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紅葉の季節が来たと、少し前に久しぶりに「飯田橋駅」近くの「小石川後楽園」を訪れました。小石川後楽園|公園へ行こう!www.tokyo-park.or.jp東京都が管理する公園なので大人入場料は通常300円です。※昔は通年入場料は変わらずでしたが、最近はライトアップイベントなどの時には1200円の特別料金に変わっていました。外国のお客様も多いので人件費、管理費などの高騰も踏まえて特別料金の設定は仕方がないかもしれません。この日は、途中小雨が降りだすなど、お
「ねえ。パパ。黄門様って、いつも誰かが助けてほしいって頼んできて、旅に出るんだけど、旅のお金は誰が出してるの?」「水戸藩だと思うよ」「水戸藩ってお金持ちなんだね」「そうだね」「でも、黄門様の旅のために、年貢を高くしてないの?」「それはしてないと思うよ」「そうだよね」なごやきしめん亭名古屋名物コーチンみそ煮込うどん(10入)[tr]楽天市場和食麺処サガミみそ煮込みうどん4人前|送料無料熨斗対応|みそ煮込みうどん味噌煮込みうどん味噌煮
こんにちは!八乃萠(ハノメ)です!福井県敦賀市に移住する直前、私は茨城の仲間たちと水戸藩の縁の土地を祈りでめぐっていました。その時は正直、そこまで水戸藩への思いもなく。土地の仕事のひとつとして行っていました。しかし、敦賀市に来て、たまたま通った場所に『水戸』の文字を発見!中の石碑には水戸市長からの植樹があった!この場所は、武田耕雲斎等(たけだこううんさいとう)の墓という場所でした。私はこの人物も知らなかったのですが、3年前にはじめてこの像の前に建った時。涙が溢れて、
時間潰しのBOOKOFFで目に留まった朝井まかて作品📚「ぬけまいる」を手に取って、パラっと目を通し購入を決めてそれなら、読んでいない「恋歌」もだよね、と2冊買いました。で、読み始めたのは「恋歌」から。恥ずかしながら、歌人中島歌子も水戸藩内紛の史実も知らなかったので門下生三宅花圃の明治時代裕福な洋風生活の描写や(同じ門下生の樋口一葉の描かれ方が面白かった)、江戸商家の天真爛漫お嬢さんのお話…と読み進んでいくと瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあわむとぞ思ふ母が百人一首が
【2025年11月3日】徳川家康公(東照大権現)を祀っている、日本各地の東照宮を巡るシリーズ。今回訪れたのは、茨城県の水戸市。かつて徳川将軍家に次ぐ家格を誇る「徳川御三家」の一つだった水戸藩。現在も水戸には数多くの歴史的遺構が残されており、水戸城の遺構や偕楽園、弘道館、千波公園など見どころの多い街ですが、その中でも水戸駅に近い場所にあるのが水戸東照宮です。駅前から5分ほど歩いていくと、黒地に金の装飾が施された、妙に目を引く鳥居に辿り着きました。
磯浜海防陣屋(大洗町)水戸藩が海防のために造った陣屋。磯浜海防陣屋が造られた頃は異国船がのこのこやって来てた時期なのであら大変(ᐕ)藩主徳川斉昭は異国船やべぇ!防衛しなきゃ(使命感)となったので藩内の沿岸部に海防施設を造りまくったのだ。他の代表的な水戸藩の海防施設には助川海防城(日立市)などがある。陣屋は磯浜古墳群(国史跡)のある場所にある。看板も出ており駐車場もあるので行きやすくはなっている。道は狭い。別名はおでぃば山。お台場の名残。案内板。新しい。陣屋の範囲。日下ヶ塚古墳
朝倉市ご出身の吉瀬美智子さんが朝倉市を巡られると知り『じもちゃんねる』という番組をはじめて拝見しました(9月23日放送)じもちゃんねる|テレビ西日本この番組は地元局が地元の人たちと一緒に作る地元のバラエティ番組です。いつかあなたの地元で「じもちゃん号」と出会えるかも!さぁ地元の魅力を再発見する旅に出かけようwww.tnc.co.jp朝倉市のマスコットキャラクター『卑弥呼ちゃん』と朝倉市役所ではじめてのご対面朝倉市おススメの場所に『秋月とうふ家』が出ました以前
幕末から明治維新にかけては数多くの有能な人材が輩出しましたが、間違いなくこの方もその一人。今日は、その水戸藩の頭脳、同藩の9代目当主にして第15代将軍・慶喜の実父であった徳川斉昭の懐刀と言われたとうこ藤田東湖の命日・没後170周年にあたります。東湖は1806(文化3)年に水戸で生まれました。父・藤田幽谷は幼少時より神童と謳われた秀才で水戸藩の儒臣を務めており、東湖もその才を受け継ぎ薫陶を受けて成長。19歳で家督を相続し、進物番200石に
山川出版社:町田明広編:「幕末維新史への招待全国諸藩編」を読み始めました。幕末における各藩の動きを記した本です。水戸藩と尾張藩を読みました。水戸藩は、水戸光圀が編纂した「大日本史」があり、これは天皇の歴史記録である。そのため、尊王思想が強いと記憶していた。で、安政の大獄で井伊直弼に多数処罰され、水戸浪士を中心に桜田門外の変を起こしたと記憶している。この本を読んで、水戸藩は親藩でありながら、討幕派なのかなと思いつつも実情は藩は二つに分裂していた。尊王攘夷を掲げる過激派と、公
朝イチのソフトボール🥎PTAの活動だよ^o^練習から帰ってきて風呂入って仮眠🤪先週よりは体が動くようになった💕弘道館の前を歩いて学校へ^o^この門もくぐるんだよ^o^校庭にこんなものが💕食べちゃダメだよ^o^帰りにK先生とばったり^o^ヤベ〜、進学フェアの日じゃん😆写真撮ってもらった^o^アラ還コンビ明らかにフライが取れなくなってる(笑)反応速度が遅い‼️ピントが合わない‼️意識より足が遅い‼️ってことが原因かも(笑)来週の土曜日は練習試合🏟️ちょっとでも動け
お盆は明けましたが、猛暑は変わらず、連日防災無線では「熱中症アラート」の放送がありました。もう、嘱託再雇用の身なんですから、と金曜日は有休をもらい、温泉にでも浸ってのんびり、と考えて栃木県は那珂川町、馬頭温泉郷へやって参りました。「那珂川」とか「八溝」という地名は茨城県でも耳にするのですが、ここは紛れもなく栃木県の一部で旧国名は下野の国というのは間違いなさそうです。が、ちょっとネットにて無断拝借してしまいましたが、個人情報などではないので勘弁してくだされ。これによると江戸時代は
お疲れです~皆さん元気に溶けてますかぁ~土曜は深夜に独りモテギサーキットを目指してきたよ数日前にちょいとメンテしておいたけどUSBが壊れてた💧確認不足だなぁ…モテギまでは何とか行けるけど夏の土曜の夜なのでアチコチで花火大会でえらい混んでたよでも294走っていて右も左もバンバン花火見れたよ✨スイスイとすり抜けして暗闇を走りとりあえず道の駅もてぎ到着さすがにこの時間にここに来たのは初めてだしバイクは1台もいないwコーヒー飲んで仲間にLINEしたら、ゲートにいると
先日、同業の先生からお誘いを受けオンラインセミナーに参加しました。オンラインでの事業をどう進めていけば良いかという内容参加者は同業の方、半分他業種の方、半分という感じでしたそのなかで「メンター」という言葉が出てきました最近よく耳にする「コーチング」との違いは↓に詳しく載っています【人事必見】メンターとは?OJTとの違い、導入ステップ、成功させるコツを紹介-【中途採用ノウハウ】|リクルートエージェント新たに仕
幕末、水戸藩内で「尊王攘夷派」の一部(天狗党)が蜂起し、京都にいた「一橋慶喜」を頼りに「尊王攘夷の志」を訴えるとして、水戸藩を出て京都へと向かったが、結局「幕府討伐軍」に降伏した「敦賀」に行きました。天狗党は、ここ越前の「新保宿」(敦賀市)で幕府討伐軍に包囲され幕府軍先鋒の「加賀藩」に投降します。藩を出てから47日目でした。頼みの「一橋慶喜」が、天狗党討伐軍を指揮した事も、堪えたようです。新保宿(木ノ芽峠への道)天狗党首領「武田耕雲斎」本陣跡。この本陣で、投降の条件を加賀藩
こんにちは那須のSUDACOFFEEです。今日の那須は曇りで、少し肌寒い日となりました。GWを終えて、一息の日々ですが、先月のキース・ヘリング展に続いて、GW合間の水曜定休日に水戸市にある茨城県近代美術館で開催中の「アーツ・アンド・クラフツとデザインウィリアム・モリスからロイド・ライドまで」を観に行ってきました。アーツ・アンド・クラフトとは、19世紀後半にイギリスでおこった、産業革命後に失われてつつあった職人の手仕事による上質なものづくりを見直すとともに、生活と芸術の一
快晴だったこの日は、江戸時代の寛永6年水戸徳川家初代藩主・頼房が中屋敷(後に上屋敷)に造り2代藩主・光圀の代に完成した小石川後楽園へお散歩に行ってみました庭園内は、明の遣臣で儒学者の朱舜水しゅしゅんすいの意見を取り入れ、随所に中国っぽい景観が表現されているのが特徴(朱舜水って言いづらい)≪縮景様式≫の池泉回遊式庭園(大抵の庭園はコレよね)後楽園への正式な入り口だった唐門ここでもカメさんが甲羅干ししちょる
ということで茨城桜ツアー、筑西市積善院のすばらしい枝垂れ桜を観賞後は、下妻市の多宝院へ行ってきました。場所はこちら。https://maps.app.goo.gl/HFGBZViiWkCgWJA29多宝院は曹洞宗のお寺で、1206年に嵬天和尚によって開創されたと伝わっているそうです。幕末に起きた天狗党の乱の時に、幕府側本陣がここにあったことから焼き討ちに遭いすべてを焼失したそうです。その後荒廃し明治40年後から再建に歩み出し現在に至るそうです。下妻市多宝院の枝垂れ桜そん
近現代日本史の3大テロ事件と言えば、赤穂浪士の吉良邸討ち入り、桜田門外の変(絵)、そして二・二六事件が挙げられるだろう。いずれも奇妙にも雪の日の出来事だった。このうち桜田門外の変に関連した、2つの映画を最近、BS再放送で観た。『桜田門外ノ変』と『石榴坂の仇討』である。映画の彦根藩士は切腹も許されずこのうち後者の『石榴坂の仇討』は、感銘を受けた作品だったが、史実かどうか気になった。ストーリーは、桜田門外の変で水戸脱藩浪士たちに襲われた彦根藩士で警護役の志村金吾が、主君の井伊
こんばんは…今田美桜です…って…それはNHKのあんぱん!こちらは…1875年のきょう…明治天皇が水戸藩の下屋敷で…お花見やるぞー!って訪れたときに、お茶菓子ってんで…木村屋さんのあんぱんが…出されちゃったんでちゅー!ちなみにきょうは、いやーん!おかまの日でもあるのよん!ってのもきょう4月4日は、3月3日のおにゃにょこの節句と…5月5日のオトコの子の節句の中間の日…だからなんでちゅ!選ぶなら、つぶあん派?こしあん派?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよ
2日目(花曇り)予報どおり雨は上がった。服一枚脱いでもよさそうな日。ロングコートをスーツケースにしまう。昨夜はアフタヌーンティーを夕食替わりにしたから、深夜になってお腹がグーグー鳴る。ホテルの朝食が実に待ち遠しい。90分かけゆっくり朝食をとる。こんな客はいなかったようで、最後は「そして誰もいなくなった」状態であった。食べたものは、トマトジュース、いつものご飯、梅干し・水戸名物の納豆2個とわかめ・ねぎ・オクラ・大根おろしを山ほど練り合わせたから、皆にびっくりされる。一口蕎麦椀・卵焼き・銀鱈
※今回は最後にイベント告知があります。最後まで読んでね。1月行く(往ぬる)、2月逃げる…といいますが本当にあっという間に今日で2月も終わりです(ちなみに3月は去るです。)急に暖かくなり、日差しもなんだかキラキラしてまぶしいちょっと気持ちもウキウキしそうさて本日2月28日はウキウキ気分にしたいお茶会にピッタリのなんとビスケットの日全国ビスケット協会が1980年に制定。安政2年(1855年)のこの日水戸藩の蘭医、柴田方庵が、ビスケットの製法を記した「
これは,天保3年(1833年)に水戸藩の甲冑師十五代早乙女家次が、職人4~5人掛かりで南蛮鉄を用いて製造した大砲である。製造者の名前を取り早乙女砲と呼ばれている。この大砲の購入話が,私のところに持ちこまれたのは,もう15年も前のことだ。ある骨董商の方からの勧めで,写真同封の手紙までもらった。「家宝にどうですか。」とのことだったが,家宝という鉄クズは,山のくらい物置にあったから,心の中でせせら笑ったのを覚えている。物置にあるクズ鉄という名の家宝の皆さん体重50キロ
今日は日本史の闇を炙り出すのをライフワークにしてる茶唄鼓の研究発表会第2弾です。季節外れの雪が降る1860年3月江戸城の桜田門外で(桜田門外の変が起こった旧暦の3月3日は今の4月11日です。)幕府の大老、井伊直弼が暗殺されました。「桜田門外の変」と呼ばれているこの事件は「安政の大獄」によって引き起こされたとなってますが実は「喰い物の怨みです」。大老の直弼は勅許(天皇の許可)を得ないで日米修好通商条約に調印すると尊王攘夷派の徳川斉昭が猛反発しました。現在でも近江の名物といえば「
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします偕楽園の第12弾は「梅まつり」です。第129回水戸の梅まつりは2月11日~3月20日まで偕楽園と弘道館で開催します🌸水戸の春は梅の花から…季節やわらぐ早春にちらほらと咲き出す花々が水戸に少し早い春の訪れを告げてくれます入園料は、大人320円好文亭は230円です可愛い6人の梅大使も水戸黄門ご一行も庭園で皆様をおもてなししています水戸大好きお読みいただき嬉しく思いますありがとうございました
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします偕楽園の第11弾は「水戸は水府」です。水戸は「水府」ともいわれるように那珂川と千波湖や桜川や逆川など水に恵まれた土地です。地名にも「水府町」橋も「水府橋」とあります水戸にある千波湖は戦前は巨大だったと祖父が良く話してくれました。祖父の家は下市だったので…祖父の時代は今の水戸駅南は田んぼだったそうです。那珂川からは太平洋に出ることのできる水戸はまさに水上に浮かんでいるかのような水の都だったそうですよ~
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします偕楽園の第10弾は「偕楽園の梅の木は非常食」です。偕楽園には約100品種、3,000本の梅の木が植えられていますがなぜ梅の木を植えたでしょう🌸実は花の色や香りを楽しむだけではなく戦が起こったときに梅の実を非常食にしようと斉昭公が考えらからなのです梅の実は、梅干しに加工することで長期保存が可能になります戦中でも手軽に食べることができ力の出るおにぎりの具にもなりますさらに斉昭公はその梅干し入りのおにぎ
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします偕楽園の第9弾は【民と偕(とも)に楽しむ場】です。おもてなしもお伝えしていますが水戸のおもてなしの原点は「徳川斉昭公」にあると考えていますそれは「民と偕(とも)に楽しむ場」として造られた偕楽園には梅の花を愛した斉昭公の思いが詰った梅の木に斉昭公のおもてなしの心があるからです民とともに梅のふくよかな香りを楽しみ美しく咲く梅の花に癒されてきたのです。おもてなしは特別なことのように思いがちですが斉昭公の民
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします水戸の魅力発信偕楽園の第8弾は「梅の花」です。梅の花は日本人にはとても大切で人が人として美しく生きる姿を思わせいにしえの時代から和歌にも詠まれるなど私たちを魅了し続けています🌸「万葉集」には梅を詠んだ歌が百十九首もあり「花と言えば梅」でしたが平安時代以降になると「花と言えば桜」になってしまいました私も若いころは梅の花より桜の花の方が華やかで好きでしたが年齢を重ねた今は春一番に咲く花「梅」長く咲いて
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします水戸の魅力発信偕楽園の第7弾は「陽の世界梅林」です。日本三名園の楽しみ方竹林を抜けると一気に視界が開け華やかな梅林が目に入ってきます🌸竹林の暗さと梅林の明るさの対比には儒教の精神が反映され「陰から陽への世界」を表現しているといいます特に梅の花が咲き誇るころは梅の香りと高貴な梅の花が広がる世界があるのです🌸偕楽園の楽しみ方の一つ陰陽の世界を味わってくださいね水戸大好きお読みいただき嬉しく思います
水戸大使の安達和子です水戸の魅力お伝えいたします水戸の魅力発信偕楽園の第6弾は「陰の世界竹林」です。昨日もお伝えしました偕楽園に入園するとき便利で梅林に近い東門から入ってしまいがちですが…ぜひ表門から入ってほしいのです質朴な佇まいの表門から入ると真っ直ぐに伸びた竹林の厳かな空間が広がります孟宗竹が千本以上植えられています。圧倒的な存在感で訪れる者を陰の世界に引き込みますこの竹林の中にいると不思議と心が落ち着き優しい気持ちになりますよ水戸大好き