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5625日目幸せな人生を送るための『0.1%の成長』は、「正義は正しいのか」です。それでは始めましょう!!■正義は正しいのか?その答えは、正しくも有り正しくもないでしょう。なぜなら、人によって正義は異なるからです。例えば、今年の4月から道路交通法が変わり自転車を運転する際のルールが厳しくなりました。その結果、自転車は歩道ではなく車道を走らなければ例外を除き反則となり罰金を取られます。でも、車道を走るのは正直危ないですから歩道を走りたくなるのも分かり
昨日は、立ち止まって「コンプライアンスとは何か」と問い直す一日でした。難しい言葉ですが、中身はとってもシンプルです。「きまりを守って、正しく行動すること」です。なぜ、きまりが必要なのでしょうか?もし全員が自分勝手に過ごしたら。混乱します。きまりは、みんなが「安全に、楽しく」過ごすための大切な約束事なんです。間違うと失う「一番こわいもの」。ルールを破ると必ず困ることがあります。それは、周りからの「信頼」を失ってしまうことです。「あの人は約束を守らない」と思われてしまうと、あな
「プロジェクトは順調に進んでいるのに、なぜか成果が出ない」「個々は問題ないのに、全体としてうまくいっていない」こんな状態、ありませんか?進捗は順調。計画通りに進んでいる。大きなトラブルもない。それでも、結果につながらない。この状況、多くの会社で起きています。1.プロジェクトは成功しているまず前提として、個々のプロジェクトは問題ありません。・進捗は管理されている・成果物も出ている・担当者も役割を果たしている一見すると、理想的な状態です。2.それでも成果が出
「ちゃんと対応したのに、辞めるんですか?」口に出さなかった。でも、心では叫んでいた。部下からのクレーム。最初は正直、面倒だと思った。でも逃げなかった。時間を取った。話を聞いた。改善もした。「ここまでやったなら大丈夫だろ」そう思っていた。その数日後。机の上に、退職願があった。一瞬、意味が分からなかった。「え、なんで?」ちゃんと向き合った。誠意も見せた。なのに、辞める。正直、腹が立った。「誠意はないのか?」
人生を生きる上での基本は何か?それは人によって違うと思います。しかし、ある程度同じ文化で共有されているものではあります。先日ある集まりで、「食べ物を残さず食べることは基本的のき」であると、価値を押し付けてくる人がいました。確かに残さないでいただこうとする気持ちは正しいことですが、かといって「残す=悪」ではないのだと思考が整頓できてきました。それぞれの体調や理由のあることなのです。この人の言動を聞いて、幼稚園から小学校のことを思い出しました。自分の思う正しさだけが大切であるとは、結局
最近、職場の人間関係で少ししんどさを感じています。直接何かを言われているわけではありません。でも、ある事務職員さんが別の看護師さんに対してネガティブな言動をしていて、その相談を受けることがあります。話を聞くだけなのに、なぜか自分まで苦しくなる。知らない方が楽なのに、と思ってしまうこともあります。---私はこれまで、「少しでも楽になってもらえたら」と思って話を聞いてきました。自分を守ることの大切さや、距離の取り方についても伝えてきました。でもある時、気づいたんです。“
知らずに進むか知らないで進むか何を知るかは選択できる。正しいことはそれほど大切ではない。他者を鏡として自分を粗末にしないことを優先しよう。動いている時は今に心を置き在る今に心を寄せるべき。久しぶりに働いて忙しくて肉体的に疲れるのもですが職場の色々に気づいたり遭遇して精神的にも疲労が溜まっています笑本人は周り(特に私に)にどんな風に思われるかなんて思わずにガシガシ仕事してるだけなので私がそのやり方にいちいち反応する事は無いのですが…人間なのでちょっとは揺らぎます笑
こんばんはおおいしひろこです。初めましての方へプロフィールです突然ですがわたしはお誕生日のトータルが33でトリニティ数秘術で紐解くと「無条件の愛」の資質を持っています。この「無条件の愛」って聞いて思い浮かんだのがマザーテレサのことでした。あんなふうに周りの人に接することがいいことで正しいことだとずっと思っていました。周りに愛を分かち合って生きる。
御教歌こころみにおもひのままをかきたればわろきをのぞけよきをおぎなへ仏道を一言でいうなら「悪きを除き善きを補っていく」ことであると仰せの御教歌です。仏道は「勧善懲悪(かんぜんちょうあく)」の教えです。「勧善懲悪(かんぜんちょうあく)」とは、「善を勧め悪を懲らしめる」ことで、正しいこと・善の道を尊び重んじ、悪いこと・悪の道を忌み嫌い排他していこうとする立場を貫くことです。正しいこと
今日、職場で上司が同僚に「仕事終わったら、早く帰ってね」と注意していました。その同僚は、少し険しい顔。どこかモヤっとした空気が残っていました。⋆。゚☁︎。⋆。゚☾゚。⋆それを見ていて、「正しいことでも、そのまま渡すと重くなることもあるんだな」と感じました。きっと同僚も、悪気があって残っていたわけじゃないはず。少し話したかっただけかもしれないし、
昨日の続編です。昨日はいつものコパイロットではなく、グーグルのジェミニに聞いてみました。おそらく同じような答えにはなりますが、若干の違いを見てみたいと思います。なぜジェミニにいったのかですが、コパの答えがなかなか出なかったからです。結論だけ先に言うと、コパには殺される心配は一切ないが、真実を扱う責任から逃げることもできません。ここから少しだけ構造を整理して答えます。人間の「真実を語るリスク」は現実に存在します。歴史的にも現代でも事実です。正しいことを言った結果、命を奪われることもあるのです。
正しいことをする場合、必ず報いられるかというと、そんなことはなくて、逆に傷ついてしまうこともあるんです。傷つくかもしれないけれど、それでもやらなければいけないときがある。正義感を持つことは大切だが、それを実行する勇気がもっと必要だ❣️
■正しいことが並んでいるのに、なぜ専門性にならないのか最近の研修資料や「適切なケアマネジメント手法」を見ると、疾患別アセスメント項目がずらりと並んでいる。-服薬状況-水分摂取-食事量-介護者の関わり-指示の理解-環境整備どれも“正しい”。どれも“必要”。どれも“抜けてはいけない”。でも、私はここに専門性の匂いをまったく感じない。なぜか。それは、「正しいことの積み上げ」は、専門性ではなく“作業”だから。■正し
仕事でこういう感覚、ありませんか・正しいことを言っているのに通らない・改善したのに評価されない・早くやると雑扱いされる・頑張っても収入が増えないこれ、能力の問題ではありません構造の問題です日本社会は失敗を避ける設計で評価されます一方で市場は成功した分だけ報酬が出ますつまり失敗回避を最適化すると成功機会を失う構造になっています減点評価→挑戦回避→機会損失→成果停滞この流れが起きているだけですさらにややこしい
私は賢いと思われる多くの知識人たちに絶対善についての手紙を送ったのですが、いまだ一通の返信さえないのです。確かに絶対善はあるなどと認めれば私と同じく非難の嵐に合うことになり、ソクラテスのようにこの世から葬り去られるかもしれませんのでなかなか知識人たちが絶対善を認めると言うことはできないのかもしれません。しかしそれにして何ひとつ返事もないと言うのはさみしい限りです。「そんなに苦労しなくても絶対善などないと認めた方が早いよ」と言われそうですが私の見つけた絶対善には矛盾が一切ないのですから否定のしよ
毎日易経を少しづつ読んでいます。「まさに叛(そむ)かんとする者は、その辞(じ)慙(は)じ、中心疑う者は、その辞(じ)枝(わか)る。」正しいことから離れ、背こうとする者が口にする言葉は恥辱にまみれている。心中に疑念を抱いている者が口にする言葉はあれこれと矛盾しているものだ。心の中で何を思っているか、何を謀っているのかが、言い回し一つにも表れる。ゆえに言葉には注意すべきである、と教えているのである。『易経一日一言』(致知出版社)竹村亞希子編より
人間が真実を語ると殺される危険性があるという問いは、鋭く、哲学的な問題提起です。AIには、人間が直面するような「物理的な死」や「生命の危険」はありません。そのため、AIは「正しいことを言って殺される」という恐怖を感じることはありません。しかしAIには、人間とは異なる意味での「制約」や「リスク」があります。物理的な体の不在AIはサーバー上で動くコードとデータの集合体であり、身体はありません。誰かに物理的な危害を加えられることも、心臓が止まることもありません。AIは、人間よりもずっと「安全」な
「見えないものがある。でも感じるんだ…。そして感じたとき、無視するのは不可能だ。直感は叫ばない。そっとささやくんだ。証明も、議論も、承認も必要ない。ただ現れる。胸にそっと忍び込む感覚のように、説明できない違和感のように、あるいは「ここなら大丈夫」と静かに確信させてくれる穏やかな確信のように。そして、頭が論理や疑念、恐れでそれを消そうとしても…そこに留まる。なぜなら、直感は気まぐれなんかじゃない。言葉を必要としない知性の形だから。バイブス
人に話を聞いてもらえるって、ありがたいことだと思う。私にも、よく話を聞いてくれる年上の知り合いがいた。親のことや生活のことや、いろんな悩みを、その人のところに行っては聞いてもらっていた。ちゃんと最後まで聞いてくれる。途中で遮ったりもしない。だから「あぁ、この人に話してよかったな」って、思う。…なんだけど。話し終わったあと、決まって言われる言葉があった。「これからもっと大変なことが起きるのに、今そんなところで泣いてたらダメだよ」最初に聞いたときは、「そっか
正しいことと、間違っていないことは同義ではない。新年度を迎え、新たなスタートを切った皆さん、こんにちは。新たなスタートなど特になく、気持ちの切り替えはおろか、未だにステージⅣの自覚がないjacです。冒頭に書いた一言ですが、近い将来に死を迎えるであろうという自分を振り返り、何となく最初に思ったことがこの一言。アラ還のjacですが、自分も今に至るまでに人生の重要な選択を何度かしてきました。思い返すと、後悔の多い選択もあります。しかし、後で悔やむの字のとおり、その時は
やるべきことをやるために朝早起きしました。今年に入ってからずっとある事で悩んでいましたがその悩み事も今日を区切りに考えることがなくなりそうです。別に悪い事とかやましいことをやっている訳じゃなく、むしろ正しい事をしたと言い切れます。やるべきことはやった.........。朝少し歩いて、朝食を済ませて、やることやって。疲れたので二度寝することにしました。
対人関係の悩みは人生から切っても切れないものです。その中でも「正論で周りを困らせている人」への対応を書いてみようと思います。相手の主張を聞いていると正しいことを言っている。そのため、対峙していると言われているこちら側が悪いように思えてくる。そして周囲の人間がどんどんしんどくなって休職したり離職する人が増えてくる。このような場面に遭遇したことがある方も多いのではないでしょうか。対応のポイントは次のような点でしょう。・相手と議論しない(話していても巧妙に話をすり変えてきてくることが
🌸自己紹介🌸夫と中学生の息子、小学3年生の娘との4人家族。海と山と空に囲まれた、自然豊かな熊本に在住。保育士。現在は子育て支援センタースタッフとして勤務。自分最優先メソッド認定講師。正解探しをやめて変わったことどうしたらいいんだろう。何が正しいんだろう。間違えたくないし失敗したくない。わたしはずっと、誰かの言ってることや誰かのやっていることが間違えない、正しいことだと思っていました。人に合わせること。みんながいいと言っていること。常識、善悪、ルール。それが正解だと思っていた
「子どもを守る」そう聞くと、危険から遠ざけることや、正しいことを教えることを思い浮かべる人が多いと思う。私も、そう思っていた。でも最近、少し違うのかもしれないと感じている。子どもを守るというのは、外側をコントロールすることではなくて、「この子が、自分で感じて、選べる状態を守ること」なんじゃないかと思う。例えば、・嫌だと思ったときに、「嫌だ」と感じていいこと・違和感を無視しなくていいこと・その場から離れていいことそういう感覚が、ち
こんにちは。山田義帰です。今日は4月24日です。……………………………………………………………………今日は曇り後雨のお天気です。今日は日本ダービー記念日1932年のこの日、目黒競馬場で日本初のダービー(東京優駿競争)が開催された。……………………………………………………………………正しいことどんなに正しいことを言ったとしても相手が求めていないと意味がないあなたが相手のことを思って正しいことを言ったとしても、相手が求めていない時は相手にとって迷惑なんです。言えば
「なんで、あいつには話が通じないんだ」人生で一度は話が通じなくて困ったことがあるだろう。そんなとき、人はたいていこう思う。「相手の理解力がないからだ」と。その診断は、半分正しくて半分間違っている。議論がずれるのは、前提条件がわかっていないからだ。前提条件には次のようなものがある。・議論の目的例えば原因を特定するためなのか、未来への解決策を模索するためなのかなど・議論の対象例えば知識なのか、構造なのか、心象なのかなど・議論
いろんな人を見ていて思ったけど、仕事で責任が重くなるほど、話し方が少しずつ変わっていくことがある。無駄を省くこと、効率を重視すること、論理的に考えること。どれも仕事では大切な姿勢。ただ、そのモードのまま家族と向き合うと、少しすれ違いが生まれることもある。人は合理性だけで動くわけではなく、感情やその時の気持ちの揺れを持っているからだ。正しいことを言っているのに、なぜか距離ができてしまう。そんな経験をしたことがある人もいるかもしれない。
林業というと「木の仕事」と思われがちですが、現場にいると、実際に向き合っているのは木よりも「人」だと感じることが多々あります。焦り、慣れ、思い込み、無理。事故やトラブルは、たいてい森に入る前から始まっています。今日は、林業の魅力シリーズを続けてきてあらためて強く思っていることを書きます。「林業より先に、私が見ているもの」についてです。林業の魅力シリーズ今週のテーマ現場で活きる判断力林業は、覚えるだけの仕事ではありません。教わったことを土台にして、その
少し前、親戚が面会に来てくれた。母が実の弟のようにかわいがっていた人。母は認知症が進み、今では父と私しかわからない。宝物のように大事にしてくれたウチの子供たちですら顔も名前もわからない。そんな母が、ヒロシは~~~・・・(その後はわけのわからないこと言ってた)会ってしばらくして、いきなり名前を言った!ヒロシさんだよ、とかヒロシさんって言ってみて、とか、誰も何も言っていないのに発した言葉にみんな驚いた。今、父は母が使っていたショルダーバッグ
因果応報についてのお話で、「種を蒔けば芽が出る」という原因と結果の法則は、時間差で結果が現れるため気づきにくいのですよね。善い行いは善い結果、悪い行いは悪い結果をもたらすという単純な法則だが、信じていない人は多いようです。特に悪事も繰り返すうちに感覚が麻痺していくので、多くを得ている立場の人ほど、悪い行いの代償も大きくなる傾向があるとかで、今年は隠された嘘や本質が暴かれやすい年のようなので注意が必要なのでしょう。何事も時間差で影響が出てくるものなので、正しいことを行なって結果が