当初は15級から5段までの20段階だったが現在は10級から1級までの12段階となっている、2025年に50周年を迎えるものは何?【漢検(日本漢字能力検定)】【Q21188】全国的には無名だったが司馬遼太郎の小説『峠』でその生涯が描かれ一躍有名になった、1977年の大河ドラマ『花神(かしん)』では高橋英樹が演じた幕末の越後長岡藩の家老で、開国論を唱え最新鋭のガトリング砲を購入し戊辰戦争で新政府軍と戦った