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SL山口号のツアーでは萩と津和野の観光もあったのでその様子もお届けできたらと思っていますSL山口号で津和野駅に到着後は少し遅めの昼食になりましたが津和野の郷土料理をいただきましたうずめ飯日本五大名飯のひとつなんだそうです三重のお重の中のひとつめには海老天などのおかずがふたつめにはそばみっつめにはわさびののった白いご飯このわさびののった白いご飯が実はメインでぱっと見これ何?って感じなんですが説明を聞い
2025年6月10日(火)津和野は、山口県と接する島根県西部に位置する山間部の小さな街。「山陰の小京都」と言われ、鯉が泳ぐ掘割、白壁に赤瓦の街並み等がある。雨に煙る津和野川。道の駅に駐車して徒歩で街まで歩く。津和野がある石見地方では赤い石州瓦を使った家が多い。400年の歴史がある芸能神事であり、京都から山口へと伝わり津和野へ伝わった鷺舞の像。津和野は山口県で暮らしていた頃、帰省時によくこのあたりで休憩したが、それ以来なので懐かしかった。この像の土手下は津和野川。昔は堀割だけでなく津和
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しましたが、「城門」は軍事施設である「お城」へ
2024.8.3(土)郡上おどりに行って来ましたお天道様ありがとうございました🙏昨年の『雨の中の郡上踊り』2023.8.26(土)いろいろなご意見をありがとうございました😊参考にさせて頂いてこんな感じで😌ちなみに私はこんな感じ久しぶりに浴衣を着たのでなかな…ameblo.jp⬆️リベンジできました🤗この日のためにウォーキングしたり(…とは言え隔日30分程度😅)体と相談しながら暑さに慣れる練習をしてこの日を迎えまし
山口市内から国道9号線を北上山あいの道を走ります。混むこともなくのんびりと走り到着しました✨津和野二回目です天気よし涼しげに泳ぐ鯉を見ながら散策人影が見えるとパクパクしながら寄ってくるんですが、餌、持ってないんよ(^o^;)ごめんよ5年前以来⬇️お時間がありましたらごらんあれ(^ω^)前回8話ほどあります『町の名前』津和野この町の名前を知ったのは小学校6年の時。国語の教科書に載ってて、内容は町の紹介と国の重要無形民俗文化財になっている「鷺舞神事」のことでした。子供の時の記
掘割と鯉殿町通りは武家の住む町だった。掘割には大きな鯉が泳いでいる。丁度タイミングよく花菖蒲も咲いていた。パンフレットの写真通りです^^津和野カトリック教会殿町通りに入ったとたんに美しい教会が目を引きます。この建物が出来たいきさつを簡単に記します。明治1年~2年に長崎でとらえられた沢山の隠れキリシタンは藩外各地に流刑となり改宗を迫られた。津和野藩にも153名が連行されてきた。厳しい拷問も加えられ最終的に37人の殉教者をだした。(新政府は明治6年になって禁教令
山陰の小京都日本遺産のまち津和野町は…「幕末の風景や人々の暮らしが今も息づき、体感できるまち。」として…平成27年(制度の初年度)に日本遺産に認定されている津和野は江戸時代、津和野藩(4万3千石)の城下町として栄えた。山陰の小京都といわれる美しいまちです。津和野今昔~百景図を歩く~本町通り早速、まちなかを歩くことにします。電線が見えない!国の重伝建保存地区に指定されている本町通りです。北から南へ歩きました高津屋伊藤博石堂寛政10年(179
2023年12月30日(土)津和野町(つわのちょう)は、島根県の南西に位置する町です。山間の小さな盆地に広がる町並みは小京都の代表格として知られ、津和野町津和野伝統的建造物群保存地区とし重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。また毎年7月末に行われる祇園祭の中で、街中を練り歩く「鷺舞」は津和野の代名詞であり、国の重要無形民俗文化財に指定されています。※ウィキペディアよりお借りしました。「ゆ~うにしんさい」とは、津和野地方の方言で「ゆっくり過ごしてください」という意味です。
最近の遠出はすっかりインスタ用の小ネタ探しがメインになっちゃってて、普通の街歩きってほとんどしなくなってるんだけど、そんな中でブログ記事1回分程度のボリュームにまとめられそうな写真群があリました。直方市の殿町通りです。通りの名前の由来はこのあたりが直方藩の中心部で長崎街道沿いに武家屋敷が立ち並んでいたからだそうです。商店街のアーケードを抜けて暫く歩くと古くて大きな建物が目に止まりました。銀行かな?病院かな?と思ってみてみると元は大正年間に建てられた医院だったそうで現状は向野堅
かねてより、一度行ってみたかった津和野へ行ってきました。十数年前は間欠泉が吹き上がっていたようですが、今は幻となっているようです。まずは津和野駅前古風ながら、立派な津和野駅の前にSLが展示されていました。ただの展示ではなく、運転席に乗り込むこともできます。よくわからないバルブと計器がたくさんあります。ここで石炭をくべて操縦していたようですが、灼熱で煤だらけで運転するにも命がけだったと思われます。駅から南方面へ20分ほど歩くと、太鼓谷稲成神社があります
2023.04.28(2)萩観光を終えて津和野に向かいます萩から津和野へは一般的には県道11「道の駅ふくえ」を経由し三谷からR9を北上するのですが走った事のないルートで行きたかったので県道14を選択し後はナビ任せ・・・また「道の駅阿武町」前を通り県道14へ右折・・・ここ阿武町は皆さんも知っていると思いますが昨年「給付金の誤送金」が有り全国的に知られましたまた2018年にイージスアショアの配備候補地として山口県(むつみ演習場)と秋田県(新屋演習場)が選定
2023年6月17日津和野ぶらり旅、弥栄神社に続いて殿町通りを散策しました上級武士の屋敷や藩校が並ぶ殿町通り、両脇の水路には錦鯉が悠然と泳いでいました。坂崎直盛が城下町を整備した際、蚊の繁殖防止と有事の際の食料として放したと伝わるそうです。蚊が媒介となって伝染病が広まったりするので、着眼点がスゴいなと。津和野大橋旧津和野藩家老多胡家表門津和野藩の家老職を代々務めた多胡家の武家屋敷門。藩校養老館日本遺産「津和野今昔〜百景図を歩く〜」の構成文化財です。第8代藩主亀井矩賢が創建、第
鷺舞モニュメント広場@島根県鹿足郡津和野町【島根県旅行備忘録】津和野・荒磯温泉・世界遺産石見銀山旅行プラン【1日目】石見空港から10:30AM頃出発>>津和野川を渡る橋>>津和野イタリアンピノロッソ-PinoRosso>>[徒歩]>>吉永米穀店(鯉の米屋)>>津和野駅・SLやまぐち号>>乙女峠マリア聖堂>>永明寺>>町営駐車場[徒歩区間start]>>鷺舞モニュメント広場>>殿町通り>>養老館>>津和野カトリック教会
ご訪問いただきありがとうございますただ今、我が夫婦は山陰の小京都【津和野】に来ています。今朝のお部屋から見える景色はコチラ雪景色昨日までは山の上のあたりがふんわり白い程度でしたが、朝起きたら真っ白さすが盆地の津和野です。昨日のうちに観光しておいて良かったね〜と話しています。さぁ、時を戻そう(某お笑い芸人風に)昨日は自宅を10時過ぎに出発して津和野に着いたのが13時半頃。まずはお昼ご飯を。郷土料理の【うずめ飯】の定食と【うな重】を注文してシェアしていただきました。こちらが【
ずいぶん昔に友達4人でGWに山口旅行に出かけた人気のSLは予約できず津和野へ行けず秋芳洞・秋吉台・萩・青海島巡った長門湯本温泉「大谷山荘」に宿泊通常2泊3日を1泊2日で巡った途中、大渋滞でバスを降りて歩きだしたり萩は自転車で時間が無いから大爆走若いからできた強行スケジュール帰り新幹線が遅れいつ来るか分からない「東京に帰る最終便なんです」と言う方に譲ったなので通勤列車のような立席で、お土産を食べながら帰った思い出深い旅リベンジ「DL
お読みいただきありがとうございますまたまたお久しぶりですスプラトゥーンのバイトが忙しくて(←わかる方いるかしら?)後回しにしていた山口旅行記の続きです前回の記事はこちら『義父の喜寿祝い旅行④』お読みいただきありがとうございます山口旅行記の続きです2022年8月8日(月)②萩反射炉を観た後、萩城城下町へ城下町の面影を感じつつ散策しかし暑い暑くて誰もい…ameblo.jp2022年8月8日(月)③お昼ご飯を食べた後は義父が見たがっていた殿町通りへ城下町っぽい白壁とお堀が続いていて、お堀
ドイツの旅日記はまだ続いていますが、ここで先週、山口方面に行ってきましたのでそちらの旅日記を先に入れます(^^♪先週末(10月14~16)、夫と萩・津和野、門司港レトロに行ってきました。予約時はあてにしていなかった全国旅行支援の恩恵も受けることができたし(gotoの時の様に東京都が始まらないとだめかとほっておいたらブロ友Mさんが使えるよ!と教えてくれました、感謝です(^^♪)何と言っても滞在中の天気は快晴!大満足の旅になりました。ANA725便羽田8時10分発→萩・岩見9時45分
[津和野]殿町通り津和野駅前[D51194号]鷺舞モニュメント太皷谷稲成神社森昌子さん[津和野ひとり]-END-
R4年5月4日津和野町・殿町通りですどうぞ
津和野を散策して最後の観光スポットにこの鳥居がカギ太鼓谷稲成神社バスで駐車場まで連れてきてもらい赤鳥居そうさっきの鳥居津和野の街はずれの鳥居から参道を登ってくるとここの門にそして境内は太鼓谷稲成神社全国でただ一つ”稲成”と書く本殿お供えのお揚げ参拝を終えてこのツアーは終了ですバスは走り山口宇部空港です羽田に向かいフライトたらたら書きましたがこれで終了4月5月分の旅行はキャンセルしてますので次は6月7月8月です
昨日あれからカメラのSDカードを見直し一部画像は記録されてましたPCへの保存がされて内容でした再読み込みをしてみました一部津和野の画像が復活しましたここのお店の駐車場にバスが止まりますというか食事食べれるお店お土産屋さんこのお店しかありませんでした津和野をぐるりと回りましたがこの一軒で駐車場お土産高級食事(庭園を見ながらの2000円台の食事)お土産売り場の横の食堂(こっちは1000円程)喫茶ソフトクリームと一手にやってますバスを止める駐車場を借りる代わりにこ
広島市内平和公園を散策してホテルに戻りましたバスがお迎えに来てます今回の旅行も最終日朝の散策をした大手門付近を走り広島城がちょこっと高速に乗りPAで休憩津和野に到着殿町通り武家屋敷本町通り庶民の街道幅も道路表面も武家と庶民で違う殿町通りのおなじみの観光案内の殿町通りは300mだけです数件の武家屋敷はありますが本町通りの方は・・・・何もない・・・・廃業した旅籠が路地にあるだけそうそうに団体から離れて昼はここにブログやインスタによく出てくるお店
前回レポ最後と書きましたが、SLやまぐち号往路終点である津和野の観光が抜けてました。💦すみませんm(__)mさて、改めまして今回の津和野のレポを🎵短い間で周辺での観光でしたが、山陰の小京都といわれる津和野の町はまるでタイムスリップした気分でした。ちなみに最初の写真は殿町通りになります。殿町通りの両端には鯉が沢山いました。近くで見られるのはなかなかないですね。鯉のエサ買ってエサをあげることができます。殿町通りで教会が!こんなにでかい教会の建物は初めて見ました。更に、養
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8月7日(土)防府天満宮参拝国宝瑠璃光寺五重塔緑萌ゆるドライブコースは続きます憧憬を訪ね歩くことこの日はお盆休み前週ということもあり比較的人出は少ないと思われた土曜日ソーシャルディスタンスをきわめてこれならイケると判断し文豪・森鴎外の生誕地である島根県鹿足郡津和野町まで足を伸ばしました。※山口県の瑠璃光寺から島根県津和野までの距離は約40㎞『津和野の鷺舞』京都発祥~山口経由~現在まで廃絶されることなく奉納され続けている唯一の鷺舞古
「殿町通り」に行ってきました。島根県は津和野町のメインストリート、鯉が泳ぐ通り。先日父が他界し、再び立ち寄りました。2021年08月14日激しい雨が降り続き、津和野町内では冠水や増水が発生しておりました。水路は濁水になっており、鯉にエサをあげることはできませんでした。2021年08月15日前日の激しい雨は
「殿町通り」に行ってきました。島根県は津和野町のメインストリート、鯉が泳ぐ通りです。津和野は城下町だからか、道が「碁盤の目」になっておりまして…町の中心は行き止まりということがなく、小道に入ってしまっても心配ありません。こちらの建物は「
ぽかぽかと天気によかった2月27日のことです。おかあさんに、天気がいいから梅林公園に行こうかと誘うといいねぇということで昼から行ってきました。梅林公園には駐車場がないので柳ケ瀬の駐車場に止めて殿町沿いを歩いていくと、しだれ梅が近づいてこの通りは私が生まれるず~と、ず~~と昔は名鉄美濃町線の軌道だったんですよ。梅林公園に来ました。紅梅、白梅がいっぱい咲いています。
いつも読んでいただきありがとうございます。前回の続きです。雨が降っているのは残念ですが、傘を差して観光します。SLやまぐち号のイメージが強いので、津和野は山口県に思われがちですが、実際には島根県です。ここは津和野のシンボルともいえる殿町通りです。津和野の中でも、殿町付近は最も古いたたずまいを残しており、白壁の土塀に面し通りの掘割には大小無数の鯉が群れ泳ぎ、まるで優雅な歴史絵巻物を見るようです。水路がありたくさんの鯉が泳いでいますね。ここは現役の
大人旅③萩・津和野3日目は萩の明倫学舎から。復元教室や世界遺産に関する展示室などガイドさんがとても親切でいろいろな情報を教えてくれました。その後藩政期の面影が残る城下町を散策。武家屋敷や町家に連なる土壁や白壁は風情があり、高杉晋作や木戸孝允、伊藤博文などの旧宅や幼少期に遊んだお寺があったりと歴史好きにはたまらないと思います。松陰神社へお参りし、萩焼のお店巡りをして山口県をあとにしました。またまたバスで島根県津和野町に移動。山陰の小京都と謳われ、白壁沿いに鯉が泳ぐ堀割が続く殿町通りをぶらぶ