ブログ記事55件
お姉ちゃん、まだまだ暑いね。なんかまた最近寂しさが募るよ。がんばらないとね。グリーンソフトのシュークリームだって。
最愛の家族を失うということ今までも親族を亡くした事はあったけど母を数日前に急に亡くし、立ち直れないいつかは来てしまう親との別れだけどいつかは親を見送るのが子供の宿命だけどあまりにも突然くるから全く受け入れられなくてわたしは20代後半で、母は60代まま早すぎるよ…前日まで元気で普通に過ごしていて朝起きたら…急に母を失ってしまった救えなかった後悔も大きく、絶対何かできたはずと自分を責める日々だけど、無情にも日々は過ぎていく手続き等を色々済ませないといけないし生きて
お姉ちゃん、お誕生日おめでとう。文字じゃなく、実際に会って言いたいよ。お姉ちゃん、どうして私を遺して行ったの。寂しくて辛いよ。お姉ちゃんの誕生日に、プレゼント買いに行って、それを見つからないように自分の部屋に持って行って誕生日が来て渡すのが楽しみだった。だいたいいつも秋物の服が多かったよね。開けたら喜んでくれて。その顔が忘れられない。どこに行くのも何をするのもいつも二人一緒だったから何年たっても一人には慣れないよ。話したいこと、聞いて欲しいこといっぱいある。お姉ちゃん、会いたい
お姉ちゃん、毎日暑いね。最近、人に気を使うこと多くて、お姉ちゃんとなら気を使わずにいろんな事話したり、行ったりできるのになって思う事多いよ。あと寂しいのと。ごめんね、また愚痴った。
この春、みーすけが就職のため独立して一人暮らしを始め、いっちーも大学近くで友人達と4人でルームシェアすることにしたとサッサと決めてサッサと出て行ってしまった。想定よりもだいぶ早く、子どもが2人とも同時に家からいなくなり、母と2人暮らしになった。いっちーの下宿費用はルームシェアのためかなり安くあがっていて、JASSOの給付型奨学金で何とかなりそうだし、みーすけが自活するようになったことで、経済的な負担は少しだけ軽くなったから、私も今までできなかったちょっと
お姉ちゃん、雨で気分が落ち込むよ。お姉ちゃんに会いたいよ。一人は寂しいよ。こんなの好きよね?寂しいよ。
時々インスタ拝読している、片柳弘史神父の言葉がよかった。『愛する人を失った悲しみはどれほど時間がたっても消えません。その人を愛し続けている限り、その人と会えない悲しみはいつまでも残るのです。いつまでも消えない悲しみを永遠の愛の証として抱きしめることができますように。』片柳弘史神父のインスタよりいつまでも消えなくて当然なんよな...肯定・受容していただけたようでうれしい。でも私のようにいつまでも日常生活に支障をきたしているとしんどい。なんらか
お姉ちゃん、ごめんね。毎日ほんと辛いこと、辛いこと、時々楽しいことあるよ。話ししたいよ。頑張ってるよ。もがいてる。見てて。絶対上にあがるから。大好きよ。会いたい。
お姉ちゃん、会えなくなって10年。10年たっても20年たってもこの悲しみは拭えないよ。会いたいよ。どうして置いていったの?どうして1人にしたの?寂しくてたまらないよ。話したい事山ほどあるよ。もうね、いろんな事頑張るの疲れたよ。肩肘はって、負けちゃダメだって自分に言い聞かせて。そんな毎日を過ごすのもう無理。もう頑張れないよ。お姉ちゃんとお母さんに会いたくてたまらない。涙ばかり出てくるよ。もう疲れた。お姉ちゃんが大好きなお寿司かってきたよ。一緒に『おいしいなぁ。次どれ食べる?
今ではあれほど強かった「死別の苦しみ」を、もう体感として思い出せない自分がいます。身体の半身がもぎとられるかのような起き上がれないほどの悶えるような痛みを伴う苦しみだった、がそれはもう「記憶」であり今、それを体感として味わうことはできなくなっている。忘れたわけではないし、なかったことになったわけでもない。ただ、あの感覚の中にずっと留まり続ける時期は、もう終わったのだと思う。以前は、そこから言葉を紡いでいたけれど、今はもう、そこに心がいない。それで
去年の冬に植えたチューリップ🌷第一号はお母さんにお母さん、今年も咲いたよ。今年も安定のチビすけチューリップですお母さん、会いたい。
こんにちは死別の苦しみからどうやって乗り越えるの?いつ回復するの?いろんな記事や情報を集めてははやく、その方法や期間が知りたくてたまらなかった。結論から言うと、焦れば焦るほど、そこから抜けるのが遅くなる、というか沼にハマる感覚でした。早く何とかしたい!というのは無意識の前提が「不安で焦っている」なのでその状態で動いてしまうと更に不安や焦りが増幅されるためです。荒療治のようですが、ここで立ち止まる方が抜けるのが早いです。では、どうやって?
夫と死別し深い悲しみに明け暮れ藁をも掴む思いでいろいろ読みあさり助けられたブログがあるAmebaでないのでリブログもできないがシルバーバーチの霊訓というものだ書籍は沢山あってどれもこれも私には難しくチンプンカンプンだったそれをとてもわかりやすくブログにしてくださっていて質問すれば優しく答えてくれて幾度、救われたか死別の苦しみはわかったつもりでも波のように何度も何度も、悲しみがやってきて自分がわからなくなるとまたそのブログを見るそして立ち止まりな
頑張りすぎてしまう女性が安心して心を解放でき〜ゆるめて、安心し本来の自分へと心を立て直していく視点をお届けしています。マリアひとみです。マリアプロフィール「大切な人を失ったあと、心が動かなくなったあなたへ」愛する人との別れは、心も体も動かなくなるほど辛いものですよね。私も24年前、12歳の娘が突然、脳腫瘍と言われ病院を出たその直後は景色が白黒になっていました。娘は病気発症から1年後に亡くなり
お姉ちゃん、9年たって来られたよ。2016年、お姉ちゃんと行くはずだった平井堅のLIVE。お姉ちゃん入院してて、あまりよくなくて、LIVE行けるかなって二人で話してたよね。日が近づくにつれてお姉ちゃんの体調も悪くなって。いつもなら『せっかくのチケットもったいない絶対一人でも行きな』って言ってくれるのに、あの時初めて『行かないで』って言ったよね。不安で寂しくて怖くてたまらない気持ちだったんだろう。わたしと少しでも一緒にいたかったんだろう。もちろんわたしも行くつもりなんてなかった。残り
お姉ちゃん、おはよう。最近写真見ると涙出てくるよ。会いたい。ふゆがきもおいしいね。何も気にせず食べてな。会いたいよ。
毎日そんなに忙しくはないけど、どんなに余裕がなくてもその日が充実した日であっても夫を思わない日はない。でもいつかお仏壇に手を合わせる時以外思い出さなくなる日がくるのだろうかそんなことをふと思い悲しくなって涙が溢れた。今の私より若い年齢で祖父を亡くした父方ばあちゃん。今の私と同じくらいの年齢で祖父を亡くした母方ばあちゃん。話せるなら話したい。母方ばあちゃんは病床で、あっちに行って祖父に会いたいと漏らしていたそうだ。若かった私は『そんなものなのか』と思っていたけれど
嫌な話です。気分を害しそうと思ったら読むの止めてください独身の女性の方と、なにげない雑談の中で、彼女の友人の話になった。友達は夫を亡くして最初はとてもとても悲しんでいたけど遺族年金や相続のお金や保険金が入ってきてとても元気になっていったのよ。会うたびに元気になっていったの。へ、へー、、そうなんですか…周りの死別した友人はみな経済的に満足して元気に復活してるの。(元気に見えるだけかもしれないけど…)悪気なく羨ましそうにさえ話す彼女。ちょっとまって彼女の中では死別=遺
ここ最近全く元気が出ません…久々に遠出した疲れが残っている…と思ってゴロゴロしていましたが何だかちょっと違う…ただ淋しくて淋しくてしんどいのですあと1ヶ月で命日それもあってかとても沈みこんでいます昨日たまたま観た映画の台詞にこんな一言がありました「その日にあったことを話せる相手が傍にいてくれるだけで十分じゃない?」心にズシンと響いてす―っと涙が流れましたまさに今の私が渇望していること…いや夫を亡くしてからずっとずっと求めては絶望し…を繰り返し続け
お姉ちゃん、そっちはどう?元気にしてる?会えなくなって9年が経ったね。しんどかったね。苦しかったね。ごめんな。ほんまにごめんな。お姉ちゃんやお母さんに会えるまでの修行だと思ってその日まで毎日懸命に生きようと思うよ。待ってて。大好き。話したいこと山ほどあるのにね。大好き。これからもずっと一緒。いてくれてるの感じてるからね。甘いかな?
夫は日曜日でも早くに起きてリビングのソファに座りスマホでゲ−ムしながらTVを見るのが常だった亡くなってからその風景を思い出すと胸が苦しいからなるべくその時間を避けていた久しぶりに見た「がっつりマンデ―」そこに夫がいた会社の関連会社アメリカに単身赴任した時に準備でよく行っていた会社が出て来てきた懐かしい名前につい反応してしまった夫がいつものようにソファに座ってる見ている気がしたもし夫が居たらきっと二人であの頃の思い出話をしていたね日曜日の朝は二
☆。。。2023.3.312年前の今日獣医師監修の元自宅の庭に捕獲器の罠を仕掛け5ヶ月間朝昼晩と庭で給餌をした野良猫を保護しました尻尾が千切れて居たので『シッポナ』と名付け獣医師と相談をして3月31日を🌕シッポナのお誕生日🎂と決めましたその日からたった66日でシッポナを死なせてしまいましたあの日私が余計な正義感を抱いて保護しなければ、、、あの日私が獣医師を信用し預けなければ、、、全ては私の責任で私が死なせたのも同然で今だ
人が死を恐れるようになるのはいつごろでしょう。幼いころは葬式に参加していても、よく理解できませんでした。私なぞは祖父の葬式に参列したとき、別の子供とじゃれ合って、親からひどく叱られた経験があります。『人は死んだらどうなるのか?』「死ぬのは苦しくて恐ろしいものなのだろうか」等と真剣に考えるのは、10歳前後が多いのではないでしょうか。江戸時代の禅僧白隠は10歳ころ、『自分はきっと地獄に落ちる』と死の恐怖にさいなまれ、出家を志したと言われています。あの森田先生も幼いころ、お寺の地獄絵を見て、
ここ1週間ほど身体的にも精神的にも不調が続き両親にもメンタルクリニックの先生にも心配をかけてしまいましたこのままではとことんまで落ちてしまうと思いやっと今日美容室にカットに行って来ました短く短く切ってもらいました帰りにスーパーにも寄って食料品を調達してこれましたまずは行けてよかった…子供みたいだけれど行けた自分をほめてあげたい…そして少しだけ気持ちも楽になりました以前だったら些細なことだったのに夫を亡くしてからどこか自分のいろいろに自信が
昨日2月19日は七十二候の雨水でもありましたが夫の父の四七日でもありましたので、夫の父の成仏を祈る為に私は初詣以来1ヶ月ぶりに浅草寺様にお詣りしました。四七日は生前についた悪い嘘について、極楽に行けるかどうか裁きを受ける日だそうです。夫の父は生前人を傷つけたり憤慨させるような心無い失礼な事を考えなしに思うままに口にする人でした。夫も私も息子達も夫の父の生前の言動には随分苦しめられましたし、夫の父は夫の母の四十九日法要での自分の舌禍が元で、夫の父が入院す
同い年で同じ時期に彼氏ができた友人。一緒に住み始めたのも同じ時期でいつもお互いのパートナーの話をしていた。だけど私だけ夫を失った。友人は今、推し活にハマっていて会うといつも楽しそう。私は15年くらい推しはいない。今更若い子にハマれるとも思えなくて。なんでだろう。なんで私だけ?こんなに苦しむ?何の意味がある?毎朝目が覚めると夫の記憶から始まる。後悔したり反省したり嘆いたりいっそのこと食べるのをやめてしまえば逢いに行けるのかな。そんな勇気もない。根性もない。嘆いて
ブログを始めて2年が経ちました2年前は妻を亡くし、身も心も疲れきってしまい完全に生きる希望をなくしていた自分不謹慎な事も考えたりもしましたそんな時に、偶然にもここのブログと出会いました最初はびっくりしました自分と同じ苦しみや思いをしている方々がいるしかもたくさんいるそして、だんだんとこの場所に安心感が生まれてきましたなかには楽しいブログ、笑わせてくれるブログを書いてらっしゃる方もいる、嬉しかったです死別の苦しみを共感したり、情報交換ができたり世間話しまでできるまさに心の
毎年1年の終わりには作者不詳のこの言葉を紹介して締めてきましたので今年もそうさせていただきます。『愛しても、愛されるとはかぎらない希望をいだいても落胆することがないとはいえないそれでもわたしたちはあえて愛しあえて希望をいだくなぜなら報われないかもしれないからやめておこうという人は結局は何も果たさず、何も見えず何も持たないだろうから何も学ばず、何も感じず変化することも、成長することもないだろうし愛
喪失体験による、さまざまな身体的・心理的・社会的な反応のことをグリーフ(悲嘆=ひたん)といいます。心(精神)的な反応長期にわたる、「思慕」の情を核に、感情の麻痺、怒り、恐怖に似た不安を感じる、孤独、寂しさ、やるせなさ、罪悪感、自責感、無力感などが症状として表れます。身体的な反応睡眠障害、食欲障害、体力の低下、健康感の低下、疲労感、頭痛、肩こり、めまい、動悸、胃腸不調、便秘、下痢、血圧の上昇、白髪の急増を感じる、自律神経失調症、体重減少、免疫機能低下などの身体の違和感、疲労感や不調を覚
やめようかとも思ったけどやっぱりちょっと書いておこうと思う。母の他界から3年2ヶ月が過ぎた。そんなに経ったなんて信じられないぐらい、私にとってはつい昨日の出来事のようにつらい。でも確かにこの3年間私は様々なことをやってきた。こんなにつらい3年をよく生きてきたなぁと思う。「時間は心の傷を癒さない」という記事を見つけた。https://forbesjapan.com/articles/detail/11633https://forbesjapan.com/articles/