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す北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かに分けて書きます。第7回目最終回です。第七章『今を見つめるあの頃』安全地帯元ベーシスト宮下隆宏さん永山の合宿所は結婚式場に全国に先駆けジビエ料理で成功を収める継続することが如何に大事なことか音楽家としては駄目だったが安全地帯にいたことは生き方として凄くプラスになっている。安全地帯元ドラマー玉置一芳さん旭川でミュージックハウスメロディーを営む札幌、東京、大阪など全国からお客さんが来る。安全
北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かに分けて書きます。第6回目です。第六章『旭川の理想東京の現実』1982年2月25日デビューシングル「萠黄色のスナップ」発売メンバーからオファーのあった、この頃のこだわりの曲だった。武沢さんのお兄さんが作った、歌詞が変わってしまったけど出したかった曲。残念ながらシングルは売れなかった。ツアー中に陽水さんから大平さんドラム変更の話しが出てくる。玉置さんが大平さんにドラム変更の話しを話す。脱退して
北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かに分けて書きます。第5回目です。第五章『プロになるということ』安全地帯をデモテープを聴いた金子章平さんがМFPを訪れる。「バンドとしてひとつの思いをもって作品として表現を成立させていた」と星さん曰く「凄くいい曲というわけではなかった⋯」日本のバンドと思えない大きなスケール感どんな人達だろうか?1980年9月星さんMFPを訪れる。永山のスタジオに来て分かったこと。大雪山、大きくて、広い空。
北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かに分けて書きます。第4回目です。第四章『訪れた危機』1978年7月ヤマハ主催のステージフライトに出場。「RACE」でグランプリー獲得。アマチュア時代最後のコンテスト出場。この曲はファンクラブのオルゴールでも使われた。ベストボーカリストベストギターベストベーシストベストドラムを獲得因みにこの時のベストキーボディストは高校生だったナイトホークスの青木さんが獲得。この時、俊也さんは一時的にバンド
北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かに分けて書きます。第3回目です。全国放送やりますので完全にネタバレですので知りたくない方は読まないでください。第三章『手作りスタジオ』玉置さん兄貴一芳さん脱退。玉置さん曰く、兄貴を首に「お前と一緒にいたらプロになれない」と安全地帯のルール(鉄則)目指すところは頂点。足を引っ張る(奴は)ダメドラマーが決まる!玉置さんと豊さんの同い年の仲間から旭川工業高校の大平市治さんをスカウト。神居
北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かに分けて書きます。第2回目です。全国放送やりますので完全にネタバレですので知りたくない方は読まないでください。第二章『ポプコンへの挑戦』ポプコンは影響力があったので全国大会に出場してデビューしようと考えていた。ポプコン出身者に中島みゆき渡辺真知子長渕剛がいる。なぜか長渕さんだけが「とんぼ」を歌った福岡出身の人と曖昧な言い方⋯ベースの進藤さんが高校進学の為に脱退する。BGMで「かわっていく
北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」のまとめです。何回かな分けて書きます。全国放送やりますので完全にネタバレですのでしれたくない人は読まないでください第一章『そのバンド始まる』1972年玉置一芳さん「町内会海水浴場バスツアーマイクひとりじめ事件」多分1967年頃旭川市〜留萌市までの片道2時間歌いまくる。城卓矢さんの「骨まで愛して」、タイガース「僕のマリー」、「シーサイド・バウンド」、西郷輝彦さん「君だけを」、「星のフラメンコ」などの曲かと。
2024年11月1日凄いテレビ番組をやるって情報が…このブログではアマチュア時代についてかなり取り上げさせてもらいましたが公共放送で安全地帯のアマチュア時代に焦点をあてたテレビ放送をやると…事前にアマチュア時代の特番をやるって聞いてたけどまさか1時間以上しかもゴールデンタイム!ただし、残念なのは北海道限定ということ北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO~旭川の奇跡~」2024年11月15日(金)夜7:30~8:42【NHK総合・北海道】※NHKプラスで見逃し配信
『玉置浩二SHOW』2024年3月9日22時30分NHKBSにて放送。今回のテーマは家族だそうです。「情熱」1990年7月25日発売安全地帯の7枚目オリジナル・アルバム『安全地帯VII〜夢の都』収録曲。1990年11月7日発売安全地帯20枚目のシングル曲。作詞松井五郎作曲玉置浩二オリジナルキー=Bプレイキー=A♩=1221曲目は「情熱」です。玉置さん、歌が滅茶苦茶上手いですね。この曲は聴かせる曲ではないんですが…率直な感想がこれです。ライヴの時のハッチャ
今回はアマチュア時代の曲「夢のままに」です。武沢俊也さんの作詞・作曲で永山の合宿時代に出来た曲です。優しい歌詞で夢があってとてもいい曲です。新しい門出のこの4月にとても合う歌詞だし、忘れてしまった思いを思い出させてくれる歌詞です。この曲どのくらいの人達が知っているのだろう?「夢のままに」作詞武沢俊也作曲武沢俊也誰でも子供の頃から描き続けた夢のままに大人になることが出来るのに誰もそのすべを知らないみんな忘れてしまった机の奥や本棚の陰にどこまでも広がる不思議な空へ
「メロディ」作曲玉置浩二作詞武沢俊也かな?アマチュア時代の「メロディ」歌詞もメロディーも全然別物です。でも良い曲だコードはほぼ4つでシンプルギターとアナログシンセでそぼくなメロディー。あの頃のメロディのいまでもおぼえてるかい?ふたりで愛し合ったあの頃の思い出をさよなら思い出よさよならメロディすべて忘れ愛し合ったあの頃の思い出をでもいつか時は流れてあの愛は消えてしまったさよなら思い出よさよならメロディさよなら思い出よさよならメロディ基本のコード
「燃えつきるまで」今回もアマチュア時代の安全地帯の歌です。「熱く燃えつきるまで」という表示があったりどれが正しいか分からないですが…アルバム『安全地帯Ⅴ』に入っている「燃えつきるまで」とは全くの別曲です。無駄な言葉はいらないさ熱く燃えつきるまで無駄な言葉はいらないさそうさ燃えつきるまで決してお前をはなさないあー燃えつきるまであー二人の愛は回る回る回り続ける強くお前を抱きしめる熱く燃えつきるまで強くお前を抱きしめるそうさ燃えつきるまであー燃えつきるまであー二人の
中学生だった自分にはなんかよく分からなかったけど湿ったヨーロッパぽい雰囲気大人の男と女の歌これが安全地帯らしいと言われて曲だったと思う。「消えない夜」、「…もしも」などの曲が『THE安全地帯』と呼んでいい曲だと思います。安全地帯のライヴでは近年は演奏をしていないですが…玉置さんのコードは難しいって言われていたけどメジャー7th、マイナー7thだけでなく9thを使ったりとかって意識はなく押さえたら雰囲気が良かった。適当にチューニングしたら、そんな響きになった。ベース音にメ
1976年ポプコン第12回北海道グランプリー受賞曲「昔にみたもの」作詞玉置浩二作曲玉置浩二メンバーは玉置浩二武沢豊武沢俊也玉置一芳宮下隆宏陽だまりの中で遊ぶ子供たちを見るとふと思う僕らにもあんな時があったことを君は分かるかなあの頃の友達もみんな離れていくそんな時がもうきているんだ人を憎み人を裏切り生きてる人生の儚さに時を忘れ一人だけで歌ったあの頃を思い出すそんな時に昔にみたものが懐かしくあの頃の歌を一人で歌っていたビルが建ち車が増えてだんだん住みにくい街
「そばにいて」ワタル&コージ今回は安全地帯アマチュア時代1980年ライヴ会場で販売されていた『テープ2』に収録されていた曲です。豊さんは入院中でレコーディングには参加していないです。収録曲①そばにいて②萌黄色のスナップ③愛を伝えて④黒歌(こっか)ROMENAPONCHIそのオープニングナンバーです。作詞&作曲はトシボー&コージのコンビが多いのですがこの曲はワタル&コージのコンビで書かれています。どちらが作詞、作曲なのか分からないです。一人になると忘れていたことが
こんにちは。みなさんお元気ですか?安全地帯&玉置浩二関連のお知らせが沢山発表になりますね。どれも興味深いものですが、今回は北海道旭川市100周年を記念して安全地帯が楽曲提供をするという記事。以下、北海道新聞より引用です。https://www.hokkaido-np.co.jp/article/684411ロックバンド「安全地帯」が旭川市へ楽曲提供市制施行100年記念:北海道新聞どうしん電子版【旭川】今津寛介旭川市長は23日の記者会見で、今年8月の旭川市制施行100年を記念し
HAPPYBIRTHDAY~愛が生まれた~/愛だったんだよAmazon(アマゾン)151〜4,980円2月25日日は毎年、特別な日です。1982年に「萠黄色のスナップ」が発売された日です。安全地帯デビュー40年おめでとうございます。今年は1月から様々な情報が発表されて目が離せない日々が続きますね。①今日は安全地帯ニューシングル「愛の戦友」の発売日です。アルバム『ソルトモデラートショー』の時期に製作されたテイクのようですね。Amazonで発注を入れていたのですが到着未定
「18の春」作詞武沢俊也作曲武沢俊也今回は安全地帯アマチュア時代の曲を取り上げたいと思います。現在は見れなくなってしまいましたが以前、武沢俊也さんのブログがありました。「18の春」はそこで取り上げられたことがありました。ブログの記述から考えると詩が書かれたのは1975年の2月~3月頃。以下ブログからの抜粋です。「すべてが宙ぶらりんで、なにもかもが中途半端で、いつもどこかがヒリヒリしていた。まだ本当の恋を知らずにいた。書けるのは空っぽな抽象的な詩ばかりだった。」引用終了
夏が過ぎ~冬が来て~「ROOTS」の歌詞ではないですが(笑)冬が来るとブログに書きたくなる…と思いつつ、何年経ったんでしょうね?【冬CITY-1】『RemembertoRemember』より歌詞は松尾由紀夫さん偶然にも、三年前の今日のブログでもこのアルバム触れていましたね。冬の午さがりティールームの陽だまりきっとこんな感じ私の勝手な想像💭𓈒𓂂𓏸傍らで日ざしに手をかざしているのは"彼女"なのかな?すきとおるような
「あのMusicから」は3枚組アルバム『安全地帯Ⅴハーモニー』A面5曲目に収録された曲です。作詞松井五郎作曲玉置浩二「あのMusic」とは一体何を指しているんでしょう?特定の曲ではなく音楽を始めた頃やアマチュア時代の曲や精神的なものを指し示している気がします。アルバム『安全地帯リメンバートゥリメンバー』から『安全地帯Ⅳ』まであからさまルーツを出して来なかった気がします。翳りがある耽美で美しいメロディーの曲。都会派シティーロック。「ワインレッドの心」のヒットにより歌謡演歌
「萠黄色のスナップ」1982(昭和57)年02月25日発売安全地帯デビューシングルB面は「一度だけ」2021年2月25日最近、忙しくブログを書けず、メッセージも返信できず申し訳ありません。2月25日日は毎年、特別な日です。「萠黄色のスナップ」が発売された日です。安全地帯デビュー39年おめでとうございます。2017年の5人揃っての武道館でのコンサート、2019年のサポートドラムを入れての甲子園での野外コンサート、2020年の甲子園口コンサートの上映会と活動の声が聞こえないのが
【玉置浩二解説】音楽のプロ200人が選ぶ本当に歌が上手いランキング1位の男(後編)〝メロディー〟この動画を見てあっ、そういうことだったのかぁ~と、腑に落ちたあのころは~なにもなくて~♪この歌詞だけでも何度も止めて母音の発声とか抑揚とか強弱とか玉置さん愛とか4分弱解説してます以前、旭川のコンサートで感じたあまり振るわせることがない玉置さんの自然に震えるビブラートね特に気にしているわけではなくいつもは聴こえてくることがないのに抑え気味
「置き手紙」1984年7月25日発売「マスカレード」B面曲安全地帯6枚目シングル1984年7月25日発売の『マスカレード』のB面。発売されたのは1984年ですが、ライヴでは未発表曲として演奏されていました。曲は1981年頃に作られ、作曲は玉置さん、詞は武沢さんのお兄さん。詞の原案は玉置さんらしいです。FMラジオ放送のスタジオライヴで「ある女のことを歌った曲」と紹介していました。このバージョンが世に出回っていて発売されたものとは歌詞が違っています。歌詞違いで確認後出来るのはこれし
「俺の生き方を歌える日まで」作詞武沢俊也作曲玉置浩二今回はアマチュア時代の曲です。生まれて初めて俺は家を出た街の外れに友達と住むために俺は世の中を少しはみ出して冷たい風に向かって歩けば家までの道は少し遠くなる吹雪の中で前が見えなくても俺の歌う歌を探しに行くんだ風も忘れた果てのない道を風も忘れた果てのない道をギターソロ轍(わだち)を越えて誰かとすれ違ううつむいた顔が辛そうに見える俺の生き方を皆に伝えたいでも言葉を連ねても聴こえはしない風も忘れた果てのない
「俺たちはロックンロールバンド」何かが溢れてきそうなんだ何かが生まれてきそうなんだこれから始まるぼくらの歌を聴いておくれみんなこれから始まるぼくらの歌を聴いておくれみんなこれから始まるぼくらの歌を聴いておくれみんなこれから始まるぼくらの歌を聴いておくれみんなツインギター、ツインドラムの安全地帯と六土開正グループが合体した直後の新生安全地帯の曲。バンドとしての技術アップ、ロックバンドからハードロックバンドへ変貌をとげていく時期。玉置さんの歌い方もバンドの音圧やパワーに負けないも
普段から装飾品はあまり身につけるのが好きではなく、なるべくシンプルに…と言うとカッコイイのかもしれませんが、単に面倒なだけかも知れません。なんか、付けていると邪魔(..`)…というのか気になる…最近は指輪💍すらも邪魔…💣🔥🔥🔥ギター弾いていると、なぜかネックに干渉するんですよね(..`)なのでギター弾くときは独身になります(笑)(THEALFEEの高見沢さん、あれだけの指輪してるのに、何故弾ける!?)ピアノ弾いていても鍵盤にあたるって、どんだけ指寝かして弾いてるんでしょうね?
「萠黄色のスナップ」またまたこの曲についてです🎶この曲のことを考えるのは、安全地帯デビュー記念日の2月25日はもちろんなのですが、私にとっては5月の初めの頃。まさに今なんですよね🌿🌿🌿全国的には、もう今の季節、「初夏」と言ってもいいくらいの陽気なんでしょうけれど、こちらでは、ついこの間桜🌸が散ったばかり。(あ、まだ八重桜は咲いてます)梅、桃、桜がほぼ同時期に咲き、一気に春がやってきます。(北海道でもそうみたいですね)。桜が散ると近くの山々の緑が一斉に芽吹きます🌿まさに「萌黄色」な
「兄貴の靴」作詞武沢俊也作曲玉置浩二1977年アマチュア安全地帯が六土開正グループと合流して8人編成になり永山で合宿していた時期の作品です。写真は1979年のものです。ボロボロに擦り切れた使い古しの靴スタジオの隅っこに投げてあった汗と涙が滲んだ使い古しの靴たった一人の兄貴の靴さ素敵な夢をひとつだけ風船のように浮かべて兄貴はみんなと駆け出したまだ白くて新しいあの靴を履いてもう5年も経つのに今でも思い出すんだぶきっちょな兄貴とバンドを組んだ日のことを借金
安全地帯のアマチュア時代の曲は、周期的に聴きたくなるのですが…最近は結構頻繁に聴いています🎶お正月休み最終日、次の日からの仕事への憂鬱な気分を紛らわせようと(笑)、この頃のいろんな曲を聴いていたのですが…その中で、またふと印象に残った曲♬*.*・゚「最後の風景」この曲を聴いて、タイトルの「最後の風景」、いろんな解釈の仕方がありますが…この街のこの景色…時々おまえを見掛けるこの街の風景を見るのは、これで最後。という意味?それはこの街を離れるという物理的なものがあっての最後の風景なの
「表現の自由」という言葉は知っていましたが、「思想の自由」という言葉もあったんですね。なんて、いきなり堅い書き出しですけど…今ハマっていると何度もブログに書いているアルバム3枚📀もう、2枚のアルバムについて思う存分書いたので、最後の1枚はスルーしちゃおうかな(^^♪なんて思っていたのですが(笑)ふと、ある部分の歌詞が聴こえてきた時に、「ん?🤔💭」と思ったところから、ちょっとこの曲について考えてみたいなと歌詞を書き出してみたら…いろんな思いが次から次へと巡るめぐる(*^^)v🌀「思想