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TOP-神社・仏閣-愛媛県-南宇和郡愛南町-歓喜光寺(かんきこうじ)神社・仏閣めぐりで愛媛県南宇和郡愛南町の「歓喜光寺」を訪れた。山号・寺名白翁山歓喜光寺、(別名)篠山大権現宗派曹洞宗御本尊十一面観世音菩薩創建年開基所在地愛媛県南宇和郡愛南町正木1468Google地図緯度,経度33°00'14.6"N132°40'56.4"E33.004049,132.682333御真言おんまかきゃろにきゃそわか御詠歌参拝日
【日本の塔】歓喜光寺京都府京都市山科区五重石塔
寺社No.2703御朱印No.【未】本山六条道場紫台山河原院歓喜光寺京都府京都市山科区時宗京都時宗道場御朱印巡り10番2022年10月15日本堂大日尊地蔵堂2012年御朱印『【京都市山科区】本山歓喜光寺』寺社No.2704御朱印No.2313本山六条道場歓喜光寺京都府京都市山科区時宗2012年2月22日ameblo.jp
昨年の秋の京都時宗道場めぐりの記事化を急ぎます。ちょうど季節がいま同じなので。この日は朝一で地下鉄東西線の小野駅からトコトコ歩きました。駅から北東600mほどの場所にお寺はあります。刈り入れ後の稲穂。これは何か不気味でしたが、人為的に植えてあるんですよね…等間隔ですし。あまり近づけて植えちゃいけない花なんでしょうか。お寺に着きました。歓喜光寺▶紫苔山河原院歓喜光寺▶御本尊:阿弥陀如来▶京都市山科区大宅奥山田10▶京都時宗道場めぐり第10番札所一遍の
紫苔山歓喜光寺(六条道場)時宗令和2年10月30日参拝御朱印『南無阿弥陀佛』京都時宗道場御朱印巡り第十番歓喜光寺本堂京都府京都市山科区大宅奥山田10御朱印ランキング※掲出の御朱印はこの日この時頂いた「一期一会の御縁」で、今現在も頂けるとは限りません。観光寺社以外は、基本的にアポイントを取ったうえで、先方の御迷惑にならないよう自己責任でお参り下さい。
京都画像クイズ6問めは、難問を用意したのですが、あっという間に正解が数多く寄せられました。今回は、歴史をひもとくと平安時代の菅原是善(天神さんのお父ちゃん)まで遡る、いかにも京都らしい問題で、良い問題と思っています。それでは正解です八兵衛明神場所は柳小路皆さんよく分かりましたね。毎度のことでも、今回は唖然としました。私はスーパーホテル京都四条河原町に泊まることが多いので、柳小路は目の前。四条通に出るときはよく歩きます。みんなもっといいホテル
京都時宗道場御朱印巡り⑩時宗六条派紫苔山河原院歓喜光寺(六条道場)京都市山科区大宅奥山田京都時宗道場御朱印巡りの御朱印を頂きました。
10/15は5社寺巡ってきました。まずは歓喜光寺です。駅から歩くには少し遠いしどうしようかとバスを調べていたら、京阪バスの京都-醍醐寺ラインってのがアバンティ前から出ていて、大宅中学校で降りたら近いことが分かったので初めて乗ってみました。このバス、醍醐寺にも行けるし大石神社(バス停)で停まるので、大石神社、岩屋寺、折上稲荷神社に行くのにおススメです。で、歓喜光寺ですが京都時宗道場御朱印巡りの10番札所です。留守が多く最大の難所になっています。朝は在寺されていることが多い
【10月11日】京都市山科区の時宗歓喜光寺さんへ。歓喜光寺さんは午前中は居られる事が多いとの事で9時~10時までには行かれた方が良いと思います。(居られない時でも差し替えの御朱印は用意されていませんので御注意を)
寺社No.2704御朱印No.2313本山六条道場歓喜光寺京都府京都市山科区時宗京都時宗道場10番2012年2月22日
お久しぶりです。吉祥院天満宮の道真くんです。今日は菊蔵さんからこちらの神社のご紹介をご依頼されました。菅原院天満宮神社菅原院天満宮神社上京区烏丸通下立売下ル掘松町にある神社。菅原道真とその父是善を祀る。当地はかつて是善の邸宅菅原院があったので道真降誕の地といわれ、道真没後、その菩提を弔うために※歓喜光寺が建立され、境内に小祠を建てて菅原父子を祀った。その後、寺は六条河原院へ移転し当社のみのこった。かつては北野天満宮の御旅所とされ、昭和初年まで瑞饋
5月26日(土)雨のち夕方近く晴れ歩行距離:26.1km高知県宿毛市→愛媛県愛南町0655宿発宿のすぐそばの「シャッター通り」。このうちの何軒が営業しているのだろう。篠川橋を渡って、愛媛県に入る!この高い山が篠山(ささやま)(か?)0935-1010歓喜光寺(本堂、権現堂)メインの遍路道である松尾峠を越えずに、我が菩提寺の宗派である曹洞宗の寺院が番外霊場になっているということで、歓喜光寺をお参りすることにした。篠山神社に向かう道の途中にあり(神社は高い
前回ご紹介しました東塩小路村の『御水帳』(京都市歴史資料館所蔵)の「六条道場(歓喜光寺)領ですが、もう一度載せておきます。『城州葛野郡東塩小路村御水帳』六条道場領1.三畝(90坪)2.三畝八歩(98坪)塩小路通烏丸通東南角権左衛門3.六畝十歩(190坪)室町通西側八条通西北角彦左衛門4.八畝二歩(242坪)九条通南側烏丸通より東に二枚目吉左衛門5.二畝(60坪)東洞院通西側東塩小路より三枚目但し新町迄権左衛門6.一
さて、今回からしばらくは東塩小路村に建設された六条御隠居屋敷が、実は新選組「不動堂屯所」であると想定して、その結論に導くにはどう考えれば良いか。を考えていきます。つまりは「はじめに結論ありき」の「たられば話」である事をはじめにお断りしておきます。という事で、まず重要なのが六条殿御隠居屋敷が東塩小路村のどこに建てられ、どのぐらいの規模だったのかを探り出す事です。しかし、用水路を元にその場所を割り出そうという考えは、京都市歴史資料館所蔵の「東塩小路村絵図」によって、実は村
さて六条御隠居屋敷ですが、僕はもう一つ大事な事を忘れている事に気づきました。『若山要助日記』(慶応二年九月九日)に「この度、六条御殿御畑地へ家」が建つ事になったという、その「六条御殿御畑地」ですが、そもそもここは六条道場(歓喜光寺)が所有する土地ではなく、幕府から与えられた知行地でした。だから、仮に西本願寺サイドが「新選組に居座られて困っとるから、歓喜光寺ハンとこの畑、ウチに譲ってもらえへんやろか」などと頼んできたとしても、当然ながら勝手に売買は出来ません。「なんだ。じゃあ、や
山科にある歓喜光寺です。紫苔山河原院歓喜光寺という時宗の寺。鎌倉時代の正応4年(1291年)、時宗開祖・一遍の高弟(実弟とも)、聖戒によって八幡に創建され、当初は善導寺と号していました。正安元年(1299年)、六条東洞院に移転。その際、歓喜寺と合併し、歓喜光寺と寺名を改めます。この寺は六条道場と呼ばれました。応仁の乱で焼失後、烏丸高辻に移転。豊臣秀吉の都市改造により寺町蛸薬師に移転。明治40年、法国寺と合併し、五条東山に移転。この際、鎮守社である錦天満宮は新京極の旧地に残されました
2016/5/5午後の部11:40醍醐寺着拝観チケットのセットを買うけっこう高いな〜奥へ進むとコレから先は特別拝観せっかくだからとで500円追加見る価値あったかはビミョウ建物出て奥へ進む立派な五重塔さらに進むと上醍醐登るらしいここでまた関所12:45行くには入山協力金が500円伏見稲荷さまの疲れも癒えぬままけっこうつらいここで給水助かりますさらに登りますはっきりいって登山まだまだ登りますようやく山頂14:00中にも入れずコレ以外は何も無い
改めまして6月12日(日)京都駅から地下鉄を使って、丸太町へ丸太町駅から徒歩5分菅原院天満宮神社へ到着菅原道真の父是善(これよし)と祖父清公(きよきみ・きよとみ)の邸宅(菅原院)があった場所で、道真誕生の地とも言われてます(諸説あり)菅原道真が太宰府に、左遷され903年に亡くなった菅原道真の菩提を弔う為に歓喜光寺(かんきこうじ)がこの地に創建されました当時。歓喜光寺(かんきこうじ)には、菅原道真と父是善(これよし)と祖父清公(きよきみ)の小祠が祀られいましたがその後、歓