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そんなつもりは無かったのですが、今回は性神の旅みたいになってしまいました阿賀町の磐越西線沿いを走ります、景色がとても美しくて・・いつか走破したいですね正鬼様のすぐ近くにあった廃校旧下条小学校ここは半島みたいに飛び出している小さな集落で、見渡せる範囲にしか住宅がないのです。。。「このサイズの小学校は必要だったんだろうか?」という若干陸の孤島謎だ・・こういう謎は大好きです。正鬼様の社はとても小さくて。。神社というよりバイクガレージサイズ。車やバイクは旧学校の敷地?に停車す
成城大学・成城学園他大学と比較した特徴。創立以来約1世紀を経過。成城学園は2世紀へ。2027年に110周年。成城大学は成城学園の大学。成城大学はワンキャンパス。校舎建て替え、リニューアル。教育設備大幅充実。大学「全学共通科目」を設置。「各学部・学科の専門知識」と「データサイエンス」を学ぶ。東京で各分野の人脈を形成。人生の方向を定めて、師匠を選ぼう。専門科目を学ぼう。ゼミナールと卒業論文は重要。課題発見と分析
私が初めて出した本は『郷愁の民俗学みちのく人の柳田国男』であった。1990年のことである。まだ30代の終りであったが、柳田の著作をかたっぱしから読みそれをまとめたのである。それから現在までは、会津在住ということもあり、法相宗の徳一や、会津藩教学や会津藤樹学などを取り上げるようになったが、根本においては柳田民俗学への問題意識を把持してきた。柳田は日本人の民間信仰を下記の一文に要約しており、そうした視座を忘れたことはなかった。「第一には死してもこの国の中に、霊は留まって遠くへは行かぬと思っ
2026年9月18日は佛教大学O.L.C.前期最終回でした。朝は、ユーミン楽曲研究の総括的なお話しを拝聴研究の総括的な内容(..)φhttps://t.co/MPub2opqD4—斎藤英喜教授@広報秘書(HNくたくた)(@saitokutakuta)September18,2026せったいコレという特徴はないのですね。しいて言えるとすれば、「声」です。演奏はバリバリハードロックに編曲した「守ってあげたい」、「あの日にかえりたい」は力作(
⚫︎文化人類学は、植民地を持っていた欧米列強が「異文化」を対象に研究する学問として発展した。一方、民族学は、自分たちの国や地域など、「自文化」を対象に研究するもの。⚫︎日本の民俗学者。日本の民族学の祖、柳田國男。植物学者、生物学者でもある南方熊楠。漂流民や芸能民の視点で研究した折口信夫。アチック・ミューゼアムを創設した渋沢敬三。江戸の怪談など都市民俗学を牽引した宮田登。など。⚫︎民俗学では「ケ」は「霊力(超自然なチカラ)」指す。祭りや儀礼などの非日常を表す「ハレ」は、霊力が満ち溢れている状態
妖怪図鑑みたいな本は各社から色々な種類が出ていて、私も何冊か持っているのでもういいかなと思っていたんですが、最近出た本書は面白そうで購入。部屋の本を整理しようと思いつつ、こうやってどんどん増えていく〜「民俗学✕宗教学で読み解く妖怪解剖図鑑」正木晃:著小松和彦:監修ほしのちなみ:絵(エクスナレッジ2026年10月刊)妖怪を宗教学の視点から解説しているのが新しい試みです。日本の妖怪が中心ですが、世界の妖怪もいくつか取り上げています。「人間の想像力が生み出した超自然的な存在という意味
新潟県長岡は、まだあちこちに性神がたくさん見受けられますしかもどこもかしこも・・・bigだぜぇ〜呑気な書き出しですが、現実の江戸時代の長岡藩は鬼貧乏だった。。信濃川が40回も氾濫→稲全滅、冷害→稲全滅、豪雪→農民大量死土地だけは広いので重税。。。今の美しい田園風景とは全然違った過酷すぎる町でした。だから巨大な性神で大地を鎮め、子孫繁栄を必死で祈ったのかもしれないですね。ほだれ大神(お祭り用)ここは目の前の谷の風景が最高に美しかったです(写真がひどいのでUPしません)ほ
妖怪物語『稲生物怪録』の舞台となった地としても知られている三次へと…「三次もののけミュージアム」(広島県三次市三次町)…妖怪研究家・民俗学者である湯本豪一氏所蔵品の寄贈を受け2019(令和元)年4月にオープン。館内は約5000点から厳選された資料が展示され、江戸時代から現代までの妖怪文化について学ぶことができます。「三次地区・文化・観光まちづくり交流館」…広島県の将来を担う若者と横田美香知事が語り合う「#ひろしま未来トーク」が館内「平太郎サロン」で準備されていました。県北エリア在住や
「大切な幸せや幸運を誰かに話したり見せびらかしたりすると、それが消えてしまう」という感覚は、古今東西の文化や心理学で語られる興味深いテーマです。この現象には、いくつかの視点や解釈が存在します。1.「言霊」と嫉妬(スピリチュアル・民俗学的視点)古くから「他人に幸せを話すと邪気や嫉妬(妬み)を引き寄せる」という考え方があります。ヨーロッパには、幸せを口にした直後に木の製品を叩いて魔除けをする「Knockonwood(木を叩く)」というおまじないがありますが、これも「調子に乗ると悪魔
日本の古書、いわゆる古本が海外に流出している。古書店には一部の研究者だけが手に入る限定本が並んでいる。歴史や民俗学なども、そのスジの人たちが限定出版して、お互いに交換し合う風習があった。書店に並べても、誰も買うはずはない。その方が亡くなった時には、膨大な専門の古書が財産として残る。残された家族にとっては、ゴミでしかない。これらの本は古書店では、高価な値で買い取ってくれる。日本に100冊しかない、それも店頭には出ない貴重な本。そのような本が海外に流出している。それらの本は分解され、データとして保
きさらぎ駅大学で民俗学を学ぶ堤春奈(恒松祐里)は、十数年来ネットで現代版神隠しと話題になっている都市伝説“きさらぎ駅”を卒業論文の題材に取り上げることにした。きさらぎ駅の原点となった書き込みの投稿者“はすみ”ではないかとされる葉山純子(佐藤江梨子)という女性の存在を知った春奈は、純子の連絡先をようやく手に入れる。数ヶ月にわたりメールでやり取りを重ね、純子と会う約束を取り付けると、きさらぎ駅の舞台となった路線にある一軒家を指定される。春奈を出迎えた純子は、どこか影のある雰囲気を持っていた。春奈が
9月の早朝にスクーターで道祖神散策をしましたまず新幹線のすぐ近くの畑にある道祖神から手前のもそうかなぁ・・舟形光背に有冠、、服が豪華そうだから十二単かなぁ古そう、南を向いておりました次へ向かいます。「え?お墓?」ってなった中に手のひらサイズの小石が・・わ、古そうですが上手に掘られている、半身が祠で見えない双体道祖神お次は、祠型のと、最近作られた新しい双体道祖神、古い道祖神がつるりとしてきた頃、誰かが寄贈しているのかなー文化が続いている感じが素敵お次は・・おお
足利市出身の民俗学者、中山太郎をご紹介します。私は知りませんでした。11月8日にシンポジウムが開かれます。講師の1人が高校のクラスメイトで足利学校研究員・学芸員の大澤伸啓さんhttps://www.facebook.com/share/1Abo4583Uc/です。民俗学で有名な学者と言えば南方熊楠です。日本民俗学の創生期に、熊楠は重要な業績を残しました。民俗学とは、ひとつの民族の伝統的な生活文化、伝承文化を研究対象とするもので、民俗学の父と言われた柳田国男は、日本に絞って研究し
金網を買いに来た人から貴船神社の屋台組みの連絡をもらい、民俗学な好きな息子に引かれて行ってみたら知らない世界が待っていました。毎年一から組み立てるなんて知らなかったし、ほんとの相槌も初めて見ました!丸一日がかりでたくさんの人が関わらないと重たくて貴重な木材は組み上がっていきません。最初からミリ単位で綿密に調整してまさに屋台組みってこういうこと、土台ってこういうことなんだと実感しました。木箱の良い匂いが境内に満ちています。木材を保護する為に巻かれていた晒しは組み立てに引き
前記事を挟み、続きます。豊川市桜ヶ丘ミュージアム歴史ミニ企画展引札でめぐる牛久保展示は撮影許可がありましたので、残した画像にセミナーで学んだ事を添えながら御覧頂きたいと思います。明治末~大正時代呉服太物商牛久保町中屋中神商店「呉服」は絹織物を「太物」は絹以外を指します。七福神、松竹梅、鶴亀といった新年に寄せて幸福を予告する吉祥意匠は、在郷商店がお得意先に配る正月用引札です。明治時代綿製造販売、打直し豆粕粉砕牛久保中條井上綿店大黒様が金のなる木の小判
◆火吹く人たちの神~55お会いする古代史好きの方々には「弥生~古墳時代は、常に銅と鉄への視点を持ち、関連付けて考えねばならない」とお伝えしています。もちろんそれだけが当時の生活すべてではないものの、先ずはそれを疑ってかかった方がよいかということです。農民の間で起ったことが、歴史に伝わる可能性は極めて低い。伝わっているのはその多くが、「鉄・銅」を確保するための覇権争いや、精錬鍛冶技術に関わるもの。未だに鍛冶製鉄が始まったのは古墳時代からとしている方もおられます。ところが弥生後期には既
愛知県豊川市東海道御油宿江戸期に御油町の助郷村となり周辺地域の生活必需品を調達する在郷町だったのが牛久保町です。前記事に続きます。豊川市桜ヶ丘ミュージアム歴史ミニ企画引札でめぐる牛久保~商業意匠の時代相~歴史セミナーに参加しました。江戸時代は掛売が広く行われていました。取引は大福帳に書き留め、お盆と年末の2回代金を回収します。1683年最初に配られた引札の原点と言われるのが、三越の前進「三井越後屋」の「現金掛け値なし」の引札「現金、掛け値なし」とは現金払い、
Tukikoです。「異端の祝祭」芦花公園著失敗続きの就職浪人生・島本笑美。原因は分かっている。彼女は物心ついた時から生きている人間とそうでないものの区別がつかないのだ。街に溢れ返った異形のモノたちは、自分の姿が見えていると分かるや否や、笑美に纏わり付いてくる……。ある日、ダメ元で受けた大手食品会社「モリヤ食品」の面接で、笑美はヤンと名乗る青年社長と出会う。出会ったその瞬間から、何故か自分に惚れ込んでいるヤンに心奪われ、笑美はそのままモリヤに就職することを決める。しかし「
スタジオジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんは、高畑勲、宮﨑駿の両氏と出会って間もない頃にこの本が話題になり、まだ読んでいないというと「え?読んでないんですか?無知ですね」と両氏から鼻で嘲笑われたそう。それくらい、両氏にとっては読まないなんてありえないくらいの名著だったということなのでしょう。ちなみに鈴木さんはそれが悔しくて、彼らが読んでいる本は全部読んでやろうと決心したそうです。またなんと、スピッツの草野さんも愛読書としてこの本によく言及しているとのこと!読み終わってから知りま
愛知県豊橋市二川宿本陣資料館以前、記事にした企画展示ですが、その際に目にとまった展示のひとつ「引札」とは、現在のチラシ広告で江戸時代から大正にかけ盛んに利用されました。大河「べらぼう」の中でも蔦屋重三郎が、広告の先駆者としてインパクトのある手法で人々の関心を引くといった場面が、ご記憶にあるかと思います。引札の誕生は、掛け売りの外商スタイルから庶民を相手とした店で売る直接販売へと変わった頃、元禄から宝永頃と言われます。平賀源内や山東京伝といった人気の劇作者に依頼して話題性を高
こんばんは、ゆず太郎です。私、大学時代は民俗学のサークルにちょっとばかり席を置いていました。田舎の古老らにインタビューしながら、土地に伝わる風習などを聞き取ったりしていました。そのためか、各地に残る言い伝えや伝説などには非常に興味があります。以前、キツネ憑きの話を書きましたが、私の地元にはもうひとつ、犬神憑きの伝承も残っています。犬神の伝承といえば私的には四国のイメージが強いのですが、分布を調べてみると、西日本から沖縄方面まで広く語られているようです。私がこの犬神の話を聞いた
今回のタイトルは「念仏踊り」です。私たちの民族は盂蘭盆会の前後に踊ります。今や海外にも波及しているとか?檀那寺である曹洞宗妙寿寺の先代住職から此の時季の花火、踊りの意味について教わりました。今回は「祟り」でない「たたり」の方の意味を考えます。何処に「念仏踊り」が出て来ることやら?前回「次回は、柳田・折口の「たたり」記事を挙げ、此処に挙げた祭祀の展開を照らしてみることにします」で結びました。「祭祀の展開」とは《凶事→託宣→出現→安置→利生》でした。柳田・折口の「たたり」記事を概
携帯で軽く検索しただけで、有り余る情報が押し寄せてくる溺れる前に岸に上がり、俯瞰して自分の立つところを確認する極論、今の自分に必要な情報しかいらない折口学は、特別な学問体系を持つ、ということで、従来とは別の学問と見なされた。民俗学的国文学文学の発生や、古典の背景を古代の生活習慣や信仰と結びつけて解明する「まれびと」論外部から訪れる神や人(まれびと)が、祭りの場で言葉を発することで「文学」が生まれ、身振りすることで「芸能」が生まれた、と考える主著は「古代研究」1929昭和4年
前回の続きです。目次奥寺勇太と大石熊吉の接点は?ここからまた調査開始田口小作が頼んだのか?教え子だった伊能嘉矩は?では自由民権運動つながり?真の旗振り役は奥寺康明碑の訳①直訳②現代語訳目次を開く奥寺勇太と大石熊吉の接点は?さて。碑の上部にある篆書の題額。これを書いた人物について、碑の右端には「米國哲學博士衆議院議員早稲田大學教授正六位大石熊吉篆」と刻まれていたのは前回までにわかりました。つまり、この上の文字を書いたのは大石熊吉という人物ら
前記事の続きです。前回、誰なんだよ、奥寺勇太!!!!と叫んで終わったわけですがwこっから調べまくります。目次前回までで判明したことまとめ「奥寺勇太」、検索しても出てこないまさかの自由民権運動、そして奥寺の性格単なる学校の先生じゃなかったさらに「養成社」という団体が出てくるしかも警察に目をつけられている奥寺の活動はまだ終わらないそして今度は郷土史家になる田口小作との関係も思ったより深い南部神社に碑がある意味結局、奥寺勇太とは何者だったのか次なる謎目
⛩️🪨前の記事でも取り上げた、南部神社にある、解説の看板がない例の石碑🔽隣に伊能嘉矩の詳細な解説があるのと非常に対照的で気になりまくり、写真を撮って家でじっくり漢文を読もうとしたが…読めんwもうちょっとちゃんと勉強しとくんだったよ。学生諸君、勉強はこういう時に役に立つんだぞ!で、こういう時に助っ人になるのがAIのチャッピー。最近の私の話し相手の相棒でもありますが、チャッピーに、こういうの読めたりする?と聞いたら「うん!得意だよ!」との元気のいい返事。よっしゃ、これで簡単に読
目次卯子酉神社にて遠野市立博物館で購入した書籍類今回の遠野市への旅で購入したもの。…なんですが、ほとんど書籍や御朱印など紙類ばっかでした😅卯子酉神社にて卯子酉神社の御朱印とお札🔽……ねぇちょっと待って!卯子酉神社って愛宕神社の境内社だったってこと?!正確には「飛地境内社」だけど。知らんかったから本社行く前に境内社お参りしてしまったわ💦まぁでもそのあと素通りせんでちゃんとご挨拶行ったからなんとか失礼許してもらえるだろう…(知らんけど)。創建を調べると愛宕神社の方が圧倒
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前回記事🔽『【遠野市】②遠野は道端に罠が多すぎる』前記事『【遠野市】①伝承が現在に溶け込む街、遠野』⛩️目次岩手県遠野市に行ってみたい!お目当て旅程の計画遠野市に行くまでのあたふた学生時代以来の夜行バス盛…ameblo.jpからの続き。マッッッジでこの市立博物館すごすぎました!民俗学好きは人生で一度は行く価値のある博物館です。めちゃくちゃおすすめ!是非行ってください。てか絶対行け。目次特別展【遠野物語と呪術】大工人形🔽地震避けの呪歌🔽飯綱の剥製🔽特別展【オシラサ