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イビチャ・オシムが亡くなったサッカーを好きになったきっかけは、80年代の「世界」のプレーにあるけれど、「日本」で、90年代初頭にJリーグが発足しても、私の中でさらなるサッカー熱をもたげることはなかった。あくまで、私のなかで求めるプレーは「日本」ではない「世界」にあった。98年、日本は初めてW杯に参加することになる。2002年、とうとう、自国開催(単独ではない)にたどり着く。日本でサッカーを支えている「裏方の人」たちの涙失くしては語れない話に感動しても、まだプ
オシムさんの訃報。慎んでお悔やみ申し上げます。あなたがいたから今の日本代表がある。もう一度見てみたかった、日本代表監督の姿を。ワールドカップをどのように戦うのかを。
年明けから新しい業務に進んで、社内外で関わる人が多くなり、仕事で忙殺される日々を送っている。慣れるまでこんな状態が続きそうで・・・・、今日はとても大きな商談があって、僕のデビュー戦となった。得意先のキーマンが自分が勤めるオフィスに来てくれて、中期の取組み提案をする。一緒に仕事をする後輩が話者となって話すので、この1週間は彼が商談で躓かないよう、配慮してきた。着任する前から、取引先との関係性が厳しい状況になっていることは色んな人から聴いていたし、他社へ転職した尊敬する上司も同じ取引先を担
DOLBYATMOSHOMEの対応出来るスタジオへと構築中です。配線作業音出し、確認スタジオの事は、目の前で見て触って行かないと覚えて行かない事、多数。これは自分の経験上、思った事。しかし、この場所でここをフル稼働させて、生きて行くのは、後輩でもある若者たち。30代でも、若者たち。設置工事配線システムの確立上手く使って、仕事にしてさも当たり前の様に生かす為には「水を運ぶ人」オシムに、そう教わりました。イビチャ・オシム仕事で使ってなんぼだぜ…仕事、作らないと…
名より実を取るってことわざがあって今更、日本語がちょっとおかしくなっている、私が意味を説明する必要性は全くないと思うけど私は断然このことわざ通りの生活と言うか、支持者かな~確かにあの人すごい!!とか出来る人とか周りの人から絶大な評価を得たり、マスコミに取り上げられたりしてヒーロー扱いになるのは、一種の陶酔感の極致で心地よいと思うのが普通だとは思うけど海外に長期住んでいて、常にローカルの人間よりもハンデキャップを着せられる身としてはそんなお腹が膨れない名声