ブログ記事88件
わたしは日本史がだいすきです。旺文社大学受験ラジオ講座の思い出①|Hiroのつれづれ日記『旺文社大学受験ラジオ講座の思い出①』高校時代の思い出@下駄箱への手紙|Hiroのつれづれ日記『高校時代の思い出@下駄箱への手紙』今朝、出勤前、洗顔中に高校時代の懐かしい思い出が頭に浮かびまし…ameblo.jpとくに江戸時代が好きです。徳川将軍、家康から慶喜まで記憶してます。秀忠家光家綱綱吉家宣家継吉宗家重家治家斉家慶家定家茂慶喜綱吉は館林から家宣は甲
*歴代天皇の父母と皇后(中宮)1・2~・~・~前回は、歴代天皇の父母と皇后(中宮)をみましたが、今回は、歴代将軍の父母と正室をみることにします。鎌倉・室町・江戸の3幕府の、将軍の父母と、将軍の正室は、次に示す通りです。●鎌倉幕府○鎌倉将軍の父母:9人中、正室6(67%)※源氏将軍:3‐初代・頼朝:父は源義朝、母は正室・由良御前(藤原南家貞嗣流・藤原季範の娘)‐2代・頼家:父は頼朝、母は正室・北条政子(得宗家初代・北条時政の娘)‐3代・実朝:同上※摂家将軍:
なんだか観光案内のような記事になります。埼玉県川口市本町2-4-37にある真言宗智山派の錫杖寺(しゃくじょうじ)。錫杖寺は江戸城の鬼門に位置し、江戸城の守護という立場にもあり、徳川家とのつながりが深かったようです。歴代将軍による日光社参の際の休憩所としての役割を持ち、由緒と格式をもつ寺院として有名です。八面塔六地蔵尊地蔵堂なぜか、お墓の入り口にキティちゃんが!福禄寿尊弘法大師本堂ところで、川口市には「日光御成道ま
今回の旅行の目的その1がこれ。娘が美術展の音声ガイド制作をしており、母としては、娘が手掛けた展覧会はなるべく見に行くことにしているのです。今回福岡にずらり並んだお宝は静岡の久能山東照宮の所蔵品がほとんど。ということは、多分一度見たことがあるもの。福岡は遠いし、迷いましたが、キューレイションが良ければ、また印象も違うこと。今回は家康愛用の刀の中でも、福岡で制作されたソハヤノツルキというのが初の里帰り。また、Piyoは別に刀女子ではないものの、刀女子のハートをく
タイトルは徳川家康が神となった名乗りという事で、先日開催日を間違えてフライングした福岡市博物館に行ってきました!「徳川家康と歴代将軍」~国宝・久能山東照宮の名宝~写真は入口まで久能山東照宮に保管されている名宝150点が展示されるという史上稀に見る展示中でも全ての徳川将軍が福岡に集結‼️初代将軍家康から15代将軍慶喜が着用した甲冑の展示中には移しもあったけどほぼ全てが本物‼️もちろんこの人の甲冑もこの人のもこの人のもこれはすごくいい展示でした!1番派手な甲冑は慶喜のもの
みなさん、こんにちは。宝塚歌劇大好き母ちゃんのあづまです。このブログでは、宝塚歌劇が大好きな私あづまが、宝塚ファン的な目線で日常生活での気づきを綴っています。先日、「歴代の天皇の名前を言えますか?」というメルマガを読みました。ええっ!恥ずかしながら、私は言えません。徳川の歴代将軍も・・・、もちろん言えません。でも、ここ何代かの雪組トップスターなら言えるかな各組のトップスターと5番手くらいまでなら言えますよー、って方も多いと思います。
9代将軍徳川家重知ってる?お父さんは暴れん坊将軍吉宗。吉宗は人気もありかなり有名。家重は歴代将軍の中でも、かなりマイナー。でも隠れた名君かもしれない。家臣の能力を見抜く力、その家臣に任せ、力を発揮させる力がスゴイ‼家重は幼い時から病弱で、しかも言語不明瞭。何を言ってるか分からない。なんと、聞き取れる人が、一人しかいない‼えーーーー??この世で家重の言葉が分かる人、一人しかいなかった。。。そんなバカな。
2014年の紅葉散策、「増上寺」のつづきです。徳川将軍家墓所「増上寺」は上野の「寛永寺」と共に徳川将軍家の菩提寺で、こちらには、2代「秀忠」・6代「家宣」・7代「家継」・9代「家重」・12代「家慶」・14代「家茂」の6人の将軍と、「崇源院(2代秀忠夫人)」、「皇女和宮(14代家茂夫人)」ら5人の正室、3代「家光」側室「桂昌院(5五代綱吉実母)」はじめ5人の側室、及び、3代「家光」第3子甲府宰相「綱重」ほか歴代将軍の子女多数が埋葬されています。旧徳川将軍家霊廟
ボードゲーム、人生ゲーム、自作の人生ゲーム、トランプ、百人一首、UNO、将棋、詰将棋、パズルなどいよいよ全てに飽きた花子(長女:中1)。昨日は、こんなものを調べてました。徳川家の家系図。室町幕府の将軍一覧足利家系図。鎌倉幕府の歴代将軍。突然なぜ歴史に興味を持ったのかは分かりませんが、勉強になる良い暇つぶしを見つけたものです。”目指せ歴女!”クリックをお願いします!
さ~て、さてさて、増上寺をたずねての最終回を締めくくるのは「徳川将軍家・墓所」です。解説等は資料や文献をお借りしますので、ご理解ねがいます。この門は旧国宝で「鋳抜門」とよばれ、もと文昭院殿霊廟(六代将軍徳川家宣公)の宝塔前『中門』であったものです。左右の扉に五個づつの葵紋を配し、両脇には昇り龍・下り龍が鋳抜かれている(青銅製)。規模は勿論のこと、その荘厳さにおいても日光東照宮と並び評された往時の姿を今に伝える数少ない遺構であります。増上寺は東京上野の東叡山寛永寺(天台宗)と
愛知県岡崎市前から一度行ってみたかった徳川家の菩提寺大樹寺に行ったお話しでございます徳川氏(松平氏)の菩提寺であり歴代当主のお墓や歴代将軍の位牌が安置されており有料とはなりますがお参りすることが可能ですさてここで有名なのが本堂から振り返っての三門でして遠くにある岡崎城が見えます※画像ではわかりにくいですが柵上方の間に天守が確認できますこの線上には高い建物を建ててはいけないと決まっているとかこういうところが大事にしないといけないこと
三解脱門東京芝増上寺徳川将軍家墓所旧文昭院霊廟奥院中門昭和の大戦で焼失現在の様に改葬されました霊仙院長誉慈光松月大姉合祀塔この合祀塔には徳川綱重霊仙院桂昌院歴代将軍の夫人子女が多数埋葬されています霊仙院千代姫は徳川家光の長女で母は側室の自証院後に千代姫は尾張徳川光友の正室となります蒲生家家臣の岡重政と石田三成の次女小石殿の息子吉右衛門岡吉右衛門とおなあ(祖心尼)の娘の子がお振の方(自証院)です振りは三成の祖
2016年1月24日静岡県静岡市静岡浅間神社静岡浅間神社静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)は、静岡県静岡市葵区にある神社。通称「おせんげんさま」。神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の三社からなり、「静岡浅間神社」は総称。三社はいずれも独立の神社として祭祀が行われている。式内社二社(神部神社・大歳御祖神社)、駿河国総社(神部神社)。三社合わせて旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。鎮座地の賤機山(しずはたやま)は、静岡の地名発祥の地として知られ、古
歴史が好きである。万遍なくどの時代の歴史も好きなのだが、特に好きな時代はやはり戦国時代、幕末明治維新であろうか。なので、歴史関係の雑誌等も読むのが好きである。そうした雑誌などでよく歴史が専門の先生等の対談する相手として紙面に登場するのが杏さんである。彼女は女優さん、モデルさんなので勿論美人であるがその端正すぎる顔立ちは自分の好みというわけではない。だが、彼女の語る言葉言葉の節々に彼女の歴史愛を感じる。何事についてもそうなのだが何かに熱中している人物について私
inputからoutputへ中田敦彦YouTube大学編熱唱すれば即暗記。徳川15代将軍は歌で覚える。公式チャンネルから動画が削除されてます。逆にレア記事かも!?【結論】[Mr.Children]の「CROSSROAD」で覚える。【ポイント】[Mr.Children]の「CROSSROAD」の楽曲を自腹で購入して下さい。[説明]1代家康(いえやす)言わずもがな。2代秀忠(ひでただ)歴代〈家〉が付くのに秀吉みたいな名前だなでお馴染み。3代家光(いえみつ)参
少し時間ができたので、愛知県岡崎市周辺の徳川ゆかりの地を午後から夕暮れにかけて冬の小雨の中を少しぷらぷらしてきました。大樹寺徳川累代将軍の菩提寺。今川義元軍につき敗戦後、撤退した十八歳の家康が自害を思いとどまった寺。目の前は車道だが、部分的に石畳になっており、周りには小学校や幼稚園がある。▼Wikipediaより大樹寺(だいじゅじ/だいじゅうじ)は、愛知県岡崎市(三河国)にある浄土宗の寺院。山号は成道山。正式には成道山松安院大樹寺(じょうどうさんしょうあんいんだいじゅじ)と称する。
日本史史料研究会監修の列伝。室町幕府の全将軍・管領の列伝はえらく分厚い分量でしたが、こちらは控えめなページ数です。鎌倉幕府の特徴は歴代将軍に擬せられた人物に女性(尼将軍・北条政子)がいることと、副将軍たる執権と同格の連署が存在することです。歴代の執権と連署は北条一門で独占されているのに対し、鎌倉将軍は源氏将軍が三代で滅びた後は摂関家2代、親王4代とお飾りとはいえ将軍の血統が変遷しているように見えます。しかし、それは父系のみで判断した場合のこと。婚姻を絡めた複雑な血縁
本堂の奥に歴代将軍の等身大位牌がある大樹寺。三門、総門を通して岡崎城🏯が見えます。道路を隔てた三門があるのは、、大樹寺小学校🎈ここからまた、天下人になる人が現れるかしら、、境内の至る所に葵の御紋が見られます。手水舎も掃除が行き届いていてキレイ✨
滝山寺から大樹寺へやって来ました🚙大樹寺は愛知県岡崎にある徳川家菩提寺です。歴代将軍のお位牌があります⬇️大樹寺⬇️山門山門から岡崎城🏯まで一切障害物を建ててはいけないそうです。⬇️山門の向こうに見えるのが岡崎城🏯です⬇️こちらに羅刹さまがこのお寺に結界を張ってくれました羅刹さまありがとう⬇️多宝塔国の重要文化財ここでも葵の御紋にテンション⤴️⤴️⤴️⬇️グラデーションの紅葉🍁が綺麗です⬇️豊国稲荷⛩こちらには九尾の白狐🦊3体眠っていました、元気に復活です⬇️
ほかにも川口市関連のストックフォトをお買い上げいただいています。ご購入いただき、ほんとうにありがとうございました錫杖寺の山門の風景です。錫杖寺は徳川将軍家とのつながりが深く、歴代将軍による日光社参の際の休憩所として利用されていたお寺だそうです。4年に1度の川口市の一大イベントの「日光御成り道まつり」でも中心的な役割を果たしているスポットとなっています。荒川大橋の風景。川口に住んで60年。思い出深い荒川大橋です。PIXTAでお待ちしています。プロフィールは、
井草八幡宮は都内有数の大きな神社である。三年に一度の本社神輿の車での巡幸、五年に一度の流鏑馬神事。今年はそれ以外の年で9月30日宵宮、10月1日大祭10月5日青梅街道神輿渡御となった。下の写真は車での巡幸。縄文期から人々が生活していた此の地に神が祀られ、神社としての形態をととのえたのは平安時代末期といわれている。当初は春日神を祀っており、源頼朝が奥州討伐の折、八幡神を合祀して戦勝を祈願して以来八幡宮を合祀し、後年春日社を末社として奉斎するようになった。下の写真は頼朝公手植えの松。文明
今回の目的地は九州国立博物館!大宰府天満宮から歩いてすぐでしたまずはこちらの入口から入ってエスカレーターで上に上がります。目的地までもうすぐ幻想的な感じですよね~今回は室町将軍~戦乱と美の足利15代~を見に行きました。建物がまたキレイ♪17時から入場すると200円引きと聞いて17時過ぎから入場チケットを購入しようとしたら知らない年配の方が入場券が余ったからと1枚わけて下さいましたありがとうございます💕︎💕中に入りエスカレーターをのぼり催事場へ室町時代の歴代の
あんにょん!今日は朝から良いお天気です。暑くもなし寒くもなしで絶好のお出かけ日和。洗濯などで潰れるのはもったいないので、家事を掘ったらかしにして、明日まで九州国立博物館で催されている「室町将軍」を観て来ました。TVでどうぞ!と宣伝があっていて今日行くべぇ~となりました。中学校で学んだ記憶では金閣寺は室町時代に足利尊氏が建てたんだよね。建てたんじゃなくて建てさせたんだけども・・・記憶の通りパンフに金閣寺が載っていました。国立博物館は大宰府天満宮の奥まった山の上に
8月24日、九州国立博物館で9月1日まで特別展示されている室町将軍展を観に行きました。(会社の人から特別優待券をいただいてたので、無料で観られました。)あまり歴史は詳しくないですが、戦国時代は好きななので、そこにつながる室町時代は興味がありました。写真撮影は基本NGですが、3カ所だけOKでした。入口にある室町幕府歴代15代将軍のサマリー漫画勘合貿易の説明室町幕府歴代将軍の木像圧巻でした室町時代は三代将軍義満までは安定してましたが、それ以降はカオスですね将軍が暗殺されたり、くじ引
今日は日テレの24時間テレビの日ですね。いつも見てる「志村どうぶつ園」が休みなので、番組表を見たら、千葉テレビで「お伊勢参り」という番組をやってるというので、チャンネルを合わせてみたら、元伊勢特集ということで、豊鋤入姫の話が出てきました(;´∀`)それで、檜原神社も紹介されてたのですが、ガイドの意図で見させられたんだなあ…と、思いました(;・∀・)で、見終わった後にお風呂入ったんですが、来月上野東照宮に行くことになったのは、天海僧正からエネルギーを受け取るように、ということだそうです。そ
今日における日本の美意識は、室町時代の歴代将軍が作り上げたものでした。https://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2019-08-04/31/28396/1902811/3代・足利義満の肖像画には「あらゆるものは絶対的な無から生まれた幻のようなもの」という内容の漢文が書かれています。これは、中国最高の美術家でコレクターでもあったが故に治世に失敗した北宗の8代皇帝・徽宗(きそう)になぞらえているものだそうです。当時、明との国交を結んだ義満は、日本に自分の権力
さて、今回はこの本の内容を読んでの考察に行ってみましょう。室町幕府全将軍・管領列伝(星海社新書)[日本史史料研究会]1,512円楽天やはり、この本の構成にあるように室町幕府最大のターニングポイント(転回点)は「くじ引き将軍」足利義教の時代ですね。その理由は、義教が「嘉吉の乱」で横死して以降、関東方面に関する記述はめったに見られなくなることです。足利義政が反乱を起こした成氏の代わりに兄(母親違いの兄)の政和を送り込んだことと細川政元が関東に行こうとしたぐらいのものです。
今回は、この特別展「室町将軍」の目玉である足利歴代将軍の木像。五代目の義量と十四代目の義栄を除く十三人の将軍の木像が展示されていました。初代尊氏。二代目義詮。「日本国王」足利義満。四代目義持。”万人恐怖”足利義教。七代目義勝。八代目義政。九代目義尚。十代目義稙。十一代目義澄。十二代目義晴。”剣豪将軍”足利義輝。そして、ラストの十五代目の義昭。足利将軍展の次は三国志。また行く機会ができましたね。
令和最初の海の日の7月14日の昼過ぎ、太宰府天満宮に参拝した後、九州国立博物館に行ってきました。目的は特別展である「室町将軍展」。三箇所撮影可能な所がありましたので、紹介したいと思います。まず最初に入ってすぐのところにある室町歴代将軍のイラスト画。続いて、勘合貿易の体験コーナー。そして、最後に目玉の足利歴代将軍の木像ですが、それは次回にて。
番組内で瀧山を演じた女優さん。品がよく茶目っけもある。最後のクレジットで草刈民代さんだと分かった。“Shallweダンス?”250年の歴史を持つ大奥。その最後の最高権力者として知られる「瀧山」の日記が見つかった。番組では6か月にわたり徹底調査!そこに書かれていたのは、天璋院や和宮、歴代将軍など幕末の要人と瀧山の間で贈り贈られた「貢物」の記録だった。閉ざされた女だけの空間でどんな贈り物がどんな目的で行き交っていたのか?日記の行間からは、男たちの政治の世界とつながり暗躍する女性の