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人生を振り返ると、落ちるところまで落ちたから、今があると思う。とことん落ちると、それ以上は落ちようがない。今、つらい状態の人も、もっと落ちることを怖がらなくても大丈夫。中途半端で止まると、かえってややこしいことになる。どん底まで落ちたら、あとは上がってくるだけです。正司歌江
7月16日火曜日〜その8(写真)與兵衛桃林堂の板倉晋平若旦那が、小林信彦+大瀧詠一責任編集『小林旭読本』、自家製DVD『鉄道伝説スペシャル/あの人に会いたい正司歌江』、そして5月18日のブログを読んで頂いていたようで、3枚組CD-BOX『キダ・タローのほんまにすべて』を御寄贈くださいました。雑事に勤しむ。
今年の1月、上の記事をアップしたばかりだというのに、かしまし娘次女の、正司照枝師匠がお亡くなりになられた。かしまし娘については、上の記事を読んでいただければと思います。お三方は芸達者だったので、役者として舞台やテレビにご出演される機会も多かったのだが、特に照枝師匠はテレビでの活躍が多かったと思う。例えばNHKの朝ドラ『カーネーション』何年か前の『陸王』そして、昭和の名作『どてらい男』あ、右端ねギター担当だが、なかなかの腕前で、ギブソンのギターを使用。この年代の音曲系の芸人さんは
10日に、かしまし娘の誰かの写真を目にして、てっきり、正司歌江さんのつもりで見てしまいました。だから、何か歌江さんに関係する、過去の出来事が話題になり、歌江さんの顔だ出たんだと思っていました。違うじゃありませんか。歌江さんのように見えていたのは、照枝さん。そして、その照枝さんが亡くなったのですか……。7月8日、急性心臓死のため大阪府の自宅で死去されたとか。歌江さん、花江さんさんとの3人で“かしまし娘”をやっていた頃、照枝さんは一番パワーがあるような感じで、一騒動引き起こすような
不思議なことに、私は上方落語は聴きませんが、上方漫才はよく聴いていました。というより、幼い頃は、落語よりも漫才が好きでしたから、東西を問わず笑っていました。当時、人気絶頂だったグループのひとつが「かしまし娘」でした。「かしましい(姦しい)」という言葉の意味も、初めて知りました。三姉妹の次女の正司照枝さんが亡くなったそうです。享年91。昨年、姉の正司歌江さんも亡くなったばかりでした。1956年「かしまし娘」(結成時カシマシ娘)を歌江、花江と結成。58年には松竹芸能所属タレントの第1
2024年7月10日水曜日関西を中心に活動していた三人組のかしまし娘・正司照枝さんが亡くなられました。91歳でした。2024年1月には姉の正司歌枝さんが亡くなられています。残るのは正司花江さんのみとなりました。関西の有名人の訃報が最近相次いでいます。また一つ、昭和が終わったように思います。謹んでご冥福をお祈り致します。
「かしまし娘」正司照枝さん(91)急性心臓死で死去今年1月には姉の正司歌江さんも世を去る(TBSNEWSDIGPoweredbyJNN)-Yahoo!ニュース音曲漫才トリオ「かしまし娘」で活躍した俳優の正司照枝さんが、今月8日の午後6時頃、大阪府内の自宅で急性心臓死で亡くなっていたことがわかりました。91歳でした。正司照枝さんは、北海道出身。3歳のnews.yahoo.co.jp歌江師匠が亡くなって半年ほど。後を追うように照枝師匠まで…。ホンマ仲良し姉妹で、幼
【追悼正司歌江(かしまし娘)】1月19日、老衰のため亡くなられました。近年、正司歌江さんのお名前を聞くことはありませんでしたが、お名前を聞いて、すぐに記憶がよみがえりました。1960年代だと思います。テレビで演芸を見ますと、元気のいい、3人のお姉さん、ちょっとオバサンかな、頻繁に登場してました。正司歌江さん、照枝さん、花江さんでした。事情は知らなかったですが、演芸の方は、1981年を最後に休止にしていたらしいです。年輩になった姿は、よくドラマで見かけました。女優として
「短歌でダンス?💃」(033)娘たちうちら陽気なかしましの一輪の花謳歌したのよ🌸※かしまし娘※かしましい(やかましい、そうぞうしい)(うるさい、姦しい)
1月29日月曜日〜その5(写真)H11年6月14日、新阪急ホテルでの『河内家菊水丸河内音頭生活二十五周年・プロ活動二十周年・平成十一年夏櫓出陣式』のお祝いとして、正司歌江師匠が書いて下さった絵。大切にしています。吉本興業に所属前、S54年9月〜55年3月まで、松竹芸能の劇場で河内音頭界の先輩方の伴奏者として舞台に上がっていた頃、かしまし師匠は近寄り難い大看板。時が流れて、対談や番組で共演させて頂く事が叶い、恐縮する私に、優しくザックバランに接して下さいました。正司歌江師匠の御冥福を心よりお祈
1月29日月曜日〜その4(写真)正司歌江師匠に頂いた暖簾。(写真)歌江師匠の撒きものは、手拭いではなく、お洒落なガーゼハンカチでした。(写真)歌江師匠の花瓶敷き。(写真)一筆箋。
1月29日月曜日〜その3(写真)H19年7月6日、毎日放送ラジオ『さてはトコトン菊水丸』に、かしまし娘の正司歌江師匠がお越し下さいました。(写真)記念撮影後、S34年9月にコロムビアレコードより発売されたミニLP盤『かしまし娘歌合戦』ジャケットとTOWERRECORDS梅田NU茶屋町店開店のチラシとカレンダーにサインを記して頂いたのです。(写真)H19年6月21日、サンケイスポーツ掲載記事。番組の芸能情報コーナーで取り上げて、北野ディレクターにゲスト交渉を託したのです。(写真)盆踊
1月29日月曜日〜その2(写真)5枚組CD『澤田隆治が選んだ爆笑!漫才傑作選②』。かしまし娘正司歌江師匠、宮川左近ショウの暁照夫師匠、澤田隆治プロデューサーのサイン入り。(写真)10枚組CD-BOX『上方漫才名人伝説!⑨』。かしまし娘正司歌江師匠、横山ホットブラザーズ師匠のサイン入り。(写真)昭和から平成に移る頃、吉本興業の初代マネージャー竹中功さんに頂いたカセットテープ。かしまし娘師匠の音源を何度も聴きました。(写真)菊水丸コレクションより、S35年5月23日〜24日、京座で上映
1月29日月曜日〜その1(写真)正司歌江師匠の宣材。(写真)かしまし娘師匠の宣材。(写真)S51年8月3日〜31日、大阪市南区道頓堀の中座で開催された『かしまし娘結成20周年記念わてら浪花の三美人』のスチール。
1月28日日曜日〜その10(写真)H14年3月12日、京都市中京区若松町の先斗町華めぐりでのKBS京都テレビ『とっぴもナイト』収録でのツーショット。その際にサインを記して下さった新刊の『正司歌江の地獄極楽かみひとえ』(H14年1月10日日本放送出版)。奥付には、同年3月24日付、毎日新聞・朝刊の書評を貼っています。
1月28日日曜日〜その9(写真)10年間のラジオ時代、正司歌江師匠の楽屋へお邪魔した折に、居合わせた照枝師匠と花江師匠から「いつも聴いてますよ」とお声をかけて頂きました。(写真)そして、かしまし娘のポートレートに、お三方にサインをお願いしたのです。
1月28日日曜日〜その7(写真)H11年6月14日、大阪市北区芝田の新阪急ホテルで開催『河内家菊水丸河内音頭生活二十五周年・プロ活動二十周年・平成十一年夏櫓出陣式』に、かしまし娘正司歌江師匠がお越し下さりました。(写真)左から、浮世亭とん平師匠、吉本新喜劇原哲男兄さん、大村崑師匠、かしまし娘正司歌江師匠。
1月28日日曜日〜その5かしまし娘の正司歌江師匠のご逝去。お世話になり、可愛がって頂きました。(写真)H10年5月11日、名鉄ホールで開催『五月特別公演日替わり芸者引っ越し芸者パートⅢ』の昼の部を拝見して、楽屋にて正司歌江師匠と名古屋タイムズ連載「菊水丸の芸能交遊録」で対談。(写真)『女やもん!』(S50年12月12日二見書房)とTRIOレコードより発売の同タイトルのシングル盤。(写真)『歌江の幸せくるくる心霊喫茶』(S57年6月8日ダイナミックセラーズ)。(写真)『幸福みえますか
私、18歳NHK朝の連続テレビ小説『おはようさん』でお母さん役でお世話になった正司歌江さんの訃報…新人で何もわからない私にとっても優しくしてくださいました。色々教えていただきましたが、今、私が現場の若手にお弁当を持っていくのは歌江母さんに教わった習慣です。一つ釜の飯❗『大事なんやで』といつもいつも美味しいお弁当を持ってきてくださいました。大切な懐かしい想い出です。享年94歳。素晴らしい人生でいらしたと思います。ありがとうございました。安らかにおやすみください。
もっと他にもございましたが、「かしまし娘」のビフォーアフターでございます。正司歌江がお亡くなりになったそうで。子どもの頃から漫才を観ておりましたが、女優としての役どころがとても良く、こう言っちゃなんですが、関西のお笑いの方で、偉くなると妙ないやらしさが出て来る感じがするんですが、かしまし娘はそういうところがございませんでしたわね。逆に、そつなく丁寧で、品がございました。私、磯野貴理子なんか、そりゃ、人の新婚旅行について来るようなお姑さんは嫌でしょうが、人間とし
『うちら陽気な・かしまし娘・・・誰が言ったか知らないが・・・』っていう歌が浮かんできます。漫才トリオの「かしまし娘」で一時代を築かれた正司歌江師匠が、1月19日に亡くなられたとか。94歳やったそうです。大阪生まれの方なんか思たら、北海道の御出身やったんですね。関係者によると、大阪府内の自宅で、老衰のために息を引き取られたらしいです。近年は体調を崩されて、約2年ほど前から寝たきりで療養されてたとか。妹の照枝師匠が90歳、花江師匠が87歳・・・。もうそんな歳で居られるんやなぁと、改め
今日は七十二候で『水沢腹堅(さわみずこおりつめる)』。沢に厚い氷が張り詰める頃で、この時期は例年、最低気温を記録することが多く、一年で最も寒い時期といわれています。七十二候のとおり、今日は冷たい一日でした。こちらの朝、起床時は氷点下3度、今日は床屋さんの一番客を狙って、始業前の時間に店頭に到着。早々にサッパリした頭で、そのまま外歩きに出ました。気温は低く、北風は冷たいものの、空は雲一つない快晴でした。木々の梢は、私の頭と一
訃報です。かしまし娘の長女正司歌江さんが、1月19日、老衰で御逝去されたとの事。享年94歳。心から御冥福を祈ります。合掌(T_T)かしまし娘小生が小学校の頃から活躍していました。同時期によく見たのが、同じ三人組のフラワーショウとちゃっきり娘か調べてみると、前者は、全員が御存命。後者は、既に全員が鬼籍に・・・・(T0T)昭和が遠くなります。演芸大好き国際紅流拳法道連盟でした。
正司歌江さん死去「かしまし娘」妹2人が悼む照枝「これでおしまいかしまし娘~」#正司歌江#かしまし娘#正司照枝#正司花江https://t.co/qVPLCv3Sac—日刊スポーツ(@nikkansports)January24,2024坂田利夫さんに続いて、私が子供の頃の上方漫才界のスターが亡くなった。悲しい。ご冥福をお祈り申し上げます。—池下昇(@ikeshitanoboru)January24,2024関西ガールズ漫才の金字塔!!かしま
まだ幼児の頃から、毎週朝日放送で流れる角座からの寄席中継「道頓堀アワー」をいつも見ていました。松竹芸能の芸人さんは吉本とは違うことが子供でもわかりました。鼓を打ちながら話をされる砂川捨丸さん。音曲漫才のフラワーショウ、横山ホットブラザース、ハワイ・伸。スポンサーは心斎橋の松前屋さん。「先様」という言葉を覚えたり。中でも好きだったのはかしまし娘。いつか三味線を習いたいと思っていた一因は歌江さん。そして歌舞伎。花江さんの歌唱力も照枝さんの暴走も、ほんとにすごかった。
【今日の晩飯は…っ❔】全く…っ、暖かかったり、寒かったり、マジに体調を崩しそぉ〜な毎日ですな…っ😥😥😥そんな今夜の晩飯は…っ、昼休憩中にいつもの小伝馬町の名店『とんかつはしや』で…買って来て窓辺に置いておいた“🍱タルタルチキンカツ弁当🍱”に…いつものスーパー『ワイズマート』の“バリバリキャベツ(キャベツの極浅漬)”を副菜に買って、ついでにデザートの“フレンチクルーラー”も買って帰って来ました…っ😄😄😄いつもお馴染みの“🍱タルタルチキンカツ弁当🍱”なんですが、いつも思うんだけど、多分っ
記事をお借りします。姉妹漫才トリオ『かしまし娘』で活躍、正司歌江さん94歳で死去(日テレNEWSNNN)-Yahoo!ニュース漫才トリオ・かしまし娘のメンバーで俳優の正司歌江さんが1月19日に亡くなったことを24日、所属事務所が発表しました。94歳でした。正司歌江さんは、妹の照枝さん、花江さんとともに『かしまし娘』を結news.yahoo.co.jp正司歌江が94歳で死去、漫才トリオ・かしまし娘で人気に(お笑いナタリー)-Yahoo!ニュース正司歌江が今月1月19日に94歳で死去
関西漫才界の大物中の大物、正司歌江師匠が94才でお亡くなりになられた。『かしまし娘』のお三方については、簡単ではありますが上のリンクにて、過去書いておりますのでご覧ください。私が子供の頃には、すでに大御所であった『かしまし娘』昭和の時代、誰もが先生と呼ぶ大師匠『夢路いとし喜味こいし』のご両人を『いとし兄ちゃん』『こいし兄ちゃん』と呼べた『かしまし娘』。第一回上方漫才大賞の第一回は、『いとこい』でも『ダイラケ』でも『やすきよ』でもなく『かしまし娘』弟子である『敏江・玲児』は、すでに
音曲漫才トリオ「かしまし娘」で活躍し、老衰のため亡くなったことが明らかになった、俳優の正司歌江さん(94)。訃報を受け、次女・照枝さん(90)・三女花江さん(87)が、追悼のコメントを所属事務所を通じて発表しました。【正司照枝さんコメント】♪これでおしまいかしまし娘〜♪です穏やかな最期だったようですがいまはただ悲しい【正司花江さんコメント】面倒見のよい芸達者な姉でした歌江姉ちゃんありがとう正司歌江さんは1929年生まれ、北海道出身。妹の照枝、花江と「かしま
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