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『ニンギャウツクリ』作詞〜武内俊子(1905〜1945)オカアサンニイタダイタシロイモメンアヲイキヌモメンノオニンギャウヌヒマシタキヌノオニンギャウヌヒマシタワタクシタチノオツカヒデヘイタイサンヲゴヰモンニユクノヨアノソラトホイウミ【「コドモノクニ」に掲載】◇本日は人形の日だそうです。そしてこの歌は戦時中の歌ですね。遠い戦地に送る慰問袋には時に人形も入れられていたそうです。若い兵隊さん達☆は人形を見つけると声を上げて
『トントントン橋』作詞〜武内俊子(1905〜1945)一、トントントンばしいたのはしトントンわたるはどなたですのねずみはたけへいもほりにおかごをかついでトントントン二、トントントンばしむらのはしトントンわたるはどなたですのねずみみつけたみけねこがおすずをならしてトントントン三、トントントンばしながいはしトントンわたるはどなたですみけねこみつけたいぬのこがしっぽをふりふりトントントン四、
『日本晴(にっぽんばれ)』作詞〜武内俊子(1905〜1945)日本晴日本晴ひろい空雲さんどこかへお出かけでお日様ひとりでゐばってる日本晴日本晴高い空雲さんどこまでお散歩かお山はおいくつこえたでせう日本晴日本晴青い空雲さんお留守だみんな見ろお日様大将でゐばってる◇日本晴。一点の雲も無く晴れ上がった快晴の青空🟦のことですね。「お日様🌞天下とったみたいに一人で威張っているわねぇ」なんて🤭それよりも。どこか遠くへ行
『チヒサナカアサン』作詞〜武内俊子(1905〜1945)「アカチャンオタンジャウオメデタウナマヘハナントツケマシタ」「ケフハオソラガアヲイカラアヲゾラサントツケマシタ」【「コドモノクニ」に掲載】◇ホントノハナシ?ママゴトアソビ?ドッチデモイッカドッチデモイイネアカチャンオタンジャウオメデタウアヲゾラチャンヨオメデトウチヒサナカアサンアリガタウ
『汽車のおしゃべり』作詞〜武内俊子(1905〜1945)一、汽車のおしゃべりひとりごと汽車にのったらきいてごらんたんぼの田の中まっすぐにカケテコトントンカケテコトントンカケテコトントンカケテコトントンカケテコカケテコカケテコポー二、汽車のおしゃべりおもしろいまねができたらまねてごらんながいトンネルくぐるときクラクテトントンイヤダヨトントンクラクテトントンイヤダヨトントンクラクテクラクテイヤダヨポー三、汽車のおしゃべりひとりごと
『鈴懸の實(み)』作詞〜武内俊子(1905〜1945)鈴懸の實は青い葉のかげ誰がつるした豆どうろ風が小枝をくぐる時すずかけすずかけ實が揺れる鈴懸の實はまるい玉だよ誰がつくった豆ランプ遠いお空の夕やけにすずかけすずかけ實が赤い鈴懸の實は月の出た夜誰が忘れた豆提灯月がお山を登る頃すずかけすずかけ實が光る◇本日は鈴懸の丸い実に注目した歌ですね。風に揺れる鈴懸の実は誰かがつるした豆灯籠のように💡誰かがつ
『月夜の鈴懸(すずかけ)』作詞〜武内俊子(1905〜1945)すずかけの木に風が吹いてるすずかけの木にお耳をつけよすずかけの木と風のお話ねつららんつららん遠いでしょすずかけの葉に月が出てゐるすずかけの葉を枝ごと揺すろすずかけの葉は露をためてるねほろろんほろろん散ったでしょすずかけの實(み)は幾つなってるすずかけの實は月夜にさがそすずかけの實はまるい玉だよねくるるんくるるんみえたでしょすずかけすずかけ風が
『十五夜お月さん』作詞〜武内俊子(1905〜1945)十五夜お月さん丘の上すゝきがならんでまねきます十五夜お月さん今晩は蛙(かえる)もたんぼでよんでます十五夜お月さん暈(かさ)さしてどこまで行ってもついて來る十五夜お月さんねむたいなお山のふくろもねんねした◇本日は十五夜ですがお天気はどうなるでしょうね。十五夜お月さんは🌝俊子さんのあとをどこまでもどこまでもついて来て。うら若き俊子さんは月明かりの道を歩いているうちに
『かもめの水兵さん』作詞〜武内俊子(1905〜1945)一、かもめのすいへいさんならんだすいへいさん白いぼうし白いシャツ白いふく波にちゃっぷちゃっぷうかんでる二、かもめのすいへいさんかけあしすいへいさん白いぼうし白いシャツ白いふく波をちゃっぷちゃっぷこえていく三、かもめのすいへいさんずぶぬれすいへいさん白いぼうし白いシャツ白いふく波でちゃっぷちゃっぷおせんたく四、かもめのすいへいさんなかよしすいへいさん白いぼうし白
『ママノオツクエ』作詞〜武内俊子(1905〜1945)シロイコスモスユレテヰルギンノトケイガナッテヰルアカルイママノオツクエデミルクノンデルママトボクパパノオシャシンオイテアルオトギノゴホンガツンデアルタノシイママノオツクエデママトオハナシイタシマショグンカンカイテクダサイナクレヨンモッテキマセウカデンシャヲツクッテクダサイナキビガラモッテキマセウカオマドニサイタヒマワリノカゲボシナガイナモウピグ
武内俊子さん武内俊子(たけうちとしこ)1905年9月10日生まれ、1945年4月7日、39歳没。広島県三原市西町の浄念寺生まれの童謡詩人、童謡作詞家、童話作家。叔父:足利瑞義(広島県福山市の勝願寺住職)渡辺哲信(僧侶、世界探険家)キングレコードの童謡シリーズの1曲として、1937年(昭和12年)5月発売、童謡「かもめの水兵さん」(キングレコード)横浜港からハワイに向かう叔父足利瑞義の見送りの時に見た風景をうたったもの。歌:河村順子作詞:武内俊子
『まゝごと』作詞〜武内俊子(1905〜1945)鳳仙花(ほうせんか)はじける寺の庭茱萸(ぐみ)とってまゝごとしやうあなたも私もお母さん秋海棠(しゅうかいどう)さいてる鐘撞堂(かねつきどう)ござしいてまゝごとしやうほゝづき甘いなあさごはん◇幼い日の俊子ちゃん☆彼女のご実家は浄念寺というお寺。鳳仙花や秋海棠の咲く庭にゴザを敷きままごと遊びをした思い出でしょうか。茱萸の実やほおづきの実。ままごと遊びのおかずはお庭で
『誰も知ってはゐやしない』作詞〜武内俊子(1905〜1945)月夜の海から吹いて来てすゝきをゆすって駈けてったゆふべの風さんどこ行ったどこ行った誰も知ってはゐやしない車のお山をこえて来てお月さん乗せて飛んでったお空のわた雲どこ行ったどこ行った誰も知ってはゐやしない月夜にお籠(かご)を飛んで出てお背戸へはだして逃げてった坊やのリスさんどこ行ったどこ行った誰も知ってはゐやしない◇すすきをゆすった風さんどこ行ったんだろうねぇ・・・
『風のお話』作詞〜武内俊子(1905〜1945)風はお話するんだねみんなだまって聞いて見な背戸のお藪(やぶ)でサラサラと何か話しちゃ吹いて行く風はお話するんだね風が吹く時聞いて見な桐の小枝で桐の實(み)はみんなカラコロ鳴っている風はお話するんだね丘へ登って聞いて見な空でゐばった凧(たこ)だって風と何だか話してる風はお話するんだね風が通って行く時にすゝき尾花はうなづいてはいよはいよと首を振る◇風はお話しますよね
『お窓』作詞〜武内俊子(1905〜1945)僕のお窓は桐の下桐の葉くぐって風が吹くお窓の内には僕がゐるいつでも積木の汽車がある僕のお窓は幌庇(ほろびさし)お寺の小鳩が啼きに來る大きなガラスに水平線いつでも遠くに船が行く僕のお窓で僕ひとり日ぐれに母さん待っているお庭の日まわり又さいたいつでも僕だけ数えてる僕のお窓へお月さま玩具(おもちゃ)をさがしにやって來る海から帰るお友達お窓で僕の名呼んで行く◇武内俊
『月夜の傘』作詞〜武内俊子(1905〜1945)月夜に傘をさしたとさ海月(くらげ)の傘は浪の上チャプチャプ流れてひとり旅向ふの島まで行ったとさ月夜に傘をさしたとさきのこの傘は山の中ホロホロこぼれた松の露ゆふべもお傘がぬれたとさ月夜に傘をさしたとさお月さんの傘は空の上スイスイ飛んでくちぎれ雲あしたの天気は雨だとさ◇クラゲ🪼はいつでも傘さしてきのこ🍄🟫もいつでも傘さしてお月さん🌝は☔の前に傘をさす魚🐟️はい
『誰さんじゃ』作詞〜武内俊子(1905〜1945)向ふ通るは誰さんじゃお籠(かご)かついでエンサノホイあれは八百屋の太郎吉さん西瓜よ南瓜よエンサノホイ朝から元氣でエンサノホイ向ふ通るは誰さんじゃさした花傘チリカラチンあれはちんどん屋の田五郎どん東西売り出しチリカラチン元氣だ踊ろよチリカラチン向ふ通るは誰さんじゃ竹の杖(つえ)ついてピーヒョロリあれはあんまの忠兵衛さんお肩をもみましょピーヒョロリ日ぐれだごめんよ
『野ぶどうの実は』作詞〜武内俊子(1905〜1945)一、野ぶどうの実は紫露にぬれてて光ってる鼠(ねずみ)野ねずみ野ぶどうむいてどこへ行くのと聞いて見る鼠チュウチュウチュウチュウチュウののさまへぶどうを持って行くんだとさ二、谷百合の花まっかに風にゆられて匂ってる鳩よ山鳩お花をくわえどこへ行くのと聞いて見る鳩はクルクルクルクルクルののさまへお花を持って行くんだとさ三、お星さまああ速いな山に落ちたよ流れ星いつもお山へ日ぐれ
『シグナルさん』作詞〜武内俊子(1905〜1945)街の四つ角シグナルさん青いお目々よベルが鳴る學校へ行く子はランドセルお手々つないで通りゃんせ進めよ進めチリリリリン街は日盛りシグナルさんくるり黄色なお目々して自転車小僧(こぞ)さんごくろさまハンドル並べて通りゃんせ急げよ急げチリリリリン街は夕やけシグナルさん赤いお目々を光らせてお使ひ行く子も帰る子もちょいとそこらで通せんぼう止れよ止れチリリリリン◇本日は交通信号
『はたおり虫』作詞〜武内俊子(1905〜1945)おくすりやろか水やろか片足とれたはたおり虫あれあれ草の葉がゆれる片足だけであぶなかろお宿をかそか日がくれる片足とれたはたおりよ※はたおり(機織り)・・・古くはキリギリスの別名。あるいはショウリョウバッタのこと。◇思い浮んだのはショウリョウバッタ。ショウリョウバッタは「精霊バッタ」。片足とれた「精霊」にお薬とお水とお宿を。そして静かな祈りを✨🙏✨バッタ界最大級
『西瓜提灯(すいかちょうちん)』作詞〜武内俊子(1905〜1945)西瓜の提灯知ってるかい知らなきゃ僕等(ぼくら)がほってやろ畠(はたけ)で西瓜をもろてきてお藪(やぶ)の青竹切って来な竹べら作って実をぬいてすかした富士山入れてやろ西瓜の提灯ぶら下げようお背戸で篠ざさ折って来な西瓜の提灯知ってるかい知らなきゃみんなでよっといで西瓜の提灯灯(ひ)をつけてうまやの仔馬に見せてやろ◇西瓜の提灯知りません近くに西瓜畑はありませ
『山とんぼ』作詞〜武内俊子(1905〜1945)とんとんとんぼよ山とんぼぶだうの畠(はたけ)で鬼ごっここの棚くぐろ鬼さんこっちついついくぐって山とんぼぶだうの小房はまだ青いこの実にとまろ鬼さんここよくるくるお目々の山とんぼぶだうの葉の下すずしいなこの蔓(つる)まはろ鬼さんおいで◇ぶどう畑で鬼ごっこ。ぶどう棚の涼しい葉陰に山とんぼも人も自然と集まってくるのでしょうね。夏のぶどうはまだ青い。夏のとんぼはまだ
『お山の雲』作詞〜武内俊子(1905〜1945)白い翼よお山の雲は峯(みね)にとまって夢見てる風に揺られてとんで行こ遠いあの山あのお空◇まるでお山に翼が生えたような⛰️🪽✨その翼を羨ましそうに見ている子。翼があれば🪽✨どこでも飛んで行けるね♪君はどこに飛んで行くの?僕も翼が欲しいなぁ✨🪽どこか遠くに行ってみたいなぁ♪と一緒に夢見ているのでしょうね∞翼の生えた龍/龍雲∞2025・9・
『あの山この山』作詞〜武内俊子(1905〜1945)向ふのお山は桐畠(きりばたけ)いつでも吹いてる南風後のお山は桃畠いつでも子供の笑ひ聲(こえ)遠くのお山は段畠いつでもわいてる入道雲あの山この山日の暮れはいつでもお屋根で鳩が啼(な)く◇本日は山の日ですね✨🗻✨この歌のお山はさほど高くはないそこに畑がある小高い山でしたね。向こうのお山は桐畑。後のお山は桃畑。遠くのお山は段々畑。山の恵みで暮らしてきた私達。
『母さんのお使い』作詞〜武内俊子(1905〜1945)母さんのお使いスタコラサ植木屋さんへは何と言ふて行くのせどの桐の木しげった枝をきりにおいでとスタコラサッサ母さんのお使いスタコラサお花屋さんへは何と言ふて行くの蓮(はす)は白蓮お盆の花を一束おくれとスタコラサッサ母さんのお使いスタコラサ小母さんのお家へ何と言ふて行くのお待ちしてますお盆の晩にきっとおいでとスタコラサッサ◇お盆迎えるための準備。植木屋さん☆も花
『シャボン玉』作詞〜武内俊子(1905〜1945)みんな来い来いシャボン玉吹こよ青いお空へシャボン玉吹こよ吹けばシャボン玉ストローの先で七つ七色くるくるまはるいゝなシャボン玉うつるよ僕が風に吹かれてどこまであがるみんな来い来いシャボン玉吹こよお空いっぱいユラユラユラリ◇シャボン玉作り✨🫧🫧🫧✨今は便利な道具が色々とありますがストローで一つずつ膨らませていたのが懐かしいですね
『アツサニマケズ』作詞〜武内俊子(1905〜1945)ハヤオキシマセウアサカゼガハヤオキヨイコヲヨビニクルリンロンリンロンヨビニクルヤケツクヤウナオヒサマダオツカヒイクトキアソブトキワスレズバウシヲカブリマセウタベスギスルノハヨシマセウノミモノタベモノキヲツケテアツサニマケズニツヨクナラウウタタネスル子ハドコノ子カウタタネシナイデハヤクネテハヤオキヨイコニナリマセウ◇早寝🌃早起き外出するなら帽子や日傘や対策グッズ✨
『太平洋』作詞〜武内俊子(1905〜1945)一、波濤(はとう)千里洋洋と東にうねり西に寄せ日出る国の暁に雄雄しく歌う海の歌黒潮こえていざ行かん我等の海よ太平洋二、怒涛(どとう)萬里渺渺(びょうびょう)と南に走り北に去り日出る国の島陰にほがらに歌う海の歌波乗りこえていざ行かん我等が海よ太平洋◇本日は海の日ですね✨✨この雄々しき海の歌を創られたのは意外にも女性で武内俊子さん☆彼女は水泳の達人でもあり✨🏊♀️✨神伝
『白い雲』作詞〜武内俊子(1905〜1945)青いお空に白い雲大きな翼よ白い雲高いお空をほうやほうほう駈(か)けてゆくどこへ行くのよ白い雲小熊に似てるね白い雲風に吹かれてほうやほうほう遠くなる山の向(むこ)から白い雲あとから後から白い雲お空いっぱいほうやほうほう飛んでゆく◇「雲さぁ〜んどこまで行くのぉ〜」暑さもほどほどなのでしょう。雲を追いかける子供の姿が見えるようですね夏の雲#shorts夏の雲
『風よろん』作詞〜武内俊子(1905〜1945)駈(か)けてる風が翼ひろげてお空を高く風よろん風よろん綿雲乗せてく転んだ風が翼つぼめて空から谷へ風よろん風よろん山の木揺れてるくぐった風が翼たたんであの窓小窓風よろん風よろん風鈴鳴ってる眠った風が翼やすめて遠いお空風よろん風よろん真赤に焼けてる◇季節が変わる時風が変わったと感じる時風よろん風よろん綿雲乗せて風鈴鳴らして