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火曜日お天気悪し朝のルーティンのヨガもネットの不調で自分流ヨガですませる餌のお椀は空っぽ姿はなし午前中は読書北杜夫『へそのない本』最後のショートショートはSF昭和38年の本だけあってすっかり昭和に連れていかれた・・猫欠乏症がこうじてついつい手を出した岩合光昭さんの『見上げてごらん、朝のネコを』やっぱり猫がそばにいて欲しいなぁ午前中だというのに外は薄暗くおこもりにはピッタリのお天気だのにママさんも相方もそれぞれお出かけ・・親子だねぇ活動的なとこもさす
今日は一昨日撮影した動画編集。。。間が空くと分かんなくなっちゃうので忘れないうちにと思い今日編集しました。何となく出来たのでUPしたいと思います♪CMソングシリーズ第2弾🎉YouTubeNew❣️♪80.クリナップの流し台1978所属事務所を退社し渡米する前に3、4ヶ月ほどフリーで歌のお仕事を頂き歌っていた時の歌です。聴いて下さい♪ステキ💕つづく🎹♫〜ライブのお知らせ🎹♫〜2024年4月23日(火)銀座シグナスTEL03-3289-0986Live🎤
今日はとても良いお天気だったので撮影が出来るかも…と、美しい桜の花で有名な榴ヶ岡公園桜の花はまだまだですが、梅の花か何か少しは有るのでは⁉︎と、ちょっと期待しながら行って来ました。久しぶりの榴ヶ岡公園残念ながら梅の花も見つけられず公園内をしばし散策。。。隣接する大きな芝グラウンドで遊ぶ子どもたち和む風景を撮影して来ました。ポンジュースのCMソングをもう一度聴きたいとYouTubeの方にリクエストも来ていたので…多分皆さんの知らないCMソング♪「ミカンが実る頃」しか
さてさて………………【勝林院】を後にしたココロは、いよいよ大原の地を離れるべく、再びバス停へと向かう…………その道中に立ち寄ったのが………………志ば漬・京のお漬もの処【志ば久】京都府京都市左京区大原勝林院町58『三千院門跡御用達』と書かれている【三千院】へ向かう途中にも優しく声をかけて下さった店主さんに惹かれて店内へ…………昭和初期に農林業の傍ら、自家製のしば漬を製造。昭和20年に屋号を【志ば久】として、販売を開始された老舗。昼夜の寒暖の差が大きい大原盆地。朝には小野霞(おの
100円ローソンの冷凍ピザです。ニンニクスライスと溶けるチーズをむ追加トッピングして、オーブントースターで焼きました。今朝は驚異の10℃オーバー。ちょっと気持ち悪いほどです。コインランドリーに来ております。裏起毛のズボン・ジャージ・厚手のネルシャツetc.、冬場手洗いでは難儀するものはコインランドリーで洗います。早く終われ。画像はXより拝借。【永六輔】“戦争を出来る国”には、したくないよな。
・・・よくわかんないよ、よくわかんないけど艶っぽい俳句だねえ」『気楽に生きる知恵」永六輔:著より引用うん、そうですね。笑っちゃいましたよこれ読んで。季語も無理矢理っぽいけど入ってるし、俳句だよねえ。
坂本九さんが歌い爆発的にヒットした「上を向いて歩こう」。永六輔さんの作詞です。♪♪♪上を向いて歩こう涙がこぼれないように泣きながら歩く独りぼっちの夜♪♪♪。問題や悩みを抱えてつらいとき、不安でどうしようもないとき、この「泣きながら歩く」という言葉を思い出してください。感情は、自分のものでありながら、自分の思うようにはいかないものです。「このままじゃ、いけない。明るい気持ちになろう。プラス発想しよう」と頑張ってみても、すぐにはできないもの。つらいときはつら
前回の霊山寺より、徒歩40分移動し訪れたのは最尊寺で眠る永六輔さんの墓参りです。永六輔とは世界的な大ヒット曲「上を向いて歩こう」の作詞家永六輔。テレビやラジオなど放送の世界を中心に活躍。軽妙な語り口と歯に衣着せぬトークで人気を集めた。また短く簡単な言葉で物事の本質を突く、短文の名人としても知られ膨大な著作を発表。「大往生」は200万部を超える大ベストセラーとなっている。永六輔は昭和8年東京浅草のお寺の次男として生まれた。12歳の時に学童疎開先で終戦を迎えた。東京は焼け野原。生
今日の『四季通信』は、『あれも書きたいこれも書きたい』~「いろんな人のことば」集~です。※9日の『四季通信』で、「明石家さんまさんのことば集」を書きましたが、他にも、さんまさんのことばもありますし、いろんな方のことばを書いていこうと思います。※ぼくがこのような名(迷)言集を作りブログで紹介をしようと思ったのは、永六輔さんの影響です。その永さんのお孫さんが著書の中で永さんのことをこう書いておられます。「祖父は有名になっても
日本青年館。です。久しぶりに、日本青年館。しかし、ここは、以前の知っている日本青年館ではなく、新しく建て替えられた、3代目の日本青年館。座席数は、1階席、815席。2階席、434席。宝塚歌劇団が、東京宝塚劇場とともに、ここで公演をおこなっている、いわば、宝塚歌劇団の『聖地』のひとつ。文楽公演では、さすがに、2階席は使いません。そもそも、1階席も、空席が目立つのですから。客席に入ると、夜の部ということもあり、観客の数は、それほど多くはなく。2階席は、使いません。豊竹咲太夫さ
(2017年8月10日発行)出版社内容情報(宝島社)2016年7月7日、昭和を代表する「才人」が逝った――。永六輔、享年83。本名、永孝雄。ラジオ・テレビ番組の演出、作詞家、ラジオパーソナリティーなど多彩な才能で知られた。逝去から1年。長女が10年におよぶ笑いあり・涙ありの介護の日々を、初めて綴る。「世に知られた〝六輔?としてしか存在しなくなってしまったように思える父を、〝孝雄?だった父として少しでも自分のほうへ引き戻すことができるのではないかと思った
2024年1月25日この日ココロは、京都大原に行くと決めていた。洛中より少し離れている大原は、ココロにとってはまだ未踏の地。残り少なくなってきた京都生活で、必ず行きたいと思っていたのだ頑張って早起きして、予定より早く京都に到着京都バスC3乗り場に到着ーーーーっ少し早く到着したので8時10分出発便から、7時40分出発の「大原ゆき」のバスに変更し乗車したいざっ出発進行ーーーーーーっしかし、この日は前日から雪が降り続き、大原へ近づくごとに雪深くなっていく大丈夫かな〜〜〜〜っあっ
愛することの反対は、憎み合うことではありません無関心になることです-永六輔-なるほど、人を憎むのは好くないと思って無関心であろうとしていましたけど、むしろ愛とは反対の行為だったのですね。どうりで、憎むよりは気が晴れますが博愛精神を目指すなら駄目ですね。困ったもんです。平常心で”愛さないことをする”はどうでしょう?解ってます、ただの屁理屈ですね。すみません
今回のトゥモローズの歌わずにはいられない!は、坂本九さんの「上を向いて歩こう」を演奏してみました!観てー!坂本九「上を向いて歩こう」を演奏してみた!〜トゥモローズの歌わずにはいられない!〜坂本九さんの「上を向いて歩こう」を演奏してみました!皆さまの暖かいコメント、そして、チャンネル登録、高評価、よろしくお願いします!!☆協力してくれたRose☆ボーカル:みーちゃんボーカル:たまギター&ハモリ:さとうゆうじトゥモローズのYouTube(チャンネル登録お願いします)https://w
1992年、武田少年が物心がついたころから、世の中の動きをどうとらえていたか、考えていたかを綴った本。彼より20年近く年長の私は当然同じ時代を生きてきたわけだが、武田氏のようにその記憶を文章に綴ることはできない。宮崎勤に殺された少女と同世代、少年少女を殺傷したサカキバラと同世代、ということに対する子供ならではの感覚は何となく理解できるが、、、その後時代が流れ、武田氏は成人し、政治に対する向き合い方も確立される。同じような感覚を私も持っていたかもしれない。上手に書くものだ。永六輔さ
1月はいろんなことがありました。今日からリスタートです。今夜は孫達も正月以来、久しぶりに来てくれたのでちょっとした宴会になりました。以前にもブログでご紹介させていただいた「689Cellars(シックス・エイト・ナインセラーズ)」のワインを久しぶりに飲みました。永六輔、中村八大、坂本九の689トリオが生み出した代表曲「上を向いて歩こう」は、689それぞれ異なるものが1つに調和し、融合して世界中で愛される曲になったのですよね。まさに、689ワインのメッセージこそ「幸せで豊かに
12月のライブで…暖かくなったら〜と、お約束した次のライブ♪シグナスさんの方からも度々オファーがあり考えてはいたのですが…🙄⁉︎問い合わせも来ているそうなので4月にスケジュールを入れました🙌ライブのお知らせ🎹♫〜2024年4月23日(火)銀座シグナスTEL03-3289-0986Live🎤1.19:302.21:10藍美代子with嶋津健一(p)🎹Trioゆっくりのスタートですが、しっかり準備して行きたいと思います🏃♀️どうぞよろしく💫✨ステ
るそんべえです。1962年の第5回レコード大賞を受賞した梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」。梓みちよがまだ20歳での受賞でした。作詞は永六輔、作曲は中村八大の名コンビ。坂本九の「上を向いて歩こう」、海外でも「スキヤキ」の名で大ヒットした直後でもありました。作曲者の中村八大に第一子が産まれたことで、永六輔が中村に送る形で作ったようです。歌い易く、母になる喜びの心情が歌われていて、誰の気持ちも、ほっこりしてしまうような曲だと思います。昭和天皇の御前でも披露され、明治以降初めての天覧歌
2週間ほど前。。。気温は低めでしたが、お天気の良い日で仙山線のローカル線に乗って…御線香だけでもと思いお悔みと感謝を伝えに以前「ビーネ」のお客様だった方のお通夜に行って来ました。その方は「若い頃に私の父から仕事を貰いお世話になった」といつも話していて、義理堅く若い方を連れて良くビーネに通ってくれました。ご家族の方も時々来てくれていて3、4年前に体調が悪くなり、最後は会話も出来なくなって…と、話し胸が痛かった。。。最後にビーネに来てくれたのは9年ほど前もう、そんなに
昔、「全国子ども電話相談室」というラジオ番組がありました。放送開始は1964年2008年まで44年間続きました。月曜日から金曜日の16:00~16:30まで(1997年からは日曜日の朝)♪ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル、まわして(ここで昭和の黒電話のジ~ッて音が入る)♪♪パカスカ、パカスカ、パカスカ、パカスカ、きいちゃお♪♪・・・・・こ~どもでんわそうだんしつ~♪このテーマソングが平日の午後4時になるとラジオから流れてきたのです。午後
日々目まぐるしく変化する世界を余所にぼんやりと…ちょっと長い休日😪ブログも3週間のご無沙汰…😅YouTubeは再申請クリアでひと安心💫迫りつつある2月中のup…これは頑張ります。YouTubeの方にもupが無いので心配のメッセージが届き📃昨日三重のファンの方からいい「あおさのり」が手に入ったのでと無農薬野菜と手作り沢庵漬け皮ごと絞ったレモン果汁、すき焼きのタレとまた沢山送って頂きました🙌ありがとうございます🙇♀️早速、あおさのりの香りを楽しみながらお豆腐の味噌汁で美
ストレス満点(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ。゚ヾ(゚`ω´゚ノシ゚。)ノシ(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(;∀;)(
人間は愛しているか、愛されているか、どっちかでないと辛いね-永六輔-愛されていると解るとその場ですぐに嬉しいです。愛している嬉しさはじわじわと迫ってきます。愛している方が、より幸せと言うけど両方揃った方が好いに決まってます。相思相愛なら言うことなし。そうでない場合は、ちょっと複雑かな?いま、幸せから外れていると思うなら「愛して!」と頼むのは逆効果の確率高いからとにかく愛することを始めるに限ります。意識していれば、じわじわ型の幸せだってすぐに確認で
1月10日に書いた「レコード大賞」の話題、その後、うまくまとまりませんでしたが、そのまま載せます。(敬称略)第30回まで(1959~1988)の作詞、作曲の顔ぶれは興味深く、一番多く登場したのは作詞家の阿久悠で5回。なかにし礼3回、作詞で2回は永六輔、石本美由紀。作曲は2回が中村八大、吉田正、筒美京平、中村泰士の各氏です。第30回までの「30曲」は、生まれていない時代も含め、全部知っていますし、たぶん歌えます。本当に名曲揃いでした。●以下、受賞した作品名を列記します。
パン、おむすび……食べ物関連の本の紹介が続きました。そんな流れで、こんな本はいかがでしょう。『伊勢うどん全国制覇への道』(石原壮一郎、扶桑社)伊勢うどん全国制覇への道食べるパワースポット[石原壮一郎]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}皆さんは「伊勢うどん」って食べたことはおありでしょうか。お伊勢さん(伊勢神宮)のお膝元で、江戸時代以前から食べられてきたという伊勢うどん。極端に太くて変にやわらかくて、さりとてどことなくモチモチ感もある麺
るそんべえです。私が生まれた1959年に、”日本レコード大賞”が始まりました。生まれた年ということで、記憶は全くありませんが、同年に始まったということで身近には感じています。で、その第1回のレコード大賞ですが、大賞受賞は、水原弘の「黒い花びら」でした。作詞は永六輔、作曲は中村八大の68コンビでした。永六輔が26歳、中村八大が28歳でした。なんせ、水原弘は24歳で、それもこの「黒い花びら」が、デビュー曲でした。それどころか、放送作家だった永六輔はこの曲が初の作詞、ジャズマンだった中村
今日の『四季通信』は、投稿ネタの『#心に残っている名言集』~「あれも書きたいこれも書きたい」~です。※本を読んだりしたときに「このことばって、いいなあ」と思う時がありますね。そのときに、メモをとったりしていればいいのですがいつも、いつも書き残すことをしなかったりして、いつのまにか忘れてしまってそのままになってしまうことがあります。今日書いたことばは、さいわいにもメモを残したり、この四季通信に残したりして忘れていないことばです。それで
<1/11②>こんばんは。独り言です。永六輔さんが30年程前に書いた本の一節亡くなった人達に合掌すると同時に、この震災の教訓が後世に役立つことが供養ですというのが平均的な考え方だと思う。しかし、この日本という国には災害の教訓が全くといっていいほど役に立たない歴史がある。「地震予知」という、世界でも珍しいことをやって1千億円以上の予算を使ってきた国だが、地震学者が謝った話も聞かない。「予知できるなんて言ったことはありません」そう開き直られてしまったら、
今日の『四季通信』は、『あれも書きたいこれも書きたい』~「やっつぁんが集めた名(迷)語録」~です。ちょうど一年前に書いた記事です。永六輔さんが拾い集めた市井の人々のことばを本の中から、抜粋したものをもとに書きました。ここに登場する人々というのはなんと素敵なことばを残しているのでしょうね。とにかく考えさせられることばや思わずそうだそうだとうなずくことばばかりです。それでは2023年1月11日の『四季通信』です。※