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日頃私が、手塚眞監督版「ブラック・ジャック」を見ていて、うーんこれはちょっと…と思うことの中に、BJが、紋切型にものを言う。というのがある。どういうことか、というと、①死ぬ死ぬ発言手塚眞監督版「ブラック・ジャック」KARTE:34揺れる手術室BJ「動かすな。今動かすと死ぬぞ」手塚眞監督版「ブラック・ジャック」KARTE:52一瞬の目撃者BJ「今動かせば、間違いなくこの患者は死ぬ。それでいいんなら、力づくで私たちを追い出せばいいだろう」って、そんなに断定的に、死ぬ死ぬと言
今日は重箱の隅である。ネタがないのである。余裕があれば、「ブラック・ジャック」から他の出崎統作品の話に移ってもよいのだが、今はビーズに時間を費やさなければならないので、それはできない。見るヒマないから。よって、ホントは書く気はなかった話を持ち出してくることにする。(大して面白くない話題だ)BJはコート(手塚眞版ではマント)もジャケットも黒である。これがアニメーター泣かせなのか、別の理由があるのかわからないが、とにかく、この2つの描き分けに混乱が生じることがある。しょっちゅうではない。私
以前から、「ブラック・ジャック」の出崎統監督版と手塚眞監督版を比べたら、出崎統版のピノコのほうが、精神年齢が上なのでは?と書いてきた。しかし、これに異議を唱える人もいるかもしれない、なエピソードもある。「温泉に入る」シチュエーションのエピソードである。手塚眞監督「ブラック・ジャック」KARTE:19がんばれ、古和医院ピノコ「雪見風呂でおいしいパフェ!」温泉旅館での休暇に向かっている時に、ピノコが描いた妄想。一応、バスタオルを使っている。出崎統監督「ブラック・ジャック」KART
別にあてっこしようという訳ではない。一つの作品でこんなに違っていいのか、と思うことがあるから、少し並べてみようかな、と思っただけである。出崎統監督劇場版「ブラック・ジャック」(作画監督杉野昭夫)①まず、若く見えるカットジョー「あなたなら、超人類をきっと救える」BJ「超人類を救えるだと?」あまり若く見えると、コートの広い肩幅がちょっとバランス悪く感じる。BJ「脳波、チェック」ベティ「異常ありません」出崎演出には、こういう分割画面がちらほらある。暗黙の動きや時系列が表現されるが
BJの手術料はべらぼうに高いという。初期の原作でも、つまり、物価が今よりかなり安かった頃の描写でも、数百万円、かつ即金である。(回が下るにつれ、「即金」という要求はなくなってゆく)しかし、いろいろ読んだり観たりしていると、額面通りに徴収しているわけではないとわかってくる。①救えなかったら、もしくは、救えそうになかったら、請求しない。手塚眞版「ブラック・ジャック」KARTE:01消えた針「手術料は、必要ない」この回の場合、患者(写楽)は結局助かるのだが、オペを中止した段階で、請求権
「ブラック・ジャック」には数々の名言があるが、それは手塚治虫によるものだと思っていた。手塚眞版「ブラック・ジャック」では、各話のサブタイトルとともに原作でのサブタイトルが示されていることもあり、まあ、ある程度、原作に則って作られているのかな、と思っていたからだ。ところが、原作を取り寄せて読んでみると、アニメ化に際しての改変は結構多く、ものによっては華々しく、そういう時、アニメ版ならではの名言が新たに発生しているのだとわかった。手塚治虫よりもさらに踏み込んで、つまり、一世代ぶん内容や思考を掘
今日は短文である。ネタに窮しているのである。ブラック・ジャック邸はどこにあるか?出崎統版と手塚眞版では、設定が大きく違う。どちらも東京でないことは間違いない。(けど、この記事で現実の地図と照らし合わせて、あてっこをする気はない)手塚眞版は、関東のどこかの都市の郊外の海辺である。手塚眞版「ブラック・ジャック」KARTE:09「もらい水」テレビの気象予報士「気象情報です。関東全域に、大雨洪水警報が発令されています。(後略)」都市が小さく、東京タワーはない。そのくせ、高層ビルが
はっきり言って、数ある「ブラック・ジャック」エピソードをもれなく均等に見ている訳ではない。全く見ない回もあるし(出崎統版OVAだと、KARTE3,6,12とか)気にいって何度も見る回もある(手塚眞版だとKARTE:00とか)。で、さっきの記事を書いた後、久方ぶりに手塚眞版「ブラック・ジャック」KARTE:36(岬の家は未完成)を見ていて、↓これを見つけた。なるほど、そうだったのか。でも!!どう見ても、円錐屋根のテラスは壁面の真ん中にあるんだけど!↓オープニングアニメーション!居間のピ
ブラック・ジャック邸の間取りが気になる。ブラック・ジャック邸は、原作から手塚眞版までに、変遷があり、原作ではL字型の建物である。出崎統版もこれを踏襲している。出崎統監督OVA出崎版のブラック・ジャック邸の間取りも気になるのだが、なにぶん作品中の登場回数が少ないので、大したことは何もわからない。長方形の建物になるのは手塚眞版からである。L字型の方が粋だと思うが、それはまあいい。とにかく、いろいろと観察の楽しみがあるのは手塚眞版である。手塚眞版ブラック・ジャック邸は断崖絶壁になっている
(「ブラック・ジャック21」episode10紐育の奇跡)…………………………BJとピノコの精神的な結びつきの強さは、言うまでもないことだが、出崎統版、手塚眞版で、結びつきの質は少々違うように感じる。手塚眞版のブラック・ジャックでは、ピノコはなんとも無邪気に開けっぴろげに天真爛漫に、さらに自信満々に、「ピノコは先生のオクタンなのよさ!」(KARTE:00オペの順番)とか言っているが、出崎統版では、かなり趣きが違うのである。「天才外科医ブラック・ジャック先生の第一秘書兼世話係、
ブラック・ジャック、とうとうYouTubeで英語字幕版を漁り始めた。正直、英語はわからん。はるか大昔に受験英語はならったが、文章とセリフはかなり違うモノだし、そもそもボキャブラリーが致命的に少ない。字幕を読むスピードも遅く、はっきり言って全く追いつかない。ゴッコのつもりで楽しんでいる。字幕版の気に入らない点は、クレジットが大抵無視されること。主題歌の英訳もいいが、「原作手塚治虫」と「監督出崎統」と「作画監督杉野昭夫」をちゃんと表示して欲しい。私は、常々、出崎統(及び出崎統&杉
出崎統版「ブラック・ジャック」、BJはいつもコート(手塚眞版ではマント)姿である。室内とか、くだけた状態ではベスト姿になる。よって、ジャケット姿はほんとに少ない。あんなにいつもコートを着てていいんだろうか。訪問先など、コートを脱いで小脇に抱えたりする方が礼にかなっているだろうし、スマートでカッコいいのに。こんなことを書くのは、BJのジャケット姿がマジでカッコいいからである。どの話だったか、ジャケット姿のBJが、訪問先からの帰りしなに、ドア係からマントをさらりと受け取るシーンがあり、「
そろそろ、ビーダーズに向けて用意を始めなければならないのだが、この期に及んで、まだブラック・ジャックを見ている。テレビアニメ版(手塚眞版)では、メインキャラクターのデザインを神村幸子氏が担当し、各回のゲストキャラクター・デザインと作画監督を複数のアニメーターが持ち回りでやっているようだが、これって賢いな、と思った。私が若かった頃には番組1本をまるまる1人の作画監督が行うことが多く、大変な負荷だったようだ。シロウトながら、当時はアニメ雑誌とか読んでおり、作監の誰それが倒れたらしいとか、読んだこ
出崎統版の「ブラック・ジャック」を観ていて、スゴイなと思うことはいろいろあるが、その中に、「BJがちゃんと日本人に見える」ということがある。いろいろ考えたが、つまるところ、①BJが日本人に見える。②モブがちゃんと非日本人に見える。の2つの条件が揃っているという、当たり前の結論に落ち着いた。(日本人と東洋人の関係には、この際触れない)①が成り立つにはどんな条件が必要か。ⅰ.(白人黒人に比べて)中性的である。ⅱ.ネオテニックである(幼っぽい、柔らかっぽい)。といったところだろう。
昨日、手塚眞監督の「ブラック・ジャック」劇場版を批判してしまったので、出崎統監督の「ブラック・ジャック」劇場版についても何か書かなきゃならないんだろうと思うのだが、正直困った。とにかく圧倒的な作品で、感想もへったくれもないからである。ネタバレしたくないんだけど、ストーリーに触れないと何も書けない。物語のキーワードは「超人類」非人間的なほどに高い能力を持つに至った人々「モイラ・シンドローム」超人類が発症する進行性多臓器不全「エンドルフ・アー」エンドルフィンを爆発的に分泌させ、超人類
出崎統監督「ブラック・ジャック」劇場版と手塚眞監督「ブラック・ジャック」劇場版をくらべてみようかと思って、久しぶりに手塚眞版の劇場版を見た。大変な忍耐を要した。私にはよくあることなのだが、日頃、低価格帯の酒を美味しく飲んでいても、何かの拍子でよい酒を口にしてしまうと、それまでの安い酒が筆舌に尽くし難いほど不味くなり、二度と飲めなくなってしまう。つまり私にとっては、手塚眞監督の劇場版は低価格帯の酒で、出崎統監督の劇場版は高品質の酒なのだな、と思った。比べることがそもそも間違っている。(手塚
原作のブラック・ジャック、出崎統版、手塚眞版、の3つを比べた時、案外、原作のBJが1番魅力的かもしれない。悪ぶっているわりにやっていることは義賊的だし、感情の振幅が激しい。話数が多いぶん、さまざまなストーリー展開があり、つまり表出される感情の種類も多い。原作は、赤裸々というか、生肉的というか、泥々していて、アニメ版はそれに比べたら、出崎版であれ手塚眞版であれ、随分お行儀がよい。これが時代の違いによるものなのか、監督達が意図してお行儀よくさせているのか、私にはわからない。因みに、出崎版と手
2,3日前、ハッシュタグを変更したら、何故かアクセス数が増えた。「ブラックジャック」に加えて「ブラック・ジャック」を登録したのである。この日だけのマグレだったのだろうが、せっかくだからもう数日、ブラック・ジャックの話題を書いてみようと思う。………………………………………手塚眞版の「ブラック・ジャック21」が好きで、何度も見ているのだが、「ブラック・ジャック」とかなりテイストが違う。対象年齢が高く、話もややこしい。特筆すべきは、手塚治虫の原作は話を彩るエピソードとしてのみ用いられ、主たるス
手塚眞版「ブラック・ジャック」で私がよいな、と思う点は他にもある。原作では助からないキャラクターが、助かることが多い、ということ。(「ブラック・ジャック21」は手塚眞版だが、コンセプトが異なっており、キャラクターは次々死んでゆく。この項とは別扱いとしたい)手塚眞版「ブラック・ジャック」では、BJが手がけると、水戸黄門の印籠みたいに、必ずといっていいほど助かる。治療が及ばず死んでしまうのと、助かるのと、どっちがいいかは、人の好みだが、助かるほうが安心して見ることができるし、視聴者を前向きな
ブラック・ジャック雑考、出崎版のことばかり書いているが、手塚眞版は、それはそれで、素晴らしいな、と思わせる点がある。原作にない(またはスピンオフの)サブキャラクターたちの存在がその一つ。和登や写楽などは原作のブラック・ジャックには全く出ていないし、ラルゴは1回登場しただけであっさり死んでしまう。TOMという喫茶店もない。手塚眞版ブラック・ジャックを見た時、「あれ、こんな設定あったかな」と思ったが、原作を読んでみたらやっぱりなかった。原作はピノコでさえ毎号登場ではないが、アニメ版ではピノ
相変わらずブラック・ジャックにどっぷりだが、その中では私は出崎統版が飛び抜けて好きだ。(KARTE3,12など、暗すぎてちょっとな話がないわけじゃない)だが、手塚眞版や原作などと比べると、物足りないと思うこともないではない。とにかくBJに毒気がない。原作では「フン」とか「フフフ…」とか、性格の悪さ?不気味さ?ひねくれ?悪ぶり?を示す笑い方がよく出てくるが、出崎版にこんな笑い方あったっけと思う(追記、後日気をつけて見ていると、たまにあることがわかった)。因みに手塚眞版には、「フン」と鼻先で笑
マント(出崎統版だとコート)が不思議である。①どうやって肩に引っ付いているのか?簡単に着脱している一方、どんなに強くなびいてもはずれない。考えるだけヤボなんだろうな。出崎版OVA.KARTE3(マリア達の勲章)クルーズ「誰か、先生にバーボンを」BJ「その前に、診察を」杉野昭夫の手にかかると、コートを脱ぐだけの動作が色っぽい。②袖は誰が考えた?出崎統版では袖があり、手塚眞版では袖はない。原作はというと、袖と呼ぶには随分細いひらひらがついている。やっぱこれは袖なのか?因みに、出
結構ウソを書いている。ウソと言うより、勘違いや早合点や、ウッカリなんだが、読むほうにとっては同じことだ。で、どこがウソだったか白状するかしないかとても迷った。○わりと罪のないウソは、ブラック・ジャックの原作にピアノと暖炉は出てこない。という話。ゆっくり読み返すと、どちらもちゃんと出てきてた。ピアノはピノコが弾いてる。因みに、出崎版では、劇場版でBJがピアノを弾いている。出崎統監督の劇場版BJが、訪問してきた画商を無視してピアノを弾いているシーン。ピノコ「先生、お客さん来たよぉ」
昨日、「ブラック・ジャック」テレビアニメ版(手塚眞版)の設定の一部が、原作(手塚治虫)ではなく、OVA版(出崎統版)にのっとっていると書いた。当然、のっとっていない設定もある。①BJの車出崎統監督「ブラック・ジャック」劇場版出崎統版では緑左ハンドル。オシャレと言えなくもないが、やはり似合わないと思う。テレビアニメでは黒紫右ハンドル。やっぱりこうでなきゃね。手塚眞監督「ブラック・ジャック」KARTE:03ひったくり犬左がBJの車。私に言わせれば、もっと、右側の車くらい黒くてもいい
二十日間、更新をサボった。何をやってたかと言うと、ブラック・ジャックにどっぷり浸かっていたのである。その間、ビーズの話題がなかったわけで、きまりわるかったのである。ブラック・ジャック雑考を書いてもよかったのだが、何年も前の作品だしなあ、と思うと、気が削がれてしまった、ということもある。二十日間、OVA版(出崎統版)と、テレビアニメ版(手塚眞版)を何度も見返し、ついに原作も買い込んだ。これだけ量があると、それぞれを、ただ普通に楽しむだけではなく、変遷を観察する楽しみも発生する。原作を買
相も変わらず、アニメを見ている。今度はブラックジャックである。大塚明夫つながり。ゴールデンカムイの二瓶鉄造に大塚明夫がキャストされていると気付いて、あれ?「この前に見たブラック・ジャック劇場版のBJの声と全然違うやん」と思ったのがきっかけ。再度ブラック・ジャック劇場版(出崎統版)を再度見て、なるほど、二瓶とBJ、同一人物だと納得した。大塚さんスゴイ。出崎統(演出・監督)と杉野昭夫(キャラクターデザイン・作画監督)の組み合わせは昔から好き。今時の人がどのくらいこのペアのことを知っているか
こちらも俺的に凄く想い出深いアニメなので,ちょっと修正をして再アップします。赤い光弾ジリオンは1987年に日本テレビ系で放送されたアニメです。小学校時代からの友人の家に遊びに行った時、「アニメディア」を発見。偶然にもこのアニメが表紙を飾っていた号を見て「格好いいキャラクターだな…」と思ったのが第1印象でしたね。俺:「このアニメ鹿児島で放送してるの?」友人:「いや、してない」このアニメは、タイムボカンシリーズで有名な「タツノコプロ」制作による作品で、シリアスな話の
皆さんこんばんは!!今日のスパロボDDはちょいとガチャで運試しを・・・いや、何でかって言うとチケットがかなり溜まってきたって言うのもあるんですが本当に、今のガチャ運はオペラオムニアに散歩中なのか確かめる意味と強化するパーツが無くなってきたと言う意味もあって丁度良い機会だし回してみようと!!しかし結局引けたSSは90枚使って・・・支援SSRの2つのみ・・・精神コマンドで閃きを使えるようになるオードリーはかなり良い感じですがタイプ強化の特性を活かせるユ
ランティス祭りにSOS団復活で古のオタクが歓喜しているという情報を見て。すでにハルヒが世代でないワタシは何時代のオタクなんでしょう?白亜紀か。(♪三畳白亜紀古生代~って知っている人いるかしら?)存在自体がすでに化石化しています。こんにちは、蘭月すばるです。とあるラジオを聞いておりましたら、井上喜久子さんと田中敦子さんのお話が。このブログ、男性声優さんメインで書いていますが、今日は90年代の女性声優さんのお話。マイファーストおねえちゃんはやはりかすみさんですかね。弟2号
ベルティゴです。登場時、あまりの強さに衝撃を受けた思い出。「僕がニュータイプだ」凛々しく美しいカリス・ノーティラス。声をあててくれた水谷優子さんに感謝!!