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大阪城の続き〜『大阪城へ行きたいかー?』大阪の続き〜『旅の始まりはワクワクするものであります!』今週の月曜日は、推し活で大阪へ行っていたRieruです『大阪『ザ・シンフォニーホール』で『ジャン=マル…ameblo.jp雨は一向に止まず⋯ですが、ワクワクしております!券売機で購入できる入館券。色彩は霞みますが、これはこれで良いでしょう。いざ、登城!ご存知の方は多いでしょうが、天守閣近くの階までエレベーターで上がれます。もちろん階段でも上がれます。撮影禁止は4階と5階だったかな?
期間:2025/12/19〜12/26天井:100倍率:2倍初回:半額武)立花宗茂:西国無双戦)栗山善助:赤合子の託宣戦)毛利勝永:愁傷礼賛の勇武)伊達晴宗:龍脈の禍乱武)稲姫:勇壮の姫君戦)斎藤道三:簒弑の客星©コーエーテクモゲームス
烈風を斬れAmazon(アマゾン)高野山で自刃し、その妻妾子女は残らず三条河原で斬殺された関白・豊臣秀次。諸国をまわって歌舞を披露する一座の一人が、秀次の子を身ごもっていた。後に三好孫七郎を名乗り、大坂冬の陣を前に豊臣方へ味方するよう「勧誘」の旅をする物語?真田信繁、長宗我部盛親、明石掃部、毛利勝永へは目的をもって勧誘に赴きますが、後藤又兵衛だけは向こうから現れる。何だこの差は?孫七郎の存在が「はてな」なので、正直なところ今一つ集中できませんでした。また大坂冬の陣
子孫が語る大坂の陣(12)幸村と家康本陣急襲豊臣に殉じた忠臣・毛利勝永の義侠心この記事は平成27年9月1日に産経新聞に掲載された企画「大坂の陣四百年・決戦」(全12回)のアーカイブ配信です。年齢や肩書は当時のまま。www.sankei.com古い記事ですけど、前に岡部元信について書いたので埋もれている武将ネタってことで毛利勝永について。もっともっと評価を高めていい武将です。大坂夏の陣での活躍は目覚ましいものがある。どうしても真田信繁に目が行ってしまうが、毛利勝永の方が活躍していたと
期間:2025/09/12〜09/16天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)武田義信:若虎の義烈戦)稲姫:剛柔の妙戦)足利氏姫:確固たる矜持戦)高橋紹運:風神化身の義戦)島左近:鬼左近戦)吉岡妙林:堅忍の烈女戦)最上義光:出羽侍従の情戦)毛利勝永:愁傷礼賛の勇©コーエーテクモゲームス
南光坊天海(174)死んだはずの武将が生きていること自体は、不思議ではない。当時は写真もなく、指紋もDNA鑑定もないのである。しかし後藤基次は当時の有名人で、大名クラスとも交流があった。自身も巨漢で目立つ存在であったため、首実検で見誤ることは、まずないであろう。家康も大名衆のみならず、帝・上皇、公家衆とも交流があり、この後の政局を考えると、影武者で乗り切れるとは思えない。よって、この伝承は成立しないであろう。大坂城を目指して北上していた忠直と勝成は、
南光坊天海(173)「眞田左衛門ハ茶臼山より寄手の備を見渡し、合戦時分よし、大御所様の不着内にと、急き其段子息大助を以言上する。秀頼公ハ梨地緋威之御物具召、天王寺表御出張可有に而、桜門江御出、太閤より御相伝の金の切割廿本、茜の吹貫十本、玳琄の千本鎗押立、太平楽と云七寸の黒の御馬に梨地の鞍置引立、玄関より桜門幷御門外之堀はた迄、甲冑の武者とも次第を守て竝居侍懸たる其有様、太閤御在世の昔を存出し、御譜代の面々は落涙仕り候。」(「大坂御陣覚書」)信繫の使者・真田大助は
南光坊天海(171)家康の本陣に怖い顔をした高虎がやって来た。この男は元々顔が怖いので、怒った顔はなお怖い。「おお、与右衛門。昨日は大変苦労を掛けたな。」と家康が言っても、聞く耳を持たない。「大御所様、どうぞ具足をお付けください。」というと、片膝をついて頭を下げた。家康は、秀頼を「小倅、小童」と呼び、具足も着けなかったのである。「いらん。」と家康が言うと、「侮ってはなりません。」と厳しい目を向けた。その目は、泣き腫らした如く、赤く充血していた。昨夜は、
南光坊天海(170)信繁の家臣に三井景国というものがいた。戦闘中に負傷し、決戦を目前に大坂城を離脱し、知己であった本願寺の下間氏を頼り、療養のため京都の西本願寺に潜伏した。景国の傍には、家臣の我妻佐渡と西村孫之助が付き添っていた。景国を京都まで送り届けると、二人は大坂に戻ったのである。その際、伊達家の者に渡りをつけ、信繁からの書状を密かに手渡した。その宛名は片倉重長であった。書状を受け取った重長は大層驚き、主君である伊達政宗に相談した。政宗は、天を仰ぎ、涙を堪え
南光坊天海(169)忠直は、冬の陣において前田利常、井伊直孝らとともに、軍令に反し真田丸に突撃して、大きな被害を出した。竹束等の十分な装備も持たず、徒に敵の銃撃を受けたため、「迂闊である。」として家康から叱責を受けたのである。これに懲りた忠直は、八尾若江の戦いで軍令を墨守して、無闇に戦わなかった。すると今度は家康から「昼寝でもしていたか。」と罵倒されたのである。汚名返上のため、軍令違反の抜け駆けを決意した越前衆は、暗闇のなか貞重の先導で茶臼山の南を目指し
南光坊天海(167)川手良利は玉串川の左岸に駆け上がると、他の部隊も追随して上った。長阪十左衛門が、眼前の小堤を指さし、「あそこを占拠されているのは不利です。速やかに追い払って奪取しましょう。」と言った。そこで銃隊を一列に並べ、小堤に対して一斉射撃をした。木村隊も応戦したが、井伊隊の銃卒の数がとても多く、衆寡敵せずとして西に退いた。井伊隊は小堤を奪取すると、庵原朝昌は、「先を急ぐことは危険だ。本隊の命令を待って行動しよう。」といったが、良利はこれを聞かず、単独で
南光坊天海(164)「我らは今より、毛利隊に向かって攻め掛かる。しかしながら、真田隊が野中村(誉田西)にいるため、側面を攻められては危うい。そこで貴隊は真田隊に銃撃を加えて欲しい。」と勝成は言うが、政宗は頷かない。「今日のところは、進撃を止めよ。」というばかりであった。午後二時半、八尾若江の敗戦により、大坂城から退却命令が来た。信繁は殿軍を務め、退却していったのである。この時、信繁が「東軍百万と称するも、一人の男もいないのか。」と大言を吐いた、とか言うが、まぁど
南光坊天海(163)恐らく現実は、①午前4時開戦、後藤隊が奥田・松倉隊を圧倒、②5時すぎ、伊達軍・本多軍が参戦、後藤隊先鋒小松山に撤退、③以後徳川勢、小松山を包囲攻撃、基次が跳ね返す、④6時頃、「前隊」後続部隊到着、石川を挟んで徳川勢と交戦、⑤8時頃、基次敗戦を覚悟し、石川で戦う友軍のもとに退却開始、⑥9時頃基次ら敗死、敗走する後藤隊を追って徳川勢渡河。⑦10時頃、後続部隊と徳川勢が激戦、薄田兼相ら戦死、⑧11
南光坊天海(160)【大坂夏の陣③】さて、いよいよ「道明寺の戦い」である。ここからは「旧参謀本部」が作成した「日本戦史大坂役」に従って、解説していこう。5月1日、後藤基次率いる「前隊」は大坂城を出撃して、平野に舎営した。平野は大坂城の南で道明寺まで2時間程度の場所である。徳川方第一番組隊長の水野勝成は、まだ奈良近郊にいて、5月4日には秀忠に召され伏見城にいた。秀忠から「奈良焼失を防いだ。」として「黄金50枚」の褒美を賜っている。5月5日、伏見か
期間:2025/05/02〜05/03天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)武田義信:若虎の義烈戦)稲姫:剛柔の妙戦)足利氏姫:確固たる矜持戦)高橋紹運:風神の化身戦)島左近:鬼左近戦)吉岡妙林:堅忍の烈女戦)最上義光:出羽侍従の情戦)毛利勝永:愁傷礼賛の勇©コーエーテクモゲームス
南光坊天海(102)「大坂よりひそかに幸村(信繁)を招かるるといへども、幸村遁亡せん透を得ず。幸村謀をめぐらし、或日山中の郷民数百人を招き集め、酒をすすめ沉醉せしめ、其すきを伺ひ、郷民等が乗来りし馬を奪ひ、荷物負せ、妻子を轎にのせ、主従百餘名にて、紀伊川を渡り、橋本木目峠をへて河内路へかかり大坂へはせのぼる。」(「台徳院殿御實紀」)夜も更けると、村人たちは飲み疲れ、眠りにつく者が現れた。やがて真田主従は、物音も立てずに、静かに九度山を後にした。村人たちの中には気
期間:2025/02/28〜03/07天井:100倍率:2倍初回:半額武)立花宗茂:西国無双戦)栗山善助:赤合子の託宣武)毛利勝永:愁傷礼賛の勇武)伊達晴宗:龍脈の禍乱武)稲姫:勇壮の姫君戦)斎藤道三:簒弑の客星星2武)遠山景任:技巧家薬)津田秀政:専心・壱©コーエーテクモゲームス
期間:2025/01/10〜01/14天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)武田義信:若虎の義烈戦)稲姫:剛柔の妙戦)足利氏姫:確固たる矜持戦)高橋紹運:風神化身の義戦)島左近:第一の勇将戦)吉岡妙林:堅忍の烈女戦)最上義光:出羽侍従の情戦)毛利勝永:愁傷礼賛の勇©コーエーテクモゲームス
幸村を討てAmazon(アマゾン)★★★★★今村さんの作品の中でも、好きな作品のひとつ。大河ドラマの影響もあるし、戦国ミステリーとも言えるし、何より人物達の駆け引きに心踊らされる。ハードカバーで読んだときも毛利勝永に共感するところが大きかったが、今回もまたグッときた。勝永に対する信之の言葉、「誰しも一生のうちに、知られたくないことの一つや、二つほどはあるもの。そして疾しいことより、大切にしたいものこそ、概して強い想いに変わるものかと」名を残すことを求めるのか、家を残すのか、或いは
紀州九度山真田まつりの時だけ、どこからか参集する紀州戦国屋甲冑隊❣️なんと2年連続ポスターになる今年のポスターは、、、真田幸村様❣️昨年は毛利勝永様✨河川環境楽園オアシスパークで開催される「新春・ジャンボ書道」に出かけてみませんか詳しくはコチラ→新春ジャンボ書道では、またねー新春・ジャンボ書道|イベント|オアシスパーク岐阜県各務原市にある河川環境楽園オアシスパークのイベント「新春・ジャンボ書道」です。巨大な筆を使って豪快に文字を書こう!お正月には無料で体験できる書初
期間:2024/12/10〜12/17天井:100倍率:2倍初回:半額武)立花宗茂:西国無双戦)栗山善助:赤合子の託宣戦)毛利勝永:愁傷礼賛の勇武)伊達晴宗:龍脈の禍乱武)稲姫:勇壮の姫君戦)斎藤道三:簒弑の覚醒星3薬)黒田直之:心眼・参星2薬)津田秀政:専心・弐©コーエーテクモゲームス
ゲームジャーナル別冊7号「幸村外伝」のヒストリカルシナリオをソロプレイしました。プレイの実際12ターン(15:18)関東方移動:東から。井伊1ユニット北端突破。藤堂・井伊、木村残兵を包囲。藤堂・井伊、大谷を包囲。毛利勝家を捕捉。藤堂・井伊10ユニット南西に急行し大坂方の背後を突かんとする。中央・西側、とりあえず大阪方猛攻著しい東と北に兵を詰めて家康を守る。守兵は徳川隊のほか忠輝・忠明・忠政・忠直・徳永隊。溝口・村上隊は北から攻める大坂方の背後に取り付こうとするが足が遅くままならない。茶臼山
ゲームジャーナル別冊7号「幸村外伝」のヒストリカルシナリオをソロプレイしました。プレイの実際2ターン(12:18)関東方移動:増援登場無。一番隊(真田、忠朝、浅野、秋田)はそのまま動かず。二番隊(小笠原、保科、榊原、諏訪)、3番隊(仙石、忠良、酒井、康長、内藤)、徳川隊(家康と騎馬除く)は全力で北へ前進。忠直隊は真田を妨げるように展開。大坂方防御射撃:小倉、真田に対して効果なし。結城、真田2へクス後退。毛利、忠朝隊4へクス後退。大谷、真田、浅野を除去。真田×2、秋田を除去。秋田隊全滅。
真田昌幸から始まった真田一党伝、いよいよ最後のつわもの真田信繁(幸村)。真田の郷、真田三代レリーフ像左端は信繁なり!かつて高校生が描いてくれた信繁像。強そう!もっとも勇壮といわれるJR上田駅前の信繁騎馬像。慶長20年5月7日大坂夏の陣。信繁vs家康、決戦の日!その作戦とは。●まず戦闘開始即、大坂方第一陣の毛利勝永隊が、正面の徳川方第一陣に射撃と突撃をくり返しながら攻めに攻める。●大軍の関東勢ではあるが、その勢いに押され第一陣はジリジリ後退。●毛利隊の猛攻は、第二陣の家康本陣
期間:2024/10/11〜10/18天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)武田義信:若虎の義烈戦)稲姫:剛柔の妙戦)足利氏姫:確固たる矜持戦)高橋紹運:風神化身の義戦)島左近:鬼左近戦)吉岡妙林:堅忍の烈女戦)最上義光:出羽侍従の情戦)毛利勝永:愁傷礼賛の勇©コーエーテクモゲームス
ゲームジャーナル№71幸村外伝EPISODE-0若江八尾道明寺合戦連結シナリオをソロプレイしました。11ターン(16:00)若江:関東方移動:酒井仙石隊移動力が足らず満足に動けず。井伊鉄砲隊北に集中。大坂方防御射撃:南で木村2ユニット、酒井2ユニットを2へクス退却させる。関東方攻撃:井伊鉄砲隊3ユニット木村1ユニットを除去、前進、山口捕捉。仙石、木村2へクス後退させる。仙石忠政、木村1ユニット除去、前進はできず。大坂方移動:全面接敵。関東方防御射撃:井伊、山口を4へクス後退させる。
前回が葉真中顕さんの「灼熱」664ページ。今回は今村翔吾さんの「幸村を討て」527ページ。大長編は(面白いことが条件ですが)読み終わった時の満足感が格別ですねー。今村翔吾さんの作品は、江戸火消の活躍を描いた「羽州ぼろ鳶組シリーズ」を読み終わった後、「童の神」、「八本目の槍」と読んできました。これまではやはり、奇想天外かつ熱い物語であった”ぼろ鳶”の印象が強かったのですが、本作はそれに匹敵するほどに面白かったです!あくまでも史実を踏まえた上で、奇想天外かつ熱い物語が仕立て上げ
ゲームジャーナル№71幸村外伝EPISODE-0道明寺合戦仮想シナリオ「後藤又兵衛の夢」をソロプレイしました。関東方:水野、本多、松平忠明、伊達、松平忠輝。大坂方:後藤、明石、毛利、真田。プレイの実際:前ターンまで、頭数はあるが士気も戦力も低い関東方は次々と大坂方に討たれ頭数の優位も失いつつありどうしようもない状況に陥ったがその後の展開は…。9ターン(14:00)関東方移動。忠輝隊を展開。南で真田3ユニット包囲、北で幸村包囲。全般的に戦線の穴埋め。作戦正面が幅14へクスと狭く南北に
ゲームジャーナル№71幸村外伝EPISODE-0道明寺合戦仮想シナリオ「後藤又兵衛の夢」をソロプレイしました。関東方:水野、本多、松平忠明、伊達、松平忠輝。大坂方:後藤、明石、毛利、真田。プレイの実際:前ターンに大坂方真田隊が猛反撃を開始し関東方の損害が急増したがその後の展開は…。5ターン(10:00)関東方移動。戦線の穴埋め。作戦正面が狭く南北に延翼できないので両軍これしかない。大坂方防御射撃。南では真田が2か所攻撃したが奥山兼清を後退させるにとどまった。関東方攻撃。南では2か所
ゲームジャーナル№71幸村外伝EPISODE-0道明寺合戦仮想シナリオ「後藤又兵衛の夢」をソロプレイしました。ゲーム概略ゲームのテーマ:慶長20年5月6日(1615年6月2日)に起きた大坂夏の陣における道明寺合戦。関東方(水野、本多、松平忠明、伊達、松平忠輝)と大坂方(後藤、明石、毛利、真田)の戦い。仮想シナリオでは実際には濃霧の為先行した後藤隊に追いつけなかった後続の明石、毛利、真田隊がもし追いついていたらという設定の下、移動制限をなくし開始時から自由に移動できた場合の展開をシミュレー