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関西に戻ってくるとすぐに梅雨入りしましたのでしばらくゆっくり過ごしてから束の間の雨上がりに久しぶりに京都市山科区まで出かけてみました◆勧修寺(かじゅうじ)(庭園拝観500円)西暦900年に醍醐天皇が母藤原胤子(いんし/たねこ)を弔うために創建その後門跡寺院として栄えた真言宗山階派(やましなは)の大本山真言宗十八本山のひとつでもあります府道118号沿いと山門内に参拝者用の無料駐車場が数台分ありましたので利用させていただきま
京都・勧修寺をご案内させていただきました。京都・山科にたたずむ勧修寺は、歴史と自然が調和した静寂の寺院です。境内に広がる庭園の中心には、平安時代から続く氷室池があり、その静かな水面は四季折々の風景を映し出します。夏になると、この池には白や紅の蓮が優雅に咲き誇り、早朝には神秘的な美しさを放ちます。また、初夏には睡蓮も花をつけ、可憐な姿で訪れる人々の心を和ませます。庭園をゆっくりと散策しながら、蓮や睡蓮が織りなす景色を眺めていると、まるで時が止まったかのような穏やかなひとときを
京都山科の勧修寺は千年余りの歴史ある寺院です。この建物は明治時代に学校として使われていたそうです。水戸黄門寄贈の勧修寺型灯籠。周りの檜科のハイビヤクシンは樹齢750年の名木!低木なので、名木らしく見えないのでびっくりです。池の辺りにある観音堂。中のご本尊は観世音菩薩。勧修寺の1番の見どころは古池。氷室池の杜若。睡蓮も綺麗!もう暫くしたら、蓮の花も咲きます。池は土砂で埋もれて浅くなっていて、鯉が泳ぐのか大変そうです池というより沼みたいになってしまってるようです。
(そうおいてしせんのさきをゆくばんしゅう)明正殿元禄10年(1697年)、明正天皇の旧殿が下賜されました。明治5年から14年、9年間、勧修小学校開校前まで、校舎として使用されました。写経机が、学習机に利用されたのでしょうか?高欄は、一木から彫り出されたものです。軒下の桁は、欅と杉だそ
前回はこちら氷室池の花しょうぶです。勧修寺庭園の説明板です。勧修寺庭園で、僕の浴衣姿の自撮りをしました。スマホでも、僕の浴衣姿の自撮りをしました。引き続き、勧修寺庭園の花しょうぶの撮影をしました。アジサイの花です。さざれ石です。五大堂です。本堂です。本堂をバックに、僕の浴衣姿の自撮りをしました。スマホでも、僕の浴衣姿の自撮りをしました。続きはこちら
…「氷室の池」がある真言宗・寺院は?京都には「花の寺」と呼ばれる寺院が多く、趣向を凝らした庭園と共に美しい花を求めて多くの人が訪れる。山科の勧修寺(カジュウジ)の氷室(ヒムロ)の池は、優美な池泉回遊式の庭園である。池の水面に映る桜と観音堂の美しさも名高いが、初夏になると睡蓮が氷室の池を覆う様に咲き始める。
☆2016.6.7☆ここは京都市山科の勧修寺の庭園の氷室の池↑勧修寺|【京都市公式】京都観光Navi観光スポット・サービス情報。京都にある観光情報をカテゴリ別にご用意しました。行きたいスポットへは、エリアで検索できる機能が便利です。ja.kyoto.travel☆花ショウブの他にハンゲショウやスイレンや藤やアジサイや蓮も楽しめるよ。☆6年前の今日に行った時は花ショウブが見ご
5月28日(土)は久しぶりに山科に出かけました。山科から東西線で南下し、小野駅で降りました。湖西にも同じ名の小野駅があります。小野妹子ゆかりの小野です。山科の小野は小野小町ゆかりの地です。小野駅で降りて東に行けば小町ゆかりの随心院がありますが、今回は西の勧修寺に行きます。勧修寺は「かじゅうじ」と読みます。醍醐天皇開基の古刹で、真言宗山階派大本山です。勧修寺の山門をくぐるとこんな景色が飛び込んできます。宸殿。元禄期の明正天皇の旧殿を下賜されたものだそうです。樹齢750
勧修寺(かじゅうじ)の『臥龍(がりゅう)の老梅』今日、勧修寺に電話で確認しましたら、『臥龍の老梅』は、今が盛りだそうです。尚、この期間は今週いっぱいだそうです。※勧修寺を地名では「かんしゅうじ」と読む。勧修寺には勧修寺氷池園・書院前などに臥竜の老梅・蝋梅などが植えられ、梅と勧修寺氷池園・書院などの光景が美しいと言われています。書院前の臥竜の老梅は白梅で、樹齢約300年の親木は根の部分が残されている木、子木は大きな枯れ木、孫木は生長中の木です。臥竜の老梅(がりゅうのろうばい)
蔵出し京都画像~京都画像クイズNo.77。今回は久しぶりということで、ヒント画像から難易度を低めに設定しました。1枚目だけだったら難問でしたね。問題の池には大斐閣観音堂があります。さすがにこの画像は出せませんでした。それでは正解です。亀甲山勧修寺(かじゅうじ)真言宗山階派大本山です「かんじゅじ」や他の言い方がありますが、正確には「かじゅうじ」になります。実は、『京都大事典』では勧修寺家は「かじゅうじけ」になっているのに、寺院は「かんじゅじ」になっています。
土曜日の朝散歩は先ずは「明智藪」へもしも「麒麟がくる」の結末の様に生きてはったらずっと討たれた場所とされてるこの場所はどうなんやろそんなことを思いながらやってきたのは山科の勧修寺勧修寺と書いて「かんしゅうじ」とはいわず「かじゅうじ」っていいます勧修寺にやってきたのはジェントルマンN氏が送ってくれた泰山木の花この花が見たくってでも勧修寺の泰山木は大きな木で高い位置に咲いてて花の感じも香水の原料になるいい香りは分かりませんでした門を入るとさざれ石八千代の感触
11月14日土曜日、京都市は山科区にいます真言宗十八本山巡りしてます随心院から西へ、十番『勧修寺(かじゅうじ)』へ行きましたこのお寺の名前、地元の人以外で「かじゅうじ」と読めたら、かなり「通」な人らしいですよ😅。以前、どちらかのお寺で・・・・、勧修寺が書かれたパンフ見せられて、「このお寺、何とお読みしますか?」「かじゅうじ・・・です」「これを、かじゅうじ・・と読めますか?なかなか通ですね・・」「そ、そうなんですか?行った事があるので・・・」💦【山門】山門を入ると、
名古屋のシンゾウです《過去問》の掲載数を増やしましたが、問題が多すぎますので、1級・2級に絞ることにしました。それでも、まだ、2000問以上ありますので、とても全部は掲載出来ません。9月になりましたら、残り問題を更に難問だけに絞り、最後までやろうと思っています。お付き合いください。―――――――――――――本日の問題(131)本日の問題です。は、お寺の本尊を答える問題です。は、行事名と開催日等から主催寺社を答えてください。は、過去問題からランダムに出題します。ただし、出題を1級・
勧修寺(かじゅうじ)は、ちょうどお花の美しい時期なので、ラジオの私のコーナーでも紹介させていただこうと思い、出かけました新緑が眩しかったです🍀御住職の筑波常遍(じょうへん)さんに書院に通していただき、非公開の障壁画を見せていただきながら、お話を伺いました土佐光起筆の「近江八景図」重要文化財。光起の子、光成筆の「竜田川紅葉」重要文化財。去年の令和元年に天皇即位にあわせての特別公開された時も見に来ました。またこの障壁画を見せていただけてありがたかったですこの書院からのお庭の眺めが素晴ら
おはようございます京都のkojiro(小次郎)です昨日は関西地方も梅雨入りしたとの報道がありましたが、新型コロナウイルスは湿度が高いと感染しにくくなるのでしょうか…。京の街では、マスクを着用せずに歩いている人の姿を見かけるようになりました。このまま感染の拡大が終息してくれたらいいですね。さて、今回の「kojiroの京散歩」は前回に引き続き京都市山科区勧修寺にある真言宗山階派の大本山「勧修寺」(かじゅうじ)の5月の様子をお届けします。京都市の名勝に指
高鴨神社には、数多くの境内社が鎮座。そして、とても美しい自然の景色が広がります。■一ノ鳥居参道すぐ左に鎮座しています。■祓戸神社■氷室池■浮舞台一ノ鳥居に並行している、浮舞台への参道。■社務所■ニホンサクラソウ1960年(昭和35年)より栽培。現在は500種あり、展示、販売が行われています。■授与所■楠木正成公銅像台座の銘は「七生報國」。社務所脇にある
こんにちは京都のkojiro(小次郎)です昨夜(今朝)は何とか資料を完成することができましたが、きわめて完成度の低い資料になってしまいました。これが今の小次郎(作業能力)の限界なのでしょうね。さて、今回ご紹介するのは前々回に引き続き京都市山科区勧修寺仁王堂町にある「勧修寺」(かじゅうじ)です。京都市内を走る地下鉄東西線の小野駅を降りて西へ7~8分のところにある勧修寺は、平安時代に醍醐天皇が生母の「藤原胤子」(ふじわらのいんし)追善のために外祖父の邸宅を寺に改めた
観音堂の前に、氷室(ひむろ)の池ハスがまだ咲いてましたつぼみも、終わりかけの花も、ありました観音堂を背景に、ハスの花
勧修寺は真言宗山階派の大本山です。門跡寺院です。春から夏にかけて景色がめまぐるしく変わって行きます。勧修寺型灯篭で水戸光圀公の御寄進です。紫陽花の綺麗なお寺です。勧修寺のメインはこの氷室池です。スイレンやハス、菖蒲が順次咲いて行きます。ちょうど、この頃に白くなる半夏生が見頃でした。京都府京都市山科区勧修寺仁王堂町27-6私の写真はPIXTAでも見られます。京都フォトギャラリーへ
本日の京都は朝から雨。梅雨の雨ではないが当面は雨と曇りが続きそうだ!?今回は平生足を踏み入れない山科の勧修寺の二日前の様子を…お寺の名前は最近まで「かんしゅうじ」と思っていたが、「かんじゅじ」などとも読まれることもあるが、寺側では「かじゅうじ」を正式の呼称としているらしい。一方、山科区内に存在する「勧修寺○○町」の地名の「勧修寺」の読み方は「かんしゅうじ」と、中々ややこしいお寺の名前である(笑)。山科区の寺と云えば太閤秀吉の「醍醐の花見」で有名な醍醐寺があるが、それと比べ
こんばんは。ジュリエットです。地下鉄東西線、小野駅を降りて観修寺に向かいました。観修寺観修寺は真言宗山階派の大本山で、皇室に関係の深い門跡寺院です。昌泰三年(900年)醍醐天皇により創建されました。桜の季節が綺麗ですが、緑が美しいこの季節も素敵でした。白壁が続く道を行くと山門があります。宸殿前庭には、水戸光圀公から寄進された、灯篭があります。観修寺型灯篭というそうです。まわりにはハイビヤクシンが灯篭を囲むように生えていました。宸殿の裏手には紫陽花がたくさん咲いていました。こ